追想の山々 1025    up-date 2001.06.19


吾妻連峰縦走登頂日1988.10.9  (単独)
白布峠(5.40)−−西大巓(7.10)−−−西吾妻山(7.40)−−−人形石(8.20)−−−藤十郎(8.50)−−−東大巓(9.25)−−−昭元山(10.00)−−−烏帽子山(10.20)−−−家形山(11.25)−−−一切経山(11.50)−−−浄土平(12.30)−−−吾妻小富士−−−浄土平
西大巓(1982m)  西吾妻山(2035m)  東大巓(1928m)  昭元山(1893m)  
烏帽子山(1879m) 家形山(1870m)  一切経山(1949m)  吾妻小富士(1705m)


手軽に日本百名山の西吾妻山だけを登ってもよかったのですが、この山域の良さを書籍で目にして、ぜひ縦走をと考えました。ガイドブックでは、このコースは所要11時間半、山中一泊を要することになっていますが、ハイピッチで飛ばして悠々一日で歩くことができました。休憩も入れて6時間50分という早さでした。
このころ脚力に任せてガンガン歩くのが楽しくなっていました。山へ登るという行為より、マラソンの延長のような感覚だったようです。今振り返るとまるで気ちがい沙汰の歩きかたでした。


韋駄天登山
西大巓から磐梯山と猪苗代湖の展望


東北のこの吾妻連峰は、手垢にまみれていない豊かな自然そのままの山と聞いて、私の楽しみにしていた山の一つであった。  
昭和20年代まで交通も不便な奥まった辺境の地にあったこの山も、今では磐梯吾妻スカイラインをはじめ道路も縦横に整備され、大型の観光バスが大挙して押し寄せる一大観光地となっている。それでも山中に一歩入りこめば、オオシラビソやコメツガの原生林が深く茂り、起伏する山巓のあちこちには湿原が広がり地塘が点在する。この山域はいまだに深山の趣を残している。

縦走コースとしては、浄土平から一切経山を経て西に向かうものと、白布峠方面から西大巓、西吾妻山を経て東へ向かう二つがある。私は後者の白布峠から東進するコースをたどった。  

東の空がほのかに白み始めたころ、裏磐梯山荘を出発、妻に白布峠まで送ってもらう。ヘッドライトに照らされた2頭の狸が、いかにも仲良しげに並んで道路を横切っていった。今度は野兎が突然ライトの前で大きく跳びはね、びっ くりさせられる。
すっかり明るくなった白布峠に着く。声を出しただけでも、この静けさの調和が壊れそうな、そんな静寂が峠に漂っていた。
梢越しに見える西大巓、西吾妻山はどちらとも区別がつかぬほどよく似た山容を見せていた。アルプス交響曲が聞こえてきそうな美しい朝だった。
妻を山荘に返し”吾妻連峰縦走路入口”の標識に導かれていよいよ登山道に入る。長いコースだが予定の時間内に歩ききれるだろうか。多少の不安はあった。
軽いアップダウンを繰り返すばかりで、なかなか本格的な登りにとりつかない。少し登ると又下ってしまう。少し大きな下りでようやく鞍部、いよいよ西大巓に向けて数百メートルの高度を直登して行く。うす暗い原生林、苔むした岩、黙々と足を運ぶ。西大巓の登りで出来るだけ時間をかせいでおきたい。この登りに要する時間で、今日のコース大体の所要時間が読めるだろう。汗をぬぐい、まだ見えぬ頂上を探るように透かし見ながら、ぐいぐいと歩を伸ばしてがんばる。  
傾斜がゆるみ、視線の先が明るくなって樹林を抜け出ると、そこが西大巓のピークだった。上空には雲が広がり、ガスもかかってあまり良い天気ではない。磐梯山が見える。指呼の先に西吾妻山が、その先に更に丘状のゆるやかな山稜の吾妻の山々が続いているのが望める。
草もみじの中、西吾妻山へ向かってのびているひと筋の小径をたどる。西吾妻小屋から湿地の水溜まりを避けながら、シラベの原生林の急登をひと登りすると、道は下りとなる。今通過したピークが西吾妻山の頂上だったが、気づかずに通ってしまったらしい。

人形石付近の池塘と草もみじ
シラベの林が途切れ、岩石の堆積した天狗岩、そして凡天岩とはっきりした道がつづく。凡天岩を過ぎると池塘の点在する美しい湿原の景観が広がる。枯渇した池塘が目につく。早く保護をしないと残る池塘も同じ運命をたどるのではないかと心配になる。
湿原で手の切れそうな冷たい水で喉を潤し先を急ぐ。  
人形石の湿原、藤十郎の湿原を過ぎると、今度は弥兵衛平と次々と異なった顔を持った湿原が現れる。なんと素晴らしいコースだろう。ウキウキしてくる。弥兵衛平の湿原は特に規模が大きい。長い長い木道が延々と続き、好天の下でこの景観が望見できたらどんなに見事だろうか。

ガスの切れ間にのぞく山肌は、黄色を基調とした紅葉と草もみじに全体を染めている。
道標に《山形県》と入っているのを見て、改めてここは福島、山形県境にあることにきづく。“遠くに来たものだ”・・そんな実感が湧く。
ペースは予定の時間を上回る速さできている。迎えの妻を待たせずにすみそうだ。
もうすこし湿原の中でくつろぐことができればいいのだが、今日はそうした時間の余裕がない。健脚者でも山中一泊のコースを一日で、それも短い時間でやってしまおうというのだ。   
東大巓からは、時おり潅木の間から紅葉の山が霧に煙って見えるが、おおむね原生林の中の上り降りの連続だ。この先ずっと道の悪いのには閉口した。まるで 泥田の中を歩くようで、最初のうちこそ避けるように努力したが、もうとても避けきれたものではない。
原生林の急登を登りきると、猫の額ほどの狭いピークの昭元山にたどり着く。一旦下って再び登りかえすと、岩石に埋めつくされた烏帽子山の山頂で、ここまで来ればコースの3分の2は歩いたことになる。
五色沼と一切経山(家形山より)
ぬかるみ道ながら、足取りは軽く、にせ烏帽子を過ぎ、兵子(ひよっこ)の分岐の先、一旦下ってもういちど登って開けたところが家形山で、この小ピークに立つと目の前に一切経山が地肌を剥き出しにして超然と構え、その手前には五色沼が気味悪いほどに美しい色をたたえている。沼は中心から外側に濃く変化し、それは《吾妻のひとみ》そのもの、エメラルド色に輝き絢爛豪華な宝石の輝きだった。
近寄りがたい神秘沼は、宗教的荘厳さの一切経山と対一体をなして互いに相ふさわしく存在しいるように見える。

家形山の肩から急斜面をひと足でかけ下り、沼畔を抜けて標高差200メー トルをかけ登るようにして一切経山のピークに立った。ここには浄土平からのハイカーや家族連れが、軽装でたくさん登ってきていた。丸裸で遮るものもない頂上に、北風が吹きすさび寒気が肌をさし、じっとしていられない。
今日の長い行程のフィナーレ、浄土平への道をゆっくりと踏みしめながら下った。
浄土平は連休の観光客で混雑していた。原生林や湿原の中の長い縦走を終えて、今この人の群れの中にとびこむと、まるで場違いのところに突然入り込んだような戸惑いを覚える。  
妻と待ち合わせの駐車場に自動車を見つけ、着替えをして一人ビールで乾杯 をする。妻はどこかを散策しているようだ。
一切経山からの下りから吾妻小富士を見る
観光客に混じって吾妻小富士を往復して来た。

ガイドブックの半分ほどの時間で歩いたが、たいした疲労もない。60Kgに満たないこの痩身でよく歩くと自分でも感心する。
このまま、まだまだいくらでも歩けそうな気がした。

もう一度訪れたい心に残る山であった。