No.433の記事

小説「宴のあと」

宴のあと
蓋を開けてみれば民主党圧勝の衆議院選挙の最中、三島由紀夫の都知事選挙がらみの作品「宴のあと」を読んだのでその感想を書いてみようかと思います。今回はオチも書くので、ネタバレ嫌な方はここから下は読まないようにしましょう。

雪後庵という料亭の女主人福沢かづが、野口雄賢という初老の元外交官に出会い、その都知事選挙に巻き込まれていくというお話です。時代は戦後で学生運動が始まる前、1960年代のようです。

かづは新潟を出奔してからいろいろ遍歴があり、50歳にして政治家の出入りする料亭の女将になります。彼女は今の安定した生活に満足しているんですが、ふと出会った前時代的な男性、野口に惚れてしまいます。そこまでは良かったんですが、この野口を都知事選挙に担ぎ出す話が出て、かづはその選挙活動に全身全霊を投じていくことになります。
とにかく前時代的で理想主義、型にはまることを至上とする野口と、奔放に生きているようで人心を掴み巧みに生き抜くかづの対比があちこちに出てきます。ちょっと極端な人物設定にもかかわらずかづの心情の描写は非常に細やかで、共感できないにしてもよく書き込んでいるなぁと感心しました。
衆議院選挙にからめて選挙モノを呼んでみようと思い立ったんですが、この作品の中で重視されているのは二人の情念の対比であり、選挙はそれを浮き立たせるための「宴」でしかなかったようです。タイトルに反してほぼ全編宴の描写に費やしており、宴のあとの描写は最後に少しだけでした。
「宴」は野口落選という結果で終わり、その後の虚脱の中でかづは抵当に入れた雪後庵を取り戻そうとします。敵対する政治家に通じる事で雪後庵を取り戻すものの、その事で野口と破局しそれぞれが選挙前の生活に戻ってしまうわけです。選挙参謀の山崎の言葉を借りれば「すべては所を得、すべての鳥は塒に帰った」という終わり方でした。この熱狂とその後の虚脱っての実に三島由紀夫的で面白かったですね。

しかしこの作品、明らかに実話を元にしたためプライバシー侵害の最初の判例になったようですが、それにしては人物造詣がリアルすぎました。訴訟されるくらいなので当事者にインタビューなんかしてないとすると、ここまで微細に書いた三島由紀夫の想像力(妄想力?)に感服してしまいました。売れっ子小説家になるならこれくらい書けないといけないんでしょうね。