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三才山=みさやま(1605m)〜六人坊=ろくにんぼう(1618m)

長野県 2006.03.16 単独 マイカー 六人坊 三等三角点
コース 三才山トンネル付近(9.10)−−−『観世音』石碑(10.00)−−−稜線1625P(11.15-11.20)−−−三才山峠(11.35)−−−三才山(11.45)−−−六人坊(12.00-12.15)−−−三才山峠(12.35)−−−1625P(13.05-13.10)−−−『観世音』石碑(14.25)−−−三才山トンネル付近(15.05)
六人坊山頂三角点

変わった名前の山というリストを作ったら間違いなく六人坊も入るにちがいない。前月登った伊那谷南部の『十六方』、関西の方から聞いた『十ニ坊』も似た響きがある。

この山は美ケ原の北方7キロほどのところに位置していて、国地院地図には三才山トンネル付近から1625メートル標高点付近への登山道が記されている。それとは別に保福寺峠〜武石峠を結ぶ林道を使えば、三才山峠からわけなく登ることができるので、登山・ハイキングの山としてはほとんど知られていないようだ。

国地院地図にある三才山トンネル付近からの登山道が、現役として使えるかどうか不明だったが、このルートで歩いてみることにした。
丸子から254号線で鹿教湯を通り、三才山トンネルの料金所を通過、最初の短いトンネル(孫六トンネル)を出て橋を渡った先に路肩の広いところがあったのでここに車を駐車。天気はピーカン、良い登山日和になってくれた。
地図の登山道入口がわからないままに先へ進むと、左手に雪で埋まった林道があったのでこの道へ入る。左カーブを二つ曲った先のカーブミラーのところで左手の尾根へ取付いた。はっきりした道形ではないが、これが地図に載っている尾根通しのルートらしい。少し登ると道形がはっきりしてきた。やがて凍結した雪が気になりだし6本爪のアイゼンをつける。「きのこ山入山禁止」の表示が見える。秋の入山はやめた方がよさそうだ。
雪の上にはタヌキ、シカ、ウサギの足跡が見えるのみで人の歩いた形跡は皆無。50分ほどの登りで『観世音』と彫られた石碑の前を通過する。雪は次第に深くなってきた。一昨日降った雪がきれいに化粧直しをしている。

針葉樹林の単調な登りが終ると、突然落葉樹の小広い平坦地形のところへ飛び出した。ダケカンバ、ミズナラなどの木立が雪面に影を落としてなかなかいい感じだ。雪は深まりここで道形はまったく分からなくなってしまった。この先の苦労など予想もつかいな穏やかな雰囲気に包まれて高みの方角へ足を向ける。次第に勾配はきつくなり、キックステップで一歩一歩登っていくようなる。最初はシカの足跡を追っていたがついていけなくなった。キックステップがよく効くので、潅木につかまったりするものの登高にさほど困難はない。地図では稜線に近づくと等高線沿いの水平道が記されているが、この雪では見つからないかもしれない。

勾配はさらに厳しくなる。逼塞感もただよって別世界に紛れ込んだような暗っぽい翳りのイメージが支配している。それに岩も出てきた。のっぺりとした急斜面は手がかりもなく、もし滑ったら下までいってしまうかもしれない。岩っぽい尾根状にルートを取ったがこれも厳しい。立ち枯れの潅木も多く、つかんでも体重を預けるとポッキリということになる。一本一本慎重に確かめてから手がかりにする。行きづまると右へ左へと手がかり、足場を求めて恐る恐る移動して通過しなくてはならない。遅々としてはかどらない。せめて12本爪アイゼンならいくらかは楽だったかもしれない。6本では役不足の感は否めない。非力な私には岩壁登攀でもしているような緊張がつづいた。引き返したくても、ここを下るのは登りより怖い。ときどき赤テープが目に付く。無雪期に登ったものだろうか。雪がないときならこれほどの緊張、恐怖感はないのかもしれない。どっちにしてもこれは一般ルートでないことは確かだ。
恐怖と戦いながら、一方では帰りをどうするかそれも心配しながら攀じ登って行くと、ようやく稜線が頭の上に見えてきた。あと一息、最後に勾配が緩んで稜線のピークに立つことができた。ここが1625メートルピークらしい。結局地図にある水平道は分からずじまいだった。落葉樹の平坦地形からわずか200メートルほどの高度差を1時間もかかってしまった。緊張と全身運動で疲労感もかなり強い。

左が穂高連峰、右端は槍ケ岳
紺青の空の下、鮮明な北アルプス銀嶺が天を画するように展開している。樹間からはこれから目指す六人坊もうかがえる。目の前の烏帽子岩も予定していたが、体力消耗と時間の関係でこちらは諦めることにして三才山峠への下りに入る。尾根を忠実に下って行くが、積雪はかなりある。樹木の切れ間からはみごとな展望が広がり、思わず足を止めてカメラのシャッターを切る。中央アルプス、乗鞍、北アルプス全山、好天ともあいまって実に素晴らしい。とりわけ穂高、槍がみごとだ。
三才山峠へ降り立つと、そこは林道で峠の歴史説明や御影石の『三才山峠』の標石がある。冬季閉鎖で車の轍はない。アイゼンを外してそのまま三才山、六人坊への登りにかかる。こちらは南斜面のためか雪は少ない。このコースも人の歩いた足跡は皆無。セピア色の落ち葉が露出しているところもある。
ひと登りした小ピークが三才山、しかし何の標識もない。樹間に北アルプスや頸城の山々、浅間、東信の烏帽子、四阿山、根子岳などを望めた。この先小さなコルを経てもう一度登り返したピークが本日の本命『六人坊』だった。小さな山頂には三等三角点の標石が雪の上に頭を出し、松の幹に六人坊のプレートが取り付けられている。中ア、北ア、乗鞍などが望見できるが、周りの樹木が少し邪魔だ。さらに先まで足を延ばして様子を見たが樹木の切り開きはなかった。

帰りの困難を思うとゆっくり休む気にもなれない。軽い昼食をとるとすぐに山頂を後にして引き返した。三才山峠から再びアイゼンをつけて1625メートルピークへの登り返しとなる。全身けだるさを感じ、重たい足は一歩一歩がきつい。足休めかたがた北アルプス方面の展望に足を止めて何回も眺める。
さてこれから下りのルートをどう選んで行くか、足跡が残っているからと言って、登ったルートをそのまま下ることは難しい。登るときは直線的にピークを目指したような気がするが、帰りは等高線を斜めに切るようにして、東寄りに傾斜を緩和したコースをとってみることにした。うまくいくかどうかはわからない。足を踏み出したが決して生易しくはなかった。10メートルザイルが一本あればどれほど助かったかしれない。潅木が体重に耐えられるかどうか、一つ一つ確認し、足場を求めながら怖さと戦いながら、垂直にさえ感じるような斜面を下って行く。何回も立ち往生して少しでも安全そうなルートを選ぶ作業に気の休まることがない。
地図と地形を見比べても、現在地が特定できず、このまま下って行くとどこへ降りるのか、それも定かではない。

ふと下を見ると水平道のようなものが見える。山道か・・・喜び勇んでそこまで降りて見るとどうやらけもの道のようだ。比較的明瞭に水平に延びている。小さな山襞を二つか三つ回り込んだだろうか、運を天に任せるような気分でそのまま進むと、パッと開けた明るい空間、それはあの『観世音』石碑から少し登ったところにあった落葉樹の小平地にちがいない。陽の降りそそぐ落葉樹の中を進むとみごと自分の足跡があった。生き返ったような安堵感がみなぎった。それにしてもかなり南方向へづれて下っていたようだ。
どれだけ汗をかいていたかわからないが、水を飲む余裕もなかった。お腹の空いたのも感じなかった。余裕というものをまったく失って、ただ無事に登山口へ降りることしか考えられなかった。

あとは雪の上に残る足跡を拾い、疲れた足を引きずって下って行ったが、次第に雪が消えかかってきたこともあって、登りでは間違える心配などしなかったところで、2回ほど道を見失いかけて行きつ戻りつしてしまった。緊張感からの開放と疲労のせいだったかもしれない。
6時間ほどの行程にしては強い疲労感に襲われた登山だった。帰宅してから、水分を摂っても摂ってもまた飲みたくなる状況がつづいた。とにかく行動中水を口に含んだのは1回だけ、水分を摂る気持ちの余裕もなかったということで、軽い脱水状態に陥っていたようだ。
翌日は全身にギシギシとした痛みを感じる。こんなことは久しくなかったことである。年甲斐もなくかなり無理をしてしまったと反省しきり。

 
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