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長野市 大峰山(828m) 地附山(733m)

長野 2011.11.25
単独 マイカー   大峰山 三等三角点
××× 雲上殿(10.25)−−−大峰山(11.00)−−−地附山(12.00)−−−地附山公園(12.20)−−−雲上殿(12.40)

朝、目が覚めてもなかなか布団から抜け出せない日もある。今朝もそれだった。日課のランニングorウオーキングをする気になれない。

「まあいいや、その代りあとで近くの里山でも少し歩けば同じこと」、そんないいわけを考えながら頭に浮かんだのが地附山。

地附山と言えば26年前(1985年7月)、山全体が大きく動くような地滑りが発生、老人介護施設が呑み込まれて26人が犠牲になった。当時長野市に勤務していて、市の中心部からも山の動いている様が見て取れたのを思いだす。

その跡が公園として整備され、トレッキングコースが作られているという話は聞いていた。その地附山へ登ってみることにした。

位置は善光寺の真北、三角点はないが地形図にも載っている山だ。

地附山前方後円古墳のある山頂

雲上殿下の駐車場から車道を少し西へ向かうと、短歌の刻まれた石碑数基のある歌の丘。ここから大峰山への山道へ入る。大峰山手前から地附山へと辿る連絡道があるはずだった。ところがそれらしい分岐もわからないままに大峰山へ着いてしまった。ここは真冬に登ったことがある。

大峰山山頂から地附山方向の東へ向かう山道を行くことにする。里山だけあって幾筋もの道が輻輳している。果たして地附山へ向かっているのかどうか。今考えれば地附山とはまったく逆の方向へ、藪っぽい獣道のようなトレールを拾っていた。突然目の前に火葬場が・・・ありゃ〜。しかたなくまた薄い藪の中を戻る。

突然地滑り後閉鎖されたままの車道に出た。これもハプニング。車道を下って行けば駐車場所近くに降りることだけはまちがいない。いわゆる昔のバードラインだ。

閉鎖されてはいるが現役並みの立派な車道をてくてく下って行くと地附山トレッキングコースの道標。ここからまた山道へ入る。すぐに“地附山前方後円墳”と“六号古墳”の突起。地附山は地図を見てものぺっとしていて、どこが山頂か特定しがたい。この突起が山頂ということでいいだろう。

やたらに道標が設置されているが、駐車した雲上殿とのつながりがわからない。

道標の地附山公園がどのあたりかわからないが、駐車場所とはそれほど場違いに離れたところではなはず、そう楽観して下って行く。

ハイカラに整備された地附山公園からは、車道を下って行った先が雲上殿だった。

日課の運動代わりという軽い思いとは少々ちがって、方向もわからずに山中徘徊のご粗末ハイキングとなってしまった

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