日本の酒を訪ねて名称:浅間酒造




の巻
湯釜!
上野駅から特急・草津1号に揺られておよそ2時間半
長野原草津口に降り立つと、すぐには蔵に行かず、バスで白根山へ。
この白根山の山頂にある湯釜は、宝石を見るような
美しいエメラルドグリーンなのだが世界でもっとも酸性度が高い湖ゆえ、
人間が入ると動けなくなり、酸化して溶けてしまうとか。
実にミステリアスで神秘的なものを見て、蔵へと急いだ。

浅間酒造は草津温泉口にある、観光センターの中にあった。
2年ほど前から蔵人を社員制にして、
年間雇用にすることでポテンシャルを高める。
杜氏を除く社員は10名前後いるのだが
平均年齢は36歳と若く、これからの進化も望めそうだ。
何より、今回の案内をしてくれた、蔵元の櫻井さんご自身が27歳という若さで
群馬の若手蔵元を引っ張っているというのだから心強い。

観光センターの裏手にある新蔵は、杜氏を中心に大きな造りをやっていて
設備もキッチリ揃った今どきの酒蔵の印象。
そこから10分ほど車で走らせたところに旧蔵があるのだが、
こちらは外観から蔵元らしい風情に溢れ、
中に入ると情緒ある空間ゆえ心和まされる。
こちらの蔵で、櫻井さんが手がける手造りの特定名称酒が生まれ、
出荷されるという。

ひっそりとした蔵内で目を引いたのが
蒸し釜。

標高が高い場所に蔵があるので、
沸点が96度までしか上がらぬゆえ
滅多に見ることができない、
圧力釜っぽい形の釜になっていた。

この釜を使うと沸点が104度まで上がり、
均等で良質な蒸し米が出来るという。

仕込み水は、いくつか持っている水源のなかでも
「横壁の水」と呼ばれる名水を中心に使用。
杉林を通ってくる水は柔らかく、綺麗な水になると言われ
実際に飲んでみると、硬度2前後の柔らかさと甘みを感じられる。
この水源を見つけた社長は、スゴイと思った。

 櫻井さんの醸したお酒は、ほとんど
 東京で試飲していたのだが
 唯一口にしていなかった、秘蔵(?)の
 純米酒を試飲させて頂いた。

 群馬県産の酒米・若水と、
 群馬ならではのKAZE酵母を使用した
 火入れ酒でちょっと口にした瞬間、
 ビビッと突き刺さる感動があった。

程よい旨みと苦味、出すぎるところがない素直な味わいは
若者が醸した酒らしい潔さと、どこか将来性を感ずる一本だった。

出荷予定のないこの酒を店で出したいとお願いすると、
名前をつけてほしいと打診された。
一所懸命、手間暇をかけた櫻井さんの情熱酒に相応しい酒名とは・・
蔵を出て、草津の優良な温泉に浸かりジックリと考えた末に思いついた。
「 咲紅来 sakurai 」

蔵を取り巻く山々には緑が溢れ、
私が訪れた晩春には、石楠花やツツジの紅が辺りを彩り
秋には紅葉で溢れるこの絶景を想い「咲紅」

今はまだ東京で出回らぬ銘酒も、いずれ認められてやって来るという
大望を意味する「来」をつけて「咲紅来」と命名させて頂いた。

数日後、手書きで書かれたラベルは、あまりにも
力の無い活字で笑ってしまったが
ラベルも酒質も、櫻井さんの人となりが出ていて、愛着が湧く。
こういう人間性に溢れたお酒を扱えるなんて、
料飲店として幸せなことだと心底思った。

東京に戻り、改めて咲紅来を口にしたとき、
白根山の美しいエメラルドグリーンが頭を過ぎる。
店をはじめて、さらに櫻井さんとの出会いがあって、
酒縁とはなんて美しいのだろう!と咲紅来を抱きしめた。

                     2006年6月 バーシー石橋

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