恋愛告白手記 (紫の上物語)







第十章
「焼き場にて」





J君は亡くなった。
それは形容不可能なこと。
あってはならないこと。
J君の死に比べたら、恩師の死、二人の祖母の死は
死のうちに入ってない。

京都の動物霊園に埋葬するためM氏の車に乗った。
M氏しかそこの場所を知らなかったから。
トランクには冷たくなって花に抱かれたJ君の亡骸があった。
後部座席には、お母さんとわたし。

お母さんはこの時の屈辱を一生わすれないと言う。
自分より年上の男の運転する車で、愛犬を見送るために、
仕方なく乗り込んでる自分。お世話になってる自分。
M氏の実業家らしからぬおどおどした態度も
胸くそ悪かった。
何も間違ったことをしたことのない自分が、
ただ真面目に生きてきただけの自分が、
変わり者の娘のために、屈辱にたえているのだ。
すべてこの娘のせいなんだ!

焼き場に着いた。
わたしは降りた。この時わたしはお母さんが買ってくれた
黒のカシミヤのコートを着ていた。
M氏はトランクのJ君を入れたダンボール箱を持ち上げた。
焼き場の人が、順番がありますから一時間待って下さいと言った。
M氏は落とすような感じで箱を戻したから、J君が痛い思いを
したに違いない。
わたしはM氏の胸ぐらをつかんで殴りかかろうとした。
M氏が微笑して、
「J君が哀しむよ」
わたしは手を離した。

待っている間、わたしは想い出したように
泣き出した。
泣きやんでは、また泣き出した。
わたしは今までこんなに悲しい想いって知らなかった。
この世の中にこんな悲しいことがあるなんて。
それは大袈裟なことだろう。犬を失っただけ。
自分の本当の子供に先立たれる親だって
世間にはいる。
けれども、本当に体を半分失ったんだと感じていた。

そういう中でも無事荼毘に付すことができた。

自宅に着いてM氏を見送るとわたしが言った。
「お母さんは心が冷たい。自分の子供が死んだって
涙一つ見せなかった」
お母さんは、あきれたように
「泣いたらそれで哀しんでることになるの!?ばかばかしい。
あんたなんか想像もつかないほどの哀しみを知ってるわ。
大体、あんたは大学に入ってから犬の世話をしてないじゃない。
数週間に一回ブラッシングするだけでは、世話をしてることにならないのよ。
お母さんは毎日散歩に連れていって食事の世話をしてきたわ。
どれだけ悲しいか」

わたしは食欲もなく、ただ泣くしかしなった。
もうすべてが終わってしまったように感じた。
自分のいらない命もなくなってしまった気がした。
自分も焼き場で焼かれたんだって。
焼かれて、それはJ君とは違う地獄の炎で、もう一生はい上がれない、
生きながらに死んだ心。死の死の死の死の心。
食欲がなくても生きてるのが不思議だった。
人間食べなくても生きれるとわかった。

体が小さくなって行くのを感じた。

父親のことば
「犬の一匹、二匹死んだってどうってことない」










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