以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。

  

 
 
Prime-Optimus II



 

昼間シフトも半分が過ぎようという頃、オプティマス・プライムは落ち着いた歩調で本部の廊下を歩いていた。

彼がふと立ち止まって通路の壁に大きく開いた窓から外を見ると、地球の極地の白夜のような薄明るい陽光と人工の光に照らされた金属の街がどこまでも続いており、そのあちこちで人々が動いているのが目に入った。彼らは忙しく動いていたが、それが倒すべき敵を追ったり、危険から逃げ惑ったりする姿でないことに、彼は大層安堵した。しかし同時に、それはまだ彼にとっては見慣れない光景でもあった。

彼は目的の部屋までやってくると、インターホンを鳴らさずに、教えられていたコードを使ってロックを解除し、スライドしたドアをくぐって大きな音を立てないように注意しながら部屋に入った。

彼は大きなパネルの置かれた広い部屋を横切って隣の寝室に向かった。そこでもう一度コードを使ってドアを開けると、今度は直ぐには部屋へ入らず、戸口に立ったまま声をかけた。「メガトロン」

返事はなかった。彼はベッドの上に白っぽい影を確認すると、暗視装置の調整をしながら暗い部屋へと足を踏み入れた。「メガトロン、時間だぞ」

彼はベッドの脇に立ち、高度の休息状態にあるメガトロンの胸元にそっと片手を置いた。彼を起こすのに、大きな怒鳴り声は必要なかった。優しい声で呼びかける内に、厚い装甲の下でエネルギーポンプが唸りを上げ、オプティマス・プライムは彼のシステムが急速に目を覚ますのを感じた。

光学センサーに真紅の光が点るのと同時に、メガトロンは彼の手を取って起き上がった。「オプティマス・・・もう時間か。」

「お早う、メガトロン。」オプティマス・プライムはマスクの下で微笑んだ。「あまりのんびりしていると、会議が始まってしまうぞ。」

メガトロンは彼をちらりと見上げ、わざとらしくそっぽを向いた。「儂は行かん。」

「なに・・・」オプティマス・プライムは彼の物言いに凍りついたが、どうにか気を取りなおした。

こうして親しくなるまでは知らなかったことだが、この泣く子も黙る力と強さ、それに鋼の自制心を持った元・デストロンのリーダーは、偶にこうしてびっくりするような幼稚な振る舞いをするのだった。それは今のように二人だけの時だけ見せるもので、それもおそらくは、今は唯一人自分に対してだけするのだろうとオプティマス・プライムは思っていた。

オプティマス・プライムは左手を彼に預けたまま、宥めるように言った。「でも、行かなければならないのだろう」

「行かん。」メガトロンは即答し、再び横になった。

「・・・お前が行かなかったら、話し合いにならない。皆が困るだろう」

「いなければいないで勝手にやりおるわ」

「メガトロン」

「会議など面倒なだけで時間の無駄だ」

うそぶく彼に付き合って、オプティマス・プライムは小言のように言い聞かせた。「我侭を言っては駄目だ。もう約束はしてあるのだから、行きなさい」

「嫌だ。」メガトロンはまたも即答し、ベッドの上を転がってオプティマス・プライムに背を向けた。

オプティマス・プライムは彼自身のシステムに組み込まれた時計に照会し、少し困ったような声を出した。「なあ、頼むから起きてくれ。本当に遅れてしまうぞ。」言いながら、彼はメガトロンの肩を揺すった。

メガトロンがその手を再び掴んだ。

「やれやれ。」少々立派すぎる風体の駄々っ子はようやく起き上がり、オプティマス・プライムに向かってにやりと笑った。「お前がそんなに言うなら行って来るか」

彼の視線に中てられた格好で、オプティマス・プライムは激しく動揺した。

メガトロンは彼の青い目に視線を固定したまま、彼の手の甲に金属の唇を押し当てると、両手を離して解放した。オプティマス・プライムはその手をさっと引く代わりに、そのまま彼の顔を撫で、身をかがめて彼に口付けた。メガトロンはすかさず彼を抱き寄せ、彼をベッドに組み敷くと、熱烈なそれと変わったキスに彼を引きずり込んだ。

慌てたオプティマス・プライムはその合間合間にどうにか声を上げた。「メガ・・・ま・・・待ってくれ、時間が・・・」

「心配はいらん。まだ25分余裕がある。」

「何だ、そう・・・なのか・・・」オプティマス・プライムは少し安心して、体の力を抜いた。もしかして、メガトロンはこの時間を計算に入れて自分に時刻を指定してきたのだろうか、と彼は思った。





彼が再びメガトロンと待ち合わせの約束をして、本部内の廊下で別れたのは2時間前だった。

紛糾した会議の席で、オプティマス・プライムは少々居心地悪く座っていた。長年の訓練の賜物として、浮かない気分を他人に悟らせることは決してなく、彼はむしろ泰然とした静かな威厳さえ漂わせていたが、内心では一刻も早くこの集まりから解放されたいと思っていた。

彼は最初からこのような新政府での重要会議への参加を固辞していたが、ロディマス・プライムや他の圧倒的多数から強く参加を求められ、結局、投票権を持たないオブザーバーとして議会へ籍を置くことになっていた。

「オプティマス、あなたはどう思います?」不意に声を掛けられて、彼ははっとした。

ロディマス・プライムだった。埒の明かない言い合いに、彼は少し苛々しているようだった。「こちらから先手を打って出るべきだと思いますか、それとも・・・」

オプティマス・プライムは、彼が自分にどのような答えを求めているかを知っていた。新しいリーダーを落ち着けるように、彼はことさら冷静に言った。「今はまだ時期尚早であると思う。彼らに期限を与えて回答を求めた以上、結論を出すのはそれを受け取ってからでも遅くはない。」

ロディマスは彼のごくまともな発言を聞いて、我が意を得たりとばかりに大きく頷いた。彼は会議の席を見渡した。「この問題は来週まで持ち越しとする。異議ある者は?」

中には渋い顔をした者もあったが、誰も反対の声を上げることはなかった。会議は次の話題へと移り、新たな言い合いが始まった。

再び沈黙に沈みながら、オプティマス・プライムは内心で溜め息を吐いた。統一新政府が発足してからというもの、万事がこの調子だった。サイバトロンのマトリクスに認められたとはいえ、経験の浅いリーダーが旧勢力の実力者達に舐められ、実務に支障をきたすことのないようにするためには、背後で彼が目を光らせていることも必要だった。彼のリーダーとしての評価が揺るぎないものとなるまではまだ時間がかかるだろうし、それまでの間に、時々こうして彼が自分の力を利用することを否定するつもりはなかった。しかし、第一線を退いた自分の意向が、鶴の一声となって会議の行方を左右することを、オプティマス・プライムは心苦しく思っていた。名目として彼は何の肩書きも持たない一市民だったが、他の者にとっては、彼は依然サイバトロンのリーダーなのだった。

それからしばらくたった頃、ある男が声を荒げるのを聞いて、オプティマス・プライムは再び意識を会議に向けた。

「そんなこと承知できるものか! 私たちは常に監視されているんだぞ。どこもデストロンの連中で一杯だ」

他の誰もを知っているように、オプティマス・プライムは彼を知っていた。古くから影響力を持つサイバトロンの有力者だが、軍部を始めとする実働部隊には所属せず、この400万年もずっとセイバートロン星に残っていた典型的な旧勢力のメンバーの一人だった。

「サイバトロンとか、デストロンとかの区別はなくなったんだ。誰がどこにいたって問題じゃないし、第一誰も監視なんかしていない。」

仲裁しようとしたマイスターに、彼は食ってかかった。「あんたはデストロン共の肩を持つのか」

「そうじゃない。彼らを必要以上に敵視するのはよくないと言ってるんだ」

「奴らを信用できると思っているのか? それこそ恐ろしいことじゃないか!」彼はヒステリックに言った。「ずっと星を捨てて逃れていたお前達に何が言える! 私達が犠牲になってきたお蔭で、今の状態があるのがわからないとは、何という恩知らずだ!」

地球から戻ったばかりのメンバーは口を噤まざるを得なかった。反論は山程あったが、それを彼ら自身が口にすることは良心が咎めた。

代りに、ロディマスが吐き捨てた。「あることないこと恩着せがましく言いやがって。お前達は戦いもせず、蔭に隠れて安穏としていただけじゃないか」

「黙れ、何もわからぬ愚かな若造が!」

「サビで一杯になったあんたの頭で考えるよりマシだろうよ」

「歴史を支えてきた年長者に尊敬を持って接するということを知らんのか!」

「ハッ! 古いだけで値打ちがあるのは骨董品だけだぜ」

オプティマス・プライムは仲間内での不毛なやり取りに心を傷めながら、内心で頭を抱えた。率直な物言いはロディマスの貴重な持ち味だったが、皆の意見をまとめる調停役となるべき彼がこれでは、話し合いは歩み寄りどころではなかった。それどころかこのままでは乱闘騒ぎになりそうだ。オプティマス・プライムは再び口を開いた。

「皆やめるんだ。ここは言い争いをする場ではない。これからのことを考えなければ」

彼の言葉に、会議場は一瞬で静まり返った。それぞれが我に返ったように、黙って元いた席に座りなおしたが、彼だけはあざ笑うように呟いた。

「ふん、白い悪魔の情人に成り下がった男が偉そうに何を言うか。お前達遠征軍が今更戻ってきたのだって、我が身惜しさに、薄汚いデストロン共と密約を結んだためだろう。」

オプティマス・プライムをよく知る同僚達が表情を凍らせる中で、ロディマスが素早く立ち上がり、殊更に厳しい表情で言い放った。「彼への侮辱は許さない。」彼は呼び出しを受けて駆けつけたガードに毅然と命令した。「彼の吐き出す根拠のない中傷は、生産的な会議の場に相応しくない。彼をつまみ出せ」

ガードと彼らに連行された議員の姿が消えると、ロディマスは席を離れ、オプティマス・プライムに歩み寄った。

彼は尊敬する年長者の肩に、しっかりと手を置いた。「オプティマス、我々の中には、あのようなことを思っている者はいません」

オプティマス・プライムは彼を見上げ、静かに返した。「ああ、わかっているよ、ロディマス」

ロディマスには、彼の表情から巧妙に隠された心の動きを読み取ることはできなかった。





会議場を出た所で、オプティマス・プライムは遅れて出て来たロディマスに呼ばれて振り返った。

「執務室に戻るんです。そこまでご一緒しましょう」

ロディマスが追いつくのを待って、彼らは並んで廊下を歩き出した。

ロディマスが言った。「やれやれ、まったくトンチンカンな連中が多くて参りますよ。昔は頭に来たら容赦なく蹴りの一つも入れてやれば済んだんですが、今はそういう訳にも行きませんからね。」彼はオプティマス・プライムを見て、悪戯っぽく笑った。

釣られて、彼も小さく笑った。「その割には景気良く怒鳴っていたように思えたな」

「よく耐えた方だと思って下さいよ」

彼がわざと不貞腐れたように言ってみせると、オプティマス・プライムも声を出して笑った。「はは・・・そうだな」

ロディマスもまた笑った。「頭カチカチのご老人共に比べれば、デストロンの連中の方が遥かに話しやすいですよ。」

立場上、正直に答えを返す訳にもいかず、オプティマス・プライムは曖昧に笑って頷いた。「その内に慣れるさ」

「これもジェネレーションギャップってやつでしょうかね」

「そうかもしれないな」

「あ、別にあなたが歳だって言いたいわけじゃないですよ」

「わかっているよ、ロディマス」

話しながらオプティマス・プライムは、ロディマスの思いやりを感じた。何気なさを装ってはいるが、時々窺うように向けられる視線が、彼が自分を心配していることを伝えてきた。先程の議員の暴言を、彼はまだ気に病んでいるのだろう。オプティマス・プライムは彼の優しい気持ちに感謝したが、彼のやり方に合わせて、直接言葉に出して礼を言うことを避けた。心配は要らないという答えの代わりに、彼は微笑みを込めた視線を返した。マスクのせいで彼の表情の半分は隠されていたが、こういうことは案外と伝わるものだった。

笑いを収めて、ロディマスがぽつりと言った。「本当は、ラウンジまで送って行きたいんですが」

「いや、そんなことしなくて構わない。君も忙しいだろう」

それは実際本当だった。新たにリーダーとなったばかりの彼の前には次から次へとあらゆる種類の仕事が舞い込み、彼は休む間もない程の忙しさだった。しかし彼は昔から、要領良く仕事をあっちとこっちに分けて寄せ、合間で息抜きをする技を身に付けており、それはロディマス・プライムとなった今でも変わらなかった。元デストロンのリーダーに負けるとも劣らない判断の早さと、働き者の本性も手伝って、彼は仕事に忙殺されながらも、結構楽しくやっているようだった。

「それじゃ、お気をつけて。」仕事場のドアの前まで来ると、彼は言った。そして殊更明るく笑い、彼の肩をばんと叩いた。「憂さ晴らしに、楽しんできて下さいよ!」

オプティマス・プライムは言葉に詰まって、まじまじと彼を見た。

ロディマスがきょとんとして言った。「これから、デートなんでしょう?」

「・・・ロディマス。知っていたのか」

「あなたが、こんな時間から一人でラウンジに出かけるなんて思えませんからね。彼によろしく!」

ロディマスはオプティマス・プライムに喋る隙を与えず一方的に畳み掛けると、派手なウインクを残してさっとドアの向こうに姿を消した。

「・・・参ったな。」廊下に一人取り残されたオプティマス・プライムは、少々決まり悪げに呟いた。しかし、彼のお陰でいくらか気分が明るくなったのは確かだった。





オプティマス・プライムがやってきた時、広いラウンジにはまだ人がまばらだった。夜間の混雑が始まるのはまだこれからで、待ち合わせの時間までにも大分あった。彼はフロアを横切り、カウンターに向かった。

見慣れた赤い二人組が、手前に近いカウンターに寄りかかって、立ったまま何かを待っていた。彼らの内の大柄な姿がオプティマス・プライムの姿を認め、声を上げた。「これは司令官! お久し振りです」

その手前で、彼より二周り小さな相棒が驚いたように一瞬だけ振り向くと、相棒に向き直って彼の腹を突つき、小声で鋭く言った。「おい、司令官じゃないだろ。」それから彼は改めてオプティマス・プライムの方へ体を向けて挨拶した。「今晩は、プライム」

「やあ、アラート。インフェルノも、しばらくだな」

「ええ、新しい指揮系統の編成でてんてこ舞いですよ。」アラートが答えると、インフェルノが後を続けた。

「向こうの担当者――レーザーウェーブなんですが、彼とそりが合わなくて、毎日喧嘩みたいになってんです。いい加減こいつが切れそうなんで、ここらでパーッとやろうと思って、色々と仕入に来たって訳ですよ」

調子よく事情を暴露する同僚を、アラートは呆れたように睨んだ。「お前が事務仕事に退屈してたんだろう。俺のせいにするな」

インフェルノはわははと笑って、昔からの上官の肩をどやしつけた。「まあ、そんなこといいじゃねえか」

「お前なあ・・・」そこでアラートはインフェルノの相手をやめて、オプティマス・プライムに訊いた。「プライム、あなたの方はいかがです? 急に役目がなくなって、退屈しているのではないですか」

オプティマス・プライムは一瞬言葉に詰まり、曖昧に笑った。「いや、心配には及ばない。引退したと言っても、何かと仕事があるものだよ。皆私が暇を持て余していると思って、色々用事を持ってきてくれるからな。」

「ええ、皆があなたに頼りたい気持ちはよくわかります。」アラートは頷いて笑った。「ロディマス・プライムは立派な人ですが、皆はまだ彼のやり方に慣れていませんからね。あなたがいれば、それだけで皆が安心するでしょう」

オプティマス・プライムは少し困ったように言った。「それは買いかぶりすぎだよ、アラート」

「とんでもない! あなたの肩書きがどうなっても、あなたは俺達の大事な指導者ですよ」インフェルノが大きなジェスチャーと共に声を上げたが、今度はアラートが渋い顔をした。

「インフェルノ、プライムは政府の命令系統から外れている。今までのようにプライム一人に頼ってばかりではいけないんだぞ」

インフェルノは所在なさげに、片手を頭の後ろにやった。「そりゃそうだけど」

そこへカウンターの奥の部屋から、バーテンダーがリストと一山の箱を運んできた。「お二人さん、待たせて悪かった。」彼は直ぐにオプティマス・プライムに気付くと、にっこりと笑いかけた。「いらっしゃい、オプティマス・プライム。あなたが来て下さるなんて嬉しいですね。」

「今晩は。お邪魔するよ」

インフェルノが早速荷物を受け取った。「ありがとよ」

「おいインフェルノ、こんなに一辺に買ってどうするんだ。」アラートが呆れたように言いながら、確認したリストと一緒にバーテンダーへカードを渡した。

「君達二人が協力し合って努めれば、きっと上手くいく。期待しているよ」

「はい。ありがとうございます、プライム。」インフェルノがにやりと笑った。「俺もそう思いますよ!」

「それじゃ、俺達はこれで」

カードが戻り、二人は受け取った品物を抱えて去っていった。





オプティマス・プライムは先程自分がアラートに責められているかのように感じたことを思い出した。混乱の中で自分だけが職責から解放され、楽をしていることを指摘されたと思った。そして今はもう自分は、彼らにとって関係ない存在なのだと言われているようだった。だがそれは自分が勝手にそう思い込んでいるだけで、本当はアラートがそう意図して発言したのではないことはわかっていた。それだけでなく、アラートはきっと立場の急変した自分が身の置き所に困っているのではないかと考えて、気を遣ってくれさえしているのだった。彼に感謝することはあっても、恨みに思うことなどあるはずがなかった。

オプティマス・プライムは彼らに対して後ろめたい気持ちになった。自分が、サイバトロンとして今まで自分について来た彼らを裏切り、道半ばにして捨てたのは事実だと思った。彼はそれを大変な負い目に思っていた。今まで何百万年と続いてきた構造が崩壊し、新しい支配機関の下で社会の再編成が行われているというのに、自分はそれを当事者の立場でなく、離れた場所から見ているだけだと彼は感じていた。

そして周囲の者達も、彼にどう接するべきか態度を決めかねているようだった。多くの者にとっては、自分達が生まれる前からサイバトロンの最高指導者として何百万年にも渡って人々を導いてきたオプティマス・プライムは、文字通り生きた伝説であり、半ば神格化された存在だった。人々に敬愛され頼られながらも、権力者であるが故に隔たりを持ち、彼らの手の届かない高みにあった彼が、突然その地位を捨てて人々の間に飛び降りたのである。彼らの戸惑いは大きかった。

だが、それだけのことでこのようにぎくしゃくとした雰囲気が生まれるだろうかと考えて、オプティマス・プライムはある事実に思い当たった。今までの数百万年に及ぶサイバトロンの歴史の中で、生きたままリーダーをやめた者は彼を除いて誰もいなかった。皆、戦場で命果てるまで戦い、あるいはサイバトロンのために犠牲となり、後継者に後を託してマトリクスへと消えて行った。ある時代のリーダーがリーダーでなくなる時は、彼が死ぬ時だったのだ。

それだけにサイバトロンリーダーの交代は常に唐突で、サイバトロン全体に与える打撃も大きかった。だがその交替劇が緊急事態の衝撃の内に起こるからこそ、最高権力の次の時代への移行がスムーズに行われてきたということもまた事実だった。前リーダーの死に対する悲しみや敵への怒りが、残されたサイバトロンメンバーの足並みを揃え、それまでの組織に抱いていた不満を一気に押し流し、団結力を強固にする効果を持っていた。そして誰もが積極的に、新たに生まれた英雄を助けようと心を決めたのである。

しかし今、時代はサイバトロンの歴史の中でも最も大きな転機を迎えようとしていたが、それを理解している者はほんの僅かであるようだった。他の多くの者達は、自分達が今どんなに大きな変化の中にあるかを知らず、来るべき時代に向かって志を新たにすることができずにいた。

やっと得た平和であるというのに、人々の心は何故これほどまでに動かされないのだろうか。何百万年もの長い戦争の時間を生きる内に、いつしか平和を愛するサイバトロンも、誰かの悲劇的な死によってしか時代の変化を実感することができなくなってしまったのだろうか? 彼はそう思って心を傷めた。





オプティマス・プライムに近付いてくる足音があった。それが彼の待ち人でないことを聞き分けて彼は内心でがっかりしたが、長年の習慣で、一瞬の間に態度を取り繕って相手を迎えた。

「やれやれ。オプティマス・プライム、こんなところでお会いできるとはな」

案の定、それは彼が会っても全然嬉しくない相手だった。彼を嫌にさせるのは恐ろしさや脅威ではなく、単に嫌悪と軽蔑だった。

「エイドリアン」

「折角の機会だ、一つ質問にはっきり答えて頂こうかな」

「・・・何だ」

「貴様はデストロンのリーダーと情を通じる仲だ。そうだな」

「・・・そうだ。」自分だけならともかく、メガトロンにまでこの下らない詮索が及ぶことを懸念して、オプティマス・プライムは暗い気持ちになった。だが一分の隙も見せないよう、感情をマスクの下に完全に隠して彼は相手を見据えた。

「貴様はメガトロンと結託し、自分の利益のために我々をデストロンへと売ったのではないのか」

「それは違う。私がリーダーとしての決断に私情を挟むことはないし、私が彼と今のような関係になったのも、ロディマス・プライムにマトリクスを託した後のことだ」

「ふん・・・どうだか」

オプティマス・プライムは早くこの会話を終わらせ、メガトロンがこの場にやって来る前に彼を追い払いたかった。「君が怒りを感じているのは、それだけではないのだろう」

エイドリアンは気色ばんだ。「そうだ。そこまで見通されているのなら、言わせてもらう。俺が一番気に食わないのは、サイバトロンが結局はデストロンに破れたのだということだ。」彼の口調は次第に興奮の色を帯びてきた。「誇りと伝統あるサイバトロンが、野蛮で愚かな戦闘ロボット共の前に、戦わずして膝を屈したのだ。これ以上の不名誉が一体どこにあるか! 奴らと戦い、サイバトロンに勝利をもたらすことこそがリーダーである貴様の使命ではないのか」

彼は拳でテーブルをガンと叩いた。それに殊更冷ややかな視線を向けながら、オプティマス・プライムは反対に静かな口調で答えた。元リーダーとして今彼が答えるべきことは自ずから決まっていた。立派で誠意のかけらもない正論は、考える間もなく彼の口をついて出た。

「君がそう思うのも仕方がないかもしれない。しかしこれ以上、戦いを続けることはできなかった。それだけはわかって欲しい」

「貴様は臆病者だ。一体何のために、サイバトロンは今まで何年もの間戦ってきたというのだ」

「戦いは、いつかは止めなければならない」

エイドリアンが次の言葉を探している間に、聞き慣れた声が割って入った。「おい、騒々しいぞ」

メガトロンだった。彼はオプティマス・プライムを一瞥した後、目の前にいるもう一人の相手に胡乱な視線をぶつけた。「何か揉め事なら、儂が両方の言い分を聞いてやる。さあ話せ」

彼の迫力に、エイドリアンはあたふたと席を立った。「も、もういい。何でもない――私はこれで失礼する。」そして、混み始めたラウンジの人ごみの間に紛れて消えていった。

「・・・メガトロン。」助かった、というよりはみっともない所を見つかったと思い、オプティマス・プライムは気まずさを噛み締めた。

「どうした、オプティマス。あれは何者だ?」

「・・・さっきの会議で少し揉めた相手だ。まだ腹の虫が収まらなかったようだ」

「話はもう済んだのか」

「ああ、心配しないでくれ。」

「それならいい」

言葉通りメガトロンがそれ以上の詮索をする気がないと見て取って、オプティマス・プライムは内心でほっと溜め息をついた。





数週間後、オプティマス・プライムはあるメッセージを受け取った。それは彼を個人的に呼び出そうとする内容で、送り主は彼の知る名前だった。このセイバートロン星に古くから存在する、骨董品ならとんでもない額がつくだろうと思われる程歴史の深い、一種の派閥の現党首である。オプティマス・プライムの記憶によれば、先日衝突したエイドリアンもその末席に加わっているはずの団体だった。普段はほとんど接触がないが、積極的に係わり合いになりたい連中ではなかった。

オプティマス・プライムはそのメッセージを前に、厄介なことになったと頭を痛めた。エイドリアンは大御所を交えて、あの下らない言い合いの続きをしたいのだろうか? オプティマス・プライムは出かけることに気が進まなかったが、彼らの要求を無視したがために、他の者――特にメガトロンやロディマスがとばっちりを受ける事態はどうしても避けたかった。
彼らの目的は何だろう? そして彼らの本拠地へ自分が単独で出向くことに、危険はあるだろうか? 彼は行動に移る前に、当然考慮するべき点を思案したが、結論は出なかった。

考えても仕方がないのなら行くしかないと諦めて、彼はパネルの電源を切って立ち上がった。





メッセージに記されていた場所は、戦略的に無価値とみなされデストロンの侵攻を受けなかったために、比較的初期の段階からサイバトロンの陣地となっていた、非常に古い街の地下区域にあった。

「お待ちしていました、オプティマス・プライム。どうぞこちらへ」

彼は建物の奥へと通された。恭しく頭を下げられるのをできるだけ無視しようと務めながら、彼は案内された部屋へと入った。そこで彼を迎えたのは、これもまた非常に古めかしいデザインの人型ロボットだった。彼が第二の形態を持たない非トランスフォームロボットであることを、オプティマス・プライムは知っていた。

「お久し振りだ、オプティマス・プライム。覚えておいでかな、前に会ったのはあなたがリーダーになった時でした。」古いロボットは、少々聞き難いノイズ混じりの音声でゆっくり喋った。

「・・・ああ。」オプティマス・プライムは気のない返事で話の先を促した。彼は、目の前の相手と昔を懐かしむつもりは少しもなかった。

彼らは通称マトリクス派と呼ばれる古い派閥の一つで、彼らはサイバトロンのリーダーが代々受け継ぐリーダーシップ・マトリクスこそがサイバトロンの存在の根源であり意義であると考えていた。彼らによってマトリクスの人知を超えた力は神の力とされ、信仰と保護の対象とされていた。彼らにとってマトリクスを保持するその時代のリーダーは忠誠と敬愛の対象であったが、それはあくまでマトリクスの入れ物として二次的に生じる価値だった。彼らはリーダーが代々その最高司令官を務めるサイバトロン軍とは別の意図を持って動く集団だった。

「我々はサイバトロンの将来を憂いているのです。」ユードラはのんびりと言った。「オプティマス・プライム、あなたはリーダーとして長年申し分ない働きをしてきた。あのメガトロンを相手によくぞ生き残り、ここまでサイバトロンの勢力を保ってきたものだ。奇跡としか言い様がない。このグレートウォーの結末には少々驚いたが・・・」

ユードラの回りくどい話し方と手放しの賞讃に、オプティマス・プライムは苛立ちを感じて刺のある言葉を発した。「あなたも、サイバトロンとデストロンとの同盟を認められないと言うのか? それとも、あなたも下らないゴシップに興味が?」

彼の敵意を、ユードラは軽くいなした。「いいや。あなたとデストロンのリーダーとの個人的な関係など問題ではない。エイドリアンはそれが気に入らないようだが、そのようなことはサイバトロン全体に関わる問題としては些細なものだ。事実あなたの下した決断によってサイバトロンが受ける被害は最小限に留められ、数百万年の間息を殺して惑星の地下に潜んでいた我々の発言権も回復された。経緯はどうあれ、あなたの判断は正しかったと言う他はない。」

「だが歴史上からサイバトロンの名は消える」

ユードラはオプティマス・プライムの挑発的な言葉にも心を乱した様子はなかった。彼は部屋の中を歩きながら、訥々と話した。「いいや、サイバトロンの名はずっと残る。我々の心の中に、そして何よりもマトリクスの中に。我々はデストロンに負けた訳ではないし、これからも負けることはない。我々は静かな眠りの中で、いつでも反撃の機会を窺っている。」

エイドリアンとは次元の異なる彼の主張にオプティマス・プライムは警戒した。彼は油断のならない相手だ。一本筋の通った思想は、それ自体が強固で完全であるが故に、往々にして異なる思想との接点を持ち得ないものだ。この会合は、生半可な結論を導き出すだけでは終わらないだろうと彼は覚悟を固めた。

「我々が問おうとしているのはそのように表面的な問題ではないのだ。」ユードラは立ち止まり、オプティマス・プライムの方を見た。

「あなたと共に経験した数百万年の間にマトリクスはさらなる知識と力を得、その輝きを増した。しかしまだ足りないものがある・・・それはリーダーであったあなた自身の知識と経験だ、オプティマス・プライム」

話の行く末を察したオプティマス・プライムの頭の中で、危険を知らせる警報が鳴り始めた。外見的には僅かの変化も見せなかったが、彼はいつでもライフルを取り出せるように亜空間へのリンクを開き、また瞬時に最高出力が発揮できるように、全身のエネルギー供給を倍加した。

彼の備えに気付いていないのか、あるいは知っていて無視しているのか、ユードラは少しも変わらない調子で続けた。

「あなたはマトリクスを受け継ぎ、リーダーとなったその瞬間から、マトリクスに宿る偉大な知の力を得て戦ってきた。同じように、リーダーの知識と経験はマトリクスに還元されなければならないのです。」

オプティマス・プライムは剣呑に訊いた。「つまり私にどうしろと?」

「パーソナリティ回路を我々に渡して下さい。あなたの知識と、人格をマトリクスに統合するのです。そうして初めて、マトリクスにおけるあなたの世代は完結する。」

彼の言葉を聞いて、オプティマス・プライムは反撃を躊躇した。

ユードラは淡々と続けた。「恐れることはありません。あなたは完全な存在として、これから永遠にマトリクスの中で生き続けるのです。今までのリーダーがしてきたのと同じように。これはリーダーとして選ばれ、マトリクスを受け継いだあなたの義務だ。もしあなたがこれを拒めば、あなたはサイバトロン全体を裏切ることになるのです」

オプティマス・プライムは、彼の言葉が嘘ではないことを知っていた。マトリクスには何人もの、かつてのサイバトロンのリーダーの魂が宿り、マトリクスの偉大な英知の一部を構成している。そして彼は時にそれらの声に耳を傾け、助けられてきたのだった。

彼にはユードラの主張が正当であり、自分に拒否権はないと思った。彼は戦闘への備えを全て解除した。

「わかってくれましたか、オプティマス・プライム」

同意しようとして、しかし彼は咄嗟に言った。「待ってくれ、少しだけ――彼に別れの言葉を残したい」

ユードラはごく簡単にそれを認めた。「いいでしょう。あなたはマトリクスの中で生き続けますが、マトリクスを宿すリーダー以外と直接話をすることはできなくなりますからね。伝言は確かに彼にお渡ししましょう。」

オプティマス・プライムは無言で頷いた。しかし、上手く猶予時間を得たものの、彼は途方に暮れるだけだった。この世界に唐突に別れを告げることには未練と悲しみしか感じなかったが、かと言って他に何ができる訳でもなかった。

この場で彼を撃ち倒し、逃れたとしても、今彼の言った運命から自分は永久に逃れることができないだろう。そうして後ろめたい気持ちを抱えたまま、この先ずっと、否、文字通り永遠の時間をこの世界で生き続けるのなら、いっそ誰の手も届かない場所で眠りにつくのもいいかもしれない、と彼はぼんやりと思った。そうまでして、彼は自分の生命に執着する気にはなれなかった。

彼が何もできないでいる内に、時間だけが過ぎていった。オプティマス・プライムは本当に、彼に対するメッセージを残そうかと思ったが、彼に――メガトロンに残す言葉など急に思いつかなかった。思いは思考回路を焼き切る程に強く溢れ返っていたが、どれもまとまった言葉にはなりそうもなかったし、言葉にしたところで自分の気持ちは少しも相手に伝わらないような気がした。

ユードラが静かに言った。「もうよろしいか」

「・・・・ああ」

オプティマス・プライムは静かに首を左右に振り、思いを振り切るように一歩を踏み出した。ユードラの後に付いて隣の部屋に入った彼は導かれるまま作業台に横たわった。待機していた別のロボットが指示を受け、大掛かりな医療機器を彼に繋ぎにかかった。

感覚システムを閉じる一瞬の間に、彼は一言だけメッセージを入力した。

『――すまない。』

次の瞬間、廊下側から壁を貫通して破壊した熱線が部屋の空気を引き裂き、続いて轟音が建物を揺るがした。間髪を入れずにトランスフォームの音がそれに続き、再び数発の銃声、そして被弾した金属が蒸発し、何かが床に倒れる音が数瞬の内に続くのを、オプティマス・プライムは信じられない思いで感じていた。

「無事か、オプティマス?!」

それは間違えようもなくメガトロンの声だった。

サウンドウェーブがオプティマス・プライムを繋ぐ医療機器を素早く操作し、接続を切って彼のシステムを解放した。「切断完了。神経回路異常なし」

「よくやった、サウンドウェーブ。」その声を待っていたメガトロンが、自動的に外れなかった残りのコード類を忌々しげに、しかし手際良く慎重に外した。彼の黒檀の手が、高感度のセンサーを備え、精密機械に対して非常に繊細な動きを見せるのを、オプティマス・プライムはもう意外に思わなかった。

「メガトロン・・・」

メガトロンはオプティマス・プライムを起こすと、少々乱暴に彼を抱きしめた。「無事だったか、オプティマス」

「メガトロン、どうしてここが・・・?」

彼の問いに答えるように、サウンドウェーブが胸のハッチからコンドルを出した。コンドルは一声鳴いて2、3周部屋の中を旋回すると、誇らしげにメガトロンの肩に止まった。

「そうか、コンドル、君が・・・」

「お前が内輪のバカ共に目をつけられているという情報があったのでな。ここ数日、ずっとお前の見張りにつけていたのだ」

「・・・そうだったのか」

「よし、これ以上の話は後だ。本部へ戻る。立てるか、オプティマス?」

「ああ、大丈夫だ」

医療ベッドから足を下ろした彼は、しっかり立って体を支えると、亜空間から彼のライフルを取り出した。

メガトロンが言った。「仮にも奴らはサイバトロンだ。儂は遠慮などしないが、お前は戦いたくないだろう。仕舞っておけ」

オプティマス・プライムは彼の気遣いに感謝したが、左右に首を振った。「いや、必要な時には使うよ」

「そうか。」メガトロンは簡単に返した。そしてメンバーをさっと見渡し、疲れを知らぬ様子で号令した。「さあ、もうひと仕事だ。行くぞ!」





結局、今回の事件は前リーダーの暗殺未遂事件として片付けられることになった。知らせを聞いてメガトロンの執務室に飛んで来たロディマス・プライムは火を噴かんばかりに怒り、マトリクス派の掃討作戦を展開しようと言い出しだが、すでにその必要がないほど彼らが大きな被害を受けたことを知ると、にやりと痛快な笑いを浮かべた。「戦闘に参加できなかったのが実に残念です」

メガトロンは話のわかる新リーダーに、そうだろうと言うように頷いた。

「それにしたって、あの気味悪い連中がいなくなったと思うと清々しますよ。」

「・・・ロディマス」

嗜めようとするオプティマス・プライムを、ロディマスは両手で押し留めた。「わかってますよ。でもこれ位は言わせてもらいます。あなたは危なく殺されるところだったんですよ!」

「・・・しかし・・・」

ロディマスは、大きな身振り手振りと共にまくしたてた。「連中の言い分なんてどうでもいいんです。それが嘘だろうが本当だろうが、あなたが連中にそんなことを言われる筋合いはないんですから。あなたは今まで我々のリーダーとして充分立派にやってきた。だからその分、これからは好きなようにやればいいんですよ。この上マトリクスの犠牲になれだなんてとんでもない!」

断言されて、オプティマス・プライムはそれ以上言うことができなくなった。彼はロディマスの逞しい思考に感心すると同時に、何故自分は彼のように考えられないのだろうと気を重くした。

「ビルの中へは入るな。いつ倒壊してもおかしくはないからな。」

メガトロンが言うと、ロディマスは指令文書に何かの書き込みをしながら答えた。「わかった。作業の連中にはくれぐれも注意しておくよ」

「報告は以上だ。」

「よし、後の事はこっちでやる。任せてくれ」

「頼んだぞ、ロディマス・プライム」

話を終えると、ロディマスはオプティマス・プライムに向き直った。「オプティマス、あまり私達を心配させないで下さいよ。」

「ロディマス、君が彼に知らせてくれたそうだな・・・ありがとう」

ロディマスは表情を緩ませた。「ええ、でも、本当は私の思い過ごしだったらよかったんですけどね」

「彼が来てくれなかったら、今頃私は死んでいたよ」

あっさりとした彼の台詞に、ロディマスは驚いて彼の両肩を掴んだ。「物騒なこと言わないで下さいよ! ああ、本当に無事で良かった・・・」

がっくりと項垂れる彼に、オプティマス・プライムは少し慌てたように言った。「すまない、ロディマス。これからはもっと気をつけるよ」

ロディマスは大げさに溜め息をついた。「そうして下さい。あなたにもしものことがあったらどうするんです。」

オプティマス・プライムは曖昧に笑った。「心配いらないよ」

「本当に、頼みますよ。あなたは誰よりも強いのに、妙に危なっかしいところがありますからね。」ロディマスは真面目な顔で念を押した。「それじゃあ私はこの辺で。そろそろ戻らないと。」

「ああ、ありがとうロディマス」

オプティマス・プライムが言うと、ロディマスはにこりと笑った。そして彼に向かって器用にウインクすると、彼は踵を返してばたばたと慌しく執務室を出て行った。





メガトロンに引き摺られるようにして彼の部屋に戻ったオプティマス・プライムは、放り出されるように背後からぶつかったベッドにそのまま押し倒されて面食らった。メガトロンの態度と双眸の光に怒気を見て取って、彼は一瞬で逆らう気を失った。これから起こるであろう事態が読めず、彼は怯えたように目前の男を見返すだけだった。

このようにメガトロンが怒りに取り付かれることなど滅多になかった。彼は激しやすいように見えて、実のところ彼が普段見せる怒りは全てが理性の制御範囲にあり、その枠を越えて感情が暴走することはほとんどなかった。しかし、その呆れる程に強い自制心を持った彼が、今は本気で激しているように見えた。

牙を剥いて唸りを上げる獣の迫力で、彼は目の前の獲物に迫った。「この大馬鹿者が。厄介ごとに巻き込まれそうになったのなら、どうして儂に相談しないのだ。」

「・・・す、すまない」彼は混乱し、反射的に謝った。

「お前は何もわかっておらん。お前自身の価値も、命の意味も、運命も、儂の気持ちも――」

オプティマス・プライムは彼から視線を逸らすこともできず、左右に首を振った。「・・・わ、私が悪かった・・・許してくれ・・・」

「何と馬鹿げているのだ。サイバトロンのリーダー、そして呪われたマトリクス!」

オプティマス・プライムは断片的過ぎるメガトロンの言葉の内容を少しも理解していなかった。ただ、原因のわからない彼の怒りに曝されて恐怖に竦んだ。戦うべき敵ではなく、気を許した相手から思いがけず受けた激しい感情の波に飲まれて、彼の感覚は麻痺したように遠くなった。

メガトロンはそこで急速に怒りの気配を収めた。指一本の抵抗もせず、されるままになっていたオプティマス・プライムの目に霞んだ光が不自然に明滅するのを見て、彼ははっと我に返った。彼は自分の中にあった苛立ちを不用意に直接オプティマス・プライムにぶつけてしまったことを大いに悔やんだ。

「オプティマス・・・」

メガトロンは押さえ込んでいたオプティマス・プライムの上から退き、彼を引き起こしたが、オプティマス・プライムは依然固まったままでほとんど無反応だった。場違いにも、理不尽な他人の感情に強く影響を受けるオプティマス・プライムの感受性に感心しつつ、メガトロンはどうやって彼の機嫌をとったら良いか見当もつかず途方に暮れた。「オプティマス、もう怒鳴ったりしないから、儂の話を聞いてくれ」

「メガトロン。すまない・・・」

「お前は謝らなくて良い。儂は、お前とちゃんと話がしたいのだ。」

オプティマス・プライムは俯いて、恐る恐る言った。「私に・・・怒ってるんだろう?」

「怒っておるが、それとこれとは話が別だ。」全て言い終わらない内からオプティマス・プライムが再び表情を曇らせるのを見て、メガトロンはますます困った。「いや、そうではない。そんな顔をするな、頼むから儂の話を聞いてくれ」

彼は腰掛けていたベッドに上がり、壁に凭れて座ると、オプティマス・プライムの腕を取って優しく抱き寄せた。「こっちへ来い・・・怖がらなくて良い、儂はもう怒っておらん。」

言葉通りに彼がいつもの態度に戻ったことを認めると、オプティマス・プライムはようやく体の力を抜いた。メガトロンは内心で安堵のため息をついた。彼はどっと疲れを感じたが、お陰で神経の苛立ちはすっかり消え去っていた。

オプティマス・プライムがぼそりと言った。「私が・・・心配させたことを怒ったのか?」

メガトロンは彼を落ち着けるように、肩や頭を抱いた手で何度も撫でた。そして世間話をするような調子で話した。

「それもあるが・・・儂が気に入らないのは、お前が、お前の命を軽んじることだ」

「・・・・・・」

「助けが必要な時には求めろ。お前にはそれができる筈だぞ」

その通りだとオプティマス・プライムは思った。ある集団の中でいう優れた者とは、誰の力も借りず、全てを自分の力で解決できる者を指すのではなかった。自分の能力を冷静に把握し、状況を正しく判断し、必要な時には他人の助力を求め、協力して問題に取り組むことができる者こそをそう呼ぶのだった。それがリーダーとしての彼の理論であり、彼はそれを長年の間、追従者達に教え、実践させてきたのだった。

しかしオプティマス・プライムにとって、今回のことはそれとはまったく別の次元の問題だった。

「・・・これは、私に課せられた問題なんだ。お前に迷惑をかける訳にはいかない」

「なぜそのように思う。挙句、死んでしまっては元も子もないのだぞ」

「・・・・・・結果、そうなってしまうのなら、それは仕方がない」

メガトロンは驚いて、思わずオプティマス・プライムの顔を見た。そして彼が本気でそう思っているのだと見ると、声の調子を落として言った。「お前は自分のこととなると、信じられん程投げやりだな。」

オプティマス・プライムはその言葉を肯定するように、無言のままだった。

メガトロンは諦めずに続けた。「オプティマス、お前はもっと我侭になれ。もっと自分を大事にしろ。」

オプティマス・プライムは否とも言わない代わりに、肯定的な反応もしなかった。自分の言葉をオプティマス・プライムが理解していないと見て、メガトロンは更に続けた。「ではこう考えてくれ。お前に何かあったら、儂が悲しむ。」

今度はオプティマス・プライムが驚く番だった。彼は信じられないというように、メガトロンの表情を窺った。彼は本当に悲しそうに見えた。「儂の知らない所で、お前が傷ついたり、死んだりしたら、儂は一体どうしたら良い? 儂の気持ちを考えてみてくれ、オプティマス。」

「・・・すまない。」オプティマス・プライムは項垂れた。

自分がどうなろうと、彼が気を病むことなどありえないと思っていた事は、自分が彼の愛情を受け入れていないという証明だと彼は思った。精神的な安定を彼に頼る一方で、いつまでも彼を裏切り続ける自分を、オプティマス・プライムは呪い殺したくなった。

メガトロンは彼を抱く腕に力を込めた。「お前はもっと儂を頼って良いのだ。申し訳ないなどと思うな。お前にはその価値があるのだぞ。」

オプティマス・プライムは部屋の空間の一箇所をに視線を留めたまま、否定や肯定の意思表示をすることを恐れるように黙ったままだった。

「そう怯えるでない。お前は一体何を恐れている?」

オプティマス・プライムは左右に首を振った。

「教えてくれ。お前を苛む問題を、一緒に考えさせてくれ」

「・・・言えない。お前にだけは」

メガトロンは真横から頭を殴られたようなショックを受けた。彼は何とか冷静に、一言だけ発した。「・・・どうして言えんのだ。」

言葉を尽くして早くその先を問い質したいのを我慢して、メガトロンは忍耐強く待った。口の重いオプティマス・プライムから無理に答えを聞き出そうとすることが全く無益であることを、彼は今までの経験から学習していた。

「お前に・・・」長い沈黙の後で、覚悟を決めたと言うよりは、自棄になった様子で彼は一息に言った。「お前に捨てられたら、私は生きていけない」

「捨てるだと?」今度こそ、滅多にないことだが、メガトロンは自分の耳を疑った。壊れたのは音声センサーか、それとも情報を処理するプログラムの方だろうか? 「どうして儂がお前を捨てねばならんのだ」

「私は、お前に相応しくないから」

メガトロンは眩暈を感じた。自分の大切な恋人の思考回路は神秘そのものだと彼は思った。理解を超えている。それに、人に相応しいも相応しくないもあるものか、と彼は思ったが、話の腰を折るのは得策でないと考えて心の中にそれを留めた。

「どうして、相応しくないと思うんだ」

「・・・弱いから・・・私はお前のように強くないし、優しくもない。臆病で、嘘吐きな・・・私の心は醜い。私はお前には釣り合わない」

「何を言っておる。お前は充分な強さを持っておる。お前はずっと、何千という民衆を導き、部下から尊敬されてきたではないか」

「それはサイバトロンのリーダーとしての強さだ。本当の私が持っている物ではない」

「それがどう違うと言うのだ」

「オプティマス・プライムとして生まれ変わってから、私はずっとサイバトロンのリーダーとして生きてきた。だが私の心はずっと昔のまま、オライオンの時から何も変わっていない。何百万年も前に切り離されたまま、成長もせずに取り残されてしまっているんだ」

「誰だって、役割に応じた別の顔を持っているものだぞ。儂だってそうだ」

「お前には、人格の核としての確かなお前がちゃんとある。もしも今、お前がセイバートロンのリーダーをやめても、お前は自分を見失うことはないだろう。」

メガトロンは頷いた。「それは勿論だ。儂はリーダーである以前に儂だからな」

「私からリーダーとしての役割を取ったら、何も残らない。そこにあるのは、幼稚で矮小な精神だけだ。今の私がそれだ。私はそのような自分の本性が、お前に知られることを恐れていた」

ようやくメガトロンの中で、オプティマス・プライムの思考が形を取って来た。「実際のお前がそうとは思えんが――ともかく、儂がそれを知れば、お前を捨てると思ったのか?」

「そうだ」

「儂にトラブルの相談を持ちかけることが、儂にお前の弱さを見せることになると思ったんだな?」

「・・・そうだ。強くなければ――少なくとも、サイバトロンのリーダーだった私と同じだけの強さがなければ、お前と・・・一緒にいる資格がないと」

「成る程・・・」

なんと理屈っぽく、しかも見当違いで後ろ向きな悩み方なのだろうとメガトロンは呆れかけたが、意思の力でそれを思い留めた。自分が彼の思考回路にどのような評価を下そうとも、その思考回路によって彼は今、本気でそう思い、真剣に悩んでいるのである。理解できないからと言って突き放すのは、仮にも彼を愛そうとする自分が取るべき態度ではないと彼は考えた。彼には理屈が必要なのだ。それならば、彼のやり方に合わせてやるくらい、何でもないことではないか。

「・・・呆れただろう? 今回のことだって、結局私は自分の力で解決できずに、お前を巻き込んでしまった。これが情けない私の本性なんだ。今まで何万年もの間、お前の目から必死に隠してきた・・・とうとうメッキが剥がれたとでも言うのかな」

メガトロンの沈黙をどう取ったのか、全て諦めたかのようにオプティマス・プライムはすらすらと自虐的な言葉を口にした。

本当に、そんなことで自分が彼を捨てると思っているのだろうか? メガトロンはたまらなくなって、オプティマス・プライムの口を自分のそれで塞いだ。一度、強く吸って解放すると、オプティマス・プライムが驚いたように彼を見た。

「奴らはお前の一番弱い所に付け込んだのだ。お前の優しさという弱点にな。だからお前が負けたのは仕方がない。」ショックで口を噤んだ彼に、メガトロンは言い聞かせた。「そして、良いか、例えお前に弱点があっても、儂がお前を愛することには何の変わりもないのだぞ。」

オプティマス・プライムは理解できない言葉を聞いたというように、驚きに凍りついた表情で彼を見た。その反応に、メガトロンは使命感さえ揺さぶられて先を続けた。全くこの男は、何ということを知らないで今まで生きてきたのだろうか!

「儂はお前の持つ、些細な欠点など気にしない。何故なら、儂はお前を愛しているからだ。」

オプティマス・プライムは俯いた。「・・・わからない」

メガトロンは力強く断言した。「お前は、欠点のために愛が失われると思っているようだが、それは違う。愛するが故に、全ての欠点を許すことができるのだ。」

彼が自分の言葉を心の底から信じているのがわかって、オプティマス・プライムは何も言えなくなった。彼は何か言葉を返さなければと思ったが、結局気の利いた台詞は浮かばなかった。

彼はメガトロンに対して申し訳ない気持ちになった。しかしそのメガトロンは、全てを許すような微笑を浮かべて彼を見るだけだった。

「さて、これ以上の問答はお前の頭を疲れさせるだけだ。気分転換といこう。」

メガトロンはオプティマス・プライムをベッドに残して立ち上がった。オプティマス・プライムは一瞬、自分が置き去りにされるように感じて胸を傷めたが、彼は部屋の反対側の棚の前まで歩いて行っただけだった。彼は棚から美しく光るエネルゴンキューブを二つ取り出すと、戻ってきて一つをオプティマス・プライムの手に置いた。

「・・・ありがとう」彼は反射的に礼を言った。

「事件の前から休みなしだ、エネルギーが残り少なくなっているだろう。途中でダウンしないように飲んでおけ」

オプティマス・プライムはキューブに口をつけた後で、そっと目を伏せた。都合の良い期待が先走るのを理性が非難し、押し留めようとしたが果たせず、彼はメガトロンの意図を確認するように呟いた。「途中って・・・」

メガトロンはにやりと笑い、片手を伸ばして彼の顔を撫でた。「これから実践だぞ。言葉で理解させるのが無理なら、体に教えるまでだ」

オプティマス・プライムはどきりとした。彼は本当に自分を愛していて、自分を欲しいと思ってくれているのだろうか、そう期待しても良いだろうかと、彼は恐る恐る考えた。

「メガトロン、本当に・・・その、私と・・・?」

「何を言っておる。勿論だ。愛していれば、したいと思って当然だろう」

そう言い切った単純明快な彼の理論に、オプティマス・プライムは思わず笑ってしまった。「・・・そういうものか?」

「そういうものだぞ。」メガトロンはごく真面目に頷いた。

「難しく考えるな。お前はただ信じれば良い。儂はお前を愛している、だからお前を捨てることなど有り得ない。わかったな」

「・・・わかった」

オプティマス・プライムは声が震えるのを隠すために囁くような早口で告げ、残りのエネルゴンを一息で煽った。そしてキューブを脇へ置くと、メガトロンの差し出した手を取った。途端に強い力で引き寄せられ、貪欲に口付けを求められるのを、彼は泣きたい気持ちで感じていた。





The End ...for now.








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