イト



「三谷くん?」

「!」

急に名前を呼ばれて、我にかえる。
無感情にゆるんだ顔を、ぎゅっと引き締めた。

「どーしたの?」
「・・・なにが」
「いま、ボーッとしてたでしょ」
「・・・」
「あたしの話、聞いてた?」
「きーてた」
「・・・ホント?」
「きーてたって。」
「・・・・・」
「オサカナくわえたドラネコを追いかけてったんだろ?かーさんが」
「なにそれ!ちがうよ」
「そーだった?」
「・・・・もう」

沈黙が訪れる。
ジャラジャラ、と碁石を片付ける音だけが響いている。

薬品の匂いが染み付いた部屋。
もう夕方にさしかかった理科室は、薄暗い。
窓際の6人がけのテーブルに座るのは、あかりと、三谷。

過ごしなれた、この場所。
けれど、ふたりきりとなると事情は変わる。

簡単に言えば、『居心地が悪い』。
相手のことを必要以上に意識し過ぎて・・・・

苦しくなる。

あかりの不機嫌な横顔を、チラ、とみながら
少しだけ、悪いことをしたと思った。

話なんて、本当は聞いていなかった。
途中、から。
三谷の心は、さっきあかりが何気なく話した言葉、
たったひとつに縛られて動けなくなっていたのだから。

どうしても、我慢できなかった。
あかりの話に、
あかりの口から、あいつの名前がでてくることが。
たった、ひとこと。
それだけなのに。

自分でもガキだと思う。
でも、悔しい。
歯がゆい。

−−−−−−進藤。



再びあかりが話しだすことも、三谷が話すこともなく、
呼吸する音でさえ、聞こえれば気まずくなるようだった。

「それじゃ、あたし帰るね」

ガタッと椅子をひく音でごまかすように、あかりが声をかけた。

正直、ホッとした。
沈黙に、おしつぶされるかと思った。

「じゃあね」
「・・・・」
「じゃあね!」
「・・・・ん」

すっと視界から消えていく、あかり。
窓の反射に、細い背中が遠くなっていくのが映っている。

「・・・・・・ハァ」

ピシャン、と完全に閉まったのを確認した途端、はき出した息。
さっき思うようにできなかった呼吸を、補うように。
瞬間、その向こうで生まれる感情に気がついた。

ぽつん、とこの広い空間にのこされるのは……
想像よりも、ずっと心細い。
外から聞こえる、だれかの騒ぎ声、車の走る音。
すべての音が、しろい膜を貼られているようにぼんやりしている。

ここにいるのは、オレ、ひとりだ。

ぐ、と奥歯を強く噛み合わせた。

「・・・・・・・」

ガラララララッ

「!」

急に聞こえてきた物音。
反射的に顔を上げた。

「三谷くん!!」

「・・・・・。」

さっき感じていた思いを、見透かされるのがこわかった。
瞬きをするふりをして、目をそらした。

「なに」

「・・・いっしょにかえろ?」
「あ?」

思いのほかに呑気な言葉が返ってきたせいか、
返す言葉の間が抜けた。

「いっしょに、かえろう?」

遠慮がちに隠った声。

それを打ち消すように、残酷な言葉が口をついた。

「・・・・進藤は」

ほんとうにアイツのことが気になったのかは、わからない。
確かなのは、そう口にすることで、余計に荒らんだ胸。
そして、切なく歪んだあかりの表情。

「ううん。ヒカルとは最近帰ってない」
「・・・ふーん」
「ね、それより・・・」
「なあ」
「え?」
「・・・オレは、アイツのかわりなのか?」
「・・・・。だれ?」
「アイツだよ!いわせんのか?!」
「・・・・・」

三谷の突き刺すような、刃のような声に、
なんとか守ってきた平常心が壊れそうになる。

アイツ

それがだれのことなのか、あかりもわかっていたから。
身体中が緊張する。
声が、
声が、固まったように、でてこない。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・帰る」
「待ってよ!三谷くん」
「・・・・・」
「まってってば!!!」

ガタガタッという慌ただしい音が三谷を追う。
それとほぼ同時に、しっかりとつかまれた腕。

ふりほどこうとして、ハッとした。

泣いてる−−−−−−??

「...んだよ・・・」
「・・・・・」

あかりの目から滑り落ちる、ひとつぶの涙。
それを認めた途端、心のざわめきが大きくなるのを感じた。
沸き立って、バラバラになる感情。

「オレは・・・」
「・・・・」
「オレは・・・・・・!!」

なにを言ってる?
なにが言いたい??
わからない。
わからない−−−−!

「三谷くんだよ?」

「・・・・・・?」

やさしく、つつみこむように。
三谷のなかに染み込んでいく、あかりの声。
ボロボロになった心、ひとつひとつを、
再び、つなぎなおすように。

「三谷くんは、ヒカルじゃないよ」
「・・・・・」
「ね?」
「・・・わかってる」
「うん」
「・・・わかってる」
「うん」

同じ言葉を繰り返しながら、
ほんとにガキみたいだ、と思った。

目の前にいる、あかりの声が
眼差しが
存在が
全心を、くるんでいる−−−−−−


「・・・・・」
「あたしも、・・・・わかってる」

ひとつ、またひとつ。
涙が、あかりの頬をつたう。

そっと、その濡れた頬に手をのばした。
涙が描いた筋を、指でたどる。

「・・・・・」

あかりの目が大きく見開かれた。
白い肌が、見る見るうちに熱を帯びて、赤く染まってゆく。
その表情がおかしくて、思わず苦笑が漏れた。

「・・・なに泣いてんだか・・・・」

「三谷くん・・・・」
「・・・・なに」

頬に手を添えたまま、小さく答えた。
驚くほど、穏やかな気分だった。

「・・・・すき」

「・・・は?」

半分ついた、ため息が途中で消えた。
あっけに取られて、硬直する時間。

なんだって??

「三谷くんが、すき」

頬にのばした手が、すとん、と落ちた。
力が抜ける。
あかりに掴まれたままの、腕。
そこから感じる感覚が、浮きだって胸を打つ。

「・・・・なんだそれ」
「・・・・あたし・・」
「・・・・わかった、・・・わかったから、もうはなせ」
「・・・あ」

あかりが手を離した途端、鼓動が耳に伝わった。

いったい、いつからこうだっただろう?

「・・・ごめんね」

どうして、彼女は謝っているんだろう。
どうして、彼女は、あんな顔をしてる?

「あたし・・かえるね」

あかりの瞼がふせられて、瞳が三谷をとらえなくなる。
口端だけを無理矢理上げて、つくった笑顔。
黒い髪に隠れる、赤く染まった頬。
うつむいた瞳に、チラチラと揺らめく、弱々しいひかり。

「・・・・・!」

だきしめたい

そんなこと、思っていなかった。
なんにも、考えていなかった。

わかっているのは今、
この腕が、あかりを、しっかりと抱き寄せているということ。
あかりが、この胸の中にいるということ。

「み、三谷くん・・・・?」

微かに震えたあかりの声が、耳に届く。
抱きしめる腕に力をこめた。

「・・・しらねーよ」

絞り出すように声を出した。

「・・・え?」

「・・・・わかんねー・・・・」

こんなに、感じたことを伝えるのが難しいなんて。

乱暴に腕を解き、そして顔を近付けた。

押し付けるように、唇を重ねていた。

そして、囁いた、言葉。

「−−−−」

声なのか、息なのか。
わからないほど、消え入りそうに小さな音だったが、
その言葉は、しっかりとあかりの耳に届いた。
あかりの腕が、そっと三谷を抱き返す。

「・・・・・・」

どちらからともなく抱き締めた腕を緩め、
そして顔を見合わせた。
耳まで真っ赤に染めた三谷を見て、あかりの顔に柔らかな笑みが浮かぶ。

「ねえ、三谷くん」
「・・・ん?」
「もういっかい言って」
「あ???」
「もういっかい、言って」
「かえるぞ」
「おねがい」
「ふざけんな」
「おねがいッッ」
「〜〜〜〜〜〜っ!」

半ば、ヤケクソだった。
ふたたび口にした言葉。
まっすぐな想い。

照れくさくて、うつむかせていた視線を恐る恐る元に戻す。
と、同時に三谷の視界が揺れた。

「ありがと!」
「わっ」

抱きついたあかりから伝わる衝撃が、身体中に広がった。
グラリと三谷の体勢が崩れ、
ザザーーーーッという音が、理科室に響く。

「あッ」
「・・・あ」

ふたりの脳裏に、ロッカーに片付けていなかった、
碁盤の姿が浮かび上がる。

見るまでもなく、なにが起こったのかわかるのがおかしい。
足下で、ジャラ、と音がした。

「・・・・はあ」
「・・・・ハア」

ふたりのため息が交じ合う。
目が合って、笑いが溢れた。

そっとまぶたをとじる。
ひきよせられるように、ふたりの唇が再び、重なった。

いつ触れただろう。
そして、いつはなれただろう。

そんな、息をするような口付けだった。
胸には、トクトクと流れ続ける、静かな鼓動を携えて。

「ふふ」
「・・・なんだよ」
「・・・もう少し、ふたりでいられるね」
「少し??」

じゃれあうように絡まるふたつの声が、
消えかけた日ざしに溶けていく。

気分よく流れる夕刻の時が、
たっぷりとここに、微睡んでいた。






1000HIT THANKS!!

HAPPY BIRTHDAY!! DEAR HIYORI-SAN
FROM EMIU



「キャンプイー」のエミウさんより1000カウントゲットで書いて頂いた小説です!!
エミウさんの小説はすっごく描写が好きで大ファンだったのです!!!が、
まさか私なんかの為に、しかも「みたあか」で書いていただけるなんて…!!
ホントに嬉しいです!エミウさんありがとうございました!!!三谷〜〜〜(叫び)