sumi-Cノート <excerpt> [謎の缶詰1] もう1年以上、食卓の上で消えたり出現したりを繰り返している。 … 続き

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(24)今週の出来事 2010年 5月~8月

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[猛暑] '10.8.31
[きびしょ] '10.8.23
[タマムシ] '10.8.16
[迷子鳥掲示板] '10.8.13
[謎の缶詰5] '10.8.10
[謎の缶詰4] '10.8.6
[謎の缶詰3] '10.8.3
[謎の缶詰2] '10.8.2
[謎の缶詰1] '10.7.30
[ゲゲゲの女房] '10.7.28
[飲み放題2] '10,7,23
[飲み放題1] '10.7.19
[打撲や擦り傷や切り傷] '10.7.13
[タッチパネル] '10.7.5
[地図帳] '10.6.26
[W杯出場国] '10.6.25
[May J.] '10.6.24
[西野カナ] '10.6.23
[佐渡裕] '10.6.14
[ラップトップ] '10.6.1
[間違い電話] '10.5.23
[キリンの首2] '10.5.21---(ウイルス8-2)
[キリンの首1] '10.5.18---(ウイルス8-1)
[ネコの度胸試し2] '10.5.8
[ネコの度胸試し1] '10.5.6
[言論統制] '10.5.3

▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△▼△


[猛暑] '10.8.31

ぼくの書斎兼寝室は家の最上階(二階)にある。仕事が終わって部屋に上がってみると、その中は耐え難い温度になっていた。部屋の柱には温度計が掛けてあるのだが、みると35度になっていた。

もちろん、この日が特別に暑かったわけではない。ご存知のように、連日猛暑が続いている。部屋に入って最初にすることは、エアコンを作動させることであり、それが日課になっている。

どーしたことだろうか? この暑さは、 

ぼくは、今年は冷夏を予想していたのだ。 (23)今週の出来事 '10.1月~4月 の [マウンダー極小期] '10.4.19 に書いたように、地球が小氷河期になることも懸念していたのだが、

でも、まだわからない! 9月になると急に寒くなって雪など降ってくるかも知れない。油断禁物である!



[きびしょ] '10.8.23

お盆中、親戚まわりをしたときのことである。ある親戚の家にお邪魔すると、88歳になるお爺さんがいて、ぼくの相手をしてくれた。盆棚に線香をあげてチンチーンとやり、ぼくは神妙なおもむきで座卓の前に座った。座卓の向こうでは、お爺さんがお茶を入れてくれようとしている。

「きびしょはどこだ。きびしょは、」

お爺さんがキョロキョロしている。湯飲み茶碗はあるのだが、急須がないのである。
さっき長男の嫁さんが急須だけ持って部屋を出て行ってしまったのだ。お爺さんはそれを知らないでいる。

『きびしょ』

ともかく、ひどく懐かしい言葉を聞いたものだ。


きびしょは、急焼 あるいは 急備焼 と書くようである。もちろん急須のことだ。正確にはきびしょと急須、違いがあるようだが、



[タマムシ] '10.8.16


庭でタマムシの死骸を見つけた。
見つけたのはひと月ほど前だが、
きれいなので、とりあえずUPしておく。


毎年一回くらいは庭でタマムシに出会う。
多くはすでに他の虫に喰われてしまっていて、
腹部など、体のパーツが損なわれてしまっているのが多い。
数年に一回は、生きているのを捕まえることができる。
その場合、ちょっと観察したら逃がしてやる。


タマムシ。たまに出現するから「たまむし」なのだろう。



[迷子鳥掲示板] '10.8.13

8月4日のことだが、少し離れた村の後輩からぼくの携帯ヘメールが届いた。仲間へ一斉に送信したものだが、内容は次のようなものだった。

『こんにちは! 実はうちの オカメインコを不注意で逃がしてしまいました。人に慣れているので誰か 保護しているとの情報がありましたら 連絡ください。顔は黄色でほっぺは丸オレンジ 身体はグレー 機嫌がよいときハトッポポを 口笛のようにうたいます。』

それは大変だと思い、ぼくも知人に知らせるなど、若干の協力をしたのだった。ただ、ぼくの家と後輩の家は2~3キロ離れている。屋内で飼われている小鳥がぼくの村まで飛んで来ることはないだろうと思った。


それから数日たって、

8月7日のことだが、後輩から再びメールが入った。インコが見つかって自宅へ帰ってきたと。

『=少し離れた町=のマンションで保護され その方が迷子鳥掲示板に書き込んでくれていました(感謝、感謝) ご協力ありがとうございました!!』 

ぼくは、『インコ 帰って来てよかった! 面白いいきさつですね。』と返信した。

『インターネットって凄い!!って思いました。… 』と再びメールがきた。

ぼくの家ではペットを飼っていない。そのせいもあり、「迷子鳥掲示板」などというホームページがあるのを初めて知ったのだが、… さっそくパソコンに向かって、「迷子鳥掲示板」と打ち込み、検索してみたのである。すると、「鳥専門保護・迷子掲示板」というホームページが出てきて、そこに後輩の書き込みが載っていた。

いまペットブームだが、たしかに、このような場合、インターネットは非常に役に立つだろうと思ったのである。

ちなみに、インコが保護された「=少し離れた町=」というのは、後輩の家から5~6キロ離れた町だった。つまり、逃げたインコは想像以上に遠くへ飛んでいってしまっていたのだ。



[謎の缶詰5] '10.8.10

[謎の缶詰4]までで、すでに、ぼくの疑問は解消しているのだが、一応[5]を記録してこのシリーズを終わりとする。

当然、裏側の表示も調べてみた。そこには、ちゃんと英語表記もしてあった。早く裏面を見ればよかった! 調査する前に OF GOOSE の文字が目にとまっていたら、フォアグラであることのあたりが付いたはずである。
いかんせん、フランス語ではガチョウが OIE だったために見当が付かなかったのだ。

缶詰の裏面は、仏語、英語、アラビア語で説明が書かれていた。

BLOC DE FOIE GRAS D’OIE

INGREDIENS : FOIE GRAS D'OIE, EAU, SEL, SUCRE, POIVRE, ANTIOXYGENE : (ANTIOXYGENE=反オキシ遺伝子)

ASCORBATE DE SODIUM, CONSERVATEUR : NITRITE DE SODIMU.

BLOC OF GOOSE FOIE GRAS = ガチョウフォアグラのブロック

INGREDIENTS : GOOES LIVER, WATER, SALT, SUGAR, PEPPER, = 成分:ガチョウ肝臓、水、塩、砂糖、コショウ、

ANTIOXYDANT : SODIUM ASCORBATE, PRESERVATIVE : SODIUM NITRITE. = 酸化防止剤:ナトリウムアスコルビン酸塩、防腐剤:亜硝酸ナトリウム。

---------------------------------------------
アラビア語 説明の部分
---------------------------------------------

HALAL GARANTI SANS PORC ET SANS ALCOOL = ポークのない、そして、アルコールのないハラールが保証されます

HALLAL GUARANTEED WITHOUT PORK NOR ALCOHOL = ポークもアルコールなしでも保証されるイスラムの律法にのっとった食物

---------------------------------------------
アラビア語  〃
---------------------------------------------

A CONSOMMER DE PREFERENCE AVANT LR DATE FIGURANT SUR I'UN DES FONDS  = 資金の1つに現れている日付前に、選択を消費する

BEST BEFORE : SEE DATE ON BOTTON = 賞味期限 : 底で日付を見てください 

---------------------------------------------
アラビア語  〃
---------------------------------------------

POIDS NET : = きれいな重さ

NET WEIGHT : = 正味重量    210Ge

缶詰は特殊な形をしていて、全部で三面ある。一番面積の少ない面の写真は撮っておかなかったのだが、そこにも英語でいろいろ書かれていた。

SERVIR TRES FRAIS = 非常に冷静に提供します

SERVE CHILLED = 冷却した農奴? 冷やされるサーブ

SERVICE CONSOMMATEURS = サービス消費者

CONSUMERS SERVICE = 消費者サービス

AVENUE DU PERIGORD = PERIGORDの通り

24203 SARLAT - FRANCE = 24203のSARLAT - フランス



[謎の缶詰4] '10.8.6

では、八芒星のマークを調べよう。



上の写真のとおり、缶詰の裏まで同じ八芒星のマークがある。これは尋常ではない。よほど重要なものに違いない。

八芒星のマークのなかに、横に書かれた文字がある。上はアラビア文字だ。今のところ調べようがないので、これは無視する。その下に、HALAL と書かれたアルファベットがある。「ハラール」と読む。 ハラールとは?

イスラム教では食べることが出来ない食材がある。豚肉などがそうである。その他の食品でも加工や調理に関して一定の制限がある。そういうなかで、イスラム法上、食べても大丈夫ですよ! という保障の、あるいは、販売許可のマークがハラールだったのだ。 … なるほど。

そういえば、以前、「味の素事件」というのがあった。インドネシアの味の素が、製造過程で豚の酵素を使ってしまったために、現地社長が逮捕されたり、同国から味の素が消えたりした事件だった。のちに改善して味の素にハラールがおりたそうだが、

反対に、口にすることを禁止されている物をハラム(HARAM)というそうだ。

ついでに、マークの外側にも何か書いてあるので調べておく。
ABATTAGE SELON LES RITES CORANIQUES = コーランの儀式に一致することを壊滅すること。 ? ← よくわからない訳が出てきた。

フランスのスーパーマーケットなどでは、売っている食品にみんなハラール、ハラムのマーク(許可証)が貼ってあるのだろうか? フランス国内にはかなりのイスラム教徒がいるはずだし、時間があれば、その辺の事情を探ってみたいところではある。



[謎の缶詰3] '10.8.3

謎の缶詰の調査は、[謎の缶詰2] で答えも得られたので、それで終わりでもよいのだが、しかし、細部まで調べてみたくなった。だから、まだつづける。

ガチョウのマークの周囲にも文字があるので訳してみた。

FOIES GRAS ET GASTRONOMIE Depuis 1875 = 1875年以降ずんぐりした肝臓と美食 ← 直訳だ。



[謎の缶詰1] で、『家族の誰もが、この赤い缶詰に対して無視を決めていた。』と書いた。つまり、家族の誰もが何の缶詰か分からなかったので『無視を決めた』と書いたのである。しかし、心理学的観点からすると、それだけではなさそうである。もうひとつ無視の理由がある。それは、…

八芒星のマークだ。

このマークが、この缶詰に対して忌避効果を生じさせた可能性があのだ。

八芒星というと、どことなくスピリチュアルな世界を連想してしまう。ましてや五芒星などというと、晴明神社の紋がひと筆書きのそれであるし、出来事[ゲゲゲの女房]で「悪魔くん」のことを書いたが、そのなかに、秘密の洞窟の中に描かれた魔法陣が出てくる。それも五芒星と円を組み合わせたものだった。それで悪魔を呼び出す。

このように、芒星形は、魔法やオカルトや呪術を連想させるのである。それが、つまり、缶詰を避けたい気分にさせた可能性がある。あるいは、魔よけか何かの御神札(おふだ)が貼ってある感じがして、避けたい気分にさせる。


次回は、この八芒星のマークが何であるのか調べてみよう。



[謎の缶詰2] '10.8.2

やはりインターネットはすばらしい。検索エンジンに、「フランス語」と入力するだけで、フランス語を翻訳してくれるサイトなりホームページなりへ案内してくれる。翻訳の精度は別にしても、十分に役に立つのである。

上の写真には二つのマークがあるが、その二つのマーク以外の部分を訳してみよう。

BLOC DE FOIE GRAS = フォアグラのブロック

D’OIE = ガチョウの = 英語では of the Goose

ROUGIE = 赤くなりました 

SARLAT = SARLAT = サルラ サルラ=ラ=カネダ?

ということになる。つまり、この缶詰は、フォアグラの缶詰だったのだ。フォアグラを英語で書くと、 Foie gras となる。

「赤くなりました」と約された部分は、日本のアイス(氷菓)に「ガリガリくん」というのがあるが、そんな商品名なのだろう。また、ROUGIE の下に SARLAT とあるが、それは約されずだった。これは、企業などの固有名詞なのだろう。

水鳥のマークはガチョウだった。



[謎の缶詰1] '10.7.30

我が家のダイニングキッチンにあるテーブルは大きめである。だからテーブル、つまり食卓の中央には、色々なものが山積みにされている。主に乾物類だが、削り節のパック、焼き海苔のパック、鰹のふりかけ、茶漬けのパック、梅干を入れたガラスの容器、サバの水煮の缶詰等々。

その中に紛れて、小さい赤い缶詰がある。乾物類をのけたりすると、たまに出現するのである。誰が貰ってきたのだろうか? 今や定かではない。もちろんぼくではないし、家族も忘れてしまっている。もう1年以上、食卓の上で消えたり出現したりを繰り返している。

なぜその缶詰を開封して食べてしまわないのか? なぜ1年以上も放ってあるのか? というと、

その缶詰が何の缶詰なのか判らないからである。

缶詰には、凝った赤い紙?、フィルムが巻いてある。そこに商品名が書いてあるはずなのだが、…

書いてある文字に「DE」という前置詞がある。つまり、どーやらフランス語なのである。英語だったら辞書はあるし、すぐに調べる気にもなったのだが、

家族の誰もが、この赤い缶詰に対して無視を決めていた。しかし、ようやく、ぼくに、その缶詰を調べる時間ができたのである。



謎の缶詰の調査結果は次回とするが、… 君は、この写真を見て、何の缶詰か、すぐに分るだろうか? もし分かったならすばらしい、君のその教養に幸あれ!である。



[ゲゲゲの女房] '10.7.28

連日35°前後の気温が続いているが、そうなると、昼食を済ませたあと、すぐに畑へ出て行って仕事をするなど無理である。必然的に昼休みを長めに取らざるを得なくなる。

そのために、最近、「ゲゲゲの女房」を毎回見れるようになってきた。NHKで昼の12時45分から始まる、いわゆる連続テレビ小説である。 見出すとおもしろい!

今日も見た。… ストーリーの展開は、ようやく、水木しげるが世に認められてきて、自動的に貧乏からも解放されてきた。そして、いよいよ、「悪魔くん」が実写版でテレビで放映されることになった。その前夜のことを描いていた。


ぼくも水木しげるのファンである。そして、下の写真の、彼の作品は、ぼくの宝物のひとつになっている。




初版発行1976年3月15日
発行所汐文社




[飲み放題2] '10,7,23

前回は居酒屋の「飲み放題」のことを書いたが、今回は、『ユザワヤ』と、もうひとつは、夕方のテレビニュースでやっていて、途中から視たので、何というホームセンターか判らなかったのだが、ともかく、この二つの小売店(企業)のことを書くことにする。

[飲み放題1] に出てきた駅前の居酒屋は、どんどん経営が行き詰ってしまいそうな雰囲気があるのに対して、[飲み放題2] で取り上げる二つの小売店は、客をひきつけて、これからも破綻なくやって行けそうな予感があるのである。


『ユザワヤ』は、手芸・工芸の材料を販売している雑貨チェーン店である。ユザワヤとユザワヤの会長(創業者)が『カンブリア宮殿(ch12)』に出演していた。

ユザワヤの店舗をみると、巨大な洋服のボタンとか、使い道の無い眼球模型などを販売していた。これらの商品は、何年経っても買い求める客が出現しないだろうことは分かっていることである。それでも無用の商品を置いてある。どーいうことか? レアな材料を探している客がいて、どこの店を探しても無い。そんなとき、ユザワヤに入ったら置いてあった。… としたらその客は、次に同じことがあったら、必ずユザワヤに行くだろう、ということである。客に、何でも置いてあるという信頼のイメージを、そのレアな商品が植えつけるのである。究極の宣伝かもしれない。

夕方のテレビニュースでやっていた、何という名前か判らなかったホームセンターもそうだった。

たとえば、ハンマーなども、ヘッド部のみが、柄とは別に何種類も用意され販売されていた。たぶん、そんなに種類は必要ない。 圧巻だったのは、軍手だかゴム手袋だか忘れたが、その左右を分けて値をつけ販売していたことである。… これらもユザワヤの考え方と同じものだった。


[飲み放題1] に出てきた駅前の居酒屋も、使い道の無い眼球模型とか、片方だけの手袋を売って欲しいのである。



[飲み放題] '10.7.19

先週の日曜日のことだが、市民体育館でソフトバレーをやってきた。大会があったのだ。ぼくは、ソフトバレーのサークルには入っていないのだが、メンバーが足りないということで、急遽加勢を頼まれてしまったのである。

ぼくのチームの結果は、1勝1敗。決勝トーナメントには上れずだった。同サークルでは、複数のチームを大会にエントリーしていたが、どのチームも敗退したようだった。

ちなみに、ソフトバレーボールというのは、大き目の柔らかいゴムボールを使って、4人制でやるバレーである。ネットとコートはバトミントンのを使う。ぼくが加わったのはミックス(男女二人づつ)のチームだった。


さて、本題はこれからだ。

反省会を午後6時からやるということで、もちろんぼくも誘われた。反省会の会場は駅前の居酒屋だった。久しぶりに話す友達や、初めて話す女の子などがいたので、たのしかった。
それはよかったのだが、ひとつ問題があった。その居酒屋の部屋のエアコンが思いっきり効いていて、寒くてたまらなかったのである。

まるで業務用の冷蔵庫の中にテーブルがあって、そこに座らされているかのようだったのだ。チームの会計は『飲み放題』を選択していた。おそらくそせいである。

「おそらくそのせいである。」とは、部屋を冷やした方が、ビール等の飲み物の注文を減らすことができる。客に汗をかかせては、注文量が増えてしまうだろう。店は明らかに画策している。

飲み放題のメニューには生ビールは含まれていなかったので、自腹で一杯は生を飲んだ。それはうまかった。そのあとも、汗をかいたのでしばらく瓶ビールを飲みたかったのだが、寒さのために予定よりも早く別の飲み物に替えるようだったのである。

温度調節のコントローラーは部屋の外にある。部屋が寒いことを、当然、店員に訴えたのだが、わずかしか温度を上げてくれなかった。この居酒屋、残念な接客と経営をしている。長い目で見れば、客は店から離れていくだろう。

とにかく、こんど、この店で飲み放題で飲むときは、富士登山をしたときの装備で臨むことにしよう。



[打撲や擦り傷や切り傷] '10.7.13

6月27日(日)に、集落対抗のソフトボール大会があった。ぼくは守備でサードを守った。そのときのことである。

バッターボックスには相手チームの若い男の子が入っていた。そのバッターに対してこちらのピッチャーは、あろうことかスローボールを投げたのだった。当然の結果が出現した。

サード強襲の打球が飛んできたのである。それは地を這うようにして飛んできたのだ。ぼくは、グローブの先を地面につけるようにしてから、バウンドに合わせて少し位置を上げたのである。完璧な守備動作だったが、しかし、ボールはイレギュラーしていた。ボールはグローブの下を通り、ぼくの踝(くるぶし)の上あたりに当たってしまったのである。

しかし、プレーの方はうまくいった。ボールは大きく弾かれることもなく近くにあったし、二死、ランナー 一、二塁だったので、ボールを拾ってサードベースを踏むだけでよかったのだ。


7月2日に撮影したおみ足なので、
だいぶ治ってきているが、とにかく、
強烈な痛みを味わたのだ。

話は変わるが、そういえば、ぼくの子供の頃は、絶え間なく、毎日のように打撲や擦り傷をつくっていた。それどころか、切出小刀やナイフをしょっちゅう携行して使っていたので、いつも指などを切っていたのだ。だから、風呂に入ると、どこかしらに必ずある傷に、お湯が沁みてヒリヒリしていたのである。ぼくは子供の頃、風呂に入るたびに誓ったのだった。『いつかはヒリヒリしないで風呂に入るぞ!』と。


それを思い出して、そして思ったのである。もしかしたら、ぼくにとっては、身体のどこかに絶えず打撲や擦り傷や切り傷があったほうが、よいのではないかと。それが逆に、身体的にベストな状態であり、健康の証ではないのかと。

絶えず打撲や擦り傷や切り傷をつくる程度に身体を動かしているということは、大きな怪我などの予防になるし、免疫学的にも精神医学的にも病気を遠ざける効果があるかもしれない。つまり、反対に、打撲や擦り傷や切り傷をつくることが生活の中から消えてしまったとき、ある意味危険な状態といえるのかもしれない。


そういう意味でスポーツは、子供の頃の、無邪気で活動的だった生活の一部要素を再現できるからすばらしい。



[タッチパネル] '10.7.5

最近、IT機器に、「タッチパネル」が多くなってきたようである。

パネルに指を接触させると、そこに電圧が生じる。それが感知されてボタン代わりになる。指をパネルに付けたまま移動させると、コンテンツの画像を拡大したり、画面上で本をめくったりすることができる。誰でも最初は面白がるだろう。

銀行のATM、車のナビゲーション。それに、携帯電話。携帯電話は、電話というより最近は端末といったほうがよくなったが、iPhone や iPad など。これから先も、多くのIT機器がタッチパネルに置き換わっていくことだろう。

(ちなみに IT=information technology のこと。)


しかし、タッチパネルって、そんなに優れた技術なのだろうか? どーも疑問が残るのである。

こういうことだ。 iPhone や iPad を例にとると、

ミスドーのドーナツを食べているときに、タッチパネルを操作したくなったらどーなるだろうか? ドーナツをつまんでいる手でパネルに触ったら。 たまにだったらよいが、それが習慣だったら。パネル部分がラーメン屋の床みたいにツルツルに、あるいはベトベトになってしまうだろう。ケンタッキー・フライドチキンでも同じことがいえる。

草野球でホームベースにヘッドスライディングをした選手がいたとする。その選手がベンチにいるとき、タッチパネルを操作したくなったとしたら、どーなるだろうか? 汗をかいているので、手にたっぷりと埃(ほこり)と砂が付着している。指が紙ヤスリと化しているのだ。日曜日のたびにこんなことをしていたら、… パネルに多数の細かい傷が入り、画面がところどころ白く半透明に濁ってしまう。最後は情報を読み取ることが困難になってしまうだろう。

余計な心配だが、インド人は大丈夫だろうか。手を使って食事をするという。… カレーを食べながらタッチパネルを操作したくなったらどーなるだろうか? そら恐ろしい。 ターメリックの黄色い色素まじりのルーと、ご飯がパネルにこびりついてしまう。それが乾燥でもしようものなら、… パネルが黄色く、ゴツゴツになってしまうだろう。また、そのパネルからはクミンなどの香辛料の匂いもすることになる。

タッチパネルには使用上の不安がまだある。

先ほど、画面上で本をめくることができると書いたが、… 本物の本をめくるときに、親指を下唇の濡れた部分に接触させる癖のある人がいたとする。その人が、つい癖で、タッチパネルを操作するときに指を舐めてしまったとしたら、… しかも、そのIT機器が共用物だったとしたら。… お世辞にもきれいとはいえなくなる。



[地図帳] '10.6.26

誰でも、どこの家庭でも、地図は手元に置いてあると思うが、それはどんな地図だろうか?

ぼくは高校時代の参考書の地図帳を手元に置いている。これが便利なのである。方向音痴のぼくは、国内外で起きるニュースを聞くたびに、必ずといってよいほど地図を開くようなのである。どこで事件が起きているのか、さっぱり解らない。


この地図帳は、日本地図と世界地図が
両方載っていて、非常に便利なのだ。

写真の地図帳は、平成7年に出版されたものである。今から15年前になる。??? いや、ぼくが15年前に高校生であったという訳ではない。高校から使っていた地図帳はすでにボロボロになってしまい、つまり、15年前頃に2冊目の地図帳に更新したということなのである。たしか、この地図帳は神田の三省堂書店で買った。

平成7年というと、1995年だ。ドイツが統一されたのが1990年(ベルリンの壁が崩壊したのが、1989年11月)だから、この地図帳は、すでにドイツの国境はひとつになっている。

この地図帳だが、それほど傷みなどなく、まだ十分使える。しかし、そろそろ買い替えないといけないのだ。この地図帳には、まだ、ユーゴスラビアが載っている。W杯にセルビアが出ていたが、ユーゴスラビアの中にあるセルビア共和国として載っているのだ。






[W杯出場国] '10.6.25

現在、サッカー・ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会が開かれている。決勝T、つまりベスト16に行くために、1グループ4チームで、A~Hの8グループで競うことになる。すでにベスト16は決まったようである。日本がデンマークを破り決勝Tへ進めたのは周知のことである。

ぼくは、それほどサッカーに興味があるわけではないが、連日マスコミでW杯のことがとりあげられると、若干の関心を持たざるを得なくなってくるのである。


以下、2010南アフリカW杯の出場チームである。


Group A 南アフリカ メキシコ ウルグアイ フランス

Group B アルゼンチン ナイジェリア 韓国 ギリシャ

Group C イングランド 米国 アルジェリア スロベニア

Group D ドイツ オーストラリア セルビア ガーナ

Group E オランダ デンマーク 日本 カメルーン

Group F イタリア パラグアイ ニュージーランド スロバキア

Group G ブラジル 北朝鮮 コートジボワール ポルトガル

Group H スペイン スイス ホンジュラス チリ


さて、君は、上記の出場国が地球上のどこにあるか、ぐに分かるだろうか?

ぼく自身、けっこう分からない国が多いのに驚いてしまったのである。さすがに、初めて聞く国名は無かったが、たとえば、ナイジェリア、アルジェリア、ガーナ、カメルーンがアフリカであることは分かるのだが、大陸のどこに位置するのか? 記憶が曖昧で、地図を見直すようだったのである。

ましてや、ウルグアイ、スロベニア、セルビア、パラグアイ、スロバキア、コートジボワール、ホンジュラス。この辺りの国は、まったく知らなかったのだ。

ただ、地図を見直してみると、スロバキアなどは、(そういえば、)最近まで、チェコスロバキアだったか!?などと思い出したのだが、



[May J.] '10.6.24

西野カナのCDを買った日に、複数のCDを手に入れていた。同じCDショップで購入したわけではない。街をぶらぶらしながら、記憶に残って、どーしても欲しいCDを探し回ったのである。「BOOK OFF」 にあったものは、当然そちらで買った。

BOOK OF で手に入ったのが、May J. のアルバムだった。アルバムでなくてもよかったのだが、May J. の Garden が聴きたかったのである。DVDが付いていた。

May J.。 澄んで、強く、よく通る声である。

DVDがよかった。Garden では、海の家のような粗末なつくりの店の中がイメージとして設定されていた。 カウンターバーやDJ用のプレーヤーの置かれたテーブルなどがあり、その店の中で、若い女の子たちがリズムを取って、 May J. の歌う Garden の曲に合わせて踊っているのである。ラッパーの男の子もいる。

May J. がひどくカワイイ。 沖縄の海の色のようなペールグリーンの、丈けの短い、足を思いっきり出したワンピース?を着て歌っているのである。

おそらく You Tube で、そのプロモーションビデオを見られると思うので、見てくれたまえ。近い将来、ぼくの仕事場もあんなふうな環境にしたいと思ったのだ。 … 若干無理があるか?



[西野カナ] '10.6.23

前回はクラシック音楽のことを書いたが、今回はJ・ポップの話を書く。

1年ぶりぐらいだろうか、音楽CDを買ったのは。衝動買いなのだが、今、女子高生を中心に熱烈に支持されている、「西野カナ」を買ってしまったのである。大人気(おとなげ)ないかもしれないが、しかたない。

西野カナといっても、正確には、NERDHEAD(ナードヘッド)が出したCDで、そのなかで西野カナがボーカルをやっているやつである。 曲は BRAVE HEART feat.西野カナ である。 西野カナの声がひじょうに可愛い!

NHKで「トップランナー」という番組をやっている。そこに西野カナが出演していた。その番組のMCは、いわゆるクリエーティブディレクターの箭内 道彦(やない みちひこ)だが、彼が、西野のことを『少年の声のようだ。声変わりをする直前の男の子の、』と譬えていた。… たしかに、魅力的な成分を含んでいるのである。



[佐渡裕] '10.6.14

少し前のこと、テレビで「題名のない音楽会」を見ると、… なんと、プロゴルファーの川岸良兼が指揮をしているではないか! 驚いたのだ。よく見てみると佐渡裕という指揮者だった。それほど二人はよく似ていた。その佐渡裕氏だが、「裕」と書いて「ゆたか」と読む。


先月のことだが、指揮者の佐渡裕氏が、ベルリンフィルの指揮をすることになったというニュースが流れた。

残念ながら、佐渡氏がどんな指揮をするのか?よく知らないでいる。なぜなら、現在、我が家に、ちゃんとしたオーディオ装置がないので、彼の指揮する音楽CDを買う気になれないのである。クラシックばかりは、フォルティッシモからピアニッシモまで、高音質で再生領域の広いスピーカーで聴きたいのだ。


佐渡裕氏がベルリンフィルの指揮をすることになったというのは、ベルリンフィルの定期公演での指揮である。来年の5月20日から3日間行われる定期演奏会でのことだという。ずいぶん先の話しだが、それまで、ベルリンフィルの公演は、有名指揮者でいっぱいなのだろう。

さて、ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のことだが、世界中の、どこの楽団とも違う音色を持っているような気がするのは、ぼくだけだろうか? どーしてそのように感じるのか、いつかじっくり聞いてみたいと思っているのだ。

ベルリンフィルというと、いかにも、ドイツ統一以前は、東側の楽団であったようなイメージだが、実際は、楽団所在地は冷戦時代など西ベルリンにあった。もっとも、発足は、ドイツに王様がいた時代(最初の定期演奏会は1882年のこと)のことである。

カラヤンの影響だろうか。カラヤンのタクトから紡ぎ出される、楽曲の解釈が、ベルリンフィルの性格を決定づけているのかも知れない。ぼくの中では、


ヘルベルト・フォン・カラヤン(1989年没)。ぼくは、あまり好きな指揮者ではなかった。ぼくには、カラヤンの表現が、性急に聞こえてしまってしょうがないのである。ベートーヴェンのシンフォニー №5 などは特にそうである。ただし、№7 は違う。№7 といえば、「のだめカンタービレ」のテーマ曲でもあるが、これはすごい。むかし、家にオーディオ装置があったころ、レコード盤を手に入れて、何度も聞いてしまったのだ。



[文庫本やノートパソコンのこと] '10.6.1

先日のことだが、… 書店に入ってみると、ようやく1Q84BOOK3が平積みに並べられていた。 … いつ、文庫本が出るのだろうか。そうしたら買って読んでみたいのだが、 まだ先だろうか?


先日のことだが、… テレビのニュースを見ていると、iPad の日本での発売を報じていた。それを求める客が行列をつくっていた。 iPad に圧(お)されて、ほかのノートパソコン(ラップトップ)が安くならないだろうか。 そしたらノートパソコンを手に入れられるのだが、


先日のことだが、興味ある小説の文庫本化を願ったり、欲しいノートパソコンの値下がりを願ったり、… 考えていることが、どこか、微妙に寂しいかも知れない。



[間違い電話] '10.5.23

先日、ぼくの携帯に、間違い電話があった。間違い電話自体は珍しくないのだが、しかし、今回は驚いた。相手が中国語で話してきたのである。

中国語は困る。

こんにちはは、ニーハオ。さようならは、チャイナラ。1234は、イー リャン サン スー。このくらいしか知らないのだ、中国語は。



[キリンの首2] '10.5.21---(ウイルス8-2)

前回、ミッシングリンクのことを書いたが、進化は、徐々にというより、「急激な変化」によって起こった方が、もっともらしく思える。

キリンの首は、あるとき、急に伸びた。鳥類は、恐竜から短時間で鳥類へ移行した。人類も、あるとき、サルから突然に人類になった。このように、変化は急な方がしっくり来るのである。

上記のような、急激な変化の最初を『突然変異』が起きたというが、

その突然変異だが、生物の進化を説明するのに、やはり、若干の問題がある。[キリンの首1]では、自然選択=自然淘汰に問題があると書いたのだが、突然変異にも問題がある。

突然変異がひとつの個体に現れても、… 例えば、太古の昔に首の短いキリンの群れが生息していて、そのなかに、一頭だけ首の長いキリンが出現したとする。その首の長いキリンが子供を生んだとする。
はたして、その子供が親のように首が長くなるかといえば、そうはいかない。普通の(首の短い)キリンが生まれる可能性が高い。なぜなのか?

首の長い子供が生まれるためには、突然変異の情報が受精卵の中のDNAに書き込まれなくてはならないのである。なかなかそうはならず、一代かぎりで終わってしまう場合が多い。


まだつづく。



[キリンの首1] '10.5.18---(ウイルス8-1)

キリンの首は異常に長い。その長い首を見るたびに、肩こりで苦しんではいないかと、心配になってしまうのである。

だからといって、キリンは、首の長さを持て余しているわけではない。有効に使っている。高いところにあるアカシヤの木の葉を食べることが出来るのだ。他の動物には手の届かない高さである。もっとも、キリンの他に、アカシアの木の葉を食する動物がいるかどーか、ぼくは知らない。なにしろ、アカシアの木にはトゲがある。

そのキリンの首だが、彼らの祖先の首は短かった。どのようにしてキリンの首は長くなったのだろうか? この疑問が、今回のテーマである。


現在、およそ破綻のない考え方として認められているのが、「自然選択=自然淘汰」である。これは、ダーウィンの進化論、『種の起源』以来使われている用語だ。

人間は家畜やペットを人間の都合のいいように品種改良してきたが、「自然選択」とは、それが、自然によって改良されていくことである。あるいは、それぞれの種に都合のいいように、自らを環境に順応させていくことである。キリンも、時間をかけて、種みずからの首を長くしていったのである。


しかし、「自然選択」では説明のできないことがあるという。キリンの首でいえば、キリンの首は長い時間をかけて徐々に長くなっていった。だから、その中間の長さの首をもったキリンがいるはずである。しかし、そういう化石が発見されていないというのだ。「ミッシングリンク」というらしい。



[ネコの度胸試し2] '10.5.8

前回の [ネコの度胸試し] のつづきである。『ネコはなぜ、走ってくる車の前に急に飛び出したりしたのだろうか?』その疑問について、もう少し考えてみた。

世を儚んで自殺を謀ったわけではないだろう。やはり、前回書いたように、『命がけのスリルを求めた』ということだと思う。

もしかすると、ネコ族に、ネコのなかでも、特に齢若いネコに、チキンレースの文化があるのかもしれない。走ってくる車の前に飛び出すのを競うのだ。出来るだけ車に近い方がよい。それが勝者である。そのために、多くの齢若いネコが命を落としている。ネコ族の、どーしようもない野生のプライド、あるいは遺伝子。それは、生きていることの証でもある。


人間とネコ族にとって、死とは何だろうか? これまでぼくは、そのことについて、『死んでみないことには解らない』と単純に考えていたのだが、それは、哲学的には、思考停止だったかもしれない。ところが最近読んだ小説に、よい解釈があるのを見つけたのだ。

村上春樹の『ノルウェーの森』。この小説の冒頭あたりで、『死は生の対極としてではなく、その一部として存在している』と書いてあったのだ。作者自身が語っている。 カッコイイ表現だ。

ネコのチキンレースを目撃して思い出したのだ。『生の中に死が含まれる』という認識を、



[ネコの度胸試し1] '10.5.6

中学校の体育館でバレーボールの夜間練習があった。ぼくはいつもどおり、サークルのメンバーに交じって華麗なプレーをしてきたわけだが、その帰り道のことである。体育館には車で来ている。

自宅に帰るには、となり村を通らなければならない。となり村の道はセンターラインは引かれていないが、狭くはない。

夜の9時過ぎ、ぼくはその道を走っていた。対向車が来た。対向車はヘッドライトの感じから、リッターカーか軽自動車だった。こちらの車とすれ違う、そのほんの少し前のことである。突然、ぼくの車の左手からネコが飛び出してきて、対向車の前を横切ったのだった。(ひかれた!)と思った。… 大丈夫だった。ネコは目にも留まらぬ速さで対向車を掠め、道路わきの植え込みに消えていったのだった。対向車はブレーキを踏む余裕もなかったのだろう、逆に、何ごとも無かったように走り去っていった。

危ないところだった。 ネコがではない、ぼくがだ。対向車がネコを避けるためにハンドルを切り、ぼくの車の前へはみ出してきたら、えらいことになっていた。


しかし、車の前を横切ったネコのことだが、なぜ、好んで危険を冒したのだろうか? … きっと、このネコも、毎日変化のない生活を送っていたに違いない。たまに、度胸試し、命がけのスリルを求めたのだろう。



[言論統制] '10.5.3

4月の出来事で [Googleと中国] と題したものを書いたが、それは言論統制などはやく無くなればよい、と考えたものである。

以下は、そのつづきの「反論」のようなものである。

5月1日の土曜日に、教養・ドキュメンタリー系のテレビ番組をやっていた。午前11時からの番組で、「週間NEWS新書」というやつである。12チャンネル。田勢 康弘 (たせ やすひろ)というジャーナリストが司会をやっている。彼がゲストを相手に興味深い話をしていたのだ。

中国と日本の記者が集まって、話し合いが持たれたそうである。そのなかで、日本の記者が中国の記者に聞いたそうだ。中国では胡錦涛の批判などまったくできないが、それをどー思うか?と。

中国の記者の答えが面白い。日本では首相の批判を自由にできるが、その報道によって、日本人は幸福になったのか? と逆に質問してきたというのである。



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(最下)