第2章 再会、アネゴ

1991年、屈斜路湖で、出会った女性ライダー、アネゴとの3年ぶりの再会。BOY、隊長、アネゴのトリオが再び…


雨は小降りになったようだ。

『アネサン、ほんとにきまスかねえ?』

とBOY。

『さあ...どうかなあ...』

と俺。
さっきからこのやりとりを繰り返してばかりだ。
既にオラオラ隊炊事班長ハリゲーの姿もなく、全ての野外道具を装備している釣師、北川セイゾー氏の姿もない。 夜の帳は静かにおりていた。 辺りには遠く国道を照らす灯と焚き火の明かりだけだ。
体が鉛のように重い。熱もいくらかあるようだ。
やべえ〜。風邪をひいたのか?
一昨日は飲んで大騒ぎしたあげくに、警察に捕まり逃亡を計ろうとして誤って、ドブに落っこち、昨日も冷たい川でひっくりかえったり、泳いだり、はたまた酒を飲み明かしたりと久々にハードな日々(どこがだ、おい!)を過ごしたものなあ。
みんなが去った後、テントに倒れ込んでうなっていた。
いつの間にか深い眠りに落ちていたらしい。BOYの焚き火の音で目が覚めて、ようやく起きて焚き火にあたったところだった。
炎のり返しを受けて目をキラキラさせたBOYが

『はい、たいちょー、どうぞ』

と次から次へ食べ物をくれる。
手早くちゃんこ鍋も作ってくれた。むりやり詰め込んだちゃんこは、ほのかに焚き火の味がして泣かせる。
なんとかぼんやり考えるぐらいの元気は出てきた。
しかし、まあこんなに調子を崩したのも久し振りだ。
毎週、富士山に登っての高所トレーニングで疲労が溜まっているところへ、今回のオラオラキャンプへと突入したのがよくなかったのか?
それも仲間たちと久し振りに再会して無理やりはしやぎまくったしなあ。
僕は僕の仲間たちに会うともうそれだけでボルテージが全開になってしまう。
もう、会えると考えただけで、ベルを鳴らされたパブロフの犬のようにシッポふりふりで喜んでしまうんだなあ。なさけないけど。だから、日頃むすっとして取っつきにくい僕しか見ていない人には、別人に見えるかもしれないな。
いつしか、雨は霧雨に変わったようだ。月明かりが雲を通して差し込んできた。
こうしてBOYと二人きりで焚き火を囲むのは丁度一年ぶりになる。
それにしても会う度にいい男になるなあ。

BOYといると俺はもう、なーんにも働かんけんね状態に陥ってしまう。
もう、嫁さんにきてもらいたいくらいよく働く。運動量というか仕事量がハンパじゃないのだ。いいなあ。やっぱりこの男は。 あらたまったハナシはなにもしないんだけど、なんともいえないよい時間(とき)が流れるんだ。いっしょにいると。

『友達に言葉は必要ないよ』
と誰かが言っていたけど本当にその通りだね。
嵐の中、北海道での出合い。
沈を繰り返した長良川の川旅。
いっしょにいたのはほんの少しの時間でしかないのに、いろんなことが次々起った。
本当、びっくり箱みたいなやつだ。様々な出来事がアタマに浮かんできて少し笑ってしまう。そんな時、それが分かるのだろうか、ヤツも笑う。笑い会う。変な二人だなあ。しかし、今晩はいつもの夜とはちがう。

そう、あの我等がアネゴが、北海道で会った肝っ魂ねえちゃんが、今晩、ここにやってくる....かもしれないのだ!
そして、どんどん高まってくるこの期待感。

BOYの壮行会をやるので、前もって連絡はしておいたのだ。
いちおう来ることにはなっているが…

『アネサン..来てくれますかね?』

BOYがボソリと呟いた。

『....』

『来るといいんスけどね』

期待を込めてBOYが声のトーンをあげる。

『さあ、どうかなあ...雨だしなあ...』

きまぐれで、めんどくさがりっぽい人だからなあ…。

『そうスねえ....』

『ああ...』

じっと炎をみつめるBOY。
時折、はっとなって薪をくべる。
昨年の初夏。俺はBOYと長良川で再会した。ヤツは自転車での日本一周を終えたばかりで、いろんな旅の話を語ってくれた。
その時、BOYは南の島で出会った女性と別れて間がなかったらしく、少しばかり、パワーダウンしていた。身体も本調子ではないみたいだったな。 誰もいない河原で同じように火を囲みながら日本一周の旅での体験をぽつりぽつり語っていたっけ...
そんな時、話題はあの北海道での出合いに移って、自然とアネゴの話になった。
『いやあ...アネサンいい女スよ』

とBOY。

『そうかそうか』

『はあ、あんな女性(ひと)あんまり、おらんです。ハイ』

『そうかそうか』

『実をいうと俺、アネサンを狙っているんスよ....』

照れながら、語っていたあの横顔が今のBOYと重なった。

その後、ネパールのアンナプルナベースキャンプまでトレッキングし、ジリからネパールガンジーまででチャリンコで走破と、BOYは舞台を世界に移してチャリンコ+αの旅をアレンジしはじめた。今度の舞台は北米カナダユーコン準州と北極海。
明後日からカナダに渡って、テスリン川のジョンソンクロッングから、ユーコン川に入って、ゴールドラッシュで有名なドーソンまでカヌーで下り、デンプスターハイウエイを北極海まで自転車で北上するとのだ。やつの胸には様々な想いがあるのだろう。
ちょっぴりの不安とほのかな自信。めくるめく期待感。
うらやましいなあ。こういう時の男の顔というのは本当に良いものだ。
出発前に、あのアネゴに出会えればいいなあ。
『BOY...電話してみようか』
『ハイ!』
急に元気になってこちらを見た。
『よし!かけにいこう』
キャンプ場の受付に歩いていく。
入口の公衆電話でアネゴに、CALL。

『はい、もしもし』

女性の声。

『あの....S子さん戻られてますか?』

『あっ、姉は今夜外出していて戻らないことになっているんですけど』

と、なぜだか少しすまなそうにその声は告げた。

『そうですか。それならいいんです。失礼します』

電話をきった。 心配な顔のBOY。

『大丈夫、アネゴ、こっちに向かってるみたいだぞ』

『そうッスか!』

ニコリとする。 なんか俺もうずうずしてしまう。もう、河原などでは待っていらない。
キャンプ場の入口で待つことにする。
BOYの作ってくれたチャンコ鍋のおかげか大分元気がでてきたぞ。
なんたって、あのアネゴがやって来るのだ。元気でいないわけにはいかないからな。
物音がする度に大の男が二人、さっと立ち上がるのが可笑しい。
どれくらいたっただろう。入口となる坂の上のほうからバイクの音が近づいてきた。
4ストロークのエンジン音だ。ライトの光芒が木々の向こうで見え隠れする。

『きたみたいだぞ!アネゴだ!』

横をみるとBOYはすでに脱兎のごとく走り出していた。
ジャリジャリ音をたてて坂を駆け上っていくではないか!おいおい!(ズルイぞ!)
あわてて追い駆ける。さっきまでのフラフラがうそみたいだ。足が軽い!
オートバイにいち早くちかよったBOYの第一声。
『ウィーッス!』

ニカニカ笑いながら、

『お久しぶりです!あねさん!』

と声をかける。

『おっ』

と短く野郎のような返事。
バイクのライトの光が眩しくて顔は見えない。
しかし、この女性はまぎれもなく、あのアネゴなのだ。

『ねえ、ちょっとちょっとー、下りれんの?コレ?』

とメットのバイザーを上げながら、入口へと向かう急な下り坂を見ていう。

『大丈夫ッスよ!アネサン』

とニカニカBOYは無責任に答える(笑)。

『大丈夫ったってねえ、あんた、これ、バイクよお〜』

オレも笑いながら

『大丈夫、ゆっくりエンブレきかして下りてってください』

と答えると、

『わあ〜、きゃあ〜』

とわめきながら下って行った。
オーストラリアの砂漠を疾走していたとはとても思えんなあ。
河原から一段高くなったところにHONDA VT250Fインテグラがとまった。
それをめがけて俺とBOYは坂を転がるように駆け下りる。
そばにいくと、バイクから下りたアネゴが

『ちょっと〜、本当、久しぶりねえ〜』

メットのあごひもをとりながらひょろ高いBOYに声をかける。

『ちょっと、ちょっと〜、アンタ、久しぶりじゃないの〜、何やってたのよ〜』

笑いながら近づいてBOYのボディにパンチ。

『へへへっ』

っといたずらっ子のようにはにかみっぱなしのBOY。
いいなあ。
信じられない。嘘みたいだ。またこんな時がくるなんて...
まるであの時が蘇ったかのようだ。止まっていた時が今また静かに流れはじめる...
裸電球の下、イスに座って顔を見合わす。視線が交錯する。なんだか知らないけど、照れながら笑いあってしまった。

『いやあ〜。懐かしいね〜。何年ぶりかねえ?』

とアネゴ。ほのかな電灯に照らされたその横顔が相変わらず美しい。
屈斜路湖であった時よりいくぶんやせた顔は、いっそう少年ぽさを強くさせていた。

『ハア、もうすぐ3年...に、なりますかねえ...』

とBOY。オレだけじゃなくヤツもしゃちほこばっているのが可笑しい。
あの時、本当に少年のようだったBOYは逆に精悍かさを増して逞しくなっている。
だけど、あのキラキラ輝く瞳だけはあの時のまま変わっていなかった…。