上越宝川〜ナルミズ沢〜朝日岳

(2001.08.13)

ナルミズ上流部

男の子が生まれたら、名を渓汰(けいた)にしようと決めていた。それぐらい渓流が好きだ。ゴツゴツした岩を攀じったり、登山道に歩を進めるのも大好きだけど、なんといっても一番好きな山登りのスタイルは、「ザ・沢登り」だ。


よく晴れた夏の日に、ブナの森の木漏れ日の中を、鮮烈な流れに脚を漬けて涼を取りながら、わしわし岩をつかみ、ミズゴケにそっと足を乗せ、高みを目指す。そんな渓流の遡行はカヌーでの川下りとはまた違った趣があって、気に入っている。どうやら僕は、根っから水商売が好きな性分のようだ。

カヌーでの川下りは、水迸(ほとばし)る上流部から、ゆるやかな中流域、そして大河となり海へと続く旅だ。それは、青年期から壮年を経て老後へと時を重ねる人生の縮図のように思えてしまう。

それに対して、源流を目指して、渓流を遡行することは、生まれた場所への回帰のような気がする。時には巨大な滝が行く手を阻む。巨大な雪渓に足が凍えることもある。それでも、自分の手足を使って、一歩、また一歩、高度を稼いで行く。川が生まれる最初の一滴との邂逅。誰もいない聖なる場所への遡行。そしてその先は、遥か頂へと続いていく。

命の水、水の循環がライフワークの僕にとって、沢登りは本当に貴重な体験だ。そんな自分への回帰を今年もやりたくなって、いつもの沢仲間と入渓することにした。

場所は、上越のナルミズ沢。有名な谷川岳と湯檜曽川を挟んで東側に位置する朝日岳に突き上げる宝川本流の沢だ。アプローチは巨大な露天風呂で知られた宝川温泉からとなる。 前夜に林道の車止めゲートで夜を迎えた僕らは、長いルートということもあって朝6時に出立した。

入渓点の広河原までは、宝川本流を高巻きする道で、所々土砂崩れで登山道が切れていた。驚く程悪い。ようやく宝川を渡河してからは、約20分で広河原に到着した。テントが一張り。焚き火後には、燻された尺岩魚が刺されている。ここは釣り師にとっても楽園のようだ。いつか竿とテントを持ってブナの美林の中で焚き火を囲んでやろう。

ナルミズは所要時間6時間とトポにある。水量も多く、時間短縮のため、上流の大石沢からの入渓に切り替えた。大釜を巻いて、沢を遡行しはじめると、手ごろな滝や、ナメ滝が次々と現れて、目と脚を喜ばせてくれる。巨大な岩魚が驚いて、ナメの流れを遡上した。こちらも目がまんまるになるぐらい驚いた。

ニコニコしながらの遡行が続く。いやあ、楽しい。幸せな時間は短く感じるようで、あっという間に右又分岐に到着。上部が近くなると余裕もでて、小さなお釜に露天風呂よろしく浸かったり、飛び込んだりしながら草原が広がる上部に出た。

冷てえ風呂だなあ!

そこはお花畑が広がるメルヘンの世界。見たこともないような不思議な空間。だから上越の沢は好きさ。ニッコウキスゲに口付けして、稜線へと抜けた。

11時30分。稜線からの長めも素晴らしい。朝日岳の周辺には巨大な雪渓が残っている。朝日の原の湿地には木道が整備されていた。それまでは道なき道の縦走路に辟易していたので、少しほっとした。


山仲間と記念撮影(朝日岳山頂)

まっすぐに落ち込む下降路を駆け下りる。膝が笑い始めた頃、ようやく大石沢に辿りついた。ここからの復路はバテバテ。さらに悪路ときたもんだ。悪態つきながら、ようやく林道にでた時は精魂尽き果てました。デポしておいたチャリンコで、最後の林道レース。ひきつり笑いのダウンヒルで山行は終了。

気心のしれたメンバーで、特に変わったことも起こらなかったけど、それがまた良かった。コトバにしなくても分かり合える、あの少年時代に逆戻りしたような気持ちになれました。なにげない気遣いや、小さなやりとりが心地良い。この信頼感と安心感。なにものにも換えがたい。また、こんな素敵な沢に飛び込みませう。

そして僕の短い短い夏休みは終わりを迎えた。