箱の中の愛 純潔






禁断の兄妹愛。
二十九年前、万国博覧会で出会った美少女は・・・
これほどの精神主義、純愛。

※ 時代設定が三十年前ですので、年輩の方々・資料館で下調べをしていますが、当時にないものが記載されるかもしれません。
また主人公を特別な少女に描いたのは、わたしの文才のなさと
一般の読者の心を惹きたいという物書きの卵としてのいやしさの顕れです。
少女とご同様の経験をされた方がこれを読めば、
たいへんな嫌悪感におそわれることが予想されます。
前もって、心よりお詫び申し上げます。



第一章
「聖少女」


リナ、十一才。
二十九年前の夏───。

大阪府吹田市千里丘、大阪万国博覧会場。
太陽の塔も溶けだしそうな日差し。
腕をひりひりさせる。

少年は、まぶしそうに見上げた。
展望台の方。
黄色いパラソルのほう。
日差しと黄色のパラソルの相乗効果で
目が痛かった。

少年の心に女の人が入って来た。
女の人は十一才になったばかり。
なのに少女と言うより女の人と言ったほうがふさわしかった。
長身に白いジョーゼットのワンピースが
そう見せていた。
大人の女の人が着るワンピースだった。

少女は背丈がありすぎて、もう子供用の服は合わない。
顔も彫りがあって、白い顔が化粧しているように見える。
大人の女性以上に大人に見える。
悲しい瞳がいっそう。
少年には、女性の典型として眼底に焼き付いた。

少女は二才年下の妹。
七年前別れた。

少女は展望台の中腹からこっちを見ていた。
黄色のパラソルを差して。パラソルは本当のお母さんから贈られたもの。
黄色はお母さんが好きな色。
黄色のサンダルもお母さんが買ってくれた。

悲しそうな瞳をしていたのは一人で立っていたからでない。
七年前別れた肉親に逢うのが怖かったから。
母と息子と二人で暮らしてきた生活に自分が入っていくことになる。
気に入ってもらえるだろうか。

少女の名前はリナ。
リナは四才の時に両親が別居し、父親に引き取られて行った。
継母に育てられた。
小さい時から大人の顔色をうかがう生活。

少年は、はにかみながらリナに手を振った。
リナもためらいがちに右手を挙げた。

「人類の進歩と調和」
ポスターがあちこちに見える。
アメリカ館の月の石が呼び物。
長蛇の列。リナは冷ややかな目でみやった。

リナは強すぎる日差しも感じられないくらい緊張していた。
緊張と目眩を感じた。
七年前、お母さんは一も二もなく息子のほうを選んだ。
リナは子ども心に捨てられたと感じた。

場内のレストランで三人で食事。
リナは味を感じることができなかった。
お母さんとお兄さんが話を盛り上げようとしていたので
リナも愛想笑いに苦労した。
それでよけい味を感じられなかった。

なんて可憐な妹だろう。
これから一緒に暮らすことになるなんて。
自分が楽しい話をたくさんして、妹が楽しく暮らせるように
してあげなきゃいけない。
妹は四才でお母さんと離れ離れになったけど、自分はお母さんを
独り占めしてきたんだから。
少年は思った。

「ああっ」と少女は心の中でつぶやいた。
夢にまで見たお兄さんは、こんなふうだったんだ。
別れる時、あんなにもあどけない顔をしていたお兄さんが。
少女の前にいるのは落ち着きのないやせぎすの少年。
浅黒い顔。
その矮小さに、嫌悪に近いものを感じた。
少年には七年前の明朗さはなく、とろんとした目をしていた。
たぶん勉強もできないだろう。スポーツも得意に見えない。

大阪が世界にデビューしようとした祭典。
それが万国博覧会。
参加国も東京オリンピックより多い。
前年にはアポロが月面着陸に成功していた。
国を挙げての祭典に、大阪が大阪らしく活気に溢れかえっていた。
近年の関西国際空港開港など比べものにならないほどの喧騒。

一番大阪らしかった時代。
リナは、大阪そのものだった。
その中にあって、リナには少年が
あまりにも似つかわしくない最大の汚点のように感じられた。









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