追想の山々1372  

雪山 硫黄岳(2670m)・横岳(2829m)登頂日1993.12.24-25 単独
●.美濃戸口(11.00)−−−美濃戸(12.00)−−−赤岳鉱泉小屋(13.30)・・・泊
●赤岳鉱泉小屋(6.30)−−−赤岩の頭(7.45)−−−硫黄岳(8.00-8.10)−−−横岳標柱ピーク(9.00-9.05)−−−奥の院(9.25)−−−地蔵尾根分岐(10.00)−−−行者小屋(10.30)−−−美濃戸(11.30)−−−美濃戸口(12.05)
行程 8時間05分 長野県県 硫黄岳 三等三角点
≪八ツ岳雪稜登山≫
横岳にて
12月も下旬に入ると、八ヶ岳は本格的な冬山に変わる。アイゼン、ピッケルでの山行は、私にとっては一つの憧れである。北アルプス等に比べれば積雪は少なく、好天に恵まれる確立も高い。まさに冬山入門向きの山岳で、この季節の山岳雑誌には必ず入門コー スとして紹介記事が掲載される。

24日(金)防寒具だけはしっかり用意して、新宿発7時のあずさで出発。茅野駅着9時18分。40分の待ち合わせで美濃戸口行きのバスに乗車。真っ青な冬晴れのもと、八ヶ岳連峰が白銀に眩しく光っている。昨日降った雪が田畑も集落も白一色の世界に変えていた。途中地元の老人を乗せたり降ろしたりしながら、バスは八ヶ岳山麓深く高度を上げて行く。終点美濃戸口には定刻の11時に到着。

スパッツを着けると、すぐに雪道を踏んで美濃戸へ向かう。つま先上がりの車道を1時間で美濃戸着。阿弥陀岳を眺めながら小休止。
行者小屋への南沢コースを右に分け、左手の北沢コースをとって赤岳鉱泉小屋へ向かう。しばらくは車の轍の残る広い林道を行くが、やがてトタン囲いの小屋から山道となる。
北沢沿いの道は30センチ前後の積雪、トレールはしっかりとついているし、陽はさんさんと降りそそいている。気分の浮き立つようなスノートレッキングだ。下山して来る登山者と何人か行き違う。
バス終点の美濃戸口から今日の赤岳鉱泉までの標高差は700メートル、アイゼン、ピッケル等で荷物がやや重いので、気負う事なくゆっくりゆっくり歩く。
美濃戸から2時間コースのところ、1時間30分で赤岳鉱泉へ到着した。小屋従業員の話では、昨日、一昨日と山は強風と雪で荒れに荒れていたとのこと。宿泊の受付を済ませてからスケッチブックを携えて外へ出た。吸い込まれそうな藍色の空、雪をかぶった針葉樹林の整然とした梢、白亜の殿堂のごとく端然と聳える主峰赤岳。“来てよかった”山に抱かれる幸せのようなものを感じる。
スケッチをしながら、硫黄岳への登山道をしばらく辿ってみた。好天に繰り出した登山者で、ルートの雪はすっかり踏み固められていた。

この夜の宿泊者は少なかった。知らない者同志、赤々と燃えるストー ブを囲んでとりとめもない山の話に興じる。ただ何となく聞いているのも楽しい。
凍てつく外に出て見ると、残照が雪嶺を茜に染め、中空には月が輝いていた。暖かいコタツにぬくぬくとした夜だったが、いびきの三重奏にはいささか参った。

朝6時半、明るくなるのを待って小屋を出た。アイゼンを着けて昨日途中まで辿った硫黄岳へ向かう。放射冷却が効いて冷え込みが厳しい。踏み固められた雪がバリバリに凍っている。キュッキュッとアイゼンが気持ち良く効く。雲が浮かんで昨日ほどのビーカンとはならなかった。たちまち汗がにじんでセーターを脱ぐ。
日の出前の岩稜が障壁のように灰色にくすんで見える。針葉樹の樹林帯は風を遮って更に汗が滴り、ジャケットも脱いでしまった。
樹林帯を抜けると赤岩の頭そして硫黄岳が目の前に迫ってきた。樹林に遮られていた風が待ち構えていたように吹き付けてきた。着衣の汗がたちまち霜を振ったように真っ白になって行く。積雪は多いものの、トレールがしっかりしているので歩行には全く支障がない。小屋から1時間15分、約600メートルの高度を上って赤岩の頭へ到着。コースタイムより30分以上早かった。雪は風に飛ばされて地肌が露出している。遠望はもうひとつというところで、見えるのは浅間山から四阿山方面、北八ヶ岳と蓼科山、主峰赤岳や阿弥陀、そして目の前に硫黄岳の荒々しい火口壁。
吹き付ける風にたちまち体が冷えて行く。目出帽をかぶり、完全防寒態勢を整えて15分ほど先の硫黄岳へ。

硫黄岳山頂には緊急時二人ほどは入れる石室がある。だだっ広い山頂で沢山のケルンが立っている。赤茶けた火口壁が殺いだように落ち込み、見るからに不気味だ。ここは風衝帯で、穏やかな今日でも風は相当強い。強風時には立っているのも難しいだろう。
写真を撮ったりしてから横岳へのコルヘ向かった。半分雪に埋まりかけたコルの硫黄岳小屋前で休憩をとった。小屋の鐘を鳴らすと、凍った早朝の大気を切り裂き、澄んだ音色が風に乗って流れて行った。

岩稜横岳
いよいよ横岳を越えて行く険しいルートとなる。緊張してコルを後に雪の斜面に取りつく。ガイドブックには経験者同行、もしくはアンザイレンすべきだと書かれているところである。しかし意外なほど楽に歩くことができた。それでも油断して滑落でもすれば一巻の終りだ。慎重に足を運ぶ。難所には鎖や梯子が設置されてる。
コルから1時間弱、快調なペースで『横岳』の標柱の立つピークに登り着いた。

このあと誤った足跡につられてしまっ た。先の切れ落ちた露岩の頭に出たところで誤りに気がついた。引き返すと別の踏み跡が下方に見える。踏み跡目がけて斜面を慎重に下りかけると、大きな声が聞こえてきた。稜線に立つ登山者だった。「その道は違う。もう少し下にトラバース道があるから、それを行くのだ」と、大声で教えてくれた。
教えてくれたトラバースが、露岩を巻く道だった。ガイドブックにも『間違って直進しやすいところ』と書かれていた鉾岳だった。

少しガスがかかってきたが、奥秩父方面や富士山が遠望できる。赤 岳と阿弥陀岳、その間には権現岳も頭をのぞかせている。横岳の険しい部分を無事歩き終わり、白一色の山々を眺めていると、ほっとすると同時に、ああ、今冬山にいるのだという実感が湧いて来た。
地蔵尾根分岐へは樋状の雪の詰まった急斜面下るとすぐだった。  目前には赤岳が覆いかぶさるように迫り、登高意欲を誘うが、登山計画を思い付きで変更したりして、何かあったときには言い訳ができない。御馳走を前にしてお預けされるような気持ちで、予定の地蔵尾根コースを行者小屋へと下った。

行者小屋からは南沢コースを美濃戸へ。2時間コースを半分の1時間で美濃戸に到着、茶店の野沢菜漬けのサービスで一服してから、バス停の美濃戸口へ向かった。
夕方4時過ぎの最終バスでと思っていたが、午後1時発のバスになお1時間の余裕をもって美濃戸口へ帰着した。