あだ名と呼び名


 あだ名と呼び名の違いは何なんだろう。ふとそんな事を考える。
 呼び名とあだ名というものはそもそも全く違うものだと思うのだが、「あなたの過去のあだ名を教えてくださいな」なんて聞いてみると、僕は河島だから「かわちゃん」て呼ばれてたよ、などと答えが返ってくる事がほとんどだ。おい、そりゃ呼び名だろうよ、と突っ込みたくはなるが、自分自身この2つの違いがよくわからないので厳しく突っ込めないのが現状。いや、俺は別に突っ込みたくてこんな事を考えているわけではなくて、「誰かこの違いを教えてちょうだな」という意味で考えているのである。
 中にはこんな事をいう人がいる。
「呼び名というのは書いて時の如し”その人を呼ぶとき”に使うもので、あだ名というのは”その人の悪口をいう時”に使うものだ」と。果たしてそうなのだろうか?
 この人の言う事も全てが間違っているのという訳ではない。前例からすれば、河島君は友人に「かわちゃん、かわちゃん」と呼ばれていて、彼のいない時の陰口を言う時のみ「かわっぺの根性無し」という風にちょっと嫌味を含めた言い方、「かわっぺ」で呼ばれる、という事なのだろう。確かに間違いではない。ある意味これが「あだ名」だろう。
 しかし、だ。陰口での呼び名=あだ名だとすれば、何故今まで俺に「あだ名」を教えてくれた人の中に嫌な態度をとった人がいないのだろうか?「昔のあだ名」を教えてくれた人は誰もが心の広い人ばかりなのであろうか?俺が無神経なだけなのだろうか?いや違う。悪口とあだ名は全く別物なのだ。もし俺が「あなたのあだ名を教えてください」と質問するところを「あなたの陰で言われている悪口を教えてください」と質問すれば誰だって不快感を味わうはずだ。不快感どころか、その人のトラウマなんかに触れてしまったら、周りの人間関係に亀裂が生じる事間違い無し。質問する時と場合によっては、その場で”けちょんけちょん”に殴られてしまってもどうしようもないのだ。
 しかし今までそんな状況に追い込まれていないという事は「あだ名」とはその人を非難する言葉ではない。よってここに断言する。陰口とあだ名は別物である、と。・・・多分。
 では俺から見た「あだ名」の定義付けとはいったい何なんだろうか。理解に苦しむところだ。
 ・・・。
 ・・・こういうのはどうだろうか?アメリカ空軍のエースパイロットのリチャード中尉。彼は戦時中の大活躍で一躍有名人。いつも赤いバンダナを首に巻き、有無を言わせぬスピードで敵軍の戦闘機を撃墜する事から、戦友から「真紅の稲妻」と慕われていた・・・・。
 ・・・これが「あだ名」かな?・・・ち、違うのかな?
 ではこれはどうだろう。
 満員電車にいつも乗っている美形のあの子。でも彼女のワキは異臭が込み上げてくる。周りから彼女は「ワキガール」と呼ばれているらしい・・・。
 ・・・これも違うか?
 では何だ。俺にどうしろというのだ。
 そうだ。自問自答という観点から察するに、こういう場合は自分を例にとって考えればいいのだ。 俺は高校の時の呼び名は「淵」。これは名字であって、あだ名ではない。・・・そういえば高校3年の時、俺の事を「ロー」と呼んでいた集団がいたな。確かこの時期は自動車の免許を取り出す奴らがたくさんいて、休み時間には必ずといっていいほど教習所とか車関係の雑誌の話題が中心だった。そして誰かが言ったんだ。「淵は車のギアに例えると”ロー”だよな」って。それを何故かと訪ねると「お前、動きはトロいけど、力強そうだだから”ロー”だ」という。爆笑の渦。それから一人、二人と俺とこの名前で呼ぶ奴らが増えてきて、卒業の時にはクラスのほぼ全員が”ロー”。確かに最初は嫌だったが、時間がある程度経つと、「淵」なんて呼ばれると気持ち悪く感じた。・・・ほほう、これが”あだ名”かな?
 という事はやはりあだ名っていうのは、呼ぶ方も呼ばれる方も公認っていうのが一般的なんだろうか。”愛称”っていうのが一番近い表現なのであろうか。うーん。
 ・・・辞書では何て書いているんだろう。

 あだ名・・・その人の性行・特徴をつかまえて他の人が批評(仲間内)的な意識で付けた呼び名。あざな。(三省堂新明解国語辞典第三版より抜粋)
 ほほう、そういう事か。随分アバウトだこと。そうらしいですよ。みなさん。
 無責任ですみません・・・。