恋愛告白手記 (紫の上物語)



美しくもはかない愛の物語
愛はこうして始まり、こうして終わった




第一章
「こんな人と結婚できたらいいのに」






彼と出会ったのは三年前のとある午後、
十一月だったと思う。
厚着をしていたのを覚えているから。
彼とのことを想い出す時、衣にくるまれた自分の姿が目に浮かぶ。
厚いショールをしっかり握りしめているようなわたしだった。

わたしは体にぴったりした服を着たことがない。
タンクトップなんてもってのほか。
紺のフレアースカートが好き、フレアーの次はロングプリーツ。
大学に入ってから「エレクトーンの先生ですか?」ってよく聞かれる。
わたしには、そういう雰囲気があるらしい。

それまで数人の人とつき合ったが、それはつき合った内に入らない。
だって、浅い関係なら数の内に入れられないもの。

わたしは合コンに飽きていた。おざなりで面白くないから。
それまでコンパと言えば近隣の大学とするのが普通だと思っていた。
今回は社会人相手のものだった。それが目新しくて参加する気になった。
コンパの情景は書く気がしない。想像できると思う。
そのコンパは彼の仕草が印象的だった。
わたしの注意を引こうといじらしいまでの彼。
「やったね。君は雰囲気がいい。額田王の才がある。女優の誰々に似ている!
君とは話が合う。他の女性とじゃこうはいかない・・・」

九歳年上。ぜんぜん年齢を感じさせなかった。
上品な饒舌さ、わたしが今までに見た誰よりも上品だった。
上品さは顔にもあった。顔のなかで目立つ鼻は高すぎたけれども、品のいい鼻で悪くはなかった。
髪はおどろくほど黒かった。髪は長め。ゆるやかなウェーブがかかっていた。
背は高かった。百八十はあったと思う。太ってはいないが大柄だった。しなやかな感じだった。
顔自体は特別な二枚目というほどでないが、全体の雰囲気から美男子に見せていた。
学校を出てから保険の営業をしているという。営業というより美大の学生と言ったほうが
ふさわしい感じだった。
いちおう慶応ボーイだし、医師免許はないものの医学部出身だった。
わたしは肩書きが気に入っていた。外見もぜんぶ気に入っていた。

“こんな人と結婚できたらいいのに”
ふと頭をよぎった。
でも、この人の雰囲気から立派な家柄の人じゃないかな。
じゃ、無理だわ・・

コンパがお開きになって二次会の誘いがあった。
その時、彼が素晴らしい言葉をくれた。
「もう遅いから帰ったほうがいいよ。門限あるだろ。
駅まで君と歩きたいな」

梅田から淀屋橋の駅まで歩いた。
今思い返してもなにものにも代え難い時間だった。
梅田の夜景がこんなに綺麗なものなんだと初めて知った。
夜の淀屋橋がこんなにスリリングなものとは知らなかった。
わたしにとって大阪は、生活以外の何ものでもなかった。
わたしは生粋の大阪人であり、良さに気づくほど年齢も経験も経ていなかった。
わたしには大阪人の血が流れている。

その時の会話といえば、営業の仕事をしてはいるが自分がいかにロマンチック
であるかを強調していたように思う。
車で遠出して風景をスケッチするのが好きとか、そういうことを言っていた。
文学少女のロマン好きのわたしに合わせたのだろう、きっと。
わたしは初対面の人には無口で、ほとんどしゃべっていなかった。

淀川の河川敷から橋にあがる手前で彼が言った。
「情熱的なキスをしよう」
わたしは答える間もなく両手で顔をつかまれた。
わたしはわたしでなくて一個の人形になった。
この夜のことは一生忘れることはできない。

橋の番人が見ていた。









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