追想の山々1045  up-date 2001.06.25

カムイエクウチカウシ山(1979m) 登頂日1994.08.11 晴れ・霧  単独
林道終点(3.55)−−−七ノ沢出合(4.05)−−−八ノ沢出合(5.20〜25)−−−1000米三股(7.00〜 15)−−−最初の滝下(7.30)−−−八ノ沢カール入口(8.10〜15)−−−稜線コル(8.40)−−−カムイエクウチカウシ山(9.05〜25)−−−コル(9.50)−−−八ノ沢カール入口(10.10〜16)−−−(休憩10分)−−−最初の滝下(11.05)−−−1000米三股(11.24)−−−八ノ沢出合(12.15)−−−林道終点(13.32〜13.50)===ピヨークンの池===幕別温泉(16.00)
所要時9時間40分 1日目 ***** 2日目 **** 3日目 ****
                  1994年・北海道の山旅〓その4〓(57歳)
感激のカムエク山頂、杭には「札内岳」とある

日本三百名山を目指す登山者が、難関と思われる山を3つ上げるとすれば、間違いなくこのカムイエクウチカウシ(=カムエク)はその中に入るだろう。
私にとっては手の届かない山と思っていた。300名山踏破の可能性が少しだけ現実味を帯びてきたとき、目の前にが立ちはだかったのがカムエク。

日本百名山は、そのほとんどが登山道もよく整備され、体力さえあれば誰でも不安を抱くことなく登ることができる。ところが三百名山となるとガイドブックなどの資料が極端に乏しくなってしまう。登山道のない山、はじめて名前を耳にするような山がいくつもある。
私が難しい山と思ってピックアップしたのは、カムエク・毛勝山・笈ケ岳・ 猿ケ馬場山・景鶴山・佐武流山・野伏ケ岳などであった。単独行をもって目的を完遂しようとすれば、さらに登頂は困難さを増す。

今回の北海道山行のメインは、最難関としてマークしていたカムエクであった  
◎ 適確なルートファインデイング能力  
◎ 初歩の沢登りテクニック  
◎ 連続する滝の高巻き判断  
◎ ヒグマ対策  
◎ 長大なコースを踏破する体力  

これらの課題を克服して登頂を果たすことが出来るだろうか。一番の気掛りは沢登りの体験が皆無ということ、カムエク登頂を目指すには、困難なものに果敢に立ち向かう決意のようなものを必要とした。緊張の中に机上でのイメージ登山を何回も繰り返してきた。

日帰りは困難、一泊あるいは二泊が一般的な登頂のパターンと言われるが、鍛えたこの脚力を信じて日帰りの挑戦とした。
昨日アポイ岳登頂後、日高の海岸に沿って自動車を走らせ、えりも岬へ足をのばした。岬は観光客の自動車やバスが溢れ、観光を楽しむ人々の群れがあった。黄金道路から広尾町を経由して、札内川沿いを遡って奥へ奥へと入って行く。札内川林道はいずれ日高山脈をトンネルで貫通して、静内へ通じることになる。その工事が真っ最中で、ダンプの往来も激しい。
札内林道ゲート前に3〜4台の自動車が駐車していた。ここが終点かと思ったが、ゲートには鍵がかかっていない。下って来た工事関係の人にたずねると、この奥にも駐車場があり、そこまで入ってもいいと教えられ、さらに奥まで自動車を進入できた。
林道最奥には登山者の自動車が数台駐車していた。広いスペースはあるものの、石がごつごつしていてテント設営には不向きだった。工事用仮設ハウスが2棟ある。1棟は施錠されずに開放したままで、畳が4枚敷かれている。作業員の休憩用だろうが、今夜はこれを使わせてもらうことにした。山懐深い寂しい一夜だった。
連続する八の沢の滝


§ ≪服装≫ Tシャツ・トレパン・地下足袋  
§ ≪ザックの中身≫ 雨衣・水筒1・パン3個・
               飴そのた副食少々・無線機・
               カメラ・三脚・懐中電灯・
               ザックカバ−・草鞋2足・
               ジョギングシューズ・長袖シャツ
               人工肛門ケア用具一式・
               半パ ン・手袋・絆瘡膏など  
荷物は最低限必要なものだけに絞り、徹底した軽量化を図って明朝早発ちの準備を整えてから寝についた。

足元がようやく確認できるほどに白みはじめた4時少し前、妻に見送 られて地下足袋姿で出発した。しばらく林道をたどる。右手札内川本流には新しい砂防ダムが水をたたえている。  
ダムから上流に向けて、護岸工事が進んでいる。林道を10分ほど歩いて、護岸工事の末端で沢に降りたが水流はない。札内川本流と思って降りたのにまったく水流がないのは意外だった。そうだ、これは七ノ沢かもしれない、そう気づいて下流に200 メートルも歩くと、清々とした流れの沢に出た。札内川本流だった。広々として明るい河原で急流もなく水面も静かに澄みきっていた。
わが国で一番美しいといわれる札内川の流れである。水流に足を踏み入れたが冷たさを感じさせない。いよいよ遡行開始。深いところで膝下ほど、徒渉を頻繁に繰り返して行く。渓相はあくまで明るくのびやかだ。川底に沈んだ石は水垢で滑りやすいが、地下足袋はほどよく吸い付いてなかなか調子いい。田舎にいたころ山仕事で履きなれた地下足袋である。  
水垢の匂いが懐かしく郷愁を誘う。子供のころ遊んだ河原を思い出しながら2〜30分遡行したところで草鞋をつけた。見違えるほど歩きやすくなった。クッションも効いて歩行速度も上がった。  

中ノ沢と思われる出合を左に見る。これで第一ポイント八ノ沢出合までの半分と見当をつけたが、その八ノ沢はさらに遠く時間もかかり、もしかすると八ノ沢出合を見過ごしたのではないかと、一時は不安に襲われたりした。しかし八ノ沢出合には一張り程度のテントが必ずあるはず、見過ごすはずはないと自らに言い聞かせて遡行して行く。  

草鞋と地下足袋で脚拵え
前方左手にはっきりとした尾根の張り出しが見えて来た。ようやくという感じでそ八ノ沢出合に到着した。テント場にはこれから下山して行く4人パ ーティー、それに山頂を目指す幕営の二人パーティーが行動開始というところだった。  
八ノ沢出合までの所要は1時間25分、コースタイム1時間40分に対して思ったほど時間が稼げなかったのにやや焦りを感じたが、ひとまず河原の大きな石に腰を下ろして朝食のパンをかじる。妻と無線交信をするが応答なし。まだ寝ているようだ。  
テントの女性が『この沢をどこまでも遡って行けばいいんですよ』と声をかけてくれた。

いよいよ八ノ沢の本格的な遡行にかかった。はじめは両岸の樹林が迫って、幽邃秘境の雰囲気が漂っていたが、やがて沢は明るく開けてきた。思ったほど困難な場面は現れない。いくらか傾斜は増してきたもののたいしたことはなく、構えていた緊張感がいくらか解けていくようだ。
背を越すよな巨石の間を縫ったり、あるいは飛び移ったりして進むが、流れに足を浸ける回数は思ったより少ない。それにしてもこんな石が、よくも上流から押し出されてきたものとあきれるほどの大石が、沢を累々と埋めていた。  
正面に待望のカムエクがその華麗ともいえる勇姿を現した。緑濃い優雅な稜線と雄大な八ノ沢カール。ついにその姿を目前にするところまできた。これこそ畏れ憧れてきたその姿であった。さらなるファイトが湧いてきた。  

左に高度感たっぷりに落下する100メートルの滝、右からも急な沢が合流している。これが第2ポイント標高1000メートルの三股だ。高度計もほぼ1000メートルを指している。落差100メートルという滝下には巨大な岩盤、その上の台地にはテントが1張り見える。資料では『ここからカール底まで滝が連続する。踏み跡は中央二段の滝の左岸についている・・・・』とある。  
ところが中央二段の滝がない。どういうことだろう。見回しても滝は左の100メートル滝しかない。この垂直に近い100メートル滝の左岸を登るのだろうか。疑心暗鬼で解け残った雪渓を越え、その左岸に登路を探して見た。行きつ戻りつしてみたが、それと確信のもてる踏み跡は見つからない。15分ほど時間をロスしてから、意を決してさらに本沢を直進してみることにした。左岸を15分ほど遡上したところで、正面に見まがうことのない滝に突きあたった。資料の中央二段の滝はこれを指すのか、あるいは水量の多いときには、先程の三股正面が滝になっているのか・・・わからぬまま、しかしコースを外していないことだけは確認できてほっとする。  

滝の左岸からいよいよ高巻き開始となる。このあたりから赤テープが頻繁に目につくようになった。ひと登りすると、テーブル状の岩棚の上に出た。沢を離れて右の枝沢を詰めて行く感じのコースと、八の沢を右岸に徒渉して急斜面を高巻いて行くコースのそれぞれに赤テープが見える。さてどっちをとるか。いずれも踏み跡は比較的はっきりしている。資料に目を通したが判断がつかないまま、右岸高巻きのコースに進んで見た。潅木にぶら下がるようにして、腕力で登って行くと、右下深くに滝壷を見下ろす岩の斜面に出た。
湿っぽい岩をへつるようにしてトラバースするが、さすがに足裏がむずむずするような険しさだ。雨でも降れば、ここは上からシャワーとなるところだ。岩場に弱い者にはザイルがないと進めないかもしれない。垂直に切れ落ちた深い滝壷を見おろし、足一つ置くのがやっとのような岩だなを、岩に体を張りつけるようにして恐る恐る進んだ。過去の山行でも、これ以上はなかった慎重さで無事へつりを終わって再び左岸に移った。  

傾斜が厳しくなってきたものの、この先の滝にはほとんど巻道がついていて、あとは危険を感じる場面はなかった。  
張りつめた緊張感からか、急な沢を詰めているのに疲労感はあまり感じない。このロングコースを無事日帰りすることだけが頭の中を占めていた。  
(高巻きをとらずに、概ね沢をそのまま遡行して行くことも可能のように見えた。それは多分、今年が極端な少雨のせいだったからだろう)  
次々と連続して出現する、清涼感に溢れた滝を鑑賞しながら、知らぬ 間に高度が上がって行く。いつか水流は消えて伏流となり、溝道を行くようになった。何となくそぐわない感じのおじさんが休んでいた。「カールまでまだ1時間はかかりますよ。それから頂上まで登りが急で 2時間はかかります」とアドバイスしてくれた。その通りだと、予定の時間を大幅に超えてしまう。さらに足を速めた。  

札内川の遡上、水苔が滑る
カールの底から湧き出している水が美味い。おじさんが1時間と言ったカールまで、20分程で到達。抱き込まれるような壮大なカールが広がっている。カールは急峻な角度で天空に向ってはい上がり、カムエクの稜線となって半月状にカールを巻いていた。  
ここで草鞋を脱いで地下足袋だけになった。広闊なカールは、ヒグマの危険さえ除けば最高の幕営地で、テントが2張りあったが人の気配はなかった。  
カール底の草原を横切って、稜線コルを目指す。カール斜面は高山植物のお花畑だった。花に群がる蜜蜂の羽音が響きあってウォーンと唸るようにあたりの静寂を破っていた。ヒグマ好物のハクサンフウロの群生が目立つ。ふと不安になり、あたりを見回したがヒグマらしい影はなかった。  
タテヤマリンドウ、ミヤマアキノキリンソウ、ハイオトギリソウ、ミヤマキンポウゲなどが目立ち、ほかにもエゾシオガマ、エゾフウロ、ウメバチソウ、ウサギギク、イワツメクサ、チシマアザミ、ナガバキタアザミ、エゾツツジと高山植物の種類も豊富だ。  
コルを目前して、カムエク方面を眺めると、カール底に立ったときには見通せていた稜線に霧がかかって来た。日高山脈中枢部カムエク山頂での眺望が楽しみだったが、果たしてその山頂に達するまで、何とか展望が待っていてくれるかどうか。  
焦る気持ちで先を急ぐ。下山して来る4人に出会う。カールでのテン ト組だった。登りついた稜線コルで、右に進路を取る。反対側は完全に霧が充満していた。肌寒い風が吹き付けて来る。すでにカムエク山頂はガスの中に消えている。見下ろせばたどって来た八ノ沢が延々と伸びていた。  

山頂へはハイマツの尾根を行くが、道というより辛うじて踏み跡がル ートとなっている感じだ。邪魔になるハイマツを漕いだり、踏みつけたりして進む。岩まじりの急登を依然疲労感もなく快調に詰めて行く。  
いくつかの岩を乗り越すと、突然ハイマツを抜けた。そこは再びお花畑だった。そしてお花畑のすぐ先には待望の一等三角点カムエクのピークが待ってた。先着の3人パーティーが休憩していた。三股に張ってあったテントのグループだった。  

八の沢へ入ると、行く手にカムエクとカールが見えてくる
ガスの山頂は展望はなかったが、360度の展望台であることは十分にうかがい知ることができる。はるばると訪ねし遠い北の山、あこがれつづけて来た日高の盟主、今その頂に立って私は文句なく幸せな気分に包まれていた。高さでは日高最高峰の幌尻岳に譲るものの、いまだ静寂に包まれた第二位の峰カムエクこそ、一般登山者でも登れる日高の山としては最も登り甲斐のある山ではなかろうか。  
山頂には標示板一つない。三角点標石とその三角点の所在を示す杭に 『一等三角点札内岳』の表示が見えるだけ。  
山頂下の窪地で風を避けながら石に腰を下ろして休憩。満ち足りた思いで、心配して帰りを待つ妻に、無線で無事の登頂を報らせた。  
ときおりわずかな雲の隙間に、日高幌尻岳などの山影をかすかに望むことができた。  

20分ほど休み、もう一度山頂に登って、再び訪れることはないであろう三角点に触れて別れを告げた。ジョギングシューズに履き替えて、一気にカール底まで下った。  
脱ぎ置いた草鞋に履き替え、再び沢の下りにかかった。気持ちにも余裕が生じて足の運びも滑らかである。凍り水のように冷たい湧き水を腹一杯飲む。(湧き水はエキノコックスの心配なしと判断した)こんな水は東京ではとても飲むことはできない。持ち帰れないのが惜しい。

溝道を過ぎて滝まで来ると、今朝ほど八の沢出合で幕営していた二人が登って来た。彼らは昨夕、林道終点で宿泊のために泊まった私達に挨拶をして登って行った人達だった。そのとき 「明日、日帰りします」というと 「本当ですか。厳しいですよ」 と、言葉を残して行った。その彼らにここでまた行き会うと 「すごい早さですね」 と驚いていた。  

順調に滝を下る。登りでトラバースに緊張した滝壷の岩場にさしかかった。本格的な登山装備に身を囲めた5人パーティーがいる。 「下山路が分からなくなって・・・」 という。トラバースする岩場は、ここから見るといかにも険しく、 確かにザイルなしでは二の足を踏みたくなる。他に一般的なルートがあるのかと思ったに違いない。指さしてルートを教え、私が無事にトラバ ースして行くのを確認して、彼らも安心したようだ。振り返ると手を振って挨拶していた。(もしかすると、もっと安全な一般ルートが他にあっ たのかもしれない)  

テーブル状の岩の上に達すると、もう心配なところはない。安心してここで休憩を取った。  
滝の写真を撮ったり、険阻だった滝のルートをしっかりと目に焼き付けて、名残を惜しみながら八ノ沢出合へと向かう。途中擦り切れた草鞋をスペアと履き替える。  
三股から八の沢出合、そして林道終点までの沢歩きは、来たときの倍以上にも長く感じられた。疲れが出て来たせいだ。河原を歩きながら、記念になりそうな石を探す余裕も出てきた。  
妻の待つ林道終点着は1時30分だった。行程13時間20分のロングコースを9時間余で歩いたことになる。気分はまさに凱旋兵だった。 

それにしても計画を上回って順調に登頂できたのは、異常な少雨がつづき、水流が極端に細っていたためであった。下山に合わせて、妻が冷たい飲み物を用意してくれていた。  

車で林道を走っていると、カール手前ですれちがった、ちょっとそぐわない感じのおじさんは、破れかけたザックからカメラをこばれ落としそうにして、ステテコで林道を歩いていた。今でもあのおじさんがカールで幕営したというのが信じられない気がする。人は見かけによらないものだ。  

この夜は帯広市郊外の幕別温泉に投宿、温泉で疲れをとって何日振りかで柔らかい布団に寝ることができた。