万水川紀行1995.8.26


8月のある日、ぽっかり空いた休日をどう過ごそうかと考えていたら、突然電話がなった。電話口の声は、キャンプで1、2回聞いたことのある声だった。たしかせいこのキャンプ仲間の一人だ。

「ねーねー、せいこちゃんいる?」

せいこに代ると、いろいろ指図されている様子。

「ねー、ほら、いちのせっていう人、覚えてる?」

そこで、受話器の口を押さえて、

「くるっていってるけど、いい?川下りしたいんだって」

週末の天気も上場だし、川下りにいけるとあっては、なんの異論があろうか。
ふたつ返事で、OKをだした。

週末の土曜、司令どおり、おにぎりとおかずをこしらえた、せいこと二人待ち合わせの犀川の河原へと向かう。 河原で、一人の品のある男性に出会った。

テントからでてきて、おにぎりをガッつくいのちの氏とその落ち着いた物腰は好対照だ。ファルトボートを担いでの旅カヌーが好きで、犀川にも何度か川下りにきたことがあるという。

「Wです」

その紳士はおっしゃった。少し会話して打ち解けると、恐縮して聞いてきた。

「あのー、いちのせさんとは本当に、友達なんですか?」

実は、さそった女性達の都合が悪くなって、急遽、我が家にお声がかかったらしいのだが、我が家の電話番号を調べるのに、他の友人に電話をかけまくってようやく見つけたらしい。

「えー、友達っていうか。。。知ってはいましたけど。。。」

ビールをあおり始めてすっかりご機嫌になっているいちのせ氏に視線をやりながら、せいこが答えている。

「ぐふふふ。たいちょおー。川は気持ちがいいねー。はやく、いこか!」

あくまでマイペースのいちのせ氏に押し切られつつ、ゴール地点に車をデポし、穂高町の万水川の出発点へと向かった。

空は何処までも青く、絶好のカヌー日和だ。

妙な傘をかぶったいちのせ氏は、新調したばかりというグモテックスの2人乗りゴムカヌー、ヘリオス380を足踏みポンプで、ぺこぺこ吹くらましながら、ビール片手にぐびぐびだ。

「いやあ〜、びーるが美味いっていうのは幸せだねえ〜」

と椎名誠のようなコトをほざいては、ぐふぐふ笑っている。

かなり怪しい姿だけど、なぜか似合ってしまうのは何故なんだ。

観光地で記念撮影。一ノ瀬氏とW氏。

品の良いW氏は、そのゴム・カヌーのフロント・シートに乗るようで、ビデオカメラを準備している。おー、川下りが映像になってしまうのか?

当時話題をあつめたニュース・ステーションの立松和平さんのレポートの様だなーと、思っていたら、

「この川はいいよねー。カミガミ(神々:こうごう)しいよねー」

と栃木弁のナレーションまで、流れてきた。いちのせ氏は和平さんと同じ栃木県の出身なのである。

せいこと僕は、それぞれファルトボートの一人艇。いちのせ氏とWさんが、ゴムカヌーに乗り込んだ。Wさんはフロント・シートで、ビデオを構えている。

こうして奇妙な川下りが始まった。