追想の山々1096 up-date 2001.09.03
杉の沢出合(5.20)−−−天狗のコル(6.40)−−−前天狗(7.25)−−−ニペソツ山(8.30-45)−−−前天狗(9.55)−−−天狗のコル(10.30)−−−杉の沢出合(11.25) | |||||||||
所要時間 6時間05分 | 1日目 ***** | 2日目 **** | 3日目 **** | ||||||
1992年・北海道の山旅(その5)=(55歳)
ニペソツ山は東大雪の最高峰。石狩連峰への登山基地となる十勝三股は、かって木材の集積地として栄えたというが、今はその面影もない。 糠平野営場から10数キロ北上すると、三股近くに昨日確認しておいた林道入口がある。立派な標識にニペソツ、石狩岳への文字がはっ きりと読み取れる。 音更川沿いの林道を1.5キロほどでニペソツ方面と石狩岳方面に二分する。ここにも分かりやすい標識があり、ニペソツ方面へはそのまま直進して行く。平坦な林道をさらに2〜30分も走ると、どんずまりの山腹に突き当たるようにして林道は終わっていた。数台の自動車が駐車し、3張りのテンがある。 石狩連峰は、かつて『裏大雪』と呼ばれ、目立たないマイナーな山域としての存在に甘んじて来た。今は『東大雪』と呼び変えられてはいるが、アクセスはマイカーに依存するほかなく、依然として遥かな遠い山であることに違いはない。 未明の野営場を出るときは小雨模様、残した妻もいつになく真剣な面持ちで「気をつけてね」を繰り返した。私自身、北国の辺境の地への緊張感に加え、この天候も加わり重いプレッシャーを感じていた。 テントから中年男性が顔を出して「この空模様ですが登りますか」 と問いかけられた。 「ここまで来たのですから登って見ます。もし無理なら途中で引き返 してもいいですから」 と答えると 「元気がありますね。私は止めます」 そういって、その人は私を見送っていた。確かに天気は気になる。いまは小やみとなっているが山の上は荒れている可能性もある。最初から、小雨程度なら歩くつもりで出て来たので覚悟はできていた。 雨に濡れた滑りそうな丸木橋で十六の沢を渡ると、早速きびしい登りの始まりである。霧の漂う暗い原生林の中は、海の底のように気味悪いくらいに静まり返っている。 左手から突然ガサガサと薮を掻き分ける音、はっとして耳を澄ます。ヒグマか鹿か・‥悠然とした動きが伝わって来る。大型動物の動きである。石狩山地もヒグマの生息地、ヒグマの可能性が大きい。じっと していると音は谷間の方向へだんだんに遠ざかって行った。 用心のため呼子を吹きながら樹林の急登を足を速めた。
もう一度針葉樹林の急登があって、それを登り切ると森林限界だった。『岩間温泉』方面へのコースを示すブリキのプレートがある。好天ならばこのあたりで一度ニペソツが顔を出してくれるはずだが、今は厚い雲のかなたである。 いつの間にか小天狗を巻き、少し下って天狗のコルヘ着く。一張りのテントが設営されていた。テントの三人パーティーはこれからニペソツヘ出発するということだった。 小川のような水の流れる登山道に沿って、高山植物がとりどりに咲いている。幸いなことに雨は完全に止んでいた。 ハイマツやミヤマハンノキの下を、トンネルをくぐるようにして抜けると、広い岩礫の斜面に出た。曇っていはいるが空も明るさを増して、ようやく気分も盛り上がってきた。どうやら雨雲の上に出たらしい。遠 く大雪の峰が雲の上に浮かんでいる。あれはトムラウシに白雲岳か。 再びハイマツ帯をくぐり抜けると、岩に覆われた高山的雰囲気の広がりが目の前に出現した。左手が前天狗岳、そして前方には岩を積み上げたような高みがある。天気がよければニペソツを眺めるのに最高と言われる場所だ。その先の小さなコルへ下り、岩の頭を踏んで登り返したところが天狗岳の肩、テントが張られて若い男女二人がいた。 天狗岳からニペソツあたりが、ガスの流れの中に見えたり隠れたりしている。三つの槍を立てたような鋭峰ニペソツの険しさがうかがい知れる。振り返るとすぐそこに前天狗岳の円頂と石狩岳の稜線、それに大雪の連山がある。ウペペサンケの屋根のような山頂も確認できた。
狭い山頂だった。ピークの岩の上に『ニペソツ山』と書かれた山名標識と三角点標石をバックに記念写真を撮る。残念なのは、いかにも下手な字で『慶応大学ワンゲル部』と書いた安っぽいアクリル樹脂の赤と青のけばけばしいプレートが目についたことである。2〜3日前の日付けだった。すぐにゴミになってしまう代物だ。 悪天候を予想して来たのに勇気を出して来てよかった。達成感とともに、はるかな遠い山を極めた喜びに包まれた。眺望は雲海上に懐かしいトムラウシ、そして明日登る予定の音更山・石狩岳、それにウペペサンケ等に対面しながら満足のひと時を過ごした。 再び訪れることはないであろう山頂を、満ち足りた余韻に包まれて辞した。 天狗岳とのコルヘの途中、地元の登山者に出会って立ち話をした。「このあたりの山は、下で雨が降っていても登ってみるべきです。上では晴れていることが案外多いです」と教えてくれた。「ウペペサンケは少しハイマツ漕ぎがあるが良い山です。今度ぜひ登りに来てください」といって別れた。頂上を目指す登山者に何人か擦れ違いながら気分良く下山の足を運 んだ。 予定より大幅に早い時間に糠平野営場に戻ることができた。 |