追想の山々1315  up-date 2002.06.03

知床・硫黄山(1563m) 登頂日1999.07.22 単独行
ウトロ野営場(3.50)===カムイワッカ近くの登山口(4.30)−−−硫黄採掘跡(5.05)−−−新噴火口(5.15)−−−新噴火口上部(5.35)−−−硫黄川(6.10)−−−硫黄山(7.30-8.00)−−−硫黄山川分岐(9.00)−−−新噴火口上部(9.25)−−−登山口(10.05)***カムイワッカ湯滝で入浴===ウトロ野営場(11.30)
所要時間 5時間35分 1日目 ***** 2日目 **** 3日目 ****
ヒグマ生息密度の濃い一等三角点へ
硫黄山一等三角点


硫黄山は、北海道にある一等三角点百名山の中で、最後まで残された山だった。
アプローチの不便さ、ヒグマの危険などから、登ることができるのかどうか案じていた。
7月下旬になると、日本百名山羅臼岳登頂のために本州からも大勢の登山者が知床を訪れる。その中には羅臼岳から硫黄山まで縦走してカムイワッカへ下山する人もかなりいるようだ。その分ヒグマの危険も緩和されるだろう。釧路の次男宅を出て、霧多布、野沙布岬、風蓮湖を観光しながら羅臼へと向かった。
羅臼の町から知床峠越えの道へ入る。上り切った最高点が知床峠。目の前には羅臼岳の全貌がほしいままだ。つい興奮して見入ってしまった。
知床峠からオホーツク海側へと下ってゆく。今日のキャンプはウトロ野営場。  知床公園線の分岐を過ぎて海岸まで下ると、野営場はすぐにわかった。山の中へ少し入った高台にあった。静かな温泉付きキャンプ場で、夜になってもテントの数は数張りに過ぎなかった。 露天風呂からは眼下にオホーツクの海がどこまでも広がり、漁船だろうか、一筋の航跡を白く残して横切って行くのが見える。

翌未明、3時50分キャンプ場を出発。  知床公園線に入り知床五湖手前でカムイワッカ方面へと車を向ける。キタキツネ、エゾシカの姿が頻繁に現れる。怪我をさせないように気を使って運転する。ほどなく空が白んできて、登山口へ到着したときには夜はすっかり明け切っていた。路肩しか駐車する場所はないが、止まっている車は1台もない。  私が今日最初の登山者になるのか。ヒグマがちょっと気にかかる。登山帳に記入して4時半登山開始。  
思っていたより登山道ははっきりしていて、これならコースは何も問題なさそうに思えた。5分も歩いたところで、登山道の真ん中にかなりの量の動物の糞。明らかにヒグマの糞だ。棒で突ついてみると柔らかい。この夜のものだろう。何となく周囲を見回してしまうが、見えるところにヒグマがいる筈はない。いずれにしても注意するに越したことはない。  

始めのうちはあまり険しい登りはなく、快調に足が前に出る。再びヒグマの糞だ。同じ固体のものか、あるいは別のヒグマか。いずれにしても北海道で一番ヒグマの生息の多い場所だ。良く響く鈴をうるさいほど鳴らしながら登ってゆく。  
30分ほどで硫黄採掘跡へ着く。今はその採掘現場の名残もほとんどを窺えない。樹木は少なくなり、火山礫の荒れた肌がむき出しになってきた。  荒涼とした裸地のコースは、石に印されたペンキマークを目安にして登ってゆく。傾斜がだんだんに強くなってきた。硫黄臭が強くなって新噴火口に到着。累々と積み重なる岩石帯の中、岩を黄色に染めて噴煙が吹き出している。噴気口はいくつもあるよあだが、コースはその下を大きく避けるようにしてつけられていた。さらに荒涼とした斜面を登ってゆくと、再び強い硫黄臭が鼻を突く。新噴火口と呼ばれる一帯の最上部である。最初の噴火口から最上部噴火口まで約20分。最上部噴火口は平坦な広場状になっていて小休止には最適。

小休止を終わると今度は潅木の中へと入ってゆく。ハイマツの根がからみあい、露岩があったり、また不規則な段差も多くたいへん歩きにくい。この通過にかなり時間がかかる。潅木を漕ぐようにして進んで行くとやがてコースは下りになる。予想した以上の大きな下りだ。下山時にちょっときつい登り返しになるだろう。下りきったところが硫黄川である。水は涸れていて流れはない。急峻な沢で、もし流れがあれば大小連続した滝がつづくものと思われる。
沢芯を歩いたり、あるいは高巻いたりしながら沢を詰めてゆく。厳しい登りだが、次第に高山植物が目に入るようになってきた。ウコンウツギの群落が点在する。上空に窓があいたような青空が覗いた。山頂での眺望を期待してしまうが、相変わらず山頂部は雲に閉ざされたままだ。エゾクザクラ、そしてエゾツツジの群落。しばらくするとサマニヨモギにハイオトギリと次々目を楽しませる花たちが迎えてくれた。
いつかヒグマのことは忘れて、気持ちは登山を楽しむことに集中していた。
小雪渓があらわれた。ひんやりと涼しい風が肌をなでる。以前歩いた木下小屋から羅臼岳へのコースの方が、時期は遅かったのにもっと大きな雪渓があったように思う。  

硫黄川の急登を登りおわってほっとすると、そこから肩と呼ばれる地点までは火山礫の急登が待っていた。一歩一歩ずるずると崩れるような砂礫の登りはかなりこたえる。右へ左へとじぐざぐの道を、足元を見つめながら高度を稼いで行く。それほどの時間はかからないが、実際よりかなり長く登ったような気がする。このあたりが一番きつさを感じるところだ。火山礫の急登を終わったところが「硫黄山の肩」と呼ばれる。ここから先は濃い霧に覆われて見通しはまったくなくなってしまった。山頂からの展望は絶望だ。下山時ここから硫黄川への下りを間違えやすいというガイドブックの注意を思い出し、地形を頭に叩き込む。赤さびた案内板らしいものが大きな岩に寄り添うように立っていたが、字は消えてしまっている。下山時はこれを目印にするといい。    
さてここからは濃い霧でほとんど見通しもなく、ただ足元の踏み跡だけを注意して、これを外さないように登ってゆく。肩から山頂まではすぐかと思っていたのになかなか着かない。コースも荒れた裸地の中にあって、見通しがないためややもすると見失いそうになる。登りは良いとしても下山時のことを考えるとちょっと不安を感じる。岩にペンキ印の矢印が二つ見える。どっちが硫黄山かわからない。 感を頼りに左に直角に折れてしばらく水平にたどる。霧の中に突然チングルマやエゾコザクラの群落が広がった。  
それにしてもガスが濃くてどうもルートがはっきりとつかめない。砂礫の斜面はどれが踏み跡か判然としない。見通しさえきけば問題ないのだが、視界は30メートルもない。このあたりも帰りに迷いそうだ。周囲の様子をしっかりと確認しながら、慎重に砂礫のお花畑の中を登って行く。再び道型がはっきりしてきた。右手に岩登りのような険しいルートが現れる。どうやらこれが硫黄山へのコースらしいが、何の標識も見当たらない。今にも崩れそうな急な岩場を、慎重に手がかりを求めながら攀じって行く 。これはもう完全な岩登りだ。ここも帰りにルートを間違えないようにしないと、とんでもないところへ下ってしまいそうだ。だいいち間違えたら進退極まってしまうおそれがある。  巨岩の間を抜けたり、あるいは越えたりしながら岩場を乗り越えると、ようやく穏やかな道につながってすぐ先が硫黄山の頂上だった。  
一等三角点標石の頭をなでて、北海道最後の「一等三角点百名山」登頂をかみ締める。残念ながら期待の展望はゼロ。しばらくすると男性が一人到着した。札幌から来た人だった。

展望のない山頂に長居をしても仕方ない。ひと休みしてから下山にかかった。ルートを外さないように注意しながら、登って来た岩場を下って行く。  
チングルマやエゾコザクラの群落の地点まで来たところで、コースを見失ってしまった。もう少し下のような気がして下ってゆくと、コル状の地形となって、そこに字の読めない標識が立っている。しかし登りにはこの標識を目にした記憶はない。不安がよぎる。周囲を見回してもガスでほとんど何も見えない。方向感もなくして一時途方にくれる。動くのも危険、このまま待ってもいつ霧が晴れるかわからない。今いる地点を見失わないようにして、意を決してもう一度チングルマ群落のあたりまで戻ってみた。登りでは確かにこの群落を目にしているのだ。慎重に踏み跡を探すと、どうやらそれらしい跡を発見、たどって行くとさらに踏跡ははっきりしてきて無事コースに戻ることができた。しかしこれが登ってきたコースと同じかどうかという不安はまだしばらく消えなかった。
とにかくホワイトアウト同然の濃霧で、周囲の状況が皆目つかめないまま歩かなければならなかった不安は大きかった。やがて霧の外へ出て、下の方に硫黄川への下り口の赤錆びた標識が見えたときは、心底ほっとしたものだ。  
あとは快足を飛ばして下っていった。硫黄川の途中でチャリンチャリンという鈴の音が聞こえてくる。追いついてみると、何と山頂で一緒だった男性だった。私より後から下山していつ私を追いこして行ったのだろうか。どうやら迷ってうろうろしている間に先になったのだろう。彼は同じ条件の中を迷いもせずに来たわけだ。やはり私の不注意ということになる。  
硫黄川の分岐を過ぎ、ハイマツ帯の歩きにくい道を下って行く途中で振り返ると始めて硫黄山の姿が霧に見え隠れしている姿を垣間見ることができた。    
新噴火口付近からはカムイワッカの湯滝で入浴を楽しむ観光客の姿も見ることができた。
北海道最後の一等三角点百名山踏破に満足して無事カムイワッカに下山、記念にカムイワッカの湯滝に入ってゆくことにした。 ジョギングシューズで温泉の沢をジャブジャブと遡上してゆく。湯滝めあての観光客が、借りたワラジを履いて次々と上って行く。温かい温泉の流れを遡上すること約15分、滝壷がそのまま温泉風呂となっている。大自然の天然温泉で汗を流してから妻の待つウトロキャンプ場へもどった。