追想の山々1366  

剣ノ峰(1430m)角落山(1393m) 登頂日2000.10.15 単独
霧積温泉金湯館(6.05)−−−十六曲峠(6.32)−−−剣ノ峰(7.10)−−−赤沢コース合流点(7.35)−−−角落山(8.00-8.10)−−−剣ノ峰(8.55-9.00)−−−金湯館(9.50)
行程 3時間45分 群馬県 剣ノ峰 三等三角点
角落山山頂
森村誠一原作「人間の証明」に碓氷峠〜霧積が出てくることで、鄙びた霧積温泉が広く知られるようになった。作中引用の西条八十の詩の一節 「母さん、僕のあの帽子どうしたでしょうね・・・」  このフレーズが頭の中にこびりついている。

・・母さん、僕のあの帽子、どうしたでせうね?
ええ、夏碓井から霧積へ行くみちで、
渓谷へ落としたあの麦稈帽子ですよ。
・・母さん、あれは好きな帽子でしたよ。
僕はあのとき、ずいぶんくやしかった。
だけど、いきなり風が吹いてきたもんだから。
・・母さん、あのとき、向うから若い薬売が来ましたっけね。
紺の脚絆に手甲をした・・・。
そして拾はうとしてずいぶん骨折ってくれましたっけね。
だけどとうとう駄目だった。
なにしろ深い渓谷で、それに草が
背丈ぐらい伸びていたんてすもの。
・・母さん、本当にあの帽子どうなったでせう?
そのとき傍に咲いていた車百合の花は、
もうとうに枯れちゃったでせうね。
そして、秋には、灰色の霧があの丘をこめ、
あの帽子の下で毎晩きりぎりすが鳴いたかも知れませんよ。
・・母さん、そして、きっと今頃は、・・今夜あたりは、
あの渓間に、静かに雪が降りつもっているでせう。
昔、つやつや光った、あの伊太利麦の帽子と、
その裏に僕が書いた
Y・Sという頭文字を埋めるように、
静かに、寂しく・・。


その霧積温泉へ一度訪れてみたいものと憧れていた。
赤城山へ登ったあと、翌日は霧積温泉から角落山を計画した。浅間山周辺には取り巻く多くの山々がある。鼻曲、浅間隠、黒斑、高峯、籠の登、湯の丸、烏帽子等、まだ登ってないのがこの角落山、念願の温泉と未登の山。願ってもない組み合わせだった。
霧積温泉には二つの温泉宿がある。二つあると言ってもそれぞれはかなり離れていて、歩けば山道を20分はかかる。山奥の一軒宿同然である。手前が霧積館で林道の行き止まりにひっそりと佇んでいる。まさにこういうのを「佇む」と言うのだろう。ここから角落山へは金湯館を経由して登るコースがある。

林道からさらに枝別れした急な林道へ入って10分近く、奥まったところにもう一軒の湯「金湯館」がある。構えは霧積館の方が立派だが、見たところ金湯館の方が雰囲気はいい。
霧積の2軒とも、本当の山奥、行き止まりの谷底に息を潜めるように佇み、湯の煙が谷間にわずかに流れる。まことに温泉らしい。
入浴は明日下山後の楽しみにして、この日は時刻も遅かったので、金湯館の手前300メートルほどの路肩の広がったところで、自動車の中で寝た。
翌朝はあいにくの雨、どうしようか迷ったが、今日角落山を登らずに残してしまったら、再び登る日が来るかどうかわからない。ひどい雨でもないし、濡れても下山すれば楽しみな温泉が待っている。

雨具を着込んで出発する。
霧積館からホイホイ坂を登ってきたコースが、林道へ飛び出して、ここからその林道を横切って十六曲峠へつづく。金湯館はこの林道を100メートルほど先へ行った所の谷間にある。
取りつきは岩の露出したやや歩きにくい道だが、そのあとは踏み固められた歩きいいなだらかな登りとなり、最初の三角点ピーク「剣ノ峰」へ向かう。落葉樹林が小雨にしっとりと濡れている。
行程差270メートルほどをひと登りすると十六曲峠の道標がある。ここを左に取れば鼻曲山へ、右へのコースが剣ノ峰から角落山へいたる。

霧雨ほどの降りかたで、たいした降りにはならずにすみそうだ。いくらか勾配が急になってきて、これを登り終ると剣ノ峰だった。三等三角点を確認して先へ進む。
笹がコースに張り出し、様子がこれまでとはがらりと変る。間もなく急下降に入る。濡れた岩場の下降で、滑落に注意しながら慎重に下ってゆく。このあたりの樹林は見事だ。ブナ、ナラ、イタヤカエデ、リョウブなどの落葉樹が、自然の姿のままで広がっている。看板に自然保護林と書かれている。前記の樹種のほかにトリネコ、ヤマハンノキなども名前が書かれていた。あまりにも急な岩斜面が、人の手を拒んで残されてきたのかもしれない。

険しい岩場の下りを終ってコルになる。赤沢コースというのが合流していた。
角落山へは再び登りかえしとなる。地図を見ると標高差150メートルほどの登りだが、実際に歩いてみるととても150メートルとは思えない。コルから角落山まで25分かかっているから、250メートルほどはあったのではないだろうか。コルから稜線へ登りつき、さらに稜線を小さなコブを越えて進むと角落山だった。
小さな山頂だ。もし天気がよかったら、赤城山や榛名山などが手に取るように望めただろう。山頂には大小一つづつの石祠や赤い鳥居、それに石碑などがある。

未登の山を一つ登り終えた満足感で来た道を霧積へと引き返した。
約4時間の登山を終わり、楽しみの金湯館(きんとうかん)へ。 玄関には「秘湯の会会員」の看板がかかっている。温泉としては浴槽も小ぶりだし、しゃれた造りもない。建物も山小屋風で質素そのものの、それがいい。

長年の念願を果たした満足感で霧積を後にした。