追想の山々1346  

寸又峡 朝日岳(1827m)沢口山(1425m) 登頂日1995.11.03〜04 単独行
◆寸又温泉(6.30)−−−猿並吊橋(6.45)−−−林道の登山口(7.00)−−−合地ボツ(8.22)−−−朝日岳(9.35-10.05)−−−休憩15分−−−合地ボツ(11.20)−−−林道登山口(12.10)−−−寸又温泉(12.40)

◆寸又温泉(5.40)−−−富士見平(6.55)−−−沢口山(7.15-7.20)−−−富士見平(7.40)−−−寸又温泉(8.15)
所要時間 朝日岳 6時間10分
       沢口山 2時間35分
朝日岳 3等三角点
沢口山 2等三角点
≪南アルプス前衛の2座≫
朝日岳山頂
聞いたとはなかったが、前黒法師岳、朝日岳、沢口山を寸又三山と呼ぶそうだ。そのうちの朝日岳と沢口山を寸又温泉から往復した。

長男の結婚式が無事に終って1週間、晩秋の連休は絶好の登山日和に恵まれた。東京を夜半に発って静岡IC、中川根町を経由、寸又温泉への到着は夜が明けたばかりの6時過ぎだった。

▼初日の山は朝日岳。
温泉街入口駐車場へ自動車を残して6時30分出発。温泉街の坂道を抜けて行くと、浴衣がけの観光客が散策する姿が行き交う。土産物屋も開店の準備にせわしげだ。
温泉街の途切れたところで自動車通行止めのゲートとなる。ゲートか ら直進する遊歩道は夢の吊橋へ通じるが、 朝日岳へはゲートからすぐ右手の坂道を峡谷へ下って行く。標高差にして数10メートルの下りで寸又川にかかる吊橋『猿並橋』を渡る。
吊橋から朝日岳山頂までの高度差は1350メートルほど、道さえしっ かりしていてくれれば、かっこうの一日ハイキングコースである。

吊橋から植林の中をじぐざぐに15分ばかり登ると寸又林道へと出る。 一般車通行止めの林道であるが、この林道は登山者が南アルプスを北から南へ向かって縦走、最後の光岳から下山して来て降り立つ道である。
登山口を心配していたが、林道を左へほんの少し進むと、朝日岳への標識が目について安心する。林道の擁壁にかけられた粗末な木梯子を昇って登山道へ取りついた。最初から急勾配がつづく。木の間越の寸又渓谷が、足下にどんどん遠ざかって行く。足がかりの悪い急斜面は、固定されたロープを伝って登る。ザレの横断では注意していてもコースに散在する石を落としてしまう。急斜面を勢いよく落下して行く石は、もし後続の登山者がいたら大変危険である。登山口には落石危険、立ち入り禁止の注意看板が出ていた。

急登が水平道となってひと息つく。トラバース気味に進むと『合地ボツ』の石標地点に到着。標高1236メートルと記されている。ここまで標高差780メートルを1時間40分、案外早かった。石標識の前には新しい花が供えられている。遭難者の遺族が供養でもしたのだろうか。
合地ボツを過ぎると再び尾根沿いの急登となる。登山者は少ないというが道はしっかりしている。標高が上がって行くと、紅葉が次第に色づきを増して来た。
樹林の切れ間からのぞめる双耳峰は、池口、鶏冠山だろうか。風が強く寒くなって来た。前方に見えて来た高みが栗沢山の頭で、朝日岳のピークはその陰にあってまだ見ることはできない。遠くで鹿の警戒する鳴き声が聞こえる。古いガイドブックには水場分岐とか、栗沢山の頭の表示があることになっていたので気をつけていたが、まったく気づかずに通り過ぎてしまった。

紅葉に見とれながら急登を行くうちに、コメツガの薄暗い樹林となり、広い平坦部にと変った。コメツガの原生林を縫うようにして進むと、広い平坦部の先端が朝日岳山頂で、所要3時間5分の行程だった。
三角点が大きく欠け落ちて無残な姿だった。展望は北側だけが開けて、懐かしい大無間山が目の前に横たわり、そしてはるかに富士山が見える。
写真を撮ったり、スケッチをしたりしていると、寒さで指先が痛くなってきた。軽い昼食をとって30分ほどで山頂を後にした。

樹間から南アルプス深南部の山々をのぞみながら、写真を撮ったりしてのんびり下って行った。 出会ったのは下山途中での7人グループのみだった。
下山後、美女づくりの場へ入浴。接岨峡温泉へ通じる林道に自動車を移動させて一夜を過ごした。



▼2日目沢口山
沢口山山頂
薄明るくなって来たのをみて出発。
温泉街の土産物屋は、こんなに早い時間から開店の準備をはじめていた。きのうのうちに登山口は下見してあったので、迷わずに登山口へ。
登山口5時45分、備えつけのノートに氏名を記入して登山開始。
標高差900メートルを3時間ほどで往復したいが、ちょっと厳しいかもしれない。懐中電灯が必要だったのは、ほんの5分ほど、どんどん明るさが増して足元がはっきりして来た。
杉林の中をじぐざぐに登って行くと、20分ほどで尾根に出た。コースは明瞭で手入れも行き届いている。赤ペンキやプレートが丁寧につけられていて、地図を持つ必要もない。尾根伝いに歩くと、テレビアンテナ施設の切り開きがある。空はすっかり明るくなって、今日も抜けるように秋の空が高い。
けっこう急な登りであるが、昨日の疲労を感じることもない。右手には樹間越しの朝陽を浴びて、黒法師岳がセピア色に輝いていた。昨夜の名残の強風が、梢を鳴らして吹き抜けて行く。
ほとんど展望の利かない尾根の登りがつづく。左手から水平に差し込む朝陽が、樹間に躍っている。足元では落ち葉が軽やかにささやく。 ときに緩み、また勾配を増しながら、もうかなり高度が上がっているようだ。
富士見平の標識のある平坦部に着く。樹林のコースは展望には恵まれない。しばらくつづく平坦道は、落ち葉で通が隠されているので注意を要する。鹿のヌタ場を過ぎてからもう一度急登となったころ、山頂の近いことを感じる。じぐざぐの急登の先が小さな稜線上で、右は板取山方面、左が沢口山の表示があ。山頂まではすぐだった。

沢口山着7時20分、休憩なしで所要1時間50分。早朝の山頂には勿論人影はない。広い山項で周囲は植林されたカラマツが黄金色に彩っている。北面だけが開けて、昨日登った朝日岳、そして富士山がすっきりした姿を見せている。朝日岳の左背後の山が霧氷のためか銀色に輝いていた。

下りも早かった。途中でカモシカに出会う。登山道からちょっと入ったところで視線を合わせたまま、逃げる風もない。至近10メートルほどまでに近づいて通り過ぎたが、その間微動だにしなかった。美しい銀色の体毛、小ぶりの2本の角、大きな瞳で佇立していた。
登山口近くまで下ったところで、登って来る10人ほどのグループに出会う。「もう行って来たのか」という顔をしていた。
予定より早く往復2時間30分、コースタイムの半分だった。寿光の湯で汗を流してから家路についた。