追想の山々1095  up-date 2001.09.02.

ニセイカウシュッペ山(1883m) 登頂日1992.0814 単独
清川登山口(4.00)−−−古川林道出合(5.10)−−−展望台(6.25)−−−ニセイカウシュッペ山(7.15)−−−展望台(8.15-25)−−−古川林道出合(9.20)−−−清川登山口(10.10)
所要時間 6時間10分 1日目 ***** 2日目 **** 3日目 ****
   1992年・北海道の山旅(その4)=(55歳)
ニセイカ手前の鋭峰「大槍」
『ニセイカウシュッペ』とは峡谷の上にあるものという意味だそうです。つまり層雲峡の深い渓谷からそそり立つ姿を見て、アイヌの人々はそう呼んできたのであろう。ニセイカウシュッペに「山」をつけてニセイカウシュッペ山と呼ぶのがいいのかどうかわからない。登山者のあいだでは略して「ニセイカ」と呼んでいる。  

昨日下見をした清川小学校近くの双雲別川に沿った林道を500メート ルほど入った地点まで妻に車で送ってもらい、ここから一人ニセイカを目指した。  
林道はさらに奥まで2キロばかりつづいていた。ようやく足元が明るくなりかけた。ところどころ木の幹にニセイカというプレートが見える。

林道を2キロほど歩いて終点、ここから二本の登山道に分かれる。沢沿いに行く道と、もう一つは左に大きくカーブして山腹を巻くようにした道である。山腹を巻く方が道形がはっきりしていたので、そっちへ進んでみたが、すぐに雑草が茂って怪しくなってきた。林道終点まで戻ってみると、草むらに埋まった案内表示が見つかった。入口はやや不明瞭だったが沢沿いにコースがあった。はじめはわかりにくかったがすぐにはっきりした道形となる。これで間違いないことがわかりほっとする。  
沢沿いは大きな蕗の葉が密生している。沢をじゃぶじゃぶ3回ほど徒渉すると、ちょっとした崩壊地を固定ロープでへつって沢から離れ、山道らしい登りとなった。薄暗い樹林の細道は、じめっとして陰気な雰囲気だ。熊でも出てきそうで気持ち悪い。  
きついとも言えないほどの勾配をしばらく登ると立派な林道に飛び出した。自動車の轍もはっきりして、今でも使われていることがわかる。ここから長い林道歩きとなるが、すぐ先から林道は補修工事中でブルドーザーが路面を掘り返し、赤土がぬかって登山の気分がそがれる。林道を10分ほど歩いたところで、道の真ん中に大きな糞の塊りを見た。太さは牛乳瓶ほどもある。先日の大雨の後にもかかわらず、形もしっかりしているのは、ごく最近のもののようだ。よく見ると重なるようにその下には藁状の繊維質だけが残った古い糞も見える。 “ヒグマ?”勿論ヒグマの糞を知る由もないが、この巨大な糞をする動物がほかにあるはずがない。雨の後のものだとすれば昨日、今日あたりと推測される。思わず緊張、背筋に冷たいものが走った。  
引き返したい誘惑に襲われたが気を取り直し、熊避けの鈴をよく鳴るようにつけ直し、糞をまたぐようにして先を目指した。北海道の山旅もこれで13座目になるが、今回初めてヒグマを肌に感じた。  

眺望もなく、工事中のぬかるんだ林道にいいかげんうんざりする頃、やっとその林道が終わって山道に変わった。  
登山者もまれな山だというのに、登山道はおどろくほどに整備され、実に快適な歩きが楽しめる。標高差1300メートルの山を登っていることを感じさせないほど、足もスムーズに前に出る。この調子なら予定よりずっと早く下山できそうだ。  
ちょっとした岩のある展望台でひと息入れる。大槍が見える。その大槍から馬蹄形に左へ大きく回り込むようにした稜線の先端がニセイカウシュッペだろう。鋭く天空を突く大槍とは対称的に、優雅な優しい曲線を引いた山頂だった。  
登山道は大槍をトラバースしていく
層雲峡から黒岳へのロープウェイも見えるが、肝心の大雪の山々は黒岳、烏帽子岳以外雲に隠れて望むことができない。この先、まだまだ道のりはある。好きな蜂蜜レモンでひと息入れてから腰を上げた。  
大槍を目指して高度を上げて行く。左手カール状の斜面は高山植物の真っ盛りだ。帰りにゆっくり鑑賞することにして先を急ぐ。雲がかからないうちにと、大槍、小槍等を写真に収める。左手カール状の斜面に雪田があらわれ、お花畑もいよいよ賑やかさを増してきた。
いつしか大槍の山腹を巻いて、平坦部のお花畑を過ぎるとハイマツ、 ミヤマハンノキ、ナナカマド等の高山植生に変り、これをかき分けながらの急登となる。それもほんのわずかで、ニセイカ山頂はすぐ先だった。  

広くなだらかな頂部は好天ならば花に囲まれ、大雪の山々を展望する山上の楽園かと想像する。眺望はなくても、人気抜群の大雪山から離れ、訪れる人も少ない孤峰の頂に立ったことで、私の心は十分に満たされていた。断続的に去来する霧と寒さに、急いで記念写真を撮るとすぐ山頂を辞した。

大槍と小槍
思いのほか快調に時間を稼いだ分、帰途はゆっくり花を鑑賞するゆとりがあった。
イワギキョウ チシマギキョウ ミヤミアキノキリンソウ イワブクロ  イブキトラノオ ウサギギク ウメバチソウ エゾリンドウ イワオトギリ ヒゴダイ ハクサンチドリ チングルマ エゾキンバイ ウラシマツヅジ エゾシオガマ タカネシオガマ ヨツバシオガマ ミヤマク ワガタ ゴゼンタチバナ エゾフウロ エゾコザクラ アオノツガザク ラ エゾノツガザクラ ミヤマキンポウゲ・・・・・・  
ヒグマへの緊張もいつか薄らぎ、“まさか出るはずはない”という呑気な気分になって、来たときと同じ道を引き返した。  

登山口へ戻ったのは、妻が迎えに来る予定時間の1時間も前だった。1時間あればテントのある青少年旅行村まで歩いてしまう。自動車の多い国道を歩いて、もうすぐ青少年旅行村というところで、私を迎えに向かおうとする妻の自動車に出会った。  
テントを撤収し、2泊した層雲峡青少年旅行村の野営場を後に、次の幕営地『糠平湖畔』へ向かった。  
三国峠越えは、峠付近が未舗装であるが、峠を下れば交通量も少ない快適な国道であった。『鹿に注意』とか『きつねに注意』等の標識はさすが北海道で、自動車からキタキツネの姿も見かけた。  
糠平湖畔の国設野営場には午後2時着。人の手が入り過ぎず自然が残る野営場だった。
糠平温泉開祖の元湯館で入浴。
残る山は石狩岳、ニペソツ。明日の天気予報は芳しくない、軽いニペソツを先に登ることにして早々と寝袋に入った。