こんにちは!赤ちゃん!(11月4日)


「おめでとうございます!
11月4日。午前1時23分、3074グラムの女の子を無事出産されました。
あっ、ちょっと、まって下さい。お電話、変わりますね」

「…」

「あー、よっちゃん〜、生まれたよ〜」

弱々しいけれど、キラキラ光る言葉。
受話器の向こうから優しい気持ちが伝わってくる。

知らせを受けて、外へでると、雲間からオリオン座が顔を出していた。
さっきまでの重たい雨雲が嘘のように姿を変えていく。
星空を見上げていたら、目頭が熱くなった。
もちとみていたら、何かが頬を流れ落ちて、ひんやりした。

「よーし、よーし、よおおーし」

病院に車を走らせながら、ニヤニヤ笑いをかみ殺す。
それでも、無意識にガッツポーズを繰りかえす左手に、
ワレながら、オレってアホちゃうか、、、とあきれてしまった。

寝静まった病院のナース・ステーションを訪ねると、
看護婦さんが小さな包みを抱いて、笑いながら近づいてきた。

「はい」

白い小さな包みが僕の前に差し出される。
小さい手が揺れた。小さい顔。

「抱いていいんですか?」

笑顔とうなづきの返事。
白い包みが、僕の手にやってきた。
小さな小さな生き物が腕の中で、動く。
おさるさんが、目をぱちくりひらく。不思議だ。
この子は誰ににているんだろう?

おかあさんにも僕にも全然似ていないような気がした。
でも、こころがホワンとした。
こんな気持ちは今まで経験したことがない。
よく生まれてきたね。こんにちは!

ふにゃふにゃ動く赤ん坊を笑顔の看護婦さんの胸に返したあと、
明かりの落ちた廊下の椅子に一人腰を下ろした。
この病院の方針で、産んだ後のおかあさんにしばらく会えない。

2時間後、奥の扉が開いて車椅子に乗ったせいちゃんが現れた。
僕に気づいて小さく手を振った。
真っ暗な廊下の向こう。
姿が霞んで表情が見えないのは暗さのせいだけじゃない。
看護婦さんに車椅子をゆっくり押されて近づいてきた。
いつものように、うひゃーと照れ笑いしつつ、小鳥のようにきょろきょろしながら。

髪はぼさぼさ。
でも、今までで一番、素敵で、幸せそうな表情だった。
ありがとう、せいちゃん。お疲れ様でした。
これからがんばって、とうちゃん、かあちゃんやってこおぜ!

こんにちは赤ちゃん!

僕らは、このちっちゃなちっちゃな生命(いのち)に、
「海音(みお)」と名づける予定だ。
潮騒を枕に眠った日々や、お母さんが頻繁に海で泳いだことから考えた名前だ。
船の航跡を意味する「澪(みお)」の響きにも似て、
小さな舟の船長であもある僕は気に入っている。

彼女が、これからどんな人生の航海をやっていくのか、
とても興味深いが、それは、ま、父親なんだからあたりまえか。

あんまり良いとうちゃんには成れそうにないけど、
失敗はあきれるくらい実践してあげよう。

新米とうちゃん「ガッツ石松だ…」

反面教師としては、僕はほど優れた素質を備えている奴は
そうそう居ないハズだからね。
このバックアップを人生の糧にして、逞しく育つんだよ!

(おしまい)