No.267の記事

「関係の空気」「場の空気」を読んで実用化しようと思い立ったり

関係の空気場の空気の表紙"
デザインが変わってどうも馴染めない講談社現代新書ですが、最近ポロポロと新刊が出るのでマメに店頭で立ち読みしています。その立ち読みの最中にふうむと唸ってしまった本があり、その抄録と感想を書いてみたいと思います。

「関係の空気」「場の空気」というタイトルが示す通り、人と人の間にある空気について特に日本人論的な観点で書いています。
主張自体は非常に明解でして、まず主に個人間で発生するのが「関係の空気」で、これは会話スタイルを同様にしようとする力があり、個人間の親密さを深めるとの事。本文でも紹介されているように学生が非常に狭い範囲でしか分らないようなアダ名を教師につける事で連帯感を共有するような事です。
次に何を言ったら良いのか分らない気まずい空気を「日本語の窒息」と表現し、具体例をあげていきます。どうもコミュニケーション不全状態を「日本語の窒息」と表現しているようです。
ここら辺までは特に目新しい感じもなくはぁはぁと頷いて読み進めました。

この後の「場の空気」というヤツがなかなか面白かったわけです。3人以上の人で共有する暗黙の了解みたいな事を指しているわけですが、この空気に溶け込めないとそれを共有している集団には入っていけず、いじめや排除の対象になるとの事。じゃぁその空気はどうやってできるの?と思って読んで行くと、暗黙の了解的なものを作って、同調圧力を利用し周囲に強要する事ができればよいようです。具体的にはコードスイッチ話法(ですますとだである調の混合)で反論をさせにくいしゃべり方をしつつ、省略や暗号化などで周囲と非対等な状況を作れば良いようです。これには正直唸ってしました。この方法を使ってみたい…。

最終章で不必要な暗号化をなくして非対等性を排除して行こう的なことが書いてありましたが、自分的にはむしろ周囲の空気を掌握できる方法論として面白く読むことができました。