| 共同浴場 大湯 ※2008年4月 不忘閣の浴場として復活 |
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遠刈田温泉から少し山を登ったところに青根温泉がある。青根という名前は山中のアオヌキという木の根元から、温泉が湧き出していたのを発見したことから名前がついたという。
青根温泉が発見されたのは1528年。仙台伊達家の保養所として使われてきた歴史のある温泉だ。 |
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湯別当だったという湯元 不忘閣には「青根御殿」と呼ばれる伊達藩主が使用した建物が建っている。建物は明治時代に火災にあい、その後、再建されたものだ。この宿で樅の木を眺めながら山本周五郎は名作「樅の木は残った」を執筆した。
青根御殿の手前には青根温泉のもうひとつのシンボルである共同浴場の「大湯」がある。
大湯は不忘閣の敷地内にあり、昔は不亡閣と丹野七兵衛旅館(青嶺閣)の共同湯として使われていた。入浴するには近くの商店で150円の入浴券を購入する。不亡閣の宿泊者は無料で入浴できる。 |
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大湯は独特の雰囲気を持った浴場だ。ここには何度も訪れているが、来れば来るほど何か味わいを感じる浴場である。
脱衣場は男女別々だが中の浴場は1つになっている。といっても混浴ではなく、男湯と女湯は低い石の壁で仕切られていてお互いに姿は見えないようになっている。
湯船は石風呂だ。450年以上も前に蔵王山中から石を切り出し、30人もの人夫が2年がかりで作ったという。昔は混浴で中央の仕切りはなかったそうだ。 |
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細長い石風呂は足を伸ばして、ゆったりとお湯につかることができる。そのかわり洗い場はちょっとせまい。
昔ながらの共同浴場なので洗い場には設備がなく、休憩所なども無いが、その分お湯につかることに専念できる。
掛け流しのお湯は少し白濁した単純泉。少しヌルヌルした感じのお湯で温度は適温。浴場の奥には不亡閣からの入口もある。
昔、青根温泉を訪れた与謝野晶子が大湯を詠んだ歌がある。「青根なる大湯の中に我が倚るは昔伊達衆の倚りし石段」 |
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※青根温泉の共同浴場「大湯」は2006年3月で閉鎖されましたが、2008年4月、管理をしてきた湯元 不忘閣により復元工事が行われ、青森ヒバと土壁の建物を新たに造り、男湯と女湯を分けていた仕切りを取り除き、旧男湯側の湯船1つを使用(女湯側の湯船の上には板を張り洗い場としている模様)です。但し今後は不忘閣の宿泊客のみが利用できるそうです。
大湯の工事中などの様子はこちらのブログにのっています「すごいべ〜左官は」 |
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