以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。

  

 
 
Night Of Illusion



 

時は夕刻、太陽は山の端に消えようとしている。その人里離れた岩山の中腹にある広場に、夕闇に紛れ、その闇の底へ向かって沈んでいくように、エネルゴンキューブを満載したアストロトレインが何度か目の着陸を果たした。待機していた彼の仲間がその積荷をてきぱきと運び出し、広場のそこここに小さなキューブの山を作っていった。

その場所には既に、恐るべき量のエネルゴンキューブが運び込まれていた。しかもそれらはただのエネルゴンではなかった。いかな屈強な戦士でさえもその強力な破壊力の前にはついに膝を突く、それはデストロンが誇る伝統と技術に則り、精製と調合を繰り返した高純度エネルゴン―――要するに酒だった。

予定通りに荷物は運び込まれ、これでお膳立ては全て整った。

休戦の期限は明日の夜明けまで、それまではいかなる種類の攻撃も相手陣営のメンバーに対して加えてはならない。敵味方の遠慮区別は一切なし。

何百万年も続く戦争の真っ最中、宿敵以外の何物でもないサイバトロンとデストロンが一同に会した、いっそやけっぱちな雰囲気の中で、セイバートロンの新たな千年紀を祝う大宴会が開かれようとしていた。



だがここに、その馬鹿騒ぎに乗り気でないデストロンが一人。

「けっ、停戦してまでミレニアムパーティなんて、まったくバカバカしいぜ」

誰も彼の不満に耳を貸さないであろうことを知りながら、それでもスタースクリームは苛立たしげに叫んだ。「俺は絶対に飲まないからな!」



美しく輝く小さなキューブと一緒に開会の挨拶の役割を押し付けられたオプティマス・プライムは、少し困ったように皆の前に進み出た。

「運命の悪戯とはよく言ったもので・・・どういう訳か、今日はこういうことになってしまったが・・・」彼が肩をすくめて微笑むと、広場のそこここからも緊張の解けた笑いが漏れた。

彼はキューブを掲げた。「貴重なこの機会がお互いに有意義な結果をもたらすことを期待して―――乾杯」

こうして、奇妙な新年会は幕を開けた。





いきなり時間は飛んで、深夜である。

宴もたけなわ、山と積まれた各種エネルゴンは順調に消費されつつあり、一部に危惧された諍い事もなかった。数百万年越しの宿敵と酒を酌み交わす彼らの適応能力は恐るべきものだった。もっとも、時折どこかの一角から、巨大な金属製の怪獣が暴れてでもいるような物音や混乱した悲鳴が聞こえてきたが、そのような平和的な雑音は誰も大して気に留めていなかった。

インフェルノはビルドロン部隊にホイスト、グラップル他の技術者を中心としたグループに混じって話を弾ませていた。普段から大らかな彼はご機嫌に酔っていたが、その彼を大声で呼ぶ者があった。

インフェルノは驚いて振り返った。「トラックスじゃねえか。どうしたんだ」

「どうしたもこうしたもないんだ。インフェルノ、ご指名だぜ!」彼は向こうの方の集団を指差した。

「何だって?」

「頼む、何とかしてくれよ。お前の相棒だろ?」口では下手に出ながらも、トラックスは強引だった。彼はインフェルノの腕を掴んで力いっぱい引き上げた。

「・・・わかった、行くよ」

訳がわからないまま連れて行かれた先には、空になったエネルゴンキューブが彼の背の高さほどもある山を成していた。そこには、スモークスクリーンにパワーグライド、チャージャー、ビーチコンバーその他ミニボットプラス、インセクトロンという妙な組み合わせの集団ができていた。

空キューブの山の原因はこいつらかと彼が黒いバッタを見たのと同時に、突然誰かに抱き付かれ、というか激突されてインフェルノは面食らった。よく見るとそれは見慣れた相手だった。

「な、アラート! どうしたんだよ」

彼の胸までほどの大きさの敵は彼の顔を見ようともしないまま、情けない声を上げた。「俺を置いて行くなよインフェルノ〜」

「何いー?」

その後もアラートは何かを言ったが、インフェルノには聞き取ることができなかった。彼は助けを求めるように、その場にいた面子を見渡した。「こいつ、酔ってるのか?」

彼らは無責任にうんうんと頷いた。どうやら、面白がって飲ませたはいいがすっかり出来上がってしまい、手に負えなくなった彼を誰かに押し付けたかったらしい。

「お前らな・・・」

彼が最後まで言い終わる前に、アラートが再び彼に向かって喋り出した。「お前本当は俺が嫌いなのか〜俺はこんなにお前が好きなのに〜」

「ええ?!」

突然の告白に動揺するインフェルノをボンブシェルがからかった。「はーっはっはっは! インフェルノ、お前もなかなか隅に置けないな!」

「うるせえな、俺だって初耳だ!」

そこで、アラートが無言で泣き出したのに気付いて彼は慌ててフォローに走った。「あ、おいアラート、誤解するなよ、俺がお前を嫌いなわけないだろ!」

アラートは思い詰めた声で訴え始めた。「俺は・・・俺はお前がいなきゃダメなんだ! でもお前はいつも・・・俺のこと細かいことばっか文句つけるうるさいやつだと思ってるんだろ! 俺だっていちいちお前に文句なんか言いたくないんだ! でもそれが俺の仕事なんだ・・・それなのにお前は・・・」

彼はヒステリックに嘆いた。「お前は俺と仕事するのが嫌なんだろ!」

「だ、誰がそんなこと言ったんだよ! そんなことないって!」インフェルノは彼をどう扱っていいかわからずオロオロした。「泣くなよアラート、俺の相棒はお前だけだよ」

アラートはようやく少し落ち着いた風で顔を上げた。「優しいんだな・・・でも、そうやって慰めてくれなくたっていいんだ・・・」言うが早いか、彼はまたしくしくと泣き出した。

自分達が酔っ払い達への見せ物になっているのが面白くなかったが、彼は腹をくくった。インフェルノはアラートの背を抱き返した。「おいおい! お前がいなきゃ困るのは俺だよ。お前が気ぃつけてくれねえと、俺なんかあちこち抜けっぱなしだからさ・・・ほんと、助かってるよ。な? わかってくれよ」彼は懸命に言い聞かせた。一度開き直ってしまえば、彼にかける言葉は驚くほどすんなりと口に出た。彼は自分の中に新しい一面を発見した。

彼の熱意が通じたのか、アラートは恍惚とした表情で彼を見上げた。「インフェルノ・・・」

二人はしばらくの間無言で見つめあった。今の彼らの世界にはお互いしか存在していないだろうことを、野次馬達は胸焼けがする気持ちで確信した。

ややあって、アラートが口を開いた。

「俺を嫌わないでくれインフェルノ〜」

間。

「だーーーッ! 今まで何聞いてたんだよ、お前!!」

インフェルノの叫びがむなしく響いた。

所詮は酔っ払い、どんな誠意をもってしても、まともな会話は不可能なのであった。





酔い醒ましと歓談を兼ねて他の数人と広場の周囲を散歩していたハウンドの頭上を、突如高速の飛行物体が掠めた。

「うわっ危ねえー」

「何かが墜落したぞ〜」

「UFOだ!」

彼らは急いで広場の方へ戻った。アダムスの墜落現場にわらわらと集まった野次馬が見たものは、意識のない彼に向かってクドクドと説教するスカイファイアの姿だった。

「そもそも科学技術の発展とは・・・」

もちろんアダムスはそれを聞いていなかった。





「いつもいつも、お前らのせいで俺がどんな苦労してると思ってるんだー!」

突然シルバーボルトが立ち上がり、斜向かいに座っていたスリングに掴みかかった。

「うわあ〜!」

咄嗟に止めに入ったスカイダイブはもちろん殴られた。

「お、やるねえ」我関せずのブリッツウイングがのんびりと感心した。

「お前もだファイアーボルトーー!」

「いて!」

「おい! 取り押さえろ〜」

格闘する彼らを指差して、アストロトレインが言った。「暴力行為は禁止じゃなかったのか?」

「味方同士はいいんだろ?」ブリッツウイングは真面目に答えた。

「そんなバカな〜」ファイアーボルトが首を締められながら叫んだ。

ひとしきり暴れて大人しくなったと思ったシルバーボルトは、おいおいと泣き出した。「俺は指揮官に相応しくないんだ・・・俺の能力が低いせいでみんなに迷惑ばかりかけて・・・スリングが俺の言う事を聞いてくれないのだって俺に人望がないからなんだ〜」

「な、何馬鹿なこと言ってんだ」

「お前がしっかりしてるから俺達は安心してバカができるんだぜ」

「そうだよ、お前がいなきゃ俺達どうなることか」

「そうそう」

必死で指揮官をなだめにかかるエアーボットを眺めて、トリプルチェンジャー二人組はどこまでもマイペースだった。

「チームも色々と苦労が多いんだなー」

「俺達は気楽でいいよな」

「まったくだぜ」

そこに青い三角ジェットが通りかかった。いつもは背中に縦線と背後霊の3つ4つを背負って歩いているような辛気臭い彼だったが、今日の彼の足取りは驚くほど軽かった。

「Oh, yes!! 勝利への〜戦い〜」彼は二人の傍を陽気に歌いながら通り過ぎて行った。「合言葉はひとつ〜」

彼を見送った二人は顔を見合わせた。

「あいつどうしたんだ?」

「さあな・・・」





プロールやマイスター、ホイルジャック、パーセプターといったサイバトロンの中でも古株にあたるメンバーと、主にスタントロンで構成されたカー集団は、他のグループと比較すれば格段の落ち着きを見せていた。各自が酒量を心得ており、過して悪酔いすることも暴れることもなく、極めてまともな飲み方で宴会を楽しんでいるということで、要するにあまり特筆すべき愉快な事件は起きていなかった。

「ところでサウンドウェーブは?」ブロードキャストが何気なく尋ねると、ホイルジャックががははと笑った。

「なーんだ、お前さん、やっぱり彼が気になっとるのか。いつもはあんな奴大嫌いだと豪語しとるくせに」

「うるさいな! ただ聞いてみただけだよ!」

「まあまあ、無理せんでいいぞ」

「あそこだよ」

ランブルが肩越しに後ろの方を指さした。こちらには背を向けているメガトロンの傍らに、よく気をつけて見なければわからないような小さいカセットデッキがあった。

ブロードキャストは首をひねった。「あいつ何してるんだ?」

ランブルが答えた。「寝てるんだろ。サウンドウェーブはこういううるさいのは嫌いだからな」

「お前たちは?」

「俺達はこういうの大好きだぜ〜」彼はバズソーと顔を見合わせ、一緒に首を傾けた。「なー」

ドラッグストライプがブロードキャストに向かって口を開いた。「遠慮してないで声かけてきたらどうだ?」

「だから違うって言ってんだろー!」

必死で否定する姿が微笑ましくもあったので、彼らはしばらく彼をからかって楽しむことにしたらしい。





広場をあっちこっちと渡り歩いていたデストロンきっての社交派・ラムジェットとスラストは、うんざりするほど聞き慣れた声が、全く聞き慣れない笑い声を発するのを聞いて思わず足を止めた。

ラムジェットはぽかんと口を開けた。「ありゃ・・・スタースクリームか?」

「そうだろ、あの姿はどう見ても」

「・・・まるで別人じゃねえか」

彼らはまるで幽霊でも目にしたかのようにその場に硬直し、まじまじとその光景を見た。

こういう席では、彼はいつも彼らのリーダーの近くでぶつぶつと文句を言うか、エネルゴンのサーバーの傍に座り込んで、影響の少ないエネルゴンを物色して一人で時間を潰しているのが常だった。それが今日は人の間に入るどころか場の中心になって、しかもにこやかに他人と話をしているではないか。これは何かの冗談か?

スラストがようやく気を取り直して言った。「もしかしなくても、酔ってんじゃねえか?」

「ああ? 誰がどうやって飲ませたんだよ」

「知るか。とにかく、行ってみようぜ」

二人は近付いた。やはりあまりに珍しい光景だと思ったのか、彼らの他にも見物人が集まっている。

スタースクリームが彼らに気付いて顔を上げ、あろうことか二人を笑顔で迎えた。「あー、ラムジェット、スラスト」

「・・・あ、ああ。」

スラストは半分上の空で返事をした。この年下の上官に話し掛けた時には、罵声か嫌味と共に返事が来るのが普通である。名前を呼びつつ笑いかけられたことなど、この数百万年の付き合いの中でもちろん初めてだ。これは奇跡か、そうでなければ大災害の前触れではないかと彼は疑いたくなった。それ程、初めて見る彼の微笑みは衝撃的かつ魅力的だった。

「今日は飲んでるんだな、スタースクリーム」

「そうそう。何でこうなったのかわからねーんだけどさ。おっかしいよな!」

そう言って彼はまたケラケラと笑った。どうやら「何を聞いても面白いモード」らしい。

「それじゃあ、二人とも、ここに座りなさい」スタースクリームは空いたスペースをばんばんと叩いて命令した。そして、エネルゴンの山から何やら取って二人にくれた。

「おう、ありがとよ」ラムジェットはありがたく受け取った。

スタースクリームはスラストが手に持っていた物に目を留めた。「それ何だ? 美味い?」

「欲しいのか?」

「少し」

「・・・こんな素直なスタースクリーム見たことねえぜ」スラストは苦笑いして、キューブを手渡した。

それに一口口をつけたスタースクリームは変な顔をした。「きっついなー。俺もっと普通の味が好きだな」彼は率直に感想を述べ、スラストにキューブを返した。

「しょうがねえな。じゃこれはどうだ?」ラムジェットが別の容器を漁って彼に渡した。

スタースクリームは受け取ったケーキ状のエネルゴンをぱくりと口に入れた。「・・・美味い。ラムジェット、お前っていいやつだなー」彼はまた無邪気に声を立てて笑った。

思わず見惚れた彼にフレンジーが飛びついた。「な! 面白いだろ〜!」

「スタースクリーム、お前いつもそうやってれば可愛いのになー」

「えー、何言ってんだよ。恥ずかしいから嫌だ」

「何で恥ずかしいんだよ」

「いつもこんなんだったらバカみたいだろ」

「そんなことねえよ」

そこへ突然キューブを片手にスリングが現れた。「楽しそうだな〜。俺も混ぜてくれよ」

「いいぜ〜」

スリングとスタースクリームはキューブを合わせた。「乾杯〜」

「なあスタースクリーム、俺と一緒にエアーボットに入らねえ?」空になったキューブのフレームを放り投げ、彼はいきなりスタースクリームの手を取った。

「えー」

開始早々全力で迷走を始めた会話に、面白半分でスリングについて移動して来たエアーボットの面々が顔を見合わせた。

「奴が入ったらメンバーが1人余分じゃないか。誰が抜けるんだよ」

「さあ」

「お前か?」ファイアーボルトがスタースクリームと同じF-15のエアライダーを指差した。

「・・・俺さ・・・俺しかいないじゃないか・・・さよならみんな、楽しかったよ・・・!」

「うわー待て! 早まるなシルバーボルトー!!」

外野の混乱を他所にスリングの勧誘は尚も続いた。

「俺あんたに憧れてるんだ。あんた最高だよ」

スタースクリームは思わせ振りに、にんまりと笑った。「誉めたってなんにも出ないんだからな」

「本気だよ。あんたみたいないかしたジェットと一緒に仕事ができたら俺は最高に幸せだ。な? そうしようぜ」

「でもなー。メガトロンにきいてみないと〜」彼はがばりと立ち上がり、きょろきょろと辺りを見回した。

「えっ」

「ねーメガトロン〜」本気でデストロンのリーダーに近寄って行く彼に、いくら酔った勢いとは言え流石にそれ以上着いて行くこともできず、スリングはその場で彼を見送ってしまった。

メガトロンの横に座ろうとしたらしいスタースクリームは、しかし勢い余って彼の腕に体をぶつけた。

「おい、まっすぐ前を見て歩かんか」メガトロンが振り向いて文句を言った。「お前か、スタースクリーム」

スタースクリームは地面に座り込むと、悪びれた様子もなく彼を見上げた。「俺エアーボットに入っていい?」

メガトロンは顔をしかめた。「一体何を言っとるんだ」

「だってスリングが、俺のフライトが良いって。それで、一緒に仕事したいって」

「・・・何だ、酔っておるのか」ようやく合点がいったメガトロンは表情を和ませた。

「ねえねえ」

酔っ払いにまともな説得も無駄かと思いつつ、彼は一応言ってみることにした。「スタースクリーム、お前はジェットロンのリーダーだろう。お前がいなくなったらジェットロンはどうするのだ」

「えー・・・でもあいつらは俺のこと誉めてくれないもん。俺がいなくても困らないもん」

「心の中ではちゃんとお前がリーダーだと認めておるわ。」

「そうかなー。メガトロンもそう思ってる? 俺のこと好き?」

いきなり脱線した話に、メガトロンはちょっと笑ってしまった。「おいスタースクリーム、ジェットロンの話だろう」

「違いますよ。ねえ、あんた俺のこと嫌いなの?」

「そんなわけなかろう」

「じゃああんたも誉めてくれる?」

「つまらんことを言うな」

スタースクリームは途端にぶすくれた。「じゃあ俺エアーボットに入る」

「馬鹿は休み休み言え。そんなことは許さん」

「意地悪〜」

「誰が意地悪だ。さあ、酔いが覚めるまで、向こうで休んで来い」彼が指差した先にはひっくり返ったコンドルがいた。

スタースクリームは強情に首を左右に振った。「嫌だ。あんたも俺のこと誉めてよ。あんたが誉めてくれたら俺エアーボットに入るのやめる」

「・・・スタースクリーム。」

年少のデストロンは今にも泣き出しそうな声で叫んだ。「引き止めてよ!」

「わかったわかった。」

「わかったじゃない! あんた俺が酔っ払いだと思って相手にしてくれないんだ」

「やれやれ。・・・酔っ払いスタースクリーム、お前はセイバートロンで一番優秀なジェットだ。だから儂はお前にデストロンが誇る航空部隊を率いて戦ってほしいと思っておる。・・・これでいいだろう。」

「ほんとにそう思ってる?」スタースクリームは心配そうに訊き返した。

「ああ本当だとも。だから大人しく座っていろ」メガトロンは彼のNo.2の肩を宥めるように叩いた。

「好きって言ってくれないんだ・・・」

「好きだ」

「全然心がこもってない〜」

(この酔っ払いめ・・・)

「スタースクリーム」メガトロンは人指し指でちょいちょいと彼を呼んだ。

無警戒に近付いてきた彼の唇にキスして、彼は大真面目な顔で言った。「好きだ。スタースクリーム」

「・・・・」

しばし呆然と考えた後、彼は途端に動転した。「な、ななな何するんです!」

メガトロンは平然と返した。「好きと言えと言ったのはお前だろう」

「あ、あんた」酔いも醒めたような勢いで立ち上がったスタースクリームは息をつまらせて彼を見た。「はは、恥ずかしいでしょうがーーーっ!」

彼は恐ろしい勢いで向きを変えると、トランスフォームするが早いかジェットエンジンの轟音を立てて飛び立った。

「おい! どこへ行くスタースクリーム!」思いもよらない彼の行動にメガトロンは狼狽した。酔っ払い運転には事故が付き物と決まっている。

彼は広場の中央付近で意気投合したサイバトロンの連中と飲んでいたスカイワープを呼んだ。「スカイワープ! 連れ戻せ!」

飛び去るスタースクリームの後ろ姿に目をこらしてスカイワープは言った。「ありゃ全速力ですね。追いつけっこねーですよ」

「相手は酔っ払いだぞ。テレポートを使っても構わん。行け!」

「了解―――まあ、エネルギーは有り余ってますからね」黒色のジェットにトランスフォームしたスカイワープは加速しつつ、そう高くない空中で唐突に姿を消した。

間近で披露されたデストロン・ジェットの特殊能力に、おお〜!と歓声を上げるギャラリーに頭の痛む思いで背を向け、先程の定位置に戻ったメガトロンは、やれやれと頭を振った。

「儂も思ったより酔っておるようだ。この辺りでやめにするか」彼は一旦手に取ったキューブを、少し離れた所に置いた。

その彼に、脇から落ち着いたソフトな声がかけられた。「嘘ばっかりだな」

「―――オプティマス・プライム。そう言うお前は少しも飲んでおらんだろう」

「ははは。私が酔うとろくな事にならないからな」

少し離れた場所に立っていたオプティマス・プライムは、そう遠くも近くもない距離を保って彼の傍に腰を下ろし、手にしていたキューブを地面に置いた。彼が部下達に気を使って持ち歩いていたそれが、会の最初に彼に手渡されたものであることを、メガトロンは知っていた。

「酔ったお前も一度見てみたいものだ」

「つまらないぞ。盛り下がること請け合いだ」

「ほう?」

「せっかく皆が楽しんでいるのに、私だけ悲壮な顔をしている訳にもいかないだろう」

「成る程。泣き上戸か」

「まあ、似たようなものだ」

「過ぎる前に止めればよかろう」

至極もっともな助言に、オプティマス・プライムは僅かに目を伏せて曖昧に笑った。「いや・・・皆にあまりみっともない姿は見せられないからな」

メガトロンは地面から視線を上げたオプティマス・プライムの双眸をまともに見た。「お前ほど多くの部下の信頼を集める男がそのように構えた態度を取るとは、なんとも不釣合いに思えるな」

オプティマス・プライムは平静を装いながら、内心でぎくりとした。

メガトロンが続けた。「リーダーとしての自覚は常に失ってはならん。だが、時には等身大のお前自身を垣間見せることも必要だ。何時の間にか人々の理想でできたお前が一人歩きして、完全無欠の英雄と崇め奉られても困るだろう。それに、何よりお前自身を偽ることはしてはならん」

「・・・・・・」

「お前の部下達を少し信じてやるがいい。お前の高潔さはその程度では揺るがない筈だ」

「・・・助言として受け取らせてもらおう」彼はなんとかそれだけを口にした。

そこに、まだ足取りのおぼつかないスタースクリームの手を引いて、スカイワープが戻ってきた。

「やれやれ。はい、メガトロン、捕まえて来ましたぜ〜」

「ご苦労、スカイワープ。おい、しっかりせんかスタースクリーム!」

スタースクリームはメガトロンに抱きついた。「あ、メガトロン。どこ行ってたんですか、捜したんですよ!」

「どこかに行っていたのはお前だろう。おい、こらスタースクリーム!」

彼はそのまま寝てしまった。地面に放り出す訳にもいかず、困ったメガトロンは仕方なく彼を自分に凭れかけたままにすることにした。

オプティマス・プライムはマスクの下で微笑んだ。「本当は、お前は彼に随分慕われているんだな」

「さてな。普段は妙に儂に突っかかりおって、困ったものだ。これの幼稚さは愛すべき要素だが、これ自身がそれを否定して無理な背伸びをしようとするから上手く行かんのだ。これは素晴らしい資質を持っておるが、それが思うように伸びんのはそのせいもある。」そこで彼はゆったりと笑った。「・・・だが、そのようなことは時が解決することだ」

オプティマス・プライムはスタースクリームに視線を移す振りで、メガトロンから視線を逸らした。彼は声音にそれが表れることを意図して、努力して口元に笑みを作り、そして言った。「そうなったら、私達にとっては都合が悪いな」

「時を待たずとも、今ここで降伏を決めても良いのだぞ、司令官」彼は冗談めかして笑った。

「・・・いや、それはやめておこう。」オプティマス・プライムは努めてなんでもないように返した。顔の半分を覆うマスクが彼の強張った表情を上手く隠していた。

「私たちは決して諦めてはならない・・・セイバートロン星に再び自由と平和を取り戻すまで、メガトロン、決してお前には屈しない」

決意といくらかの敵意のこもった彼の言葉に、メガトロンは強い反応を示さなかった。彼は哀れみ、あるいは同情的とさえ形容できる容認の微笑みを彼に向けた。

「オプティマス・プライム、お前は自由の意味をわかっておらん。」

「・・・何だって?」

「お前は自由を知らんと言ったのだ。」

「・・・勝手なことを・・・私達から自由を奪ったのはお前ではないか」彼は自分の中で怒りが逆巻くのを感じた。目の前の、この長い戦争状態の原因を作った張本人であるデストロン・リーダーに掴みかかり、衝動のままに彼を叩きのめしたい気分だった。

しかし争い事は最もこの場に相応しくなかった。今ここで自分が彼を攻撃すれば、このつかの間の平穏を含む全てが取り返しのつかない破滅に追いやられるのだ。休戦協定を踏みにじった自分だけでなく、この場に居合わせたサイバトロンのメンバー達もその責を逃れることはできまい。そう彼は自分に強く言い聞かせ、爆発を抑えた。

メガトロンは尚も続けた。「一体何がお前から自由を奪っているのか、お前が早くその正体に気付くことを願っておるぞ」

説教するような彼の言葉に反感を覚えたが、しかしそれを根も葉もない戯言として頭から否定することはできなかった。





「そろそろ夜が明けるな。ここらでお開きとするか」メガトロンがスタースクリームの肩を揺すった。「起きろスタースクリーム、基地に戻るぞ!」

意味の聞き取れない声を発しながら身じろぎした後で、スタースクリームの双眸にいつもと変わらない真紅の光が戻った。「あれ・・・もう朝ですか?」彼は緩慢な動きで起き上がった。

「もう間もなくだ。引き揚げにかかるぞ」

「了解」スタースクリームは思いの外しっかりした足取りで広場の中央の方へ歩いて行った。途中、路上の障害物と化した仲間に蹴りを入れながら。「野郎共、起きやがれ! パーティは終わりだ!」

立ち上がったメガトロンの脇でサウンドウェーブがトランスフォームし、広場のそこここで人事不省に陥っているカセット達を拾い集めるために歩き去った。

オプティマス・プライムは動き始めたデストロンの幹部達を暫くの間視線で追っていたが、少し離れた場所にアイアンハイドを含む一団を目に留めると、気を取り直して立ち上がった。

「皆、もうすぐ夜明けだ。私達も引き揚げるとしよう。」






トランスフォームして走り出す前に、オプティマス・プライムはもう一度背後を振り返った。デストロンの面々は既に粗方が離陸していた。最後まで残っていたメガトロンが、彼の視線に気付いたように振り返り、彼に一瞥を与えた。オプティマス・プライムのリアクションを待たず、彼は再び背を向けて飛び去った。

東の地平線から昇った太陽の白い光が、西へ向かうサイバトロンを背後から照らした。朝日を反射して眩しい砂地に、オプティマス・プライムは彼の牽引するコンテナが作り出した、彼自身を包み込んでなお行く手に伸びる灰色の影を見た。

突発的な思いつきから生まれた奇妙な夢のような時間は終わった。だが彼にとって、この遭遇の産物は夢や幻影では終りそうになかった。これから再び戦いの日常へ戻るのだと考えて、彼は悲しいほどの虚しさを覚えた。














Oh, change! Change! Change!

私の魂の特撮ヒーローはバイオマンなんですけどね!
え、知らない・・・?





Copyright © 2003 女転信者. All Rights Reserved