追想の山々1115  up-date 2001.09.27

南アルプス早川尾根
アサヨ峰
(2799m)〜栗沢山(2714m) 登頂日1990.10.20〜21 妻
●東京(4.00)===広河原(7.05)−−−白凰峠入口(7.20)−−休憩2回−−白凰峠(10.10)---赤薙沢の頭(10.30−11.00)−−−広河原峠(11.35)−−−早川小屋(12.10)
●早川小屋(5.25)−−−2463m三角点(6.10)−−−ミヨシの頭(6.40)−−−アサヨ峰(7.20-30)−−−栗沢山(8.15)−−−仙水峠(9.00-9.20)−−−仙水小屋(9.40-50)−−−北沢峠(10.50)===広河原
所要時間(休憩含む)  1日目 5時間 2日目 5時間25分 3日目 ****
   快晴、紅葉・黄葉の展望尾根を行く=(53歳)
ミヨシの頭にて。背後がアサヨ峰
≪第一日≫  
秋の長雨がようやく終って、大陸からの移動性高気圧が勢力を張り出して来ると、秋晴れの季節がやってきた。
展望を楽しめる少し高い山へ登りたくて妻を誘い出し南アルプス早川尾根を訪ねた。  
鳳凰三山と仙水峠の間に位置するこの早川尾根は、メインの人気ルー トから外れて夏の最盛期でも登山者が比較的少ないというのも魅力だった。
アサヨ峰2799メートルをはじめとして 2500メートルを超えるいくつかのピークを有する、堂々たる山稜である。  

夜明前の4時に自宅を出て、登山基地の広河原着6時50分。気持ち良く晴れ渡った空を仰いで出発した。
約1ヶ月前に日本百名山完登を果たしたあと、雪の舞う平標山へ登ったのみ、一区切りついたあとの山行が実に新鮮に感じる。北岳が朝日に映えて高々と聳えている。大樺沢の紅葉は今が盛りのようだ。  
北沢峠へのマイクロバス専用道のゲートから10分ばかり車道を歩き、白凰峠への道標で登山道に入る。最初の一歩から鼻がつかえるような急登だ。針葉樹林の薄暗い道を妻のペースでゆっくりと登っていく。ときおり背後を振り返って樹間越しの北岳を眺める。
トラバース気味の緩やかな勾配に一息いれ、岩場を梯子で通過したりしたあと、もう一度厳しい登りが待っていた。足元を足つめてひたすら足を持ち上げて行く。黒木の樹林がまばらになって明るくなると、間もなく針葉樹林を抜け出る。
岩の道を伝うと突然目の前が開けて岩石重畳とした斜面に変わった。今まで閉ざされていた視界がいっペんに広がり、眼前に北岳の威容が迫力をもって迫って来た。大樺沢を突き上げた絶巓が紺碧の空に聳立し、両翼に池山吊尾根と小太郎尾根を引いて、北岳をこんなに大きく見たのは初めてのことだった。その山容を眺めながら大休止。足下の斜面に鮮やかな黄葉はカラマツだろうか。そして北岳の山腹は赤や黄色の絵の具を飛ばしたように錦秋の模様を作っていた。単独行の登山者がカ メラの電池切れで残念がっていたので、私の電池を抜きとり、貸して何枚か写真を撮らせてあげた。  

岩石帯を後にして樹林に入ると早川尾根、白鳳峠はすぐだった。広河原からここまで約900メートルの高低差を3時間の登りだった。峠は静まりかえっていた。右が鳳凰三山、 左が早川小屋への道である。  
潅木の茂る少し薮っぼい道をだらだらと登って行くと、ようやく展望のきく小ピークに出た。赤薙沢の頭(2553m)と呼ばれるピークだ。大展望が視界に飛び込んで来た。まず目につくのが兜のような甲斐駒ヶ岳、 西方にはこれから辿るミヨシの頭(2553m)からアサヨ峰(2799m)へと起伏して連なる早川尾根。南には北岳が相変わらず巨大な姿を見せている。ここから見る仙丈ケ岳はやや凡庸だ。
南ア北部の巨峰に取り囲まれた早川尾根は思いの外いいコー スであることに満足。すぐ下の樹林でごそごそと何か動く気配がする。まさか熊でも・・・と一瞬驚いたが人間だった。「どうしまた」と大きな声で呼びかけると、「ああ、そこが道ですか」と答えて来た。迷って薮の中に踏み込んだらしい。

広河原峠へ向けて一気に下って行くと、先程の登山者が道を間違えた所はすぐにわかった。緩い登りが直進して来て、左に急登となって曲がる箇所で、そのまま沢状の窪みを直進してしまったのだ。下から登って来ると誰でも間違えそうな感じだった。倒木や枯れ木を集めてそこを通れないように塞いだ。これで間違えることはないだろう。  
もったいないような下りがつづき思わず嘆息が洩れる。とどまるところなく、どこまでも下って行ってしまいそうだ。下り着いた鞍部が広河原峠で、シラベの中に大きなダケ樺が一本、峠の目印のように立っていた。  
峠からひと登りすると平坦道となり、樹林の切り開きに建つ早川小屋は意外に早くあらわれた。まだ誰も入っておらず、窓の板戸を開け、 ガラス戸を開けてから中に入ってみると中は結構広かった。
小屋の南に面してテント場もある。シラベの梢越しには北岳の頂上部が見えていた。昼食を済ませてから、30分ほど登ったところの好展望ピークまで行ってみた。摩利支天を正面にした駒ヶ岳が一層近く見える。富士山も遠望できる。角度を変えた北岳は三角錐の鋭さが際立っていた。
この日の早川小屋は12〜3人の宿泊となった。  

夕刻着いた単独行者は終始無言、挨拶をしても何の反応も返ってこない。耳が悪いわけでもなさそうだ。「こんにちは」くらい返してくれればいいのに。
山小屋で仲間同士の傍若無人な声高な会話や、やたらに回りの人をつかまえてべたべた寄って来る他人との距離感の保てない人、面白くもない山行実績を自慢げに延々と語り続ける人、こんなのは私の趣味ではないが、しかしバリアを張ったごとくに余りにも周囲を無視した登山者も感じが悪い。
単独行の私もそんな目で見られないように気をつけよう。

≪第二日≫  

 
栗沢山への岩稜を行く 甲斐駒をのぞむ 
5時少し前に起床。外に出ると降るような星空だった。真っ白に霜が降りている。雑炊に餅を入れた簡単な朝食を摂って、まだほとんどが寝静まっている小屋を後にした。  
15分も歩くと明かりも要らないほどになる。鳳凰三山の上がオレンジに染まり日の出がま近い。雲ひとつなく晴れ渡った空にもかかわらず、日の出のそこだけに雲が残り、期待した御来光は見られなかった。  
昨日足をのばした早川尾根の頭からモルゲンロートに染まる山岳展望を楽しむ。昨日にも増して素晴らしい展望が広がる。北岳、甲斐駒、仙丈、鳳凰、富士、八っ、蓼科、奥秩父、中ア、白山、御岳、乗鞍、北ア・・・遠く妙高方面や谷川、日光の連山。最高の快晴に恵まれ、浮き浮き気分でミヨシの頭にかかると、いよいよ森林限界を越えて、目に余る程の大展望がほしいままである。

本コース最高峰のアサヨ峰(2799m)はさすがに風が冷たい。昨夜ここに幕営した登山者が、寒くて寝られなかったらしい。
頂上からはいくらか険しい岩稜の下りで、悪天のときにはルートがわかりずらく手こずりそうだ。岩稜を慎重に下って鞍部から再び登り返した頭が栗沢山(2714m)である。ここからは甲斐駒が目に入りきらないほどに大きい。花崗岩に覆われた山肌に錦を散りばめたような紅葉の紋様が、一服の絵を見るような心地であった。
早川尾根縦走が終ると仙水峠に向けて一気の下りとなる。落ち込むようなガラガラした急斜面が、やがてハイマツやミヤマハンノキの道となっても、相変わらずの急勾配がつづき、膝ががくがくするころやっと樹林の中に入って仙水峠の近いことを感じる。
秋の陽が燦々と降り注 ぎ、傍らにはナナカマドが真っ赤に色付いている。  
仙水小屋経由で北沢峠へと下ってこの山行を終った。