追想の山々1400

  

 北八ヶ岳
天狗岳(2645m)中山(2496m)丸山(2329m)茶臼山(2383m)縞枯山(2402m)

 登頂日1989.04.01-02 単独
●渋ノ湯(10.00)−−−黒百合ヒュッテ(11.30-12.00)−−−東天狗岳(12.50)−−−西天狗岳(13.10)−−−黒百合ヒュッテ(14.20)・・・泊
●黒百合ヒュッテ(6.35)−−−高見石(7.25)−−−麦草峠(8.00)−−−茶臼山(8.55)−−−縞枯山(9.20)−−−縞枯山荘(9.30)−−−ロープウエイ山頂駅(9.35)
行程1日目4時間20分 2日目3間00分 長野県 東天狗 二等三角点
丸  山 三等三角点
大石山 四等三角点
縞枯山 四等三角点
黎明の天狗岳
冬と春の境目の山歩きは、二日間とも快晴という暁倖に恵まれた。

面白いことに八ヶ岳連峰を南と北に分ける位置にある天狗岳は、東西ふたつのピークを持った双頭峰であり、東の峰はどちらかというと南八ヶ岳的で岩山の様相、西は円やかで北八ツ的とうまく分かれている。
新宿をあずさ1号松本行に乗車、茅野駅からはタクシーで渋の湯へ向かった。メーターの音に脅かされながらも、どんどん迫ってくる北八ヶ岳の眺めに、窓ガラスに額をすりつけるようにして見入った。

渋の湯からいきなり雪斜面の急登にとりつく。踏み跡は明瞭でひたすらトレールをたどる。抜けるような青空に雪の白さがまぶしい。サングラスを忘れてきたことを悔いる。なるべく黒木の樹林や、自分の影を見るようにして歩く。30分もするともう汗びっしょりとなる。

樹林がまばらになって空が広くなると、真っ白な天狗岳が目の前に姿をあらわした。ようやく北八ツの懐の中に入ってきた。
明るい小雪原にとびだすと、半分ほど雪に沈んだような黒百合ヒュッテがあった。ひと筋煙が立ち昇り、そこだけ小さな暖かさが漂っているようだった。何百人も詰め込むような夏の小屋と違って、小屋の従業員の親切も気持ちよかった。

不要な荷物を置いて天狗岳を往復する。慎重を期してパーカー上下、アイゼン、ピッケルと装備を固めて出発。中山峠を過ぎて硫黄岳爆裂火口璧に出ると、突然体がふらつくような強風にたじろいでしまった。西からの突風性の強風が休みなく雪煙を巻き上げている。この急斜面を安全に登れるのか不安が頭をよぎる。ルートは風でかき消されてしまい、どこを歩いていいのかとまどう。火口壁寄りは雪庇状に見えるのでこわい。
火口壁を離れて斜面右手を湾曲するようにしてルートをとった。一歩一歩足場を確認しながら天狗岩を目標にして登って行った。真冬と変わらぬ厳しさを残し、露岩にはエビのしっぽがしがみつき、ハイマツは雪の下に息をひそめ、ダケカンバの幼木は僅かに細い枝先だけを雪の上に出して冬を耐えていた。

小屋を出るときは大袈裟かなと思いながらも完全装備できてよかった。
東天狗岳頂上は支えなしでは真っ直ぐ立っていられないような強風が吹きぬけている。ゆっくりと眺望を楽しむゆとりはないが、八ヶ岳の全山、南、中、 北ア、秩父、浅間・・・・・と360度のパノラマにひととおり目をやってから天狗岳もう一つのピーク、西天狗岳に向かった。主稜線ルートから外れているので歩く人も少なく、降雪直後のように乱れのない雪におおわれていた。細い稜線をひとのぼりすると西天狗岳の頂きに立つことができた。
風こそ強いものの緩やで広々とした雪の広場という感じがする。強風が雪煙を巻き上げる。雪煙の向こうに蓼科山そして霧ケ峰、美ケ原、高ボッチの高原台地が展望できる。

帰途、東天狗に登り返すのが面倒でその手前からトラバース気味に微かに残る踏み跡を頼りに天狗の奥庭を目指したが、その痕跡は途中から全く消えてしまった。膝までもぐる雪の中をラッセルすることになってしまった。登山者が一人、先を下って行くのが見える。あれが登山道だ。
雪崩でも起こしたらどうしよう、そんな不安がよぎる。ダケカンバのある、雪崩の心配なさそうなところをたどりながら登山道に戻った。
無雪期は岩だらけで歩きにくいという天狗の奥庭も、雪の上を快 調に無事小屋まで戻った。

二日目、快晴の素晴らしい夜明け。
予定では高見石から渋の湯へ下るつもりだったが、余りの好天に麦草峠経由、縞枯山へと縦走することに変更。
食事前、何回も外に出ては曙光に紅く染まる天狗岳を撮影した りする。
朝食の出来るのを待って、大急ぎで食事をかきこむとただちに小屋をとびだした。早く展望のきく尾根に出て朝陽に映える山々を見ようと気持ちが焦る。
中山峠で展望が開けると天狗岳、南八ツ、南アそれに奥秩父の山なみが美しい。ひと登りすると広く平坦な中山の頂上だ。声も出ないほどの大展望が圧倒した。中部山岳のすべての山が見えるのではないかと思われる。北アの穂高、槍、鹿島槍、白馬、遠く妙高、黒姫、高妻、戸隠、さらに越後の山。とても書ききれない。
だだっ広い頂上は、強風のために踏み跡は完全に消されてしまい、高見石への降り口がはっきりしない。樹林の少し切れた所に見当をつけて下ると、はっきりした登山道が確認できてひと安心する。
高見石は小屋の前を素通り。しばらくはアイゼンの欲しいような急登を、キックステップでがんばり丸山の頂上に到着した。振り返ると昨日強風の中を登った純白の天狗岳が眩しい。浅間山、四阿山と未登の百名山が登高意欲をそそるように存在を主張していた。

麦草峠ではクロカンスキーを楽しむ人々が見える。ヒュッテでジュ ースを買って喉を潤すとすぐ茶臼山へ向かった。冬の支配下にあるようでも、茶臼へのきつい登りでは背中に感じる陽射しがかなり強く感じられる。雪の照り返しがサングラスを忘れた目にきつい。
茶臼山の頂上は黒木に遮られて展望はない。そのままコース最後のピーク縞枯山へと歩を進めた。

枯死したシラビソが帯状になって縞模様を措いている。近づいて見ると枯れ木の下には幼木が育ち、次代はちゃんと成長をはじめている。
雲ひとつない快晴に恵まれ、ほしいままの展望を楽しんだ後、黒木樹林の急坂をグリセードでかけくだると、縞枯山荘の青い屋根が雪の中に鮮やかだった。

順調に歩き通して、予定よりかなり早くロープウェイ山上駅に到着した。