No.502の記事

映画「玄牝」と命の価値観

玄牝
自然分娩を推奨し現代医療の介入を否定することで話題になっている吉村医院を舞台にしたドキュメンタリー映画「玄牝(げんぴん)」(公式サイト)が公開されました。その主張が(いろんな意味で)ずっと気になってた我が夫婦としては、これは見逃すわけには行くまい!と言う事で早速渋谷のユーロスペース(公式サイト)まで観に行ってきました。劇場にはベビーカー置き場なんかもあり雰囲気が出ていましたが、実際に赤ちゃんを連れてきている人はほとんどおらず、小学生くらいの子供がいる家族連れと、20歳〜40歳くらいの夫婦らしき男女が多かったです。やっぱりこれから産みたい人が観る映画なんでしょうね。
しかし家族連れで来るような映画なのに、ユーロスペースの周りがラブホテル街なのはいただけないですな…。

愛知県の郊外、どこか遠くで「カーン、カーン」と工事の音がしている古民家の風景から映画は始まります。吉村医院にお産を行う妊婦たちが、この古民家で薪割りやスクワットをしたり吉村医師を中心に妊娠について話し合ったりして過ごしている姿を、ひたすら写します。一応数人の妊婦さんが自宅で出産するまでを追いかける構成になっていますが、河瀬直美監督が質問することはほとんどないので、各登場人物同士の話し合いと独白で物語が進行します。

吉村医師は「昔の出産のやり方でも結構元気に生まれるぜ!」という事と「でもその方法だと死ぬときは死ぬよ」という事を織り交ぜて発言しているので、『それだけを取り出せば』そんなに突飛な事を主張しているわけではないようでした。実際普通に超音波で妊婦検診もしてるようですし、現代医療を完全に否定ってわけでもないんだなという事は分かりました。なので本当の意味でリスク、つきつめれば母体と胎児が死ぬ可能性を理解した上で自分が望む形での出産をしたい!って人にとっては良い選択肢を提供している人なんでしょう。それだけにリスクについて不安を述べる妊婦さんがいても良いかな?と思って見ていましたが、自然分娩万歳な発言ばかりだったのはちょっと残念でした。まぁそういう人はそもそも吉村医院に来ないので仕方が無いんでしょうけども…。
それと自然分娩が無理で近隣の病院へ搬送されてる妊婦さんの描写をせっかく入れてるので、その部分をもう少し掘り下げて欲しかったなぁとも思いました。あの自然分娩万歳の価値観の中でそれを達成できなかった妊婦さんが自分の出産をどう感じるのか?、そういう経過をたどった人を他の妊婦さんはどう思うのか?、そして吉村医院が送った先の病院ではどういう事になっているのか?。現代医療を否定する描写をするなら、崩壊しつつある現代産科医療との対比も描いて欲しかったです。

あとは、旦那さんが失踪した(!)妊婦さんとか、家族とうまくいっていない吉村医師とか、吉村医師のやりかたに苦言を呈する助産師とか、人間的にカオスでリアルな描写が多かったのがドキュメンタリーな感じで良かったです。社会派という側面はアレですが、人間ドラマという切り口においては河瀬直美監督はなかなか面白い人のようです。映像的には画角の狭い手持ちカメラで淡々と風景を映すシーンが多く、時に強烈な睡魔に襲われてしまったのがちょっと勿体なかったです。当直明けに観に行った自分が一番悪いんですが、もう少し風景描写を減らしインパクトのある独白を増やしてくれても良かったんじゃないかなぁと思いました。

一緒に見てた人の中には出産シーンに感動して泣いてる人もいたようですが、自分は命をめぐる様々な価値観の衝突についていろいろ考えさせられたので、そういう気分にはなりませんでした。そういう意味でも興味深い映画でしたね。