追想の山々1378  

奥多摩 天祖山(1723) 登頂日1995.04.16 単独
八丁橋(6.10)−−−小祠(6.40)−−−大日大神(7.05)−−−天祖山(8.10-8.15)−−−梯子坂のくびれ(8.40)−−−孫惣谷林道(9.35)−−−八丁橋(10.20)
行程 4時間10分 東京都 天祖山 三等三角点
雨になるとは思わなかった。
奥多摩駅のすぐ先で日原集落への街道へ右折、最奥の小さな 日原集落を過ぎると道幅が狭まり、未舗装の泥の悪路に変わる。少し道幅の広いところには、必ず自動車が駐車している。渓流釣りの人達だ。
天祖山登山口手前の八丁橋たもとで、手頃な空き地を見つけて車を止めた。
こぬか雨の中を出発。歩きはじめて2〜3分、天祖山への登山口には標識があった。取りつきの一歩から急な登りだ。山頂まで1000メートルの標高差がある。ザレの急斜面をじぐざぐに登ると、たちまち渓谷は足下に遠ざかって行く。ザレはすぐに終わって尾根のしっかりした道となる。
展望もなく、足元に視線を落として黙々と歩く。梢からしたたる雨滴が降りかかる。
ハイカーの姿が消えることのない奥多摩で、この天祖山周辺だけが取り残されたように人の姿が少ない。今日も山は静まり返っている。

突然目の前の笹薮が大きく揺れ動いた。笹の葉と激しくこすれ合う音を残して、獣が谷へ向かってかけ下って行く気配を感じとる。ぎくっとして立ち止まったが、ピョッーという尾を引く鳴き声で、その主が鹿であることを知る。登山道のいたるところに鹿の糞がちらかっている。かなりの生息密度がうかがえる。
左から支尾根が交わる地点に、小さな木の祠が二つ、煙霧のなかに濡れている。標柱に“大日大神まで30分”となっているが、それが天祖神社のことだとしたら少し近すぎる。

天祖山山頂
十数坪はありそうな木造の高床建物の前に出た。破れかかった板戸の隙間からのぞくと、中はがらんとした広い板敷きになっていた。ここは大日大神で天祖神社のある山頂はまだ先だった。  相変わらず雨はそぼ降りつづいている。
静かに漂う山霧に、樹木は茫洋とかすみ、幻を見るような光景がつづいている。
勾配が緩んだりまたきつくなったり何回も繰り返し、ブナやツガへと樹相が変化したのに気づき、狭まって来た尾根の急登を登り 切ると、会所という木造の建物が現れた。天祖神社へ詣でる人達が、ここで休んだり祭事の整をえたりしたのであろうか。中をのぞくと若い男女が一組シュラフにもぐっていた。
会所からはなぜか急に一面の残雪となった。氷化してつるつるの斜面を、足場を選びながら上り詰めたところが天祖山の山頂だった。銅板葺きの立派な社殿が柵の中に建っている。山頂一帯も雪に覆われていた。
静かなだけが取りえのほかは、展望もなく平凡な頂きに少しがっかりする。

相変わらずの小雨の中、長居をする理由もなく早々に山頂を後にした。
下山は来た道を戻るか、あるいはさらに北上して、梯子坂のクビレまで下ってから、孫惣谷林道へ出るか迷う。この先北面の下りはかなりの雪となるだろう。布製のキャラバンシューズでは苦労するかもしれない。
途中で引き返すことも覚悟で梯子坂のクビレを目指した。
案の定、下りにかかると氷化した残雪に加えて、思いの外の急降下だった。まともに下ったのでは、つるんつるんに滑って歩けたものではない。氷化していない部分や露出した岩角を選んだりして、へっぴり腰で慎重に下って行く。
急降下が終わると同時に雪も消えた。梯子坂のクビレまで来て再び思案しなければならなかった。予定の孫惣谷林道へ下るコースの入口には、トラロープが張られて進入をストップしている。立て看板を見るとこの下山コースの途中に×印が記されている。何かの事情で通行不能となっているようだ。そもそもこの下山コースはガイドマップには載っていない。
あの雪の急坂を戻る気もしないので、とにかく孫惣谷へのコースを下ってみることに意を決した。道は以外にしっかりしていて、普通のハイキングコースと変わらない。しかし道をふさいだ倒木は放置され、ところによっては道の崩れかかったところもあって、手入れされている様子はない。

特に通行に支障のあるところもなく、一息に谷まで下りきった。
渓流沿いにわずかに残るコースらしい形跡を追って下って行く。小さな流れを右左と渡り返しながら、うっかりすると見失いそうな道を拾って行く。
林道へ下るはずのコースが、逆に谷を離れて上りだす。腑に落ちない。下ったり上ったりして次第に高度を上げて、いつまでも林道へ出る気配がない。訝りながらもときおりあらわれる標識に任せて行く。
林道へ出るべき時間はとうに過ぎている。
支尾根を2〜3、またぐように乗越してから、ようやく本格的な下り になった。急斜面をどんどん下って行くと、やっと林道が見えてきた。林道へ降り立ったところが、石灰石採掘場だった。どうやら石灰石採掘事業のために、コースが変更されたようだ。
この孫惣谷林道を30分の下りで出発点の八丁橋へ着いた。