恋愛告白手記 (紫の上物語)







第二章
「信じられないくらいに」







「一人暮らしだからね、できたらすぐに
結婚してほしいな」
わたしは耳を疑った。
出会って二日めのこと、この人本気で言っているのだろうか?
からかってるんじゃ。
こんな喫茶店でする会話でないし。そのことを口にすると本気だと言う。
学校を出てからずっと大阪で一人暮らししているが、
自分は真面目な女性と早く結婚したいと考えて来たと。
一人暮らしは学生の時から嫌いで、
学生結婚したい心境だったと。

わたしは返事に困った。
それはわたしが若いからではなくて、わたしがまだ学生だからではなくて
家庭の問題だった。わたしは母子家庭どうぜんの家庭だった。
家庭のことは、ここに書く内容でないので割愛しますが
趣味の小説のほうでは書いています。
小説が認められることはないと思いますが、認められた暁には
公になるはずです。

この時のわたしは、まだ高校生気分で正直言って結婚といっても
ピンと来ませんでした。
けれども、すでに女性らしい打算がはたらいていたのです。
こんな素敵な人、一生のうちに何度巡り逢えるだろう、
一生に数回逢えたらいいほうだ、一度も巡り逢えないかもしれない、
なんどコンパに行ってもこんな話の面白い外見の素晴らしい人
いなかった、この人との縁を終わらせたくない。
「わたし、お嬢さん大学に通っているからよくお嬢様に見られるけど、
実際はそうでもないの。言いにくいけど・・家庭に問題があるの。
結婚できないわ、誰とも」

彼の顔が一瞬血の気が引いたように感じられた。
沈黙がはしる。営業らしい機転のきかせ方で、そういう顔つきになって言った。
「家庭って言ってもね・・。オレの両親は反対するような人じゃないよ」
「反対しなくても親戚に見下げられながら生活するのはつらいわ。
第一わたし一人娘よ、親と一緒に暮らさないといけないの」
彼のご実家は九州で大きな農家をされているそうです。妹さんが一人
いたそうですが、何年も前に病気で他界されたと。

「オレはここで生活していくわけだから、一緒に暮らしてもいいよ。
女房の親の面倒をみたいというわけじゃないけどね」
「自分の親はどうするの?」
「田舎の人間だからね、呼んでもこっちに来ないでしょ。ホームに入るしか
ないんじゃないの?まあ、ずっと先の話だからピンと来ないけど」
そう言って微笑した。この人の微笑は、なんてさわやかなんだろうと思った。
この人の言うことが事実なら、こんなやさしい心根の持ち主はいないことになる。
やさしくて二枚目なんだ。

この時は、卒業したら結婚できたらいいねという話で終わった。

二人は毎日逢った。いわゆる蜜月の日々が続いた。
待ち合わせ場所は門真市駅のロータリーか北浜の改札。
彼の会社が北浜にあったから。
その時の仕事の関係で大学の門まで迎えに来てくれることもあった。
彼のマンションに遊びに行くこともたびたびだった。
でも、泊まることはしなかった。それをしたら翌日学校へ行く自信が持てなかったから。
今の生活がこわれてしまうと思われたから。
わたしは卒業しなければならなかった。

複雑な心境だった。自分はこの人によって肉体的には大人になったけれども、
大人の女性のように振る舞うのがためらわれた、なぜか知らないけれど。
親に食べさせてもらっている身で大人のように振る舞うことに罪悪感があった。
わたしは今でも大人として振る舞うことに罪悪感がともなう。

クリスマスに、彼の両親に挨拶に行くために車で出かけた。
中国道の旅だった。
車はワーゲン。わたしはワーゲンに縁があるみたい。
前につきあっていた人もワーゲンに乗っていた。
この旅は一生のうちで一番楽しい旅だった。
あんな楽しい旅は、もうあるはずがない。

宿泊の予約を取らずに出発したので宿が見つからなかった。
彼はラブホテルというのが嫌いだった。
それで車中で寝ることになった。
真冬のことで暖房が入っていても寒かった。彼が自分の外套も貸してくれた。
それでもわたしのことが心配だったようだ。歳が離れているし、いつも夢見がちなわたしだから
心配なのかもしれなかった。
「寒いだろう。抱いてあげようか?」
「ううん、ひで君がそばにいるから寒くない。ぜんぜん・・」

こんなやさしい人この世の中にいるだろうかと思った。
今までこんなにやさしくされたことはなかった。
わたしはこの時の言葉を一生忘れることはできない。

二人で見た夜の関門海峡は美しかった。
これで本州とはお別れかって、ちょっぴりさみしかった。
彼がいるから美しかった。楽しかった。

信じられないくらいにしあわせな日々だった。










シャガール ホーム シャガール目次