長い旅の途上

長い旅の途上 (2001.02.17)


赤ワイン、チーズを持って二階へ上がった。
ベランダの向こうで陽光にキラキラ輝く海が見える。

図書館で借りた星野道夫氏の「長い旅の途上」を開く。
宝石のような星野さんの言葉が僕の中に入ってきた。
涙がぼたぼた床に落ちた。そう、僕は泣きたかったんだ。
いっぱい…いっぱい泣きたかったんだ。

親友のなべちゃんが亡くなったという知らせを4日前の火曜日に受けた。
1カ月もの間、車のなかで誰にも発見されずに冷たくなっていたという。
ナベちゃんの思い出で心の中がいっぱいになる。

ナベちゃん、ナベちゃん、ナベちゃん…
何で逝っちまったんだよう。
何で、オイラ連絡してこなかったんだよう。
駄目じゃん、死んじゃ。

ダメじゃん、ゆっこちゃん泣かしちゃ。
格好悪いじゃん。ソレ。

知らせを聞いた後、数日は心ここにあらずだった。
仕事も失敗ばかりだが、悲しみを忘れたくて集中してやってみた。
移動の時、ふと立ち止まった時、脳裏にナベちゃんの笑顔が浮かんで、
急に涙が溢れた。

昨晩、せいちゃんと大喧嘩をしていらい気まずいままだ。

先週末遊んだスノーボード・ギアの片付けを怠って
いた事に腹を立てたらしい。

「なんで、私があんたの遊んできたモノを片付けたり、
洗濯して畳まなかきゃならないの?
いつもいつも出しぱなっしで、散らかして!」

多分100%僕が悪いのだろう。前の晩に片付けた
のだが、昨夜も同じ文句の繰り返しとなった。

カチンときた。そう、反論せずにはいられなかった。
ナベちゃんの死を聞いたその直後から、いそいそと
片付けをはじめろというのか?
身も心も呆然となっているオイラにそんなふうに罵るのか?

オレの気持ちなんざ、この女性(ひと)には、全然わからないのだろう。

「だったら自分はどうなんだ?
汚れた食器や、出しっぱなしの道具は?
とっとと洗って片付けろ!え?!オイ、洗ってこい!」

感情の高ぶりに乗じて、自然口調も荒いものになる。
それを聞いた彼女は、流し台に行って、
食器を割りはじめた。次から次へ。

カッとなって、僕もマグカップを流しになげつけた。
運がいいの悪いのか、そのマグカップは割れずに跳ね返って、
せいちゃんの手と顔を傷つた。

気が動転する。頭を冷やす為、一旦、二階にひきあげた。

降りてきたら、球磨川漁協の総代の方々に出そうとして
イラストを張り、宛名を書いたハガキがすべて破り捨ててあった。
再び石で殴られたようなショックに襲われる。

ナベちゃんと初めて出会ったのは、96年の川辺川のほとりだ。
野田知佑氏も顔を見せた川辺川リバー・ミーティングだった。
初めて会ったばかりだというのにすぐに打ち解けた。
その夜、焚き火を囲んで、お互いの人生について濃い密度で
語りあったのを覚えている。

その出会い以来、ナベちゃんは川辺川を守る運動に入り、
川辺川を愛する人々のため活躍することになる。

3月28日に九州熊本県の無駄な公共事業の筆頭、
川辺川ダムの本体工事着工を左右する球磨川漁協
の総代会が開催されるのだ。

そこで、3分の1以上の漁業補償締結反対の票がとれる
かどうかが正念場となっている。幸い良心的な総代さん
たちが、あくまで漁業補償に反対の態度をとり続けてくれて
いるが、ヤクザまがいの恫喝や無言電話などの脅し、
札びらで頬を殴るような買収が横行してきて予断を許さない状況にある。

ナベちゃんの香典がてら、総代さん達に、励ましとお礼の意味を
込めて個別にハガキを出そうとしていたのだ。

「宝の川を、守ってください」と…

それらがすべて無残に引き裂かれていた。
以前にも僕の大切にしていた本が引き裂かれたことがある。

今度という今度は、腹に据え兼ねた。
風呂場に隠れた彼女に詰め寄り、
首根っこを押さえつける。

おびえながらもジャガーのような鋭い目でにらみ返してくる。

「私は悪くない」

その燃える瞳が語っていた。その頬についた血をみて力が抜けた。

人と人はこれほどまでにわかりあえないモノなのか?
僕が大切にしようとするものことごとく批判する彼女、
壊してしまう彼女、それが一生涯の伴侶として選んだ女性なのだ。

キラキラ輝く波涛の向こう。暖かい日の光。冷たい風。
星野さんの文章が優しかった。とっても、とっても優しかった。

ご長男が生まれて初めて体験するアラスカの冬。
生まれて間もない自分の娘と姿が重なった。

カーリル・ギブランの詩。

「あなたの子供は、あなたの子供ではない。
彼らは、人生そのものの息子であり、娘である。

彼らはあなたを通じてくるが、あなたから来るのではない。

彼らはあなたと共にいるが、あなたに屈しない。

あなたは彼らに愛情を与えてもいいが、
あなたの考えを与えてはいけない。

何故なら、彼らの心は、
あなたが訪ねてみることもできない、
夢の中で訪ねてみることもできない明日の家に
住んでいるからだ…」

「あなたの子供」という箇所を「僕の妻」と置き換えて心の中で反芻した。
半分自分と同じ遺伝子を持つ我が子に対してさえこうなのに、
他人で異性の妻には望むべくもないのだろう。

僕は自分の考え方を強要したことはない。
分かれと言うのもない。

同じように、妻の考え方も強要されたくないし、後ろ足で砂を
かけられるような行為もごめん被りたいだけだ。
言葉が足りないだかならいいのだが…

「人はいつも、それぞれの光を捜し求める長い旅の途上なのだ」

生きていくかぎり、この旅は終わらない。星野道夫さんの言葉が染みた…


PS。喧嘩は誤解がとけて収束しました。
警察のお世話になったりといろいろハプニングの連続でしたが、
この騒動のおかげで前より仲良しになれたような気がします。