恋愛告白手記 (紫の上物語)







第十四章
「決別の朝」





ラストクリスマス。
ひで君と過ごした最後の日。

彼はわたしの決心が固いと見て、彼には珍しいことだが、
京都の豪華なSホテルの予約を取ってくれた。
最後に限って男らしいところを見せてくれたらしかった。

彼には高校生の彼女がいた。見たことはないが、多分、ワンレンのロングヘアーでしょう。
髪は褐色。趣味は旅行、テニス、乗馬、読書のどれかにきまっている。
でなければスポーツ観戦。音楽鑑賞。
わたしは彼と出会ってあまりにもいろいろなことがあったので、高校生の彼女に比べたら
めっきり老け込んだお婆さんのように感じられた。ライバル心どころではなかった。
たしかに青春真っ盛りの娘さんに比べたら、わたしは見劣りするかもしれない。
行きの車中、お婆ちゃんすぎるかもしれないねと心の中で苦笑した。

もうわたしたちに会話はなかった。

話すことが何一つ浮かばなかったし、努力を払いたいとも思わなかった。
惰性で二年間つきあって来て、恋の終端場がこんなに冷めているとは。
残念だった。ある意味で悲しかった。
街はクリスマス。どこも。

ホテルに到着して一階のレストランでディナー。
レストランで会話のない食事をしたのは生まれて初めてだった。
Sホテルは照明がすばらしかった。クリスマスカラー一色で統一されている。
わたしたちは出会った頃、あんなにも輝いていたのに。
わたしは十代最後のみずみずしさに光り輝いていた。一人で苦笑。

静かな一日は終わった。
なぜかわたしは眠ることができなかった。
この横にいる人と、最後の夜になると想うと眠れなかった。
ほんとうにわたしと一緒に死んでくれたらと、ふと思った。
未練なんてないはずなのに。自分で決めたことだから。
わたしには停滞している状態というのはないのだから。
わたしは前進するだけ。前進のためなら古いものを捨ててもいいと思っている。
自分の砂浜に城を築いて、精魂込めて築いた城を、波がさらって行く前に
自らの手でぶっつぶす。それがわたしだった。さとことは、そういう女なんだ。
そういう女なんだというより、そうありたいと願って来た。今もそう。
過去を振り返らない人間に。

風と共に去りぬにならなければ。

翌朝、部屋に食事が運ばれてきた。
ひで君は一番いいコースを注文してくれた。
わたしはエッグを一口しか食べれなかった。
両肘を小さなテーブルについて泣き出した。
右手で顔を覆った。
ひで君が言った。
「何で俺たち別れないといけないの?」

愚問だった。答えようなかった。
「そんなに好きなら別れる必要ないだろ。俺たちは、お似合いのカップルだ。
縁があるんだよ。これからもうまくやっていけるよ。今の女なんかガキだ。
その内、若い相手が見つかってそっちに行くさ。目に見えてる。十四歳も歳が離れてるんだから。
だいたい、仕事がらみでつきあってるだけで、そんな関係はすぐに破綻する。
来年、慰謝料を多少払って別れてもいいと思ってるんだ」

わたしは聴いていなかった。彼は、わたしたちは縁があるということを強調したいらしかった。
確かにお似合いの二人だった。ヒステリックで野心家の女と女性中毒の男。
わたしたちは共に双子座だし、双子のような存在だった。
お互いがお互いに頼って切磋琢磨して行けたら、どれだけ幸せだったろう。
わたしたちは、そうはならなかった。お互いを疲れさせただけ。
それはどちらかの責任だろうか。あやまちだろうか。
今となっては、わからない。もう何もわからないのだ。

これだけは、はっきりしていた。
もうひで君の十八番である「俺は一生出世できない」を
聴かなくてすむ。

わたしは彼を愛したのでなく、ひで君的な悪魔的な魅力を愛したのだと思う。
ひで君的なナイーブさ、哀愁、アンニュイを。
これからもひで君的な人に惹かれていくだろうし、M氏的なやさしさを求めていくだろう。
神様に感謝しています。神様は、わたしに見本を見せてくれたのだ。
わたしという幼稚な女性がどういった恋愛をしていくか。
わたしという大人になりきれない半病人の女性の恋がどういうものか。
女性と言うには、あまりに幼すぎる。少女と言ったほうがふさわしい。
家庭の犠牲者である少女の恋がどういった形に終始するか。

わたしは嗚咽した。
この目の前にいる男性によって肉体的に大人になった。
わたしはあの頃、早く大人になりたいとあせっていた。
想いは叶えられた。この人によって。
わたしはこの人に寄り添って生きていく夢を見ていた。一生かかわって行けると確信していた。
事実は反対の方向へ行った。
わたしがもう少し大人であったら、この人とかかわっていけるのに。
わたしは紫の上のように大人でないから無理なんだ。
この人はスキャンダラスすぎる。
あちこちで小競り合いの火種がくすぶっていた。
この人とかかわっていたら、そのうち、最低レベルのピンク事件に巻き込まれて行くだろう。
ああ、でも、でも、わたしにほんの少しでも、紫の上の賢明さがあったら。

「わたしが妊娠してればよかった。
子供がいたら別れなんてなかった。
自分の人生に詰め腹を切ることができたから」
血涙をながした。号泣。

「これからもやり直せるさ。遅いなんてことはないよ」

「ううん、やり直せないの。わたしは風と共に去りぬだから」

小説の一節がわたしの心に甦ってきた。心をいっぱいにした。
“あたたかくやさしい力で守られていなかったら、
人生に向かっていくことはできない”

わたしは立ち上がった。
雪景色の京都の街が見えた。美しかった。
二ケ月後、わたしはインターネットを始めた。




                                  終

今までわたしの物語を読んでくれて本当にありがとう。
心からお礼申し上げます。
         









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