追想の山々1083 up-date 2001.08.10
●カルルス温泉===苫小牧===振内営林署===林道ゲート(11.50)−−−ダム取水施設(13.20)===幌尻山荘(15.15) ●幌尻山荘(4.15)−−−命の水(5.20)−−−カール縁(5.40)−−−幌尻岳(6.25-35)−−−七つ沼上(7.15)−−−戸蔦別岳(7.45-8.00)−−−下山口(8.10)−−−六の沢(9.00)−−−幌尻山荘(9.25-10.00)−−−−タ゜ム取水施設(11.15-35)−−−林道ゲート(12.45)===日高町へ |
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所要時間 | 1日目 3時間25分 | 2日目 7時間30分 | 3日目 **** | ||||||
1990年・北海道の山旅(その2)=(53歳)
振内町外れの振内営林署に立ち寄る。幌尻山荘利用料を納めたり、ヒグマの様子を聞いたりして登山口ヘ向かう。熊については「今年は出たという話も聞かないし、案ずることはな」ということで心配がひとつ解消。 幌尻岳を示す看板を見て国道と別れる。舗装道路から砂利道に変って長い林道を奥へ奥へと入って行く。途中入山届ポストに氏名を届ける。2箇所ほど幌尻山荘への表示があり迷うことなく走る。土ぼこりを巻き上げて振内より約1時間半、車止めに到着した。 自動車から外へ出ると、とたんに虻がたかって来る。大きいの、小さいの、たちまち回りは虻だらけになる。7〜8台の自動車でほぼ満杯のスペースに辛うじて割り込んだ。 後から来たタクシーが通行止めの錠を外して走り去って行った。 すっかり晴れわたった空に夏の太陽がじりじりと照りつける。つま先上がりの林道を木陰を選びながら歩く。約6キロの林道歩きは足慣らしにちょうどいい。深い渓谷がだんだと足元に近づき、ダム取水施設で林道は終わった。 時間は十分あるので慌てることもない。額平川の清流のほとりで昼食かたがた小休止をとる。 いよいよ登山開始である。渓流右岸につけられた登山道をたどる。4〜50分も歩いただろうか、登山道が水流に降りて徒渉が始まる。用意してきたジョギングシューズに履き変える。足を水に入れる。冷やっとした爽快感が走る。遠い昔の川遊びの感覚が蘇ってきた。楽しい。水深は深いところでも膝下程度、 最初はちょっと足を取られる感じだったがすぐに慣れた。 妻は「怖い、流されそう」と弱音を吐いている。流れをそのまま遡行していくわけではなく、沢沿いの道のないところだけ徒渉して対岸に渡っていくだけだから、水に入りっぱなしではない。 最初、徒渉の回数を数えていたが、3〜4回で数えるのを忘れてしまった。渓流釣りの人達に出会う。イワナを追っているらしい。 左手、四の沢の美しい滝を見て更に何回か徒渉を繰り返し、沢の上流はるかに戸蔦別岳と思われる稜線が見え隠れするようになると、樹林の向こうに山荘の建物が見えてきた。 山荘着は3時15分。ほぼ予定どおりの時間だった。 山荘からも戸蔦別岳の稜繚が高々と望める。小屋は4〜50人は十分入れる大きさがある。茶碗、ナベなども揃っているし、あまり清潔そうではないが、毛布も沢山あってシュラフを背負ってくる必要もなかった。二階に陣取り、早速缶ビー ルを清流に浸けて冷やす。先程会った渓流釣りの三人も到着した。ウイスキーを勧められ、ありがたく頂く。お返しするものがないので、ソーセージを進呈すると、気の毒がって少しだけ切って、後は返してきた。
4時15分、小鳥の囀りに目を覚ます。明るくなるのを待って山荘を出た。北カール壁上を馬蹄型に幌尻岳から戸蔦別岳を回るコース、早駆けで歩かなければならないので、妻を山荘に残し一人で出発する。山荘の横手から登山道に入る。深い樹林はとりつきから急登である。 懐中電灯は5分ほどで要らなくなった。 軽荷でぐんぐん高度を上げて行く。コースタイムのほぼ半分の時間で命の水に着いた。予定以上に快調だ。水場は登山道を外れて少し行った斜面に、湧き水がちょろちょろと流れ落ちていた。 命の水からさらに急登を攀じると、ハイマツの尾根となって高山の雰囲気に変わった。 目の前のピークを越すと又次に小ピークが待っている。痩せたハイマツと岩尾根の瘤をいくつか越えて20分も行くと、北カールの縁に出て、ようやく幌尻岳から戸蔦別岳の山稜が視界に入って来た。それは逆光線の中に黒々とした大きな塊に過ぎない。目指す幌尻岳のピークは流れるガスの中に一瞬見えたり隠れたりしていて、その全容は見えない。登山道は緩い傾斜となってお花畑に変わる。楽しい稜線歩きである。 馬蹄型の北カールが足下に広がる。 池塘が幾つか鏡のように銀色に光っている。斜光線にカールの緑が重厚なビロード色。朝露に濡れたエゾツヅシがまばゆい。エゾシオガマ、チシマフウロ、 イワギキョウなどの花が気持ちをなごませてくれる。 やがて尾根筋はすっかり霧に覆われ風も寒い。ハイマツを踏み、岩を踏んでなだらかなカール縁の登りを行く。ガスで視界はないがダムコースとの分岐で登山道は大きく左へ回り込み幌尻岳が近いことを知る。 岩塊を急登すると幌尻岳頂上だった。ケルンと『幌尻岳』の表示がある。 時刻は6時30分、時間の早いせいもあって人影はない。日高山脈最高峰なるもガスで眺望はなく、寒い風が吹き抜けて行く。 山頂で初めての少休止をとってから戸蔦別岳へ向かった。 七つ沼方面から来る登山者に出会う。七つ沼に幕営したよし、私が早朝幌尻山荘から登って来たのを知って、早いと言って感心していた。幌尻岳頂上と次のピーク戸蔦別岳山頂はガスに覆われているが、その間の縦走路は日が射して気持ちのいい稜線である。右手に幌尻カールを見ながら行くと、やがて七つ沼が右下に見えてくる。それとともに道は急降下、勿体ないほどにどんどん下って行く。 美しいといわれる七つ沼は、雨が少なかったのか1滴の水もなく干上がって底を見せていた。失望しながら鞍部まで下る。池端まで下っても水のない池では仕方がないので稜線通しに戸蔦別岳へ向かった。
道をふさぐようなハイマツを分け、北カール縁の細い尾根を辿ると、戸蔦別岳への登りとなる。頂上への斜面がいやに急に見える。ざれた道をじぐざぐに一歩々々登って行く。霧の中に入ると間もなく頂上だ。霧で展望も何もない頂上だった。 北戸蔦別岳方面への稜線を下降して行く。大きな岩魂を抜けて、途中から幌尻山荘への下降路が分岐する。下降路の下り道に入ると急坂の連続である。低潅木からダケカンバの樹林へと高度を下げて行く。膝ががくがくしてくる。深い笹の中に入る。ようやく沢音が耳に届くようなるとほっとした気分になる。 早朝から飛ばしに飛ばして歩いて来た疲労も出て来た。急にヒグマの恐怖が襲って来る。見通しがないと疑心暗鬼に陥るからだろうか。 笹の茂みを出ると、六の沢の清流だった。水の流れは人の心を安らげる不思議な力をもっている。冷たい水で顔を洗い、腹いっぱい飲むと再び元気が溢れて来た。 沢の中をじゃぶじゃぶと気持ち良く下って行くと、すぐに本流との出合いだ。道もわからないままに、沢の徒渉と巻道を繰り返して適当に歩いて行く。 何回かの徒渉の末、9時25分幌尻山荘に帰り着いた。コースタイム8時間半を5時間で歩けた。 10時、山荘を後にした。 沢歩きは私の力量を超えたものという不安と、ヒグマの恐怖に怯えて無事登頂できる自信は、正直なところ持つことが出来なかった。 日本百名山の中で最も案じた山を踏破した満足感で沢を下って行った。 |