合格体験記

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某受験機関から出されたおいらの体験記の、改訂前のものです。

 

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合格体験記
松本誠一郎
受験回数 2回(多枝2、論文2、口述1)
選択科目 制御工学・電磁気学・電子回路
大学 某大学理工学部物理学科卒業
現在某大学大学院法学政治学研究科在学

1. 受験の動機
弁理士という職業を知ったのは、司法試験の勉強をしている友人から(LECに通っていました)通っていた受験機関の資料を見せてもらったのが最初でした。当時は、僕の大学1年でして、何も考えずにサークル活動に没頭していましたが、この時は、自分が理系の学部にいることもあり弁理士と言う職業が、「ふふん、面白そうだな、挑戦してみっか」と言う感じになっただけでした。そのまま、大学1年は終わり、2年になり、12月頃になり、この資格のことについて、真剣に考え始めたのでした。

2. 1年目(平成7年3月末〜平成8年本試験)
大学2年も終わりになったころ、ようやくこの試験を受けようと決心がつき、親にも相談した上で、借金して受験機関の基礎講座を受けることにしました。知人に弁理士試験の勉強をしているものがいる訳でもなく、全く孤独な状態でスタートした訳なのですが、受験機関は、なんとなく大手で雰囲気の良かった(絨毯敷きなのはすばらしいですね)LECで勉強することになりました。大学3年の時は、専門の授業が多数あり、またサークルの方で役員をやったりして、かなりきつい時期だったのですが、なんとか週1回は講座に出るようにしていました。
秋口になると、来年は多枝位は受かってやる!と思い、LECの多枝用の講座にも出るようになりました。年末には、サークルから皆より早く引退し、弁理士試験に専念出来るようになり、年明けからは多枝答練を受けるなど多枝の勉強ばかりしていました。なお、論文の勉強についてですが、代々木塾から「論文サブノート」を買い、基本書と照らし合わせたくらいで、論文の書き方もよく分からない状態でした。
さて、学年も4年になり、公開模試もいくつか受け、学校の授業中にも多枝の過去問ばかりといたかいもあり、多枝試験は無事通りました。
この後からが問題なのですが、ここまで論文試験の勉強はほとんどしてませんでした。さらに、もともと大学院進学志望だったのですが、弁理士試験の勉強が影響してか(?)推薦も得ることが出来ませんでした。となると、大学院の入学試験を受けなければならない訳です。論文試験の約20日後に、大学院の試験を受けなければならない、という超ハードスケジュールになったのです。結局、この年は、論文試験は必須だけ受け、選択は放棄する羽目になりました。しかし、そのおかげか、現在在籍している大学院に進むことが出来ました。このようにバタバタとした感じで、初の論文試験が終わりました。

3. 2年目(平成8年本試験終了後〜平成9年本試験)
さて、平成8年の本試験が終了した後、Wセミナーの論文ブリッジ講座を受けことになりました。大学院の入試勉強中も、週1回は弁理士試験の勉強をしていた訳です(今考えると、冷や汗ものです)。
また、いくつか受験機関の入ゼミ試験を受け、LECのパーフェクトゼミだけ合格したので、そこに入ることにしました。
平成8年の9月〜12月は、週2回受験機関に行くことになった訳ですが、4年の後期は卒業研究というイベントがあり、なかなか弁理士試験の勉強の時間を作るのが難しい時期でした。しかし、受験機関に行く週2回は無理矢理学校を休み、その日の午後は受験機関の自習室でひたすら勉強していました。ちなみに、この習慣は、卒論の発表があった2月上旬まで続きました。
さて、ゼミに入ったことにより仲間が出来た訳ですが、ゼミで選択科目が共通する人たちで、一緒に選択の勉強をもすることになりました。とは言っても、単に演習書や過去問を振り分けて、ゼミのある日までにその担当分の完全解答を作る、というものだけでしたが…。尚、これは翌年の3月まで続きました。
で、年が明け、平成9年に入ると、Wセミナーの基礎答練、上級答練に参加することになり、ゼミをも入れると週に6本論文を書くというはちゃめちゃな生活が始まりました。途中、卒業旅行で抜けることもありましたが、なんとか、この生活で頭がおかしくならずにすみました。
4月になり、研究室が変わり、生活が一新しました。ここの研究室は比較的自由なのですが、やらなきゃならない雰囲気が出来上がっている怖い所でした(前の研究室も自由な雰囲気でしたが、やらなければ、ただほっとかれる所でした)。従って、勉強時間が極端に減り、やばい状況になった訳ですが、多枝試験前2週間は、実験やらない!といって勉強ばかりしていました。
多枝試験の結果は合格していた訳ですが、試験後、合格発表まではなかなか論文の必須をやる気が起きませんでした。で、6月は選択の勉強ばかりしていました。7月に入り、ようやく必須の勉強に力が入るようになり、6月に再開していた実験も中止して本格的な論文試験勉強の時期に入りました。
論文試験は、よく分からないままに終わりましたが、自己採点では確実に不合格でした。そのため、Wセミナーのスーパーブリッジ講座をとり、入ゼミ試験を受けてWセミナーの上級ゼミに入り(ちなみに代々木塾の上級ゼミは不合格でした)、来年の試験に向けて頑張るつもりでした。
ところが、10月6日、今年の論文試験合格発表の日、僕は合格発表を見に行くつもりはなかったのですが、研究室にいた僕の携帯のもとに連絡が…「覚悟は出来てるかい?松本君の名前があるよ!」いやはや、世の中、奇跡は起こるものです。
慌てて特許庁に見に行き、その夜、いろんな受験機関に電話して、口述試験の模試の申し込み。参考書も買いに行って、また、勉強体勢に入りました。
口述試験の内容は、過去問からでたのがあまりなく、ぼろぼろでしたが、帰る時、エレベータを待っていたら、休憩なのか試験委員が試験室からぞろぞろと出てきて、その中の一人が「あわてたでしょう。でも、大丈夫だから。」と笑いながら去っていったので、なんとなく安心した次第です。

4. 勉強方法(参考書等)
・多枝試験
多枝試験については、法令集及び工業所有権法逐条解説(青本)の読み込み、及び過去問をひたすら解くことにより合格できるでしょう。尚、僕の場合は多枝用に4法対照式の法令集を買い、それにいろいろ書き込みをして勉強しました。
なお、LECのときに受けた多枝用の解説講座に使用したレジュメは非常に役に立ったと思っています。(その内容を法令集に書きこみ、覚えこみました)。短期合格を目指すならば、受験機関の講座で知識を吸収するのもいいかもしれません。
後、試験前には意匠・商標の審査基準に目を通すといいと思います。
・論文試験
使った基本書は、青本、特許法概説、意匠、意匠法概説、商標、パリ条約講話、注釈パリ条約、特許協力条約逐条解説です。これに、代々木塾とWセミナーから出しているレジュメ集のいいと思う部分をコピーし、自分なりのレジュメ集を作った上で、レジュメと基本書を照らし合わせていく感じで勉強をしていました。
・選択科目
選択科目を選ぶ際には、最初は、自分が物理学科の人間であること、あるいは大学の授業でとったことがあることから、電磁気学、電子回路、光学を選択科目としていました。
しかし、ゼミで勉強するようになり、光学は難しい上に他にゼミ員で選択している人間がいない、ということから、一見やさしそうな制御工学をとることにしました。
勉強は、一般的に言われている演習書と過去問をひたすら解くことだけしかやっていません。

5. 最後に
正直な気持ち、今年受かって非常にほっとしています。来年受験することになっていれば、修士論文に向けての勉強があり、大変なことになっていたでしょう。この意味でも、今年の合格、というのは非常に大きな役割がありました。
2回目の受験で合格を勝ち取れたのは、ひとえに受験機関をうまく利用できたからだと思います。受験機関は、勉強の方向づけをしてくれる所です。うまくその方向を見つけ、それに向かっていけば合格は近いと思います。
もう1つ、ゼミで勉強していた、ということも大きいと思います。ゼミで勉強していると、独学で勉強しているのと違い、様々な考え方が入ってきます。また、知らない知識もいち早く身につけることが出来る訳です。この意味からも、ゼミで勉強するのも、合格への近道であるといえるでしょう。
精神論ですが、まず、逃げ道をつくらないことが重要だと思います。「仕事が忙しいからどうなった…」答練や試験を、なんか言い訳を自分なりにつくってしまうのは、合格を遠ざける事になってしまうでしょう。自分の周りに、弁理士試験を受ける事を公表して、逃げ道を断つのも1つの手かも知れません。
これを読んでいる受験生の皆さんもうまく受験機関を積極的に利用し、早期に合格なさることを祈っています。
以上

 

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