「熱と心とあなたと」
「いすみ・・・・・・くん・・・・・・・・」
頭の中に熱い霧のようなものが広がって、奈瀬の意識はそこで一度途切れた。
「いっすみさ〜〜ん!!」
呼ばれた伊角は一瞬声の主が、和谷なのか奈瀬なのか判らなかった。
いや、明らかにその声は男のものだったし、視覚でも和谷を捕らえていたのに― じゃあ何故・・・
「わっり!ちょい遅刻〜〜〜って、アレ?奈瀬まだじゃん」
「ああ、よかったなビリじゃなくて」
「まったくだよ・・・ぜってー俺がビリっけつだと思ってた。んで奈瀬に『待たせたからなんかおごれ〜〜』とか言われるもんかと・・・」
「あっははは!よくわかってんじゃん奈瀬のコト」
「伊角さんほどじゃないけどね」
「?何か言った????和谷??」
「いんや〜〜〜〜♪にしてもおっせーな!!奈瀬わ!!」
しばらく伊角と和谷は待ち合わせの場所にいたのだが、30分も過ぎた頃さすがに心配になってきた。
「伊角さん、奈瀬のケータイかけてみてよ・・・忘れてんじゃねぇ?約束」
「んー昨日だって今日のこと話してたんだから忘れるって事はないだろ・・・かけてみるか」
ぴっぴっぴっ・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あ・・・・・あれ・・・・・・・・?あたしどうしたんだっけ・・・・あ、ケータイ・・・・とらなきゃ・・・
机に置いたんだっけ?・・・・・・はやく・・・・・・・とらなきゃ・・・・・・・・・・・・・・・
机の上のケータイを取ろうと伸ばした腕が、なんだか自分のものではないような気がして―
「出ない・・・?」
「へ?」
和谷が伊角の顔を覗きこむ。
「バイブにでもしてんのかな?電波は届いてるの??」
「ああ、単に出ないだけみたい・・・・・」
「俺もかけてみよ」
ぴっぴっぴっぴっ・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「・・・・・・・・・・・わや・・・・・・・・・・・」
「!!!!」
和谷の目だけが伊角のほうを向いてウインクする。
「おんまえなぁ!!!!約束しといて40分も待たせんじゃねぇよ!!今ドコいんだよ?」
「・・・・・・・・・・・いえ・・・・・・・・・・・・」
「家だぁ????なんだよその声は?この電話で起きたんじゃね―だろーな?」
「・・・・・・・・・おきた・・・・・・・・・・」
「ぶあっかやろー!!伊角さんだって待ってんだぞ〜〜!出てこいよ!は〜や〜くぅ〜」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・め・・・・・・・・・・・・・・」
「へ?」
「・・・だ・・・・・め・・・・・からだ・・・・・うご・・・・かない・・・・・の」
和谷は奈瀬の息遣いの異常さにここで気が付く。
苦しそうに、振り絞るような声―
「奈瀬、お前・・・どっか具合悪いのか??」
和谷のあげた声に伊角が反応する。
「・・・・・・わ・・や・・・・・・・ごめ・・・・んね」
消えそうだった奈瀬の声がホントに消えてしまって、和谷はぎくりとした。
仕方なく携帯を切る。伊角が心配そうに和谷を覗き込む。
「どした?奈瀬調子悪いのか?」
伊角の問いに答えず和谷はしばし考えた。もしかしたら家に一人なのかもしれない。あの様子じゃ。
「伊角さん」
「?」
「予定変更。奈瀬んち行こう」
「は?」
伊角の意見を聞く前に既に和谷は歩き始めていた。
「おっ・・・おい?和谷????奈瀬どーしたんだよ???」
遅れまいと必死でついてくる伊角を背に和谷はもう一度携帯を取りだし、すばやく親指で誰かにメールを打った。
待ち合わせの場所に一番近いのは奈瀬の家だったので、30分もしないうちに奈瀬宅に着いた。
もう一度和谷が携帯をかける。
「・・・・・・・出てくれよぉ〜〜〜」
伊角は奈瀬の部屋があると思われる2階を心配そうに見上げている。
「!出た!」
あいかわらず苦しそうな息。消え入りそうな声。
「和谷・・・さっきごめん・・・切れちゃったね・・・」
「いーよ。奈瀬んちの前まで来た。今誰もいないの??」
「うん・・・あしたの夜遅くならないと帰ってこない・・・え?家の前にいるの??」
「あー。伊角さんもな!なんだよ、熱でもあんの?」
「・・・たぶん・・・ああ、あがってよ、家。今開けるから・・・・」
「かかってんの鍵だけ?チェーンは?チェーンかかってねぇんだったらそっから鍵投げてよ。勝手に入るから。降りてくのツラいだろ?」
「ん。じゃあ投げる」
奈瀬の部屋に入った和谷と伊角は珍しく(?)弱々しい奈瀬を見た。可愛いチェックのパジャマに伊角はちょっとどきっとした。
「熱は?」
「はかって・・ない。ごめんね〜昨日の夜までは何とも無かったから・・・連絡できればよかったんだけど・・・」
「気にすんなって〜色々買ってきたぞ〜熱あるんだったらポカリ飲め〜」
伊角が未だにぽつんと立っているのに対し、和谷はそう言いながら、奈瀬お気に入りの真っ赤なソファにどっかと腰を下ろす。
奈瀬は体を起こすのもツラそうにしている。それを目にした伊角が
「奈瀬・・・俺達・・・ここにいてだいじょぶか?」
と心底心配そうに奈瀬に聞く。
「うん・・・一人だったからちょっと心細かったし・・・ありがと・・・色々買ってきてくれたしね」
弱々しく微笑む。
和谷がチラッと時計を確認する。
瞬間、和谷の携帯が着信を告げる。部屋に響く軽快なメロディー。
ぴっ
「なんだー進藤か〜〜??なんだよ〜え〜うんうん〜そうなの〜??」
電話の相手はどうやら進藤のようだ。他愛の無い話をしている。
「わり!!!!進藤に呼ばれちまった!!俺、行ってもイイ??」
「じゃあ、俺もおいとま―」
言いかけてすぐに和谷に遮られた。
「伊角さんはココにいてよ?心配じゃん!奈瀬熱高そうだし。ひとりにはできないよな〜カワイソー」
「あ、あたしのことはいいから―」
「うん!よし!決定ね♪伊角さん、奈瀬のコト頼むわ〜メシちゃんと食わせなきゃだめだよ!じゃないと薬飲めないから。
あと、ちゃんと水分たくさん取らせて、汗出させて、それから―」
和谷のマシンガンのような命令に伊角はあっけに取られてただ頷くしか出来なかった。
なにより、確かにこんな状態の奈瀬を一人には出来なかったし。
あわただしく和谷が去って、部屋には奈瀬と伊角の二人だけになった。
「熱・・・はかってないんだっけ??体温計は?」
「ん・・・ドコだっけ・・・え〜と」
奈瀬が火照った頭で必死に置き場所を考えていると、不意に伊角がベッドの横に来た。
「奈瀬、ちょっといい??」
伊角は奈瀬の返事を待たずに、寝ている奈瀬のおでこに掛かる髪の毛を手で払うと、その手を置く。
奈瀬は飛びあがりそうだった。
「いす・・・・・・」
「ん〜〜〜〜熱い?のかな?俺の手も熱いからわっかんないな〜・・・」
そう言って・・・・・・・・・・
上から覆い被さるように自分のおでこをくっつけた。
「!!!!!!!!」
熱が2度は上がった気がした。息が出来なかった。
「うっわ〜〜奈瀬?マジで熱いって!!コレ異常!体温計は??場所思い出した?」
(・・・お・・・思い出すも何も・・・・・・・いまので意識飛ぶってば・・・・伊角くん・・・)
結局熱は37.7度もあった。伊角先生の「絶対安静」という診断が下された。
(37.7度のうち0.7度はさっきの伊角くんのせいだ・・・)
もんもんと熱い頭を抱えながら奈瀬は布団を深くかぶったまま横目でチラっと伊角を見る・・・
ソファーに腰掛けて奈瀬の「手筋180」という本に見入ってる伊角が見える。
(伊角くんがアタシの部屋にいる・・・なんか・・・信じらんないな・・・夢かなぁ・・)
体の不調なんだか伊角がいるからなのかわからないドキドキが止まらない。
視線を伊角から窓の外の空へ向けた。いい天気。真っ青な秋の空が窓の外には広がっている。
「そとで・・・あそびたかったなぁ・・・」
「いい天気だもんな。でも俺はまんざらじゃないよ?こーいうのも」
「へ?」
間抜けな返事は熱のせいと自分に言い聞かせて・・・・・
「奈瀬には気の毒だったけどなー。部屋でのんびりって言うのも悪くないかなって??」
「・・・もー立場が逆だったら絶対そー思わなかったくせにー」
「ごめんごめん。だからって訳じゃないけど今日は何でもいうコト聞くよ?病人には優しく!ネ」
「・・・・なんでも・・・??」
おずおずと聞く奈瀬。
「うん、なんでも」
にこにことしている伊角。
「・・・のど・・・かわいた・・・」
「はいはい、たくさん水分取れよ〜」
伊角が奈瀬の背中を支えて起こしてくれる。
(なんだかほんとに夢見たいだなぁ・・・病人って時々はいいかも・・・あぁ…なんか発想が子供みたい・・・)
冷たいポカリが火照った体に気持ちいいくらいに吸いこまれていく。
あっという間に350の缶を飲み干してしまった。
「これであったかくして、汗かいて熱下げような。・・・まだツラそうだな・・・」
「うん・・・」
「親・・・泊まりなの?今日帰ってこないの??」
「うん・・・親戚の家に行っちゃった・・・」
「だって、奈瀬熱あったのに??」
「あたし寝てたから気がつかなかったんじゃない?具合悪いってコト・・・いつもの寝坊と思われたんだよ」
「ぷっ」
「あ・・・笑った・・・けっこうシャレにならない状況なのに・・・」
奈瀬がツラそうにふくれる。
「俺、いてあげようか?」
「え?なに??」
「ん、家に奈瀬一人残すのって心配だから・・・ここにいようかな・・・」
「うそ?ほんとに・・・?」
「あ、いや・・」
思わず口に出してしまったが、奈瀬が迷惑だったら・・・という思いがすぐに出て『冗談』で済ませようとした。
「じょうだ・・・・・」
「・・・ありがとう、嬉しい・・・すごく・・・」
体調のせいと、そんな状態で家族がいないということが、奈瀬を多少なりとも不安にさせていたのだろう。
奈瀬は苦痛のなかにも嬉しそうな表情を浮かべて伊角に微笑む。
どれくらい時間が経っただろう…奈瀬の部屋にあった囲碁関係の本をずっと読みふけっていた伊角は
電気をつけなければ本が読みづらくなったことで夕方を迎えた事を知る。
奈瀬の方へ視線を向ける。薬の影響か寝息を立てて静かに眠っているようだ。
「すみ・・・・くん」
「?」
奈瀬の声が聞こえた気がした。
「どうした?奈瀬??」
返事はない。
「・・・・・奈瀬?」
奈瀬の顔を覗き込む・・・奈瀬は眠っている。さっきと変わらず。
ただ・・・一つ違うのは・・・
「いす・・・みくん・・・・」
伊角の名を呼びながら奈瀬の頬に涙がつたった。
「?」
頬を伝う涙が枕につく前に伊角の指でぬぐう。
その感触で奈瀬の目がゆっくりと開かれた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一瞬伊角がそこにいることに理解が出来なかったようだ。
しかし―
「私・・・泣いてた?」
「ああ、なんだ?怖い夢でも見たか?それとも―」
「ごめ・・・なんでもない・・・っていうか内容覚えてない・・・あたしヘンな事言ってなかった?もーヤダなぁ・・・」
「・・・・・・だいじょぶだよ。熱・・・少し下がったんじゃない?」
伊角は奈瀬が自分の名を呼んでいた事は伏せておいた。
「・・・・・・あ、36度7分!!!」
顔をほころばせて奈瀬が体温計を伊角に見せつける。
「ホラホラホラ〜ねっねっ!下がった下がった♪」
「夜になると多少あがるもんなんだから、まだ油断すんな!」
体温計を取り上げてケースにしまう。
「ふふ・・・」
奈瀬が自分を見つめて笑うので不思議になった。
「・・・?ナニ?」
「んー伊角くんってお医者さんも向いてるんじゃないかなぁ〜って思って・・・白衣の伊角くんそーぞーしてたの」
「俺がぁ?医者ぁ??」
「どう?いいんじゃない??」
「でも・・・いまさら別の進路なんて・・・俺は・・そんなの無理なんだろーな」
すっかり暗くなった窓の外を見つめカーテンを閉めながら、伊角は自分の今の状況を儚むように言う。
伊角は時々、そばにいるのにまるで手の届かない所にいるような、そんな空気を纏う。今もそう。
さっきの夢もそうだった。伊角には内容をわすれたとは言ったが、覚えている。はっきりと。
伊角が消えてしまう夢。ある日突然その存在が消えてしまう。伊角を覚えているのは自分と和谷だけ。
二人で一生懸命、伊角を探す。
一生懸命伊角が存在した証拠を探す。
一生懸命伊角が作ったものを探す。
一生懸命伊角が残したものを探す。
でも、
どこにいってもない。
どこまでいってもない。
自分と和谷の心の中にしか残らなかった伊角。
雑居ビルの冷たい床に座り、和谷と二人で肩を寄せ合って窓の外に浮かぶ蒼い月を眺めながら、砕けて消えてしまった伊角を思って泣いた。
そこで目が覚めた。
目が覚めたそこに伊角はいた。だから安心した。
なのに、そんな顔しないで欲しい。
ううん、ちがうね、あたしのせいだ。伊角くんはなんでも受け入れられる心なんて持っていないって知ってるから、
だから一緒にいようって思ったの。
足りない分は補えばいいから。
「伊角くん、ちがうでしょー?伊角くんはプロになるんだからかんけーないじゃん、ほかの進路なんてありえないの!」
ベッドの上に仁王立ちになって伊角を見下ろす。
二人の視線がぶつかる。
「俺・・・本当にプロに―」
「きゃぁあ〜vv上から伊角くん見下ろすってきもちーかも♪いっつも見下ろされてばっかだしvv」
伊角の目がぱちくりする。
「なんかゆーえつか〜ん♪むふvv」
最近気がついた。自分の気持ちがネガティブな方向へ行こうとすると、奈瀬や和谷は必ず引き戻してくれる。
無意識なのかワザとなのか。
いや、どっちでもいいんだ、俺にとってそれは何よりも心地いいものだから―。
「・・・・わかったから・・・・上着もかけないでベッドから出な〜〜〜〜い!!!」
おもいっきり不服そうな顔でしぶしぶ布団に潜る奈瀬―
「明日の朝になって、熱上がってたら近くの救急病院に引きずってく!んで注射打ってもらうからな!」
「・・・・・・・・・・・いすみくん・・・・・・・おかーさんみたいだ・・・・・・」
そして3日後、見事に奈瀬の風邪がうつり、見舞いと称した奈瀬と和谷が散々部屋を散らかして帰っていったのは言うまでもない。
ごめんなさい・・・最後ムリヤリまとめに入ったら・・・なんかカナリ変だよね(笑)つーかもっと長くなっちゃって、いつまでたっても終わりが見えてこないで・・・(涙)
ほんとはコレが8888リク小説だったんですが・・・終わらないので新たに「かみさま」を書いたんです。長い間放置しといたのをやっと手ぇつけました。フー
「伊角×奈瀬」と「伊角×和谷」と「和谷×奈瀬」が書きたくって、ミキサーにかけました(苦笑)でもどれも中途半端でがっくり〜
あいかわらずどっかのシンジみたいな伊角さんになっちゃって、いいかげん嫌になってきます。なんでこんなにネガティブ志向に持っていきたがるのかな?あたしゃあ?
でも、元気で行動的で積極的で常にポジティブな伊角さん・・・ていうのも違うよなぁ(笑)
奈瀬の夢ーあれはのちに起こる事なんです。以前に書いた「刻の車輪」のラスト部分を夢見てるんです。予知夢?正夢?・・・そんな感じ??
そう考えると実はあんまりハッピーなお話じゃないんですね・・・奈瀬の「悪夢」は後に現実となるわけなので・・・(伊角さん消えはしないけど)
時期は2000年の春くらいでしょーか・・・とりあえずプロ試験前です。で、風邪を引きやすい頃と言う事で(笑)
私の伊角と奈瀬はすこ〜しだけ「サイコ」の雨宮&美和がかぶってるかもしれんです・・・摩知に見せない顔を美和には見せたりするよね〜雨宮くんって♪(話脱線)
あ、伊角さんの風邪話は次に書きたいです(笑)