追想の山々1182  up-date 2001.11.11


人形山(1726m)〜三ケ辻山=みつがつじ(1764m) 登頂日1996.10.12 単独行
中根山荘登山口(5.25)−−−第一休憩所(6.10)−−−第二休憩所(6.30)−−−宮屋敷(6.55)−−−分岐(7.25)−−−人形山(7.40-45)−−−分岐−−−三ケ辻山(8.20-30)−−−分岐−−−宮屋敷(9.20-25)−−−第二休憩所(9.35)−−−第一休憩所(9.55)−−−登山口(10.20)===東京へ
所要時間 5時間00分 1日目 ***** 2日目 **** 3日目 ****
飛越日本300名山、錦秋の3座を登る(白木峰・金剛堂山・人形山)
 
三ケ辻山 人形山


上梨の集落から中根山荘へ通じる林道の入口は、観光客の訪れる流刑小屋への橋を渡るのが目安になる。橋を渡り村道をしばら行くと、人形山登山口を示す道標が目につくのでここを左折、川沿いを山へ向かって自動車を走らせる。川沿いの道を離れて、目指す中根山荘へはUターン気味に急な山腹ヘ分岐して行く。ここは道標はあるが見にくいために見落とす危険性がある。急勾配の未舗装道をぐんぐん高度を上げて行く。新しい林道が工事中で、近いうちに新道に取って変わるのだろう。 狭い林道が突然道幅のある立派な舗装道路になったのには驚いた。上の方からも工事を進めているようだ。
上梨から30分ほどで中根山荘だった。人形山登山口はもう少し先にある。車幅ぎりぎ、張り出したススキをこすりながら上がって行く。左右には田んぼ1枚分ほどに区画された平地がいくつか見られる。戦後入植者により開墾された農地跡のようだ。
中根山荘から2〜3分で20台以上は止められる立派な駐車場があった。ここが人形山登山口である。真新しい四阿もあるし、水場も備えられていた。 自動車が3台止まっていたが、4時ころ下山して来た彼らは口々に紅葉のすばら しかったことを教えてくれた。夕刻から雨が降りはじめた。することもなく早々と夕食を済ませて自動車の中へ寝そべった。
夜半、目覚める度に満天の星空があった。朝方4時、依然として降るような星空。夜明けが待ち遠しく、時計の針の進むのを待った。5時前、星の瞬きが朧にかすんできて、みるみる雲が広がって行く。やはり雨という天気予報は当たりか。

足元が見えるようになった5時半出発。杉植林の道から登山ははじまる。
この薄暗い植林の道は早く抜け出したい。空は雲に閉ざされている。2時間前までの星空が信じらないような変わり身の早さである。マルツンポリ山の稜線上の雲が、オレンジ色に朝焼けてきた。天気の崩れは時間の問題だろう。曙光はまだ弱く紅葉は冴えはない。植林地を抜け出して最初のポイントは第一休憩所。ベンチの側面に標高1200メートルと表示されている。42分で約350メ ートル登った勘定だ。順調なペースに満足する。紅葉越しに見えるのは人形山の一角らしい。
第一体憩所から先は、紅葉の色づきがよくなって、秋山の華やぎが溢れている。

第二休憩所は標高1360メートル。これで山頂までの残りは400メートルほど。3日目だが足の疲労はあまり感じない。人形山やマルツンボリ山には、まだガスはかかっていない。このままもってくれるといいが。
ますます色あでやかに映える紅葉を楽しみながら、快調に登って行く。樹相が低潅木帯に変わって高山の様相になって来た。雰囲気が急に明るくなって、間もなく宮屋敷だった。鳥居のある平坦地で、展望もすこぶる良好だ。人形山が真っ正面に見える。ここから見える東面は、急峻な岩肌の険しさをのぞかせていた。その険しさを隠すように、岩肌に張りついた潅木が、みごとな紅葉を散りばめている。この岩と紅葉の織りなす山肌が陽光に浮かびあがったら、さぞかし目を見張る眺めとなることだろう。
この宮屋敷で本格的な登りは終って、紅葉のトンネルの中を少し下り、あとは起伏の少ない道を進んで行くと、1601メートルピークあたりから、三ケ辻山が視野こ入ってきた。正面の長い稜線の右端、穏やかな円項が人形山、左端鋭い三角錐のピークが三ケ辻山。紅葉で全身着飾ったこの姿は、残雪期の初夏と並んで、この山が最も美しく際立つときだろう。
1601メートルピークを越え、最後のコルへ降り立った。コルからは人形山と三ケ辻山とを結ぶ稜線への登りが待っているが、 標高差はせいぜい200メートルくらいのものだ。
急登ひとしきりで稜線上へ立った。右が人形山、左が三ケ辻山に分かれる。天気の崩れが気にかかるので、先に300名山の人形山を目指すことにした。笹や潅木の露で雨の中を歩いているのと変わらない。小さなコブを二つ過ぎてから、笹の中をわずかに登ったところが人形山頂上だった。宮屋敷から眺めたときは、三ケ辻山との分岐から人形山まではかなりの距離に見えたが、歩いてみるとわけなかった。時計を見ると15分しかかかっていなかった。大きな山体にもかかわらず、意外なほど小さな山頂だった。申し訳のような展望盤が設置されていた。北西方面へなだらかな低潅木の傾斜がつづいている。白山、猿ケ馬場山が雨雲の下に見える。大門山、大笠山、笈ケ岳が峰頭を連ねるが、その姿は藍色のシルエット、金剛堂山、白木峰の背後には、雲の上に北アルプスが小さ見えていた。

三ケ辻山山頂
写真を撮るとすぐに三ケ辻山へ向かった。まだ雨は降り出さない。さきほどの分岐を過ぎたところから、コースはしばらく稜線の西側を巻くようになった。笹や潅木のコースは荒れ気味となり、三ケ辻山まで予定以上に時間を要するかと心配されたが、それは杞憂だった。ほんの5分も行くと、再び稜線上に出て気持ちいい道に変わってほっとする。
たっぶりと露を含んだ笹薮をくぐって、最後の急登にかかった。足場が悪く、両手を使って潅木に体重を預け、体を引き上げて行く。登りついたところが三ケ辻山頂上の一角だった。一等三角点は細長い山頂の西奥にあった。
倒れた山頂標柱を起こして記念写真を撮る。展望は360度、白山はあきらかに雨雲の真下にあった。雨の降り出しは時間の問題だろう。御岳や乗鞍岳が雲上に浮かび、穂高岳から剣岳まで望めたのは思いもかけない幸運だった。

日本300名山は並んだ2座のうち人形山が選ばれているが、標高は三ケ辻山の方が38メートル高い上に、一等三角点でもある。なぜ人形山となったのだろうか。選定理由を記したものがないのでそのわけはわからない。

がんばって歩いたお陰で11時下山の目標には余裕がある。ついに雨粒が落ちてきた。しかしそれはいっときで、しばらくすると北の空に青空がかいま見えるようになる。ときおり雲間から射す薄日に、全山燃えるような紅葉が、目覚めたように輝き映えた。3日間の山行を締めくくる圧巻の紅葉であった。
下山したときは、嘘のような青空が広がっていた。
平村「くろば温泉」で汗を流し、北陸道、関越道経由東京への帰途についた。