「絶体絶命のリピート それでも豊かなSweet Life」


なんだか別世界にいるような気がしてきた。
足が地面を踏みしめている気がしない。
研修センターから早く立ち去りたくて足早に帰り支度の為に控え室に向かう。
何人もの人間がいるはずの控え室。
けれども誰の姿も誰の声も不思議と自分の中に入ってこない。
ドコかが麻痺してしまったのだろうか??

今、俺に欲求があるとしたら―     眠りたい。それだけ。

何も目に入らないはずなのに、玄関に立つその姿だけは何故か目に止まった。
いつも私服に見なれているから、その珍しい制服姿が目に付いたのだろうか?
短くされたスカートから伸びる長い足。

「奈瀬・・・・」

「あたし、今日手明だったの。だからガッコの帰り!なんか試験気になって来ちゃった」
声の調子は明るいものの、奈瀬は1度しか目を合わせない。
奈瀬は今の俺の状態を知ってるから・・・
進藤に負け、和谷に負け、フクにも負け・・・・・・・・・・・・・・

「帰るトコ?」
「ああ」
「じゃ、あたしも帰ろっかな」
「?」

『今来たばかりなのに?』
喉まで出かけてやめた。
奈瀬は俺の様子を伺いに来たのだろうか?
まさかな

「ああ〜バス行ったばっかりだヨ〜」
道の先を見ると遠くに駅へ向かうバスの後ろ姿が見える。
「ね、歩きでもイイ??歩いても15分くらいだし!こっからまっすぐ行くだけだし」
「ああ、かまわない」

いつのまにか空の青は高く、髪を揺らす風にも以前の湿気は感じられない。
もう、秋なのだ。

なぜだろう、さっきまでそんな事を感じる余裕はなかったのに。
奈瀬は俺の3歩ほど前を跳ねるように歩いている。
ふいに振り返り
「ね〜伊角くん聞いて〜あたしこの後すっごくヤな対局が待ってんだよね〜」
辟易としている奈瀬。苦手な対戦相手でもいるのだろうか?
「今までに勝った事のない相手とか?」
「ん〜それもあるんだけど・・・とにかくヤなの!!」
「・・・・ふ〜ん・・・・」
「・・・苦手って訳じゃなくて、その逆。」
「?」
一呼吸置いた後に
「好きな人なの」
「ふーん??」
「伊角くんそーいう経験ってある??ないかぁ??」
にこにこしている。
「ないな・・・」
「あ〜どうすればいいんだろ!きんちょーするなぁ・・・大汗かいちゃったりしたらはずかし〜〜〜〜」
頭を抱えて一人で悶えている奈瀬。その様子がおかしくって、すこし心の闇が薄まる。
「じゅーがつとぉかなんてえいきゅーーーにくるなぁぁ〜〜〜〜!!!」
急に大声で叫び出したので驚いた。



「あ!あたし買ってくモノあるからここでバイバイ!」
何時の間にか幕張本郷の駅に着いていたらしい。
奈瀬は急に現実に戻ったように俺の返事もまたずに、踵を返して駅の階段を駆け上げる。
階段の途中で振り返り、こっちに向かって大きく手を振る。
軽く振り返すと満面の笑みを浮かべる奈瀬。
再び階段を駆け上がる。

その様子を最後まで見ずに、一人残された俺はポケットから本戦の対局表が書かれた紙を取り出す。
小さくたたみ過ぎた紙をパタパタと元の大きさに戻していく。

『じゅーがつとぉかなんてえいきゅーーーにくるなぁぁ〜〜〜〜!!!』
10月10日の奈瀬の対局相手―






28番





伊角慎一郎





そこにはそう書かれていた。

慌てて奈瀬が去った方向に目をやると
階段の一番上でちょこんとしゃがんでひらひらと手を振る奈瀬。
ニヤニヤしている。俺は奈瀬に向かって走ろうとした、が
奈瀬は早攻立ちあがって駅の中に消えて行ってしまった。

「中押しで勝ってやる・・・それともワザと最後まで打ちきろうか??」
言いながらも俺の顔は笑っていたに違いない。きっと。


前作「エヴリデイ」とは別の次元のお話です(笑)
「エヴリデイ」では既に奈瀬と伊角さんは『両想い』として書きましたが、これはまた別。
奈瀬と伊角さんが当たるのはカナリ後半なので、伊角さん後半のほうは自分の対局頭に入っていません(笑)
奈瀬が…奈瀬っぽくないですね…伊角さんも…なんか違うし…(汗)まぁ、いいか(よくない)
伊角さんの最後のセリフとかもイマイチ納得いかない。でももっといいのが思い浮かばない…
で、今回は珍しく「伊角さんの語り」で物語が進んでいきます。これはやったことなかったから難しかった…

ちなみにこのプロットは職場で仕事してるフリして書いてました(死)
よいこはマネしないでね☆
(10/1一部修正)