追想の山々1422
  

仙ケ岳(961m)〜野登山(852m) 頂日1998.03.30 単独
石水渓入り口谷原橋(6.00)−−−ダム(6.30)−−−林道終点(7.00)−−−堰堤(7.40-7.45)−−−2番目の堰堤−−−尾根(8.03)−−−御所平−−−笹の稜線(8.25)−−−休憩(8.35-8.55)−−−御所谷コース合流(9.20)−−−仙ケ岳(9.45-10.05)−−−仙の石(10.15)−−−野登山・NTT施設−−−野登寺−−−坂本集落(12.00)−−−谷原橋(12.35)
行程 6時間35分 三重県鈴鹿山脈 野登山 二等三角点
御在所をスケッチ
1000メートルにも満たない低山「どれほどのこともあるまい」 そんな小馬鹿にしたような気分で「ちょっと登って来る」というのが本音だった。

登山スタート地点としてきた石水渓バス停がはっきりしない。通りかかったに聞いて、すでに通り過ぎてしまったことがわかった。駐車スペースを探してうろうろしたが、山間の狭い集落のなかにはそんな場所は見当たらない。結局集落を抜けた『谷原橋』たもとの空き地に止めることにする。
あたりは道路の付け替え工事の最中、これが誤りを引き起こす原因となった。

支度を整えて出発。目の前に赤い岩肌を見せる山が見える。鬼ケ牙の岩峰と呼ぶようだ。100メートルも行くと、右へ分かれてゆく道がある。付け替え工事中の道路、旧道、工事車両用の道が入り組んでいてよくわからない。目印としてきた「左京みち」の道標も見えない。工事資材の陰に、登山用の標識が投げ捨てられるようにしてある。標識が立っている状況を推測し、方向を読み取ったつもりで進んで行った。もう少し慎重に地図などを確認すれば、そこでは右折しなければならなかったことがわかったはすだ。
このまま行ったらとんでもない方へ行ってしまうことに気づき、何か目印はないかと、きょろきょろしながら行くと、石水渓キャンプ場のところで小さな標識を見つけた。右手に「ダム・三つ淵」などとなっていて、細い登山道が山の中へつけられていた。絵看板もあって、この登山道を行けば、本来の林道へ出合うことができるようだ。ほっとして標識の道へ入って行った。

ほどなく美しい渓谷へと下った。どこからかエンジン音らしい音が聞こえてくる。この先で林道に出合えるらしい。渓谷から斜面につけられた道を登ってゆくとダムが見えてきて、造成中の車道に出た。その先に林道があり、人影はないがコンプレッサーがエンジン音をうならせていた。林道はダム真上あたりで鎖のゲートで閉じられていた。
この林道を行けば、多分ポイントとなる造林小屋があるはずだ。やれやれという気分で渓谷沿いの林道をたどった。大きな落石が放置されたままになっていりして、この林道はもう使命を終わったらしい。ヤブツバキ、ムラサキヤシオそして路傍にはタチツボスミレが春を告げている。絶好の登山日和、春というより初夏を思わすほどの陽気で、じっとりと汗ばんでくる。

出発してから1時間、林道の終点だった。この足で正規のコースタイムより20分余計にかかっていたから、かなりの道草をくってしまったことになる。ここはちょとした広場のようなスペースがあるが、草むらとなっていてガイドブックの造林小屋が見あたらない。最近取り壊したという気配もない。また少し心配になってきた。
ハイキングコースとしても、ここはいくつかのルートの要の部分で、ここに案内標識らしきものが皆無というのも、何となく不審な気がしてくる。
左手の木の幹に打ち付けられたプレートに「仙ケ岳」の文字が読めた。とりあえずこれをたどって行くことにきめる。
木の幹にコースを示す赤テープがずっとつけられている。地図も見ずにこの先は、渓流沿いをテープを目印に足を運んで行った。小さな滝や滑滝、それに瀞がいくつもあらわれて、なかなか楽しい登りである。白っぽい河原は花崗岩だろうか、ときに小さく高巻いたり、飛び石伝いに右岸、左岸と渡りかえしたりして徐々に高度を上げてゆく。渓流のせせらぎにシジュウカラの鳴き声が和し、あるいはまだ練習不足のウグイスが舌足らずにキョッキョッホケッキョとさえずる。

朽ち落ちそうな桟を、二つ三つびくびくしながら渡るようなところもある。一般のハイキングコースだとすれば、やや登山道の手入れがお粗末な気もする。 渓流の転石には、まだ新しい赤丸印がついている。幾たびとない渡りかえしも、この目印でコースを見失うことはない。しかしこのマーク以外には、まったく道標のたぐいのないのが少々気がかりだった。

高々とした堰堤が立ちはだかったが、左岸を巻いて難なく越える。堰堤はすでに砂礫で埋まり、大きな川原となっていた。ここで小休止にする。林道終点からここまで45分。周囲を見渡すとマンサクの花が盛りだった。ヤブツバキもたわわに花をつけている。
一服して先へ進む。相変わらず赤テープ、赤丸ペンキ印を目印にして行く。すぐに2番目の堰堤があらわれた。これは右岸から巻いて登るが、すぐ先で沢が二股になっている。ここにも道標はない。(帰ってから地図で確認すると、ここは御所谷コースと、御所平へのコースの分岐点だったかもしれない)
今まで追ってきたマークどおり、ここは迷うことなく左の沢をとった。この沢は伏流となった明るい沢で、計画していた”白谷”のように思えた(実際にはぜんぜん違っていた)。
突然マークが消えた。立ち止まって周囲の状況を見渡すと、右手の急斜面にマークが見える。うっかりすると見落とすところだった。はっきりした道型はないが、がれきのザレ斜面を攀じるように登ってゆく。やがて安定した道に変わったが、どうも一般コースという気がしない。不安を感じながらひと登りすると、小さな尾根上に出た。休憩した堰堤から20分だった。ここでまた迷う。尾根を越えて向かいの沢へ下ってゆくような道型らしいものがある。あるいは獣道かもしれない。一方左手へ尾根伝いに、これも薄い踏み跡らしきものがある。
地図を見てもよくわからない。現在地も確認できない状態になっていた。沢へ下るのはためらわれたので、尾根づたいに急勾配を登って行く。

傾斜が緩んで主稜線状の見晴らしの利く地点に登りつくと、対面間近に赤い岩肌をむきだしにした険しい岸壁が見える。あれが仙ケ岳かと思ったが、そんなはずはない。(これも帰ってから調べると、伴谷を詰めた上部の岩壁記号と思われる)
岩壁を眺めながら、左手に急峻に落ち込んだ稜線をしばらく歩くと、広い枯草の草原に変わった。。

岩壁のピークを背にして樹林の中へと入ってゆく。道型は薄いがたどって行くことはできる。このあたりはアセビの自生地で、ちょうど房状の花の時期だった。
樹林を抜けて小笹の広がるなだらかな高原状の空間となる。ここが仙ケ岳?しかし何の標識もない。高原はかなり先までつづいている。そのはるか先には黒々と高度感ある山体がそびえている。まさかあれが仙ケ岳?これからとてもあそこまでは行けない。だいいち仙ケ岳であるはずはない。もしあれが仙ケ岳とすれば、自分はいったいどこを歩いてきて、そして今どこにいるというのだ。頭が混乱してきた。

小笹の中はかろうじて判別出来るていどのトレールが読み取れる。これからどうしようという考えも決まらないまま、しばらく小笹を分け進んでから、日当たりの笹に腰を下ろして休憩を取った。鈴鹿山脈の槍のように尖った山は御在所岳だろうか。休憩がてらスケッチをする。相変わらず逆光に黒々とした山体は、かなりの距離感がある。ここでも「ひょっとするとあれが仙ケ岳かも?」という疑問が湧く。

これから同じ道を引き返すのも情けない。この稜線から下山してゆくルートがあるかもしれない。出発が早かったため、時間もたっぷりあるので、最悪引き返すことも考慮に入れて、先に見える小ピークまで行って様子を見ることにした。
笹の踏み分け道を、ときどき見失いながらも、稜線を忠実に進んで小ピークへと着いた。その先は今度はカヤトの草原がずっと広がっていた。1本の木に仙ケ岳を指すごく小さなプレートが目に付いた。ということは、もしかすると遠く見えるあの黒々とした山がそうか。あそこまで行けるだろうか、ふと弱気が頭をかすめる。 こうしたとき、本気で引き返そうとすることはめったになく、考えているうちに足は前に進んでいってしまうものだ。いつでもそうだ。

草原は針金の柵がめぐらされている。しかしほとんど倒れたりしていて、今や用をなす状態ではない。牧場の跡かもしれない。柵にそってかすかな踏み跡がつづいている。
かなり歩いたころ、柵沿いに左へ大きくカーブして下りはじめた。これは方向がおかしい、そう思って戻って見ると、右手方向へわずかに踏み跡が分かれている。これしかない、そう思って柵を離れると、すぐに木の幹などに目印のテープがいくつもついているところに出た。逆方向からここまではハイカーも沢山来ている証拠だ。これからコースはもう案じる必要はなくなった。明瞭な道をどんどん下って鞍部に着いた所に「御所谷コース」の明瞭な標識があった。ここで予定とはかけ離れたコースを歩いてきてしまったことをはっきり悟った。

鞍部から急な登りとなる。これを登り切ったところが仙ケ岳だ。まさかと思ったあの黒々としたのがそうだったのだ。そこまで歩くのは無理と思っていたのに、意外に早かった。イワウチワの茜色した照葉が光っている。
鞍部から30分弱で仙ケ岳山頂に立った。何人も座れないような小さな頂だった。ここは双耳峰の西峰で、鞍部を挟んで前方に東峰が見える。展望としてはあの草原の稜線の方がよかった。コース図が設置されていた。やれやれという気分で休憩にした。

これから今朝ほどの林道へ下るにはコースが二ツある。御所谷と白谷である。予定では野登山も登って行くことにしていた。しかしすでにここまで予定よりかなり多く歩いてしまった。気持ちは迷ったが、結局野登山を経由して行くことにした。
鞍部に下って行くと、当初登ってくる予定の白谷コースが合流していた。再び登りかえすとわけなく東峰だった。巨岩が不思議なバランスで直立している。小笹からカヤトの草原へと歩いてきたコースが一望できる。長い距離を歩いてきたのがわかる。
これから痩せた尾根コース、仙鶏尾根のアップダウンを繰り返しながら下ってゆく。岩っぽい急勾配もあるが、コースそのものは難しいことはなく、普通のハイキングコースだ。
一つ大きなコブを越した先の鞍部から、杉植林の急登を高度差150メートルほど登ると車道へ出た。地図では車道を横切って野登山へのルートが記されているが、それらしき道は見当たらない。仕方なく車道をたどって行くと、最後はNTTの施設で行き止まり。ここが最高点だった。
これから車道以外に、坂本集落へ下る道を探さなければならない。金網越しに施設の回りを1周したが、見つからない。様子を見ながら車道を引き返しはじめたところで、ふと樹木越しに瓦屋根の建物が見える。薮の斜面をずり落ちるように下ると、そこには立派な寺があった。野登寺である。
冷たい引き水で喉を潤す。今日は暑くてたっぷりと汗をかかされた。水が体中にしみとおる。杉の巨木に囲まれた寺院は、年代を感じさせるが老朽化して傷みも進んでいる。住職が常住することもないのだろう。
巨杉の参道を下り、三十三観音の前を通って境内の外へ出ると、車道が来ていた。それには目をくれず、居合わせた自動車の人にコースの確認をして、登山道(昔の参詣道=鶏足山表参道)を下って行った。

坂本集落下端で「石水渓キャンプ場」の標識にそって、田の中の道へ入る。この方が自動車を止めた所に近いと見当をつけた。茶畑の広がる道を行くと、仙ケ岳への道標が立っていた。これぞまさしく計画してきたその道であった。結局道路工事中のため、判断を過ってしまった。その結果予定よりかなり長い距離を歩いたが、それなりに充実したものとなり、とても1000メートルにも満たない登山とも思えない充実したものとなった。

後で地図を広げて歩いたコースをたどってみたが、小笹の草原へ登りつくまでのルートが、“これだ”と確信が持てなかった。