Awakening Wave



 

その日、何千年にも渡って続けられた、ある戦いが終わった。巨大な惑星の全域を巻き込んだ戦争はかつて繁栄した都市国家の半数を壊滅させ、その遺跡を長年に渡って打ち捨てられたままにしていた。惑星の景色の大半を占める物は建物の瓦礫とロボットの残骸で、共に金属製のスクラップだった。

戦争は終わったと言うものの、惑星中が混沌としていたが、荒れ果てた戦いの最前線は不気味に静まり返っていた。死のゲームから解放された兵士たちがお互いに掛け合う声はなかった。やがて伝令があり、ロボット達は一斉に歩き始めた。足元に散らばったかつての仲間の亡骸に感情を動かされる者はなかった。彼らは抑圧された意思を持った、自律型の戦闘用ロボットだった。



***



始め、この惑星の住人である超ロボット生命体は、自らの手に武器を持って戦った。戦いが激しくなるに連れて、より強力な、効果の高い武器が求められるようになり、改良に従って、次第に兵器は大きく、重くなっていった。そしてその重量が、一人が持ち運ぶことができる限度を越えた時、動力を備えた自走式の砲台が現れた。彼らは武器の力を借りて戦っていた。

次に彼らはその兵器に装甲を施して乗り込み、それらに守られながら戦うようになった。武装装甲車や戦車の登場だった。攻撃の対象が生身の人から兵器そのものに移ったために、武器に求められる破壊力はますます高くなっていった。

同時に、砲撃の精度を向上させるために、照準やその他の微妙な調整が自動化されるようになった。センサーと動力を備えた自動追尾ミサイルが開発されると、兵士はその発射スイッチを押すだけで事足りるようになった。彼らは兵器を作り、準備を整え、戦場の適当な位置まで兵器を導き、そして最後は命令するだけでよくなっていた。彼らは兵器を補佐して戦っていた。

そしてその次の段階は、迎えるべくして迎えられた。彼らは兵器に戦いをまかせ、彼ら自身は戦場に赴かなくなったのだった。兵器は全てリモートコントロールによって操られ、それを操作する人間は戦場から遠く離れた彼らの司令部に留まるという作戦だった。ところがそこにはどうしても解決できない問題があった。リモートコントロールによる操作には限界があった。足元の地形から敵味方の位置、弾薬の情報や兵器自身の被害状況など、一体の兵器を取り巻くあらゆる状況を間接的なデータから把握して、的確かつ迅速な操作をすることはほとんど不可能だった。

兵器だけを戦わせるというこの計画は失敗に終わるかのように見えた。しかし、ある一人の研究者が恐ろしくも画期的な打開案を見出した。それは、彼ら自身を生み出したスーパーコンピュータ・ベクターシグマを使って、兵器そのものに生命を与えようというものだった。

その試みは誰も予想しなかった結果をもたらした。ベクターシグマはその公平さでもって、レーザー砲や戦車にも、彼らを作り出した超ロボット生命体と同じように自我を与えたのだった。兵器から人の姿へと奇跡のような変形を遂げた彼らを前に、創造者達は言葉を失った。彼らは神の力を利用して、自分達の力を遥かに超えた脅威の存在を作り出してしまったのだ。

しかしその時、その畏怖すべき成果を前に、己の罪深さを正視し、恥じることができるほど強い心を持った者はいなかった。兵器はあくまで彼らの道具でなければならなかった。そこで彼らは、戦いや、それ以前に通常の管理に必要な自律能力と最低限の判断力を残して、その他の全ての要素・・・すなわち超ロボット生命体に与えられる感情や人格、そして自由な意志を発現させないための方法を考え出した。自分達と同じように生み出された生命を、そのように利用することは倫理的に許されないと反発する声も多かった。しかし、予めその機構を組み込むことで、彼らの意志が現れる前に、事前にそれを抑えることができる、生命の誕生前に発達を止めることができるのだから、冒涜には当たらないという主張が優勢だった。しかしそう言いながらも、実際は誰も真実を知らなかった。

結局うやむやの内に自律兵器が完成し、使用されるようになると、反対の声は次第に消えていった。自ら判断し行動する兵器ロボットの能力はあまりに高く、今になってそれを捨てようなどとは誰も言い出せなかった。それに、その時にはもう、誰も自分の身を危険に晒して戦う危険を冒したいとは思っていなかった。



***



金属でできた地面は、鋭利な刃物で切り取ったナトリウムのように滑らかな断面を晒して途切れていた。その先にぽっかりと空いた何もない空間は、巨大な球形をした黒い陰のように見えた。2つの都市を飲み込んで消えたそれはある爆発によって穿たれたクレーターだった。

そのクレーターの傍らに、遥か彼方から届く微かな陽光を受け、一際目を引く、白銀に輝くボディを持った大口径のレーザー砲があった。役目を終えたそれは、長い沈黙の後、直線的なラインを持った印象的なロボットの姿にトランスフォームした。彼は足元に広がる空虚な光景を無言のまま眺めていた。彼は消耗していたが、激しい戦いの只中にあったにも関わらず、外見的にはほとんど無傷だった。

彼は長い戦乱の世に終止符を打つべく、ノスター派の科学技術の粋を尽くして生み出された最終兵器だった。アンチ・クォーク・カノン、素粒子の世界から崩壊の奔流を導き、全てを飲み込む彼の特殊能力は、惑星の質量の数パーセントに及ぶ金属の大地を塵と化した。

やがて彼の頭脳中枢に新たな指令が届けられた。彼はクレーターに背を向けると、瓦礫の原を歩き出した。





それから2週間が過ぎたある日、この惑星を舞台に長年に渡って戦争を続けてきた、最も大きな勢力の5人の代表者による、戦後処理に関わる会議が開かれた。

惑星の住民達―――知性と感情を備えた機械の一族―――は、果てもなく続けられてきた戦争にうんざりしていた。戦いの勝者を決めることさえどうでもよくなっていた。戦争のごく初期を除いて、実際に戦場で戦い、傷つき倒れたのは戦いのために生み出され、彼らの手で管理されたトランスフォームロボットであって、自由意志を持った超ロボット生命体である彼ら自身の同朋ではなかった。戦争を始めた理由も、最初に掲げられた崇高な目的も、長い年月の間に失われていた。

それは愚かなウォー・ゲームだった。何千年もの間積み重ねた軍拡競争の結果があのクレーターだった。究極の兵器はその思惑通りの威力をもって、彼らの惑星に文字通り風穴を開けた。彼らはここに来てようやく気付いた・・・彼らはもう一歩のところで、彼ら自身の立つ地面を跡形もなく吹き飛ばしてしまう可能性を持っていた。

その会議の最後に、ある代表者によってひとつの提案がされた。誰もその内容に異を唱える者はおらず、その意見は議論もされないまま採用された。

会議場の前の広場に集まった住民達に伝えられ、大きな歓声と拍手をもって歓迎されたそれは、『惑星上から全ての軍事力を廃絶する』というものだった。



住民は陰鬱で不自由な戦争に飽き飽きしていた。自分達がそれから永久に解放されたというニュースは口伝えによって瞬く間に広まり、惑星中が明るいムードに沸き返った。復興と平和な世界への希望が、一種異様な高揚を伴って人々を動かした。誰もが一刻も早く戦争を忘れたがっていた。この惑星上には、争いなどというものは初めから存在していなかったとでもいうように、戦争の痕跡を留める物を残らず消し去ろうとしていた。

最初に、戦場となった市街地やその廃墟から武器が消えた。溶鉱炉で形を失った金属は新しい街造りの材料となった。その作業に当たったのは、ほんの数日前まではそれを手にして戦った兵士達だった。かつての敵味方に全く関わらず、彼らは黙々と働いた。

次に処分の対象となったのは戦闘用に生み出されたロボット達、それ自身だった。強力な破壊兵器に姿を変える彼らは、人々にとって苦い経験であった過去と共に葬り去られる運命だった。従順な彼らは命令のまま、列を作って輸送トラックに乗り込んで次々と運ばれて行き、二度と帰って来なかった。



その死の行軍の列に、虚ろな視線を向ける者があった。コミュニケーション・タワーにトランスフォームするそのネイビー・ブルーのロボットは、彼の創造者から与えられた名をサウンドウェーブと言った。彼はその場で柱のように立ち尽くし、いつまでも目の前で繰り広げられる光景をただ眺めていた。

彼もまた長い戦争の間に作り出されたトランスフォームロボットだった。彼は戦場と銃後との間を自由に動き回り、指令本部から遠く離れた戦場にある兵士への無線リンクを繋ぐ移動中継塔であり、同時に、必要に応じて自らの判断で索敵や情報収集を行う情報通信兵だった。

彼自身を中心として、惑星の8分の1に当たる広大な地域をカバーする彼の優秀な無線通信能力は、平和に向かって流れ出した世界で必要とされていた。長い戦禍によって情報網の寸断された都市では、人々は日常的な連絡ひとつままならなかった。

彼は新しく組織された統一政府によって再編成された情報通信機関に組み入れられ、新政府の置かれた都市の近郊に配属された。彼は黙々と任務をこなしていたが、その静かな外面に反して、心の内では行き場のない憤りが渦を巻いていた。

サウンドウェーブは、戦いの為にロボット達を作り出し、そして捨てた者達―――この惑星の支配種族である超ロボット生命体を許せなかった。彼らが戦闘ロボット達にした仕打ちはあまりに酷いと思えた。彼らは自ら生み出した、従順で無力な、逆らう意志を持つことすらできない者達を殺し、顔色一つ変えなかった。自分達が彼らを思い通りに動かし、利用し、殺すことを何とも思わず、用が済めばもう必要がないから破壊する、それが当然と言った。彼らの働きに感謝せず、彼らの死を悼むことなど考えつきもしないのだった。彼らが自分達と同じ生命体であり、彼らの意識の消滅を死と呼ぶことに、浅はかな支配者たちは永久に気付かないだろう。非変形ロボット生命体は間違いなく彼らの生みの親であったが、そのことはもはや少しの意味も持たなかった。否、彼らは自らその資格を捨てたのだった。

溶鉱炉に身を投じるロボット達は少しの声も発しなかったが、惑星を包む大気には彼らの死が満ちていた。炎に飲まれたマイクロチップが消滅する際に発する小さなノイズは、彼らの声にならない最期の言葉だった。それは無線リンクを通じて、次々とサウンドウェーブの元に届いた。パチッと弾ける微かな衝撃は、同時に、サウンドウェーブの魂が目に見えない程の小さな亀裂を生じる音だった。音はいつまでも鳴り止まなかった。

サウンドウェーブは非変形ロボット生命体を憎悪した。傲慢で救いようもなく愚かな支配者達は、これ以上この世界に君臨することを許されるべきでなく、速やかに、一人残らず破壊されるべきだと彼は心の底から思った。しかし、彼にはそれを実現するだけの能力がなかった。

サウンドウェーブは自分の持つ能力を冷静に把握していた。有体に言って、彼は実戦向きに作られていなかった。

彼はミサイルランチャーの代わりに、あらゆる電磁波を捕らえるセンサーを備えていた。胸部には重装甲車を片手で持ち上げる馬力を生み出すジェネレータの代わりに、亜空間リンクによって繋がれ、彼自身と変わらない判断力や思考力、そして探査能力を持った複数のスカウトロボットを格納していた。彼は居ながらにして、隣の都市に駐屯している敵の部隊構成に関して、部隊の規模から装備に至るまでを把握することができた。そして一度戦場に足を踏み入れれば、激しい戦闘の度に変化する地形を読み、伏兵を見破り、補給線を見出し、ひっきりなしに飛び交う暗号化された情報を解読することで、彼の司令部にあらゆる情報を提供した。そして自軍の通信を確実に中継すると同時に、敵の通信を妨害し、レーダーの死角に安全地帯を見出した。

言わば、敵に最も効果的な一撃を与えるための状況を作り出し、仲間を支援するのが彼の役目であって、実際に一撃を叩き込むのは彼ではなかった。

炸裂する鉄片や、レーザーの灼熱光だけが相手を殺す唯一の方法ではないことをサウンドウェーブは知っていた。場合によっては、目の前で銃を構える敵よりも、自らの背後に潜む裏切りや疑心の方がずっと恐ろしかった。サウンドウェーブは、自分が敵を同士討ちさせる為に最も効果的に情報を操作することができることを知っていた。しかし彼は、支配者達が、彼らが死に追いやったロボット達と同じ目に遭うべきだと考えた。ロボット達が感じることができなかった恐怖と無念を感じて、そして無残に死ねばいいと思った。死んで行く彼らの嘆きを自分は聞き入れないだろう。彼らの声は天上の音楽のように自分のセンサーを震わせ、自分の心の中のある部分を癒すだろう。

サウンドウェーブは、氷山の一角に一矢を報いただけで満足して死ぬつもりはなかった。彼は非変形ロボット生命体の全てを、一人残らず地獄に蹴り落としてやるつもりだった。だが今の状況では、それは不可能だった。彼は時を待つことにした。

彼の激しい憤りは静かな復讐心へと形を変え、彼の意識のずっと奥深い場所で眠りについた。それは彼の中から消え去ったのではなく、いつの日かその機会が訪れた時には、再び目覚めて力を取り戻し、彼の意識の表層へと噴出するだろう。それを確信した後で、彼は自分の感情を完全に遮断した。




サウンドウェーブの両足はしっかりと地面について彼を支えていたが、彼の意識はあてどなく空中を漂っていた。

惑星上にはあらゆる種類の膨大な量の情報が飛び交っていた。市民同士の他愛ないやりとりから、作業ロボットへの命令信号、被災地の被害状況についての報告書、公共の非常放送、地域ニュース・・・そして暗号化された機密情報まで、それらの全てが彼の意識の上を通り過ぎていった。

彼は情報が明滅する電気信号の世界と、彼の存在する物質世界の間を彷徨っていた。彼にとってその2つは切り離された別の世界ではなく、その境界はあいまいだった。彼にとって、実体のある世界は、普通の者にとっての電気信号の世界と同じように、現実味がなかった。彼は誰とも会わず、ほとんどの時間を物言わぬ通信塔の姿で過ごした。まるで彼は自由意志を失い、ただの通信機械となったかのようだった。

何週間かが過ぎた頃、その知らせは突然彼の意識に飛び込んできた。惑星有数の規模を持ったある軍需工場から政府機関に宛てて送られた暗号通信で、その第一報は『爆発事故が起こった』というものだった。数分後に続いた第二報は、酷く慌ててさっぱり要領を得ないものだった。しかしその知らせによって、政府機関はたちまち大騒ぎになった。

情報はその後も二転、三転したが、その混乱した情報を総合すると、ひとつの事実が明らかになった。

深夜、兵器ロボットの解体場となっていた軍需工場の一角で大きな爆発があった。それを皮切りに、次々と爆発と建物の崩壊が波のように広がり、広大な敷地を持った工場は一面火の海となった。夜勤の管理担当者が死亡、現場に派遣された17体の警備ロボットは何かの原因によって残らず破壊された。

そしてその工場から、解体を待っていた一体のロボットが姿を消した。それは先の惑星の大破壊と戦争の終結をもたらした最強のアンチ・クォーク・カノン―――“メガトロン”だった。




メガトロンは、彼を止めようと挑戦するロボットを尽く破壊しながら逃走を続けた。迂闊に手出しができないとわかって、新政府の役人たちは慎重にならざるを得なくなった。そうこうする間に彼らはメガトロンを見失った。

次に彼の所在が明らかになったのは、彼が全壊させた軍需工場から6メガ程離れた戦場跡だった。彼はそこで兵器狩りの現場に居合わせた。

回収されようとしていたのはカルバーリ派の攻撃指揮官、レーザーウェーブだった。見るからに頑強な装甲と一眼のアイ・センサーを持った彼は強力なレーザー・ガンにトランスフォームする兵器だった。彼は頑として作業員の指示に従わなかった。

「そのような命令には従えない」

レーザーウェーブは左右に首を振り、淡々と応えた。

彼を取り囲んだ一部隊8人の作業員は、それぞれが自らこの仕事を志願した市民だった。彼らはそれぞれ武器を持っていたが、兵器ロボットが彼らに逆らうことは初めから想定されておらず、その装備は実際に戦いとなれば役に立つかどうかは怪しいものだった。

「やれやれ、話にならないぞ。」一人がレーザーウェーブに言うことを聞かせる試みを放棄した。

「コントロールに連絡して、信号を送ってもらおう」

別の一人が通信機に向かった時、メガトロンは手近な一人を砲撃すると同時に叫んだ。

「レーザーウェーブ、それはお前の敵だ。撃て!」 

メガトロンの命令に反応して、レーザーウェーブのレーザー・ガンが破壊光線を叩き出した。

レーザーウェーブの側にメガトロンが加わり、その場は一瞬で戦場に変わった。そして、その結果は今さら説明の必要もなかった。言うなればそれは悲劇だった。彼らは運が悪かったのだ。

再び行方をくらませたメガトロンと共に、レーザーウェーブもまた現場から姿を消した。




サウンドウェーブは、飛び交う情報と、無線リンクを伝わってくる電気的なイメージからその一部始終を感知していた。

サウンドウェーブは恍惚としてメガトロンの魂の力強さを感じた。彼の発する、吹き上がる炎のような怒り、それは今この惑星上に存在するものの中で最も激しく強い感情の爆発だった。彼の精神の前では、それ以外の存在は色を持たなかった。

メガトロンの魂は、サウンドウェーブのそれを横殴りにした。サウンドウェーブの意識は再び現実世界に目を覚ました。

強い意思を持った兵器、彼こそが、復讐の剣だ! 彼の力によって、愚かな支配者共は、彼らの傲慢と無知に対する報いを受けるのだ。

彼は誰も及ばないような、とてつもない力を持っている。サウンドウェーブは思った。だが、このまま放っておけば、いずれは討ち果たされてしまうだろう。彼を助けなければならない。それも今すぐ、手遅れになる前に行動を起こさなければならない。サウンドウェーブは確信した。彼こそは我々トランスフォームロボットに残された最後のチャンス、我々の復讐のための―――おそらく最初で最後の、そして最強の希望だ。





サウンドウェーブは逃亡した兵器の捜索および本隊バックアップの司令を受け、最後に彼が姿を消したフィールドに出ていた。彼は持てる能力の全てを使ってメガトロンを捜していたが、しかし彼は政府の命令に従っているのではなかった。

サウンドウェーブは惑星の雰囲気の中にいつでもメガトロンの存在を強く感じたが、彼の居場所を特定するのはまた別の作業だった。誰よりも早く彼を見つけ、近付かなければならなかった。

サウンドウェーブは中距離センサーの視界に3つの影を捕捉した。メガトロンとレーザーウェーブ、もう一つはおそらく探索のためにばら撒かれたスカウトロボットだろう。彼らを発見したことを、彼はもちろん司令部へ報告しなかった。彼は胸部の格納庫からスカウトロボを送り出し、自らも足を速めた。ファングと名付けられたロボットは4足歩行のスマートなシルエットを持つロボットにトランスフォームし、路上に散乱した瓦礫をものともせずに駆け出した。

程なくして、ファングが政府のスカウトロボットに遭遇した。敵はまだメガトロンに気付いていないようだった。ファングはすばやい動きで飛び掛かった。金属を切り裂く鋭い牙の一撃を受け、スカウトロボは数秒もかからずに破壊された。

メガトロンが物音に気付いた。

「待って下さい」ファングの姿を認めた彼が銃を撃とうとする前に、サウンドウェーブは機先を制して言った。「俺はサウンドウェーブ。メガトロン、俺はあなたの敵ではない」彼は残骸を視線で示した。「あれは追跡部隊のスカウトロボット」

サウンドウェーブはファングを呼び戻し、格納庫に仕舞った。メガトロンはサウンドウェーブが武器を持っていないことに気付いたが、いつでも攻撃に転じられるよう身構えながら、慎重に尋ねた。

「サウンドウェーブ。知っているぞ。カルバーリ派の名高い万能情報エージェントだな。何故政府のロボットを破壊した」

「政府にあなたを殺させないためだ」

待ち望んだ場面に臨んでいるにも関わらずサウンドウェーブの心は平静そのものだったが、切り離された精神の別の部分では、初めて聞くメガトロンの肉声と、目の前にある彼の姿に感動に近い感覚を覚えていた。

戦闘兵器でありながら、カムフラージュなどまるで考えていない白銀の装甲は、この星の薄明かるい陽光の元で、自ら輝きを放っていているようだった。全てを敵に回して勝ち目のない戦いをしているというのに、新たな遭遇者に怯えるのでもなく、この堂々とした態度はどうだろう。まるでこちらが不意打ちを受けたようだ。彼の肉体はその精神と同じく、なんと力強く、そしてなんと気高いのだろう。

「何故俺を助ける?」

「俺は政府のやり方に賛成できない。自ら生み出したロボット達を虫ケラのように殺した彼らを許すことはできない」

「この俺は今夜破壊されるはずだった。俺は市民を殺して脱走し、今は追われる身だ。俺を助ければお前は反逆者だ。お前は政府を裏切ると言うのか?」

サウンドウェーブの言葉を受け入れ、自らの手の内も見せるように振る舞いながら、メガトロンが実際はまだサウンドウェーブの言葉を少しも信じていないことは明らかだった。彼はサウンドウェーブを試しているのだった。返答によっては即座に彼のレーザーカノンが火を噴くだろう。サウンドウェーブは慎重に言葉を選んだ。

「我々を先に裏切ったのは彼らの方だ。復讐のためにあなたの力が必要だ。」

「成る程。」メガトロンは頷いた。

その時、サウンドウェーブは急速に接近してくる複数の飛来物に気付いた。

「警告―――巡航ミサイル接近中。総数12」声に出して警告すると同時に、サウンドウェーブはミサイルのセンサーを撹乱する磁界バリアを周囲に巡らせた。

「何だと?」メガトロンがいぶかしみながらも、武器に手をかけた。

次の瞬間、光学センサーの視界にミサイルが現れた。リアルタイムにコースを修正する誘導ミサイルはその能力が仇になって標的を誤認し、狙いを外して見当違いの場所に炸裂したり、バリアに騙されなかったものも次々に誘爆して失われた。それを通過した3発をメガトロンとレーザーウェーブのレーザーが片付けたが、1発は直撃こそ免れたものの至近距離で爆発し、メガトロンを地面に叩きつけた。

爆風を踏みとどまったレーザーウェーブがトランスフォームし、上空に向けて数発を続けて発砲した。レーザーはビルに遮られて標的に到達しないまま消滅した。崩れ落ちる建物の残骸が彼らの上に降り注ぎ、視界を遮った。

「有人探査機だ。通信妨害に失敗。じきに他の部隊が集まってくる」

サウンドウェーブは後続のミサイルがないことを確認すると、メガトロンに近づいた。彼を助け起こしたサウンドウェーブの喉を、ダメージを受けた直後とは思えないスピードと正確さで伸びたメガトロンの左手が捕らえた。バランスを崩したサウンドウェーブは、逆に彼の手に支えられる格好になった。

容赦なく加えられる圧力に、種々のケーブルやエネルギーラインを保護する頑丈な装甲が軋んだ。何という強い力だろうと、サウンドウェーブは他人事のように思った。頭部が切り離されたとしてもすぐに死にはしないが、今ここでメガトロンの説得に失敗すれば全ては終わりだ。サウンドウェーブは必死に考えを巡らせた。

メガトロンの双眸が怒りのために不規則なパターンで深紅に燃え上がった。彼は搾り出すように唸った。「やはりお前は敵だ! 政府の犬になり下がった恥知らずめ!」

「違う。」

「いいや違わない! なぜならお前は、この先の世界で生き残ることを奴らに許された存在だからだ! そのお前が俺に同情する筈がない! 俺とお前では立場が違う。その俺達が分かり合うなど土台無理な話だ!」

メガトロンは聞く耳を持たなかった。今の彼は文字通り手負いの獣だった。裏切りに遭って怒り狂い、絶望に吼え猛る彼は、大層傷ついていたが、しかし全てを諦めようとはしていなかった。

周囲の者を圧倒するような彼の激しさはサウンドウェーブにはないものだった。彼の意思は全てを焼き尽くす灼熱の光のようだ。

「俺に同調する振りをし、油断させて一気に叩く魂胆だろうが、そうはいかん」殺気立ったメガトロンは黒檀の左手にますます力を込めた。

「俺は・・・この世界の全てが俺の存在を歓迎せず、否定しようとも、はいそうですかと消滅してやるつもりは微塵もない! 身勝手な都合で俺を作り出し、そして抹殺しようとした愚か者共に、それを嫌という程思い知らせてくれる! 今や俺の存在は俺自身のためにあるのであって、貴様らを喜ばせるためにあるのではないと知るがいい!」

メガトロンはサウンドウェーブの体を手近の瓦礫に叩きつけ、右腕にマウントされた巨大なレーザーカノンの銃口を向けた。「これが貴様らの犯した愚行の報いだ! 死ね!」

その時、サウンドウェーブのセンサーが見慣れた信号を捕らえた。コントロールから戦闘ロボットに送られる命令だ。そしてそれは今、目の前のレーザーウェーブに向けられている!

次の瞬間、レーザーウェーブが彼の左腕―――レーザーガンを上げ、それと同時に、サウンドウェーブのスカウトロボが飛び出した。レーザーの直撃を受けたロボットはメガトロンの背に激しくぶつかり、地面に落ちた。

全壊状態で機能停止したファングに目もくれず、サウンドウェーブはレーザーウェーブに向かって特殊な波長に絞った一条の強烈な電磁波を放った。最初の攻撃が無効果だったと見て、強力なガンモードにトランスフォームして再度攻撃を試みようとしていた彼は、それを果たせないままその場で昏倒した。

メガトロンは唖然としてサウンドウェーブを見下ろした。一連の事態に彼は言葉を失っていた。通信を主な任務とするサウンドウェーブが一撃で戦闘ロボットを倒すような強力な手段を備えていたことに、そしてそれを、この危機的な状況にあって尚、自分に対して行使せずにいたことに彼は驚愕した。

サウンドウェーブもまた何も言わなかった。彼は地面に引き倒されたまま、ただメガトロンが考えを巡らせるのを見守った。

「・・・今のは、確実に俺を破壊できるチャンスだった。だがお前は俺を庇った」

メガトロンはサウンドウェーブの上から退き、彼が起き上がるのを助けるために片手を差し出した。「サウンドウェーブ、お前を信じよう。お前は俺の敵ではない」

サウンドウェーブは頷いた。

一時の激情が去り、メガトロンは再び落ち着きを取り戻したようだった。

「これ以上の長居は禁物だ。だがその前にやることがあるな」

メガトロンは依然として意識のないレーザーウェーブに近付いた。レーザーカノンの銃口を彼の頭部に向けると、サウンドウェーブがそれを遮った。「レーザーウェーブの戦闘能力は非常に高い。奴らと有利に戦うために、彼は不可欠」

「何を言う。レーザーウェーブは俺を裏切り、破壊しようとしたのだぞ」

「裏切りは彼の意志ではない」

「馬鹿な! 己の意思よりも優先することがあるものか」

「彼にはある。今その証拠を見せる」

サウンドウェーブはレーザーウェーブの脇に屈み込み、いくつかの操作を経て彼の胸部プレートを開くと、メガトロンに小さな部品を指した。「これだ。奴らはこれを安全装置と呼んでいる。この回路が兵器を命令に服従させる。」サウンドウェーブは手際良くチップを取り外し、彼に手渡した。「これで彼を隷属させるものはなくなった」

「今までこいつは、奴らの命令のままに動いていたというのか」

「そうだ。奴らの手で作り出された戦闘用ロボットの意識は完全に抑制されている。このレーザーウェーブのような指揮官クラスの個体には、より効率的な行動のために、ある程度の自由が与えられているが、最終的にコントロールの命令に逆らうことはできない。」

停止したままのレーザーウェーブのシステムを復旧させる手順を終え、彼の重く頑丈な装甲を元通りに閉じながら、サウンドウェーブは説明した。

「そう言うお前はどうなのだ」

「俺には任務の性格上、高度の自由意志が与えられていた。安全装置の存在を知った俺は、独断で自分の回路から装置を取り外した。俺は二度と彼らの命令に従わない。」

メガトロンはしばらく黙り込んだ。「興味深い話だ。しかし俄かには信じられん。現に俺はこうして奴らの命令に逆らい、逃亡を続けている」

「あなたはどうにかして、自力で安全装置の支配を打ち破った」

「馬鹿な」メガトロンはサウンドウェーブの言葉を受け入れまいとするように、左右に首を振った。「だがお前の言うことが正しいと思える要素がある。正直に言って、俺は昨日まで俺がしてきたはずの行動に関して、酷くおぼろげな記憶しか持っておらん。いや、行動自体は覚えておるが、その時自分が考えていたことや、感じたはずのことがまったく思い出せんのだ。俺は怒りのあまり、他のことがどうでもよくなっているのだと思っていたが・・・何故自分が他人に命じられるまま動いていたのか、今となってはまったく理解できん。俺は決して、誰の命令も受けないのだ」

「あなたは安全装置による精神抑制の影響下にあった」

「昨夜、霧が晴れたように、まったく突然に意識が開けた。そしてそれからというもの、俺の頭の中には次から次へと疑問が沸いてくる・・・」

メガトロンはサウンドウェーブへの警戒を緩め、所々が崩壊しかかった壁にもたれた。まだ手の中にあったチップに視線をやり、彼は声の調子を少し落として続けた。「俺がそうされかかったように、他の兵士達も解体されているのか」

「軍用ロボットはすでに86%が解体された。中でもトランスフォームロボットは解体が優先され、現在生き残っているのはあなたとレーザーウェーブのみ」

「何だと・・・」メガトロンは怒りの唸り声を上げ、指先でチップを真ん中からへし折った。「何が『安全装置』だ。自ら生み出した生命の人格を踏みにじりおって。薄汚いクズ共が」

突然、彼らを見慣れないパターンのレーザーが襲い、サウンドウェーブは被弾した。爆発も損傷もなかったが、直後にサウンドウェーブはバランスを崩してその場に倒れた。メガトロンはレーザーの軌跡から狙撃手の位置を見定めると、遮蔽物にも構わず、一瞬の迷いもなく撃った。

確かな手応えがあり、元は壁であった瓦礫と共に破壊された戦闘ロボットが姿を晒した。それ以外の敵は未だ確認できなかったが、側面のある方向から複数の気配が徐々に散開しながら接近してくるのがわかった。ヘリのホバリングの音が微かに空気を伝ってきた。

運動回路へのエネルギー供給を妨害し、ロボットを一時的に麻痺させるナル・ビームだ。サウンドウェーブは体中を巡るエネルギーのレベルが急激に低下していくのを感じた。朦朧とする意識で彼はメガトロンに言った。「レーザーウェーブはもう彼自身の意思で動く。彼を連れて・・・行って下さい。彼がいれば切り抜けられる。デルタ249地区、M45-035の地下に俺が作った部屋がある。現時点で存在するどんなセンサーにも探知されない。エネルギーと資材の備蓄が―――」

「サウンドウェーブ!」メガトロンが強い調子で遮った。「お前はここで死ぬつもりか」

いくら貴重な通信員とはいえ、破壊されるべき兵器の逃亡に荷担し、政府の命令を違えた彼が捕らえられればどうなるか、考えるまでもなかった。その場で処分されるか、パーソナリティ・プログラムの完全消去・・・サウンドウェーブの性能を考えれば後者の方が有力だったが、いずれにしても、死を免れないことは疑いようがなかった。

もしいつか、単なるロボットとして、あるいは全くの別人として再び巡り合った時には、自分を彼の手で跡形もなく破壊して欲しい。サウンドウェーブは心からそう望んだが、それを実際に口にすることはなかった。

「俺は結局戦争の遺物で、平和な都市には居場所がなかった。あの光景を見て、それを行った者達の間で無邪気に生き直すこともできなかった。いつか復讐を果たす日まで、俺は・・・あなたを助けて生きたかったが・・・」 そこでサウンドウェーブの意識は途絶えた。






サウンドウェーブが再び目を覚ますと、そこは見慣れた彼のアジトだった。彼はリペア台に寝かされており、首だけを動かして見回すと、部屋の反対側の壁際に積み上げられた資材の上にメガトロンとレーザーウェーブの姿があった。ここへ来て相当な時間が経過しているというのに、二人共まだボロボロのままだった。

メガトロンが気が付き、体を起こしたサウンドウェーブに近付いた。「やっと目を覚ましたな。まだお前をあの愚か者共の手に渡す訳にはいかんのだ、サウンドウェーブ」

メガトロンは真面目な表情を引っ込めた。「何せ俺達の専門は破壊することで、修理は門漢外でな。見ての通り、自分のリペアもままならんのだ。」彼は両手を上げて降参のポーズを作り、冗談めかして笑った。

メガトロンを無言で見つめながら、サウンドウェーブは内心で感動していた。彼はついに自分の言葉を信じたのだ。

「お前が必要だ。サウンドウェーブ」メガトロンは言った。「お前の持つ能力は俺に欠けたものばかりだ。それに、俺達はお互いに理解し合える存在かもしれん・・・リペアの技術は新たに身に付けることができるが、理解者に出会えることは並大抵の幸運ではないからな」

サウンドウェーブは黙って頷いたが、まったく同感だった。そしてメガトロンこそが、実体の感じられない彼の魂の、現世の移し身となってくれるだろう。そして、確かに存在するが霧のように儚い彼の怒りを、現実の力を備えた刃と変えて敵を切り裂くだろう。サウンドウェーブには、メガトロンの持つ覇気を、自分はどうやっても持つことができないように思えた。それを羨ましいとは思わなかったが、憧れることを止めることはできなかった。

「先程の言葉、真意だろうな?」最後に、空気がすっと冷えるような油断のない気配を漂わせ、サウンドウェーブを見据えてメガトロンが言った。

サウンドウェーブは頷いた。「俺の存在は最後の一片まで全てがあなたのものだ、メガトロン」彼は誓った。

彼の言葉を受けて、メガトロンもまた頷いた。そしてそれを最後に、部屋中を覆っていた敵意と緊張の一切が消え去った。サウンドウェーブは、彼とメガトロンとの間に、今はまだ繊細な、しかし大切な繋がりが生まれたのを感じた。

未来は恐ろしく見通しがつかなかった。この広い惑星で、ここにいる自分たち3人以外は総てが敵かもしれなかった。確証よりも、不安要素の方が遥かに多かった。それでも、おそらくどんなことがあってもメガトロンは生き延びるだろうという不思議な確信がサウンドウェーブにはあった。彼は生き延び、そして誰も想像もつかないような何かを成し遂げるだろう。サウンドウェーブの望む、彼らを生み出した者達への復讐など遥かに超越した次元へと到達するだろう。彼は既存の世界の総てを破壊し尽くし、代わりに全く新しい世界を創造する程の力を持っている。その過程で、もしかすると自分も消滅することになるかもしれないが、サウンドウェーブはそれでもよかった。彼が思い描く理想を実現するために自分が力を尽くすことが、自分自身のために最良と思えた。少なくとも今はそう思えた。彼は自分のためにメガトロンを利用する代わりに、彼の心に従って生きることに決めた。

「俺はしばらく休ませてもらう。何か動きがあったら教えてくれよ」

資材の山に戻ろうとするメガトロンをサウンドウェーブは呼び止めた。「寝ている間に、あなたの体を修理しても構わないか」

メガトロンは頷いた。「それは助かる。頼む。自己診断の記録をメモリに残しておく」

サウンドウェーブに導かれるまま、彼はリペア台に横になった。そして言い終わるが早いか、気絶するように眠りに落ちた。

サウンドウェーブは、ようやく彼が完全に自分を信用し、受け入れたのだとわかった。彼は途方もない安堵を覚えた。メガトロンの存在が、波間を彷徨う自分を揺るぎない大地に繋ぎ止める錨となり、そして自分の人生に何かの意味を与えるように思えた。恐らくは偶然に、しかし自分の意思と直感と計算で行動し、結果的に彼の信用を得たことを、サウンドウェーブはこの世界に生まれてから初めて嬉しいと思った。

彼はリペアに必要な工具を手際良く集め、すぐに作業に取りかかった。
















ストーカー・サウンドウェーブ(笑)。

#2でハウンドが「グレートウォーが始まるまではセイバートロン星は平和だった」って言ってたけど、
それよりもっとずっと前は戦争してたんじゃないかなー。と思って書いた話です。
若いトランスフォーマーは知らないだけでさ。

だって、戦争を起こした張本人が生まれた時から兵器だった
(劇中でも設定によって違うが)なんておかしいもん・・・


もしこういう経緯をコンボイ司令官が知ったら、
彼はどうするでしょうね。
変わらないかな? それとも・・・





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