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黒部川 『下の廊下』

富山県 2007.10.15~16 8人パーティー マイカー 地図 十字峡北西 三角点 なし
コース ≪1日目≫黒四ダム(8.00)---真砂沢出合(8.55-9.05)---新越の滝(10.20-10.30)---白龍峡下(11.50-12.20)---十字峡(13.10-13.20)---作廊谷---半月峡(14.10)---東谷吊橋(14.50)---仙人ダム---権現峠---阿曾原小屋(16.00)

≪2日目≫阿曾原小屋(7.10)---折尾の大滝(8.50-9.15)---志合谷出合(10.15)---送電鉄塔で休憩(11.10-11.35)---欅平上の鉄塔(12.05)---遊歩道分岐---欅平駅(12.40)
『下の廊下』の雰囲気を少しだけ感じていただけるよう、数枚だけですが写真を貼付しました


山歩きを趣味とする者は誰しもが同じだと思うが、いつか登ってみたい山、歩いてみたいルートをきっといくつか抱えているはずだ。
私も1500を超える山を登り歩いてきたが、いまだ思いを抱くのみで実現できないままのものがいくつも残っている。もちろん力量として無理な山は最初から望外なこととして外している。
そのような山のうち、今回黒部川『下の廊下』を歩く機会を得た。老・熟年男女8名の大パーティー、いつも単独の私にとってはこれはかつてないほどの大パーティーなのである。メンバーはそれぞれが山のベテラン、中でも富山県のA氏は81歳という高齢ながらそのキャリアは錚々たるもの。標準コースタイム1日目7時間、2日目5時間をわれわれと遜色ないペースで悠々と歩ききってしまった。あと10年、A氏と同じ年齢になるまで、とても私には真似できそうもない。


立案はロッククライミングやアイスクライミングから里山まで、オールマイティに山を楽しむC子さん、8名の都合がつく日と天候をすり合わせながら苦心の末の計画を作りあげてくれた。
残念ながらそれらの条件のほか、仙人池ヒュッテの当期営業終了などの理由で、当初予定の『室堂--仙人池--阿曾原--黒四ダム』が今回のプランに変更せざるを得なかったのはしかたなかった。

15日朝、富山県からA氏、山梨からC子さんほか6名、そして長野市からの私、3台の車が扇沢へ集合。私の車を下山予定の宇奈月温泉へ回送依頼してからトロリーバスで黒四ダムへ。

黒四ダム駅を下車するとほとんどの人はダム堰堤方面へ向かうが、われわれは登山者用の通路を通って堰堤下への急坂を下り黒部川へと出る。橋を渡った左岸には、われわれがこれからたどる日電歩道に延びている。巨大なダム堰堤を背中にして下流へ向かっていよいよ『下の廊下』の始まりだ。
狭い谷あいから見あげると青空ものぞいていて良い日和だ。稜線付近には紅葉・黄葉の彩りが美しい。
左右に迫る岩壁が次第に険しく視界に迫り、歩道と谷底までの深さが大きくなってくると、間もなく真砂沢の出合。このあたで待望の『下の廊下』の核心部へ入ってきたことを実感する。岩壁の中腹を穿って作られた歩道は、しっかりとした鉄線が張られているが、足を踏み外せばただごとではすまない。次々と目に飛び込んでくる素晴らしい景観、そして足元の確認と視線はせわしなく動き回る。


峡谷は竿が届きそうなほどに狭い。いかに岩壁が急峻かという証だ。聳立するその岩壁には、盛りには少し早いが赤や黄が点々と散りばめられ、幾筋もの滝が岩壁のアクセントとなって落下している。そして深い谷底に目を落とせばエメラレルグリーンの水流が滔々と流れ下っていく。黒部の谷が峡谷美トップクラスと言われるのに嘘偽りはない。目に入るどの一画を切り取ってもすべて絵になる景色とは、このようなことを言うのだろう。同行のメンバーも絶え間なくカメラのシャッターを切っている。
このあともこうした景観がほとんど絶えることなくつづくのだから、まさに贅沢三昧の峡谷遊歩というべきか。

新越沢に掛かる新越の滝も見栄えがする。全員立ち止まってしばしその景観を観賞する。
これから『下の廊下』のクライマックスとも言える白龍峡、十字峡へと入って行く。とりわけ白龍峡付近の見ごたえは言葉では伝えることができない。エメラルドグリーンの急流が、岩を削り食みながら駆け下り、ごうごうと逆巻きながら滝となって暴れるさまは迫力満点だった。

左側は岩の壁、右は垂直に切れ落ちた谷、大げさではなく確かにこの道は断崖絶壁に細く一筋うがかれた道なのだ。大きなザックの場合、岩の壁にひっかけたりすると大変なとことなる。『下の廊下』ルートの大半は二人並んで歩くことは出来ない。縦1列になっての進行である。歩道の険しさはおさまることなく、鉄線につかまりながら前進、登山者の対向時はどちらかがやや広い場所を探して譲り合わないと行き違いができない。
よくもこのような歩道を作りあげたものだ。高所恐怖症の人は目まいを起こすかもしれない。

そんな狭い歩道の中にも、ゆっくりとくつろげる場所があるものだ。白龍峡を過ぎた先で少し広くなったところが見つかり、昼食休憩となる。圧倒された景観ともしばし離れて緊張感から開放、ほっとできるひとときだった。


さらに進めば、『下の廊下』でもっとも知られる十字峡となる。十字峡の手前付近だっただろうか、小瀧の下をくぐり抜けるようにして通過、左半身にしぶきをかぶってしまった。
十字峡吊橋の手前で、踏跡をたどって少し下ると十字峡を間近に眺める岩の上に出ることができた。剣沢、棒小屋沢、そして黒部川が十字に交わっている。黒部の流れがこうした美しいエメラルドグリーンに見えるのはどうしてだろうか。ほんとうにみごとな色あいに染まっている。赤く実をつけたナナカマドを前景にして十字峡の写真を何枚も撮った。
十字峡の吊橋で剣沢を渡ると、本日の長かった峡谷美のクライマックス区間も終わりに近い。

次の景観ポイントは半月峡、ここでは水の持つ力をあらためて感じさせてくれる。緻密な計算の上で削りとったように、巨岩が半月状に削られている。半月峡が本日最後の見せ場だった。
大きな口を開けた送電線取り出し口を見ながらS字峡を通過すると、東谷吊橋を渡って右岸へと移る。峡谷美とはしばらくお別れだ。

仙人ダム右岸の車道をたどってダム堰堤上を再び左岸側へ移動。堰堤の上からは3段の雲切りの滝が望見できる。晴れて日に照らされていたら、きっと素晴らしい眺めだっただろう。
仙人湯への道を分け、強烈な硫黄臭と温風の吹き抜けるダム施設のトンネル状の通路を抜けると、関電の従業員宿舎が2棟並ぶ広場を通り急登にかかる。概ね下りばかりを歩いてきた本日のルートで、ここがいちばんの急登だった。
約100メートルの高度を登ると権現峠という標識がある。そのあと意外に長く感じる水平道となる。高度が低くなってきたこともあり、ブナなどの高木が目立つようになってきた。この水平動道あたりが谷底までの高低差を最も感じるところだった。


岩壁をうがった狭い歩道
本日の宿舎阿曾原小屋へは、先ほどの急登と同じくらいの急な下りとなる。1日目の行動時間は約8時間だった。それなりの緊張はあったが、体力的には楽なコースで疲労はほとんど感じなかった。
温泉は補修中で入浴不可、急ごしらえの沸かし湯が代わりをつとめていたが、沸かし湯では仕方ないので入浴はパス、夕食までの時間パーティー8名全員で宴会となる。持ち寄ったワイン、酒、ウイスキー、それに小屋で購入した冷たいビール、つまみは各人持ち寄りの豊富な品々、一杯やりながらの語り合いは通じあうのも早い。単独行の私にはふだん味わえない貴重なひとときだった。
小屋は定員オーバーの満員、布団1枚に二人がくっつきあって寝ることになった。寝る前、隣の布団の男同士、小屋の食事が悪い、いや山小屋なんてこんなものさ、そんな議論を真剣に戦わせているのが面白かった。悪いという評価も公平に見てまあ仕方ないと言えるだろう。

翌朝7時10分に小屋をあとにする。雲量は多いが雨の心配はなさそうだ。
今日は5時間コース、気は楽だ。まずは急登から始まる。そのあとは岩壁を穿った水平歩道がつづく。歩いたあとを振り返ると、まさしくそれは水平道、垂直に近い角度で谷底へと落ち込む岩壁に、両足巾ほどの歩道がつけられている。右手谷底を見ても岩壁はまったく見えず、岩をかむ水流しか目に入らないから、まるで空中歩道を歩いている気分だ。

本日のコースは黒部の流れより、対岸に見る岩壁の景観の方に圧倒される。大太鼓、奥鐘山などの巨大な岩壁はおどろ恐ろしいような迫力だ。次々と目に入る滝の中でも折尾の滝はしぶきが降りかかるほど間近で見ることができる。とにかく見所には事欠かない景観ばかりだ。
折尾の滝で全員の写真を撮ったあと二つのトンネルを抜ける。一つ目のトンネルはライト無しでも歩けるが、二つ目志合谷のトンネルは蛇行した真っ暗闇で、ライト無しでの通行は無理だ。
奥鐘の岩壁の見えるあたりだっただろうか、遠く後立山の稜線がのぞめる。みんなで白馬岳だろうか、朝日岳だろうか、旭岳・清水岳だろうか、いろいろ推測してみたが結論が出せなかった。

最初にあらわれた送電鉄塔で休憩後、最終コースに入る。二つ目か三つ目の送電鉄塔のところに欅平上という道標がある。下からトロッコ電車の警笛が聞こえてくる。ここから欅平へ向かって高低差200メートルの急坂を降下すれば、観光客が三々五々そぞろ歩く姿が見える欅平駅だった。

宇奈月温泉行きのトロッコ電車に乗ってしばらくすると雨が落ちてきた。行動中雨にもあわず歩けた幸運に感謝。
宇奈月からは回送してある車で扇沢へと向かった。途中から雨は本降りに変わってきた。

困難な山、大きな体力を要する山を踏破したときの満足感、達成感、感動とはまたちがった、美しいものに触れることのできた感動、それにプラス心地良いメンバーに恵まれた満足感を味わった山行だった。