追想の山々1183  up-date 2001.11.12

≪ぶなたて尾根から新穂高温泉へ≫
三俣蓮華岳(2799m) 登頂日1993.08.20-21 単独行
.●新宿駅〓〓夜行〓〓大町駅(6.00)==タクシー==高瀬ダム堰堤上(6.40)−−−濁沢吊橋(7.03)−−−ごんた落し(7.40)−−−2208m(8.35-40)−−−烏帽子小屋(9.25-30)−−−三ツ岳(10.10-15)−−−野口五郎岳(11.20-30)−−−水晶小屋(13.10)
●水晶小屋(6.15)−−−三俣山荘(7.20)−−−三俣蓮華岳(8.15)−−−双六小屋(9.15)−−−鏡平小屋(10.15)−−−秩父沢(11.05)−−−ワサビ平(11.50)−−−新穂高温泉(12.35)==平湯・中の湯乗り換え==松本駅〓〓〓新宿駅(20.07)
所要時間  1日目 6時間30分 2日目 6時間25分 3日目 ****
強風雨の裏銀座、必死の山行≫=56才
三俣蓮華岳(手前)と笠ケ岳(1990撮影)


10日間、9座登頂の『みちのく山旅』から帰って、中二日の休養をすると、赤牛岳登頂を目的に、20日(金)〜2 2ロ(日)の前夜発山小屋2泊の予定で出発した。

新宿から夜行列車で大町へ。さらに高瀬ダムまでタクシーを相乗りする。
昨年から高瀬ダム堰堤上までタクシーが乗り入れ出来るようになり、4年前七倉温泉からダム堰堤上までてくてくと歩いたのに比べるとずいぶん楽になった。
雨がしとしとと降っている。堰堤先のトンネルの中で雨具を着てから出発する。濁沢の吊橋は洪水に壊れたまま、まだなおっていない。名にしおうブナ立尾根だが、4年前は濁沢から烏帽子小屋までコースタイム5時間20分を2時間少々で登り切ったが、今日はうまく歩けるだろうか。七倉〜ダム間をタクシーに乗ったので、体力消耗の点では有利であるが、当時は52才、今は56才、ちょっと自信はない。
4年前のそのとき、裏銀座コースで水晶岳をめざしたが、稜線上は大荒れに荒れて、二日間にわたって風雨が止むことがなかった。私の山行歴の中でも、最も厳しかった悪夢のような山行だったことを、いやでも思い出しながら、小止みない雨の中、ぶな立の急登を攀じった。

今日もロングコースとなるが、水晶小屋まで歩かなくてはならない。濁沢から烏帽子小屋まで2時間20分、4年前と同等の脚力が維持 されていることが確認できた。
稜線も雨、その上風も強い。烏帽子小屋の陰で風を避けて、水筒の水を一口、すぐに出発する。
三ツ岳方面はガスが去来しているが、見とおしは悪くない。三ツ岳への砂礫にはコマクサが一面に咲いている。いっとき上空が明るくなって薄日さえ見えて、これで天気は同復かと思わせたが、それほど甘くはなかった。
三ツ岳を過ぎてから風雨は次第に強さを増してきた。ときに前回の再現を思わせるような突風が襲ってくるようになった。大荒れの予兆を感じる。既に2回歩いているコースではあるか、記憶はかなりいい加減で、こんなに起伏があったのかと思う。風雨にたたかれながら野口五郎小屋に到着。ここに泊まるか、あるいは進むか、休憩料を払い、どうするかパンをかじりながら考えた。結局10分ほどの休憩で小屋を後にした。
時間的にも午後の早い時間に小屋へ到着できそうだった。

野口五郎岳の頂上は間断なく突風が襲い、まともな姿勢が保持できない。通過するだけが精一杯だった。山頂から先は風衝帯が多く、通過するたびに強風に煽られ、ときには押し戻され体力の消耗も進む。真砂岳もピークを巻いて東沢乗越まで下った。
ここからは狂ったように吹きすさぶ岩稜の登りにとりつき、ほうほうの体で水晶小屋に逃げ込んだ。小屋着1時10分、かなりいいペースだっ た。
この天候で小屋はがらが空きと思っていたのに、入ってみると何と薄暗い中に足の踏み場もない客でごった返していた。中まで水の入ってしまったザック、 着衣もびしょ濡れ。狭いところで着替えるのも苦労する。たった一つの小さい石油ストーブは、先着者に独占されて近づくこともできない。
荷物はすべて外に出さないと全員の寝場所が取れない。荒天に怖じけづいて、ここで停滞した人がかなりいるのが、混雑の原因だった。
水晶小屋は北アルプスの中で最も小さく設備も不十分。かと言って山小屋らしい山小屋かというとそんな雰囲気もない。そんな小屋にこの混雑、快適であろうはずがない。しかしそんな中でも私の心を和ませるできこどがあった。
京都から来ていた男女6〜7人の若者グループがいた。近くに座ったことからいろいろな話に花が咲き、私の山の体験談に耳を傾け、あたかもグループの一員かと錯覚するほど打ちとけ、仲間のように扱ってくれた。寝る場所も狭い中で仲間の間に確保してくれたり、これまでの山小屋の中で一番うれしい体験であった。話に興が乗り、私の今日の行程を話したときには、他の宿泊者からも驚きの声が上がったのには照れたものである。

翌朝、彼らとはまたお会いしましょうと言って一足先に小屋を出た。
計画では、今日は《水晶小屋→赤牛岳→水晶小屋→三俣蓮華岳→双六岳→双六小屋または鏡池小屋泊》 という予定だったが、この荒れ模様では難しい。後日のために赤牛岳は残しておくことにして、予定を短縮、三俣蓮華岳から双六経由で新穂高温泉まで下り、今日中に帰京することにした。
朝食を済ませてすぐに出発。完全な雨装備である。2回ピークを踏んでいる鷲羽岳山頂はパスして岩苔乗越から黒部源流に下り三俣山荘へのコーースを取る。途中、ふと何かの気配を感して視線を転じた。すると潅木の中を猛然と遠ざかって行く黒い物体、『熊だ・・』。距離は100〜150メートル。重量感のある躯体を、ダンプカーが突進するような迫力で潅木を跳び越え、斜面を駆けて行った。恐怖感よりその迫力にど肝を抜かれる思いで目を見張った。このあと、雨の中を一人気味悪い思いで流れに沿って源流へ下って行っ た。
源流から登り返すと三俣山荘だった。ちょっと立ち寄っただけで三俣蓮華岳へ向かう。
山頂は強風がたたきつけて写真も取れない。黒部五郎小屋から登って来た3人が、風にいたたまれず下山して行くところだった。標柱だけを写真に収めて、すぐに山頂を後にした。
次の双六岳へは丸山の小ピークを越えると、あとは大きな起伏もない。 晴れていれば雲上の散歩道というところだろうか、今日は遮るもののない広い稜線は、強風かまともに吹き付け、顔を背けるようにして進むうちに、双六岳ピ ークへの道を外して、山頂直下の巻き道を行ってしまった。

双六小屋へも立ち寄らずに下山の歩を運んだ。
それにしても全く同じコースを2度にわたって大荒れの天気にたたられたのは何の因果か。この夏山のしめくくりと考え、期待した山行がまたもこのような結果となって、消化不良は解消しないままに終わった。