追想の山々1288  up-date 2002.02.19


藤原岳(1120m) 登頂日1997.10.01 単独行
聖宝寺(5.20)−−−3合目(5.50)−−−7合目(6.25)−−−大背戸コース分岐(6.40)−−−藤原山荘(7.05)−−−藤原岳(7.30-35)−−−藤原山荘(7.50-8.05)−−−大背戸分岐−−−3合目(9.00)−−−聖宝寺(9.20)
所要時間 4時間00分 1日目 ***** 2日目 **** 3日目 ****
鈴鹿山脈北方の300名山=60
藤原岳山頂


奥越経ケ岳登頂を終わって、福井ICで北陸自動車道に入り、関ヶ原IC、藤原町というルートで藤原岳登山口へ移動。
藤原町へ向かう途中、右手に大きな山体の山が見えてきた。どうやら藤原岳らしい。四日市方面への国道を走り、藤原町に入ると『藤原岳登山口』の道標が出ていた。右折して3〜400メートルも入ったところで登山口を尋ねると、すぐに聖宝寺を教えてくれた。聖宝寺の隣にある駐車場へ自動車を止めて、今夜はここで寝ることにする。

明るくなるのを待って出発する。経ケ岳下山で傷めた膝がどうも思わしくない。
手入れされた登山道は、ハイカーの多いことをうかがわせる。歩きはじめてすぐが1合目、林道が細くなって流れを渡るが、ここが最終の水場の長命水、この先で杉や桧の植林帯へと入って行く。たいして歩かないうちにもう2合目の表示。傷めた膝は、だましだましどうやら持ちそうだ。30分も歩かないうちに3合目の標識地点だった。
40分で5合目を過ぎるころ、背後の杉の木立を透かして朝日が上がってきた。真っ赤な太陽が黄金色に変って行く。
間もなく植林帯を抜けて尾根上の道となった。潅木のコースではあるがどこか雰囲気が違う。常緑照葉樹が混生しているために、どことなく暗いイメージになっているのだ。

日の出とともに小鳥のさえずりが活発になる。「ポッポーポポッポー」と山鳩の声が聞こえる。鹿の警戒して鳴く声が高く細く大気を裂く。鹿の走り去る後ろ姿が見える。
山全体が石灰石で出来ているというが、やがてコースはその石灰石の堆積した涸れ沢を登るようになって、早くも7合目の標識となった。この先から合目の間隔が長くなったような気がする。標識はなかったが大背戸コースとの分岐が8合目あたりだろう。
変哲もない平凡な道がつづき、9合目からは傾斜も緩くなって、ひょっこり藤原山荘の建つ山頂の一角に出た。山頂周辺は幾つかの丘陵状の円頂があって、三角点の山頂はこの先に見える円頂のようだった。休まずにその円頂に向かった。
たちまち露を含んだ深い笹の海に突っ込んだ。あわてて雨具を着用する。背丈以上もある熊笹が密に茂り、登山道を覆い隠している。山荘まであんなに整備されていた道が、山頂まで残りわずかの区間を笹の茂るに任せているいる理由はなんなんだろう。まったく予期しなかった笹薮には閉口した。手でかき分け、時にはトンネルくぐりのように這うようにして進み、最後に緩く上って行くと三角点の山頂があった。
晴れているのに天気はすでに下り坂へと向かい、大気は水蒸気を含んで遠望はない。近くにあるはずの伊吹山も見えず、名も知らぬ山が南西の方角に連なるのが望見されるのみ。
すぐに山頂を後に下山にかかった。もう一度笹薮こぎを強いられて山荘まで戻り、ここではじめて小休止をとって朝食にした。

同じ道を聖宝寺まで下る。少し足を痛めてしまったが、3日間で日本三百名山4座(能郷白山、冠山、経ケ岳、藤原岳)を登頂できた満足感に浸りながら帰宅の途についた。