その後のはなし


帰国の次の日は誕生日であった。
久しぶりに御飯を作り「日本食はいいなぁ」と満足満足。さ、明日から仕事だ!
と早めに布団へ。夜中3時、腹痛で目が醒めた。トイレに向かうとエジプトと
同じくらいのとんでもない状況。ちまたではO-157の話。これは危険か?と思い
ながら夜が明けた。こんな状況が一週間ちかく続いた。仕事中に何度駆け込んだ
ことか。このままでは治る気配すらないので病院に行くこととした。空港でもらった
イエロカードを持参で。結局なんともなかったのだが、薬をもらって少しはよくなっ
たのだが、なかなか本調子にもどらず1ヶ月くらい調子が悪かった。


成田空港での約束の写真大会を開こうと不調のお腹を抱え、家のMAC(ナツカシ〜、
この時はまだMAC使ってたんだよなぁ〜)に向かい案内状を作成し、最終日にラウンジに
集まった13人に送付した。中には出欠表を同封。レスポンスがとてもよく結局10人
出席。幹事の私を含め11人である。なんと高い出席率であろうか。こうなると幹事を
引き受けたかいがあるものです。お店はウケをねらってベリーダンスを踊ってくれる
アラビア料理店にしたのだが、みんな喜んでくれたかな?みんなで写真を回して見たの
だが、あっという間に時間は過ぎ閉店の時間となった。駅までぞろぞろと歩く。今日は
仙台から一人、水戸から二人、遠いところから出席してくれた。もちろんこの時間電車
はない。私の家にお泊まりである。さぁ、朝までおしゃべりして次の日は遅くまで寝て
いようと思っていたのだが、なんだかよくわからないうちに、暇な人たちでお台場に行
くこととなった。


トータル8人。関根さん、塩倉さんが車を出してくれた。快適快適。海を眺め、御飯を
食べ、ぼーっとして、お茶をのんで「次回も絶対にやろう!」と上野駅で解散。なんだか
エジプト旅行中よりも大騒ぎの写真大会(同窓会)でありました。


吉村さんと土本さんの写真を借りていたこともあり、返却のため&東京地方の親睦(?)
を深めるために2週間後再び集合。なんだかよくわからないけど異様な盛り上がりで楽しく
過ごせた。(参加者4人)


次の月には添乗員の大和さんがヨーロッパツアーから戻ってきた日に御飯を食べようと
言いだし、東京地方の都合のいい人で集合。写真大会を行なった店の隣で宴会。大和さんは
パリから帰ってくるはずであったが、ストライキで飛行機がとばず、バスでイギリスのヒー
スローまで行き、なんとかイギリスから戻ってきたとのこと。ごくろうさまでした。
ここまで頑張って帰ってきたかいがあったでしょうか?>大和さん


現在、第2回同窓会を計画中である。忘年会orX’masor新年会を開きたいと思っている
が、どれだけ参加してくれるであろうか?人数が減ってもこうやって集まっていきたいと
思っている今日この頃である。


最後に:4カ月かけてなんとか書き終った。最後の方は記憶が途切れ途切れになっているの
と、いいかげん書き終えねばという気持ちからちょっと雑になってしまったが、なんとか
書き終りほっとした。まだまだ誤字脱字、追加説明等入れていくつもりであるが、一応終了です。
エジプト旅行で知り合ったみなさんが私にとって忘れ難き人々であり、今までのなかで一番楽しい
旅行であり、なにか残しておきたいと思い、旅行記を書くことにしました。
笑って、泣いて、怒って、踊って、歌って、騒いで、やること全てやった気がします。
私は言葉で表せないくらいにたのしかったのですが、他の人はどうだったのだろう?と思うことも
あるけど、自分がたのしけりゃいいや。でもこの旅行を楽しくしてくれたツアーの人たちに
感謝感謝です。来年、みんなでトルコに行こうね!



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