情報科学のあれこれ(31)               平成19年9月15日

複雑系(その8) 複雑適応系に対する新しい研究(2)各論1

14.人間科学としての経済学(その1)
(1)経済学を取り上げた理由
      複雑適応系に対する新しい研究(2)として経済学を取り上げた理由は、前編でも
    述べたように経済学では人間社会の現象を金額という数字で取り扱うことができるこ
    と以外に、経済学では新しい研究として、「経済物理学」や「神経経済学」という研
    究が最近始まったからである。これらはその名の示す通り、“経済学と物理学”、
    “神経科学と経済学”の学際的学問であり、1つの専門分野のみの研究では得られな
    い新しい知見をもたらす学問である。神経経済学については、昨9月14日の朝日新聞
    朝刊に記事が掲載されている。この記事はasparaクラブに登録し(無料)、ログイン
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     以下それに至るまでの経済学の諸学説の変遷と現状の諸問題について、先ず考察す
    ることにする。

(2)経済学の変遷(経済学史)
  1)経済学についての予備知識
       改めて経済学とはどのような学問であるかを考えてみると、経済学は経済現象の
      原因を探るため、理論やモデルを組み立て現実のデータによって実証する学問であ
      る。では、適当な理論やモデルが見付けられているであろうか。このことを考察す
      るために経済学の歴史を調べてみるが、その前に経済学独特のミクロやマクロとい
      う考え方を理解しよう。
       なお、ここでは経済学そのものを掘り下げて勉強するのが目的ではないので、経
      済学と人間の関わり合いを知ることができる程度に記すことにする。それ故、以下
      の記述では経済学の全容を知るには全く不十分であり、掘り下げた理解を希望され
      る方は、参考文献などをご覧頂きたい。
       しかし、読者の中には経済学になじみが薄く、今更経済学の勉強でもないと思わ
      れる方もおられるであろう。そのような方は、本節はざっと目を通して次編の“複
      雑適応系経済学”へ進まれてもよい。
    先ず、最初にお断りしておくが経済学は他の学問と同じように、理論を研究する
   経済学(通称理論経済学)と応用を研究する経済学(通称応用経済学)があるが、
   本編では複雑適応系に対する新しい研究について調べるため理論を研究する経済学
   を中心に議論していく。理論経済学は経済現象を分析して基礎理論を追求する学問
   であり、政府の経済政策を導いたりすることはあっても、経済社会の細かい諸制度
   を分析したり、指針を与えたりすることはせず、それらのことは応用経済学にゆだ
   ねている。
       現在の資本主義社会には、株式会社制度や資本家と経営者の分離、企業の統合や
      買収、定年制や雇用の問題などがあり、さらに企業の環境対策や社会的責任などの
      問題もある。また国家的規模では、景気対策や金融危機、財政破綻、所得格差の増
      大などへの対策、社会保障制度のあり方などの諸問題がある。このように経済社会
      を取り巻く制度や問題は多々あるが、これらに対して応用経済学では対象分野別に
      色々な分析をしたり処方箋を検討したりする。具体的には、公共経済学、財政学、
      金融論、国際経済学、労働経済学、環境経済学などがある。また中には収益管理の
      ように市場における人間が置かれている状態や好みなどに対応して、いかにして収
      益を上げていくかを研究する分野もある。これらの応用経済学は、人間社会に密着
      した学問であるから、人間の意思の影響を取り入れなければならないが、それらは
      一人一人のデータではなく、統計的データの形で取り入れている。
    その他企業に特有な経済問題を研究する経営学もある。
     このように経済学も色々な分野があるので、以下単に経済学と言った場合は、理論
      経済学を指すものとする。
       伝統的経済学には、国のレベルの経済を研究する数理科学的なマクロ経済学と、
      個々人や法人の管理者などのエージェントがそれぞれの意思によって経済活動を行
      う市場での取引を中心としたミクロ経済学がある。
       このうちのマクロ経済学は、経済現象を個人の総体である家計部門、個別の企業
      の総体である企業部門、および政府部門の3つの主体による活動ととらえ、経済活
      動をできるだけ包括的にみるものである。
       一方ミクロ経済学は、経済活動を行う人間や企業に焦点を当て、価格などに関す
      る仕組みや購買活動などに深く踏み込んで分析することによって、経済のメカニズ
      ムを解き明かそうとするものである。
    これらをまとめて整理すると、第11表のようである。

    第11表 マクロ経済学とミクロ経済学の比較


       マクロ経済学は第53図のように総資本量と総労働量を国の経済というボックスに
      投入すると、国内総生産が生み出されるという考えのもとに、数式や関数を用いて
      記述する数理経済学である。

       


       第53図 マクロ経済学の模式図

       数式の例として、国内総生産や国内総支出の算定式を示す。マクロ経済学におけ
      る国内総生産(GDP:Gross Domestic Product)は国内における生産の付加価値の
      総額であり、政府、家計、企業のいずれかの主体に分配される。即ち、次式のよう
      になる。

     GDP=(家計の収入)+(企業の収入)+(政府の収入)
  
    一方、国内総支出(GDE:Gross Domestic Expenditure)はこれと同額であり、

     GDE=(民間最終消費支出)+(政府最終消費支出)+(国内総固定資本形成)
                 +(在庫品増加)+(財貨・サービスの純輸出)
   で表される。
       経済理論の研究者もこのマクロ経済学かミクロ経済学のいずれかについて論じて
      おり、これらの統合を論じるようになったのはごく最近である。というのはミクロ
      経済学とマクロ経済学の間には「合成の誤謬」と言われるような問題が存在するか
      らのようである。「合成の誤謬」とはミクロ経済学では正しくてもマクロ経済学で
      は正しくないことがあるということを指す。例えば同業者の一人が値下げをして売
      り上げを伸ばすことは正しいが、全部の同業者が値下げをすればその効果は失われ、
      利益の減少だけの結果が残るなどである。
    以上のような予備知識を基に、経済学の理論に関する学説の変遷を調べてみよう。 

  2)経済学説の変遷の概要
       経済学の歴史は、経済学派によって綴られている。先ず、従来の経済学を第2次
      世界大戦までの伝統的経済学と戦後の経済学に分け、その歴史を調べてみる。その
      後で、現在研究が進められている経済学についても調べてみる。
       経済学派の変遷とそれを唱えた主な著名経済学者と代表的論文や主張・その学説
      に基づく経済政策を第12表に一覧にして示す。(ただし、すべては網羅していない
      ことをお断りしておく)
 
    第12表 経済学説の変遷

 
       第12表に掲げた代表的論文などを解説するだけでも多大の紙面を要するので、こ
      こでは個々の説明を省略するが、以後の説明に備えて、現代の経済学への移行の際
      の状況のみを若干説明しておく。戦後の経済学は新古典派統合と言われる経済学か
      ら1970年代後半以降マネタリズムやサプライサイト経済学へと変わっていった。
       新古典派統合は、20世紀に入りミクロ経済学とマクロ経済学を統合することを目
      指した経済学派である。これでは消費者行動、市場メカニズム、さらには国民所得、
      雇用水準の決定まで、経済現象全般にわたる理論を統合することを目指している。
      新古典派統合のリーダ格はサムエルソン(1915−  )で、彼が終戦の2年後の
      1947年に「経済分析の基礎」を出版し、引き続いて経済学の教科書「経済学−入門
      的分析」の初版を出版したのは翌年の1948年である。この教科書は、執筆者は変わ
      ったが改訂が続けられて出版された。サムエルソンは1970年度のノーベル経済学賞
   を受賞しているが、その業績は「静学的および動学的経済理論を発展させ、経済科
   学における分析水準の向上に積極的に貢献した」というものである。
       戦後の混乱期を乗り越えた後、この新古典派統合では、ケインズ経済政策による
      経済発展を目指してきた。これは完全雇用達成のためには政府によるケインズ的な
      財政・金融政策を行うが、ひとたび完全雇用が達成されたならばケインズ以前の新
      古典派経済が想定しているような市場の自由な調整に委ねるという考え方であり、
      ケインズ的なマクロ経済学と新古典派的なミクロ経済学の間の溝を埋めるものであ
      る言われた。しかし、よく考えてみると完全雇用を達成するためのケインズ政策の
      理論と、価格機構が自由にその機能を発揮する均衡論的理論とは本来異質なもので、
      それを脈略のないまま継ぎ合わせるのは論理的には不整合と言わざるを得ない。そ
      れ故マクロ経済学とミクロ経済学の本質的なつながりを解明したものとは言いがた
      いと思われる。
       一方同時代にサイモン(1916−2001)をはじめとするカーネギー・メロン大学の
      グループは、完全知識を前提としない限定された合理性のもとで、何とか自己利益
      を得ようとしてギリギリまで合理的に行動しようとする経済理論を提唱した。しか
      し、サイモンの主張は概念的・理論的なものに止まっており、操作可能な経済モデ
      ルを作るのが難しかったため、主流の経済学派に受け入れられなかった。
       1970年代に入り、新古典派統合の経済政策による経済発展の持続性に疑問が生じ
      てきた。高い失業率とインフレーションの亢進が併存するというスタグフレーショ
      ンが発生し、新古典派統合経済学ではそれに対応できず、新しい経済学が求められ
      たのである。それに対してマネタリズムと言われる安定化を目指す経済学が提唱さ
      れた。このマネタリズムも、マネーサプライによって市場操作を行った結果金利が
      18%近くまで上昇し、経済は低迷し失業率が増加して失敗した。次いでアメリカで
      は、サプライサイト経済学に傾斜した経済政策が取られたが、政策のつめがあまく
      サプライサイト経済学の理論通りは現実の経済が動かず、財政赤字と国際収支の赤
      字という双子の赤字が増大した。
        注1:マネタリズムとは、インフレは貨幣が主因であり、失業率は市場における
              実物経済に関係するもので、インフレと失業率は別物であるとする学説で
              ある。従ってスタグフレーションの解決には金利を上げて通貨量を引き締
              めればよく、そのため失業率は一時的に上がっても、やがて自然失業率に
              落ち着くとする学説である。
        注2:サプライサイト経済学とは、経済を成長させかつ失業率を引き下げるため
              には実物経済において供給側を強化して生産性を高めて、経済を活性化す
              ることを目指すべきであるとする学説である。このサプライサイト経済学
              では、第54図のラッファー曲線を基に考える。




               第54図 ラッファー曲線

              この曲線の意味は次の通りである。税率が0であれば税収は0であり、税
              率が100%であれば誰も働かなくなるので税収は0になる。ラッファー曲
              線は、税率が0と100%の間で税収が最大になる所があることを示したも
              のである。しかし、この曲線がどのような形をとるかは実証されていない。
              サプライサイト経済学による経済政策では、経済の現状は第54図のラッフ
              ァー曲線右側にあると判断して、企業や家計の減税などを行い、経済を活
              性化させて税収の増加を図ろうとするものである。また、企業や労働者の
              行動を自由にして活性化することが必要であると考え、企業活動に対する
              規制緩和などを行う。それと併せて財政投資から民間投資へのシフトを図
              るため小さな政府を目指す。
 
       このように経済学説は第12表のような多くの変遷を経て変革されてきたが、中々
      問題の全面的解決には至っておらず、経済学は自然科学のように、事実を分析して
      原理・原則を発見する “一義的なものではない”ことがうかがえる。
       この点は参考文献8)の著者、井上義朗先生が書いておられる次のような文章で
   も明らかである。(以下は引用である)
       “本書(コア・テキスト 経済学史)は、経済学の歴史をたどることを通して、
      経済学とはどのような学問かを考えようとしてきました。その結果見えてきたこと
      は、経済学は決して一つの思想や一つの方法論に集約されるものではないというこ
      とです。これまでもそうでしたし、これからもそうでしょう。(引用終わり)
       ただこれらの変遷の中で変わらないことがあった。それは前述したように、経済
      学にはミクロ経済学とマクロ経済学が独立して研究されてきたことである。それと
      共に、経済学の“マクロ経済学とミクロ経済学がなぜつながらないのか”という問
      題と、“経済合理性をもった人間像の経済学から、心理的な影響を発揮する人間像
      の経済学へ、なぜ移行がなされなかったのか”という2つの疑問も解決されないま
      まであった。

  3)従来の経済学のかかえる諸問題の解決へ
       伝統的経済学や戦後の経済学でも、経済社会を構成する人間の人間像を経済合理
      性に従って行動すると固定化して考えてきた。これについては前述のように何人か
      の経済学者が伝統的経済学においても心理学的影響があることを指摘しているが、
      従来の経済学ではそれを取り入れて理論を構築することはできなかった。
       最近は一部の貧困な国を除いては経済が豊かになってきて、以前のような衣食住
      に苦労する時代から、満ち足りた生活を楽しむ時代となった。人間はダイエットす
      れば健康によく、食費も節約することができると分かっていながら、はやりのレス
      トランに行き高カロリーの料理を高い料金を払って食べるようになり、老後に備え
      て若いうちから貯蓄に心がけるのがよいと分かっていながら無駄使いをしてしまう
      ようになった。
       一方戦前にもあったバブル経済は無くならず、人々はバブルがいつか破裂するこ
      とが分かっていながら、どんどんお金をつぎ込んで遂には破裂によって破産してし
      まうなど、およそ経済合理性に反する行為をしている。昔からあったバブル経済で
      は、このような現象を子供が音楽隊の後をぞろぞろついて行き、遂には海の中まで
      ついて行って溺れてしまうというブーメランの音楽隊の童話にちなんで、ブーメラ
      ン効果と呼んでいる。
       最近ではこれらの経済合理性に反する経済行為が、経済に大きな影響を与えるよ
      うになってきている。ごく最近の例では、バブルまでは行っておらずブームの段階
      であったが、アメリカの低所得者向け住宅ローンのサブプライム債権の焦げ付き問
      題があり、金融界にパニックを起こしかねなかった。その他、アメリカでのITバブ
      ルやファンドバブルなどバブルと名付けられた現象が多い。これらはいずれもエー
      ジェントが周囲のエージェントの行為の影響を受けて行動する複雑系の現象で誘発
      されたものである。
       一方財政政策の面でも、戦後のアメリカにおいては大統領が財政政策として、60
      年代はケインズの経済政策を、70年代にはマネタリズムを、80年代以降はサプライ
      サイド経済学を採用してきた。しかし、このサプライサイド経済学に基づく経済政
      策にも、規制緩和などによるトラブルが次々と起こっている。このように経済政策
      が長続きせず行き詰まり、新しい次の経済学による経済政策を模索してきたが失敗
      したのは、塩沢先生によれば次の原因によるものである。(参考文献 21)参照)
      @  経済学の研究が細分化され、数式化・形式化されたこと。1970年代にはこのよ
         うな傾向に対して色々な反省の弁も出されたが、生かされなかった。
      A  経済学が数学化されることは、問題を整理し新しい洞察を導き出す点では好ま
        しいことであるが、数学化された経済学が一般的となり、数学的に表現できない
        問題は理論ではないという雰囲気が広まると、技術やモチベーションなど数値化
        できないものは経済学では考慮されないようになったこと。
      B  マクロのデータだけで経済を診断する傾向が強くなり、現場を知らずに統計数
       字だけを見て戦略をたてる、的はずれの経済運営が行われるようになったこと。
       このような事態を見ると、経済学についての基本的な新しい考え方が必要になっ
      てきていると思わざるを得ない。直ちにこのようにすればよいという答えが出るわ
      けではないが、このような事態に対処して次世代の経済学は、先に“現実の人間像”
      としてあげた 
    @ 合理性の限界
    A 自分を律する能力の限界
    B 利己主義の限界
      を有する“損得以外の感情などの心理的な影響も受ける経済人としての人間像”を
   取り入れると共に、かっての製造業のような、生産を増やすには、だんだん多くの
   資源の投入が必要となる収穫逓減型の産業のみではなく、知識・情報産業のような
   開発で生産基盤ができれば、後は少ない資源の投入でどんどん生産を上げることが
   できる“収穫逓増型産業”をも含んだ、ネットワーク時代の複雑な経済に対応でき
   る新しい経済学でなければならないと思われる。
       収穫逓増や収穫逓減については、マーシャルの経済学原理(1890)の中でもすで
      に論じられているが、収穫逓増が現実の経済現象として注目されたのは、複雑系研
      究を目指すアメリカのサンタフェ研究所のブライアン・アーサーが、複雑系経済が
      持つ特徴的現象に一つである言い出してからである。参考文献22)によれば、アー
      サーは1979年11月にすでに旧経済学と新経済学について第13表のような比較を行っ
      ている。 
 
   第13表 旧経済学と新経済学との比較(ブライアン・アーサー)
  
 
       このような新しい経済学については、次編の「人間科学としての経済学(その
      2)」において勉強することにしたい。 
 

参考文献
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2)西垣通、こころの情報学、筑摩書房、1999
3)小山田了三、情報史・情報学、東京電機大学出版局、1993
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5)田中一、社会情報学、培風館、2001
6)晨永光彦監修、社会心理学、日本文芸社、2005
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                       北樹出版、2000
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                       NTT出版、2001
9)猪瀬直樹、空気と戦争、文芸春秋、2007
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17)根井雅弘、経済学の歴史、講談社、2005
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21)塩沢由典、複雑系経済学入門、生産性出版、1997
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