以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。 |
Dialogue
厚い隔壁に囲まれた窓のない部屋はドアが閉まると全くの暗闇だったが、今は人工の光に薄められて物の形がわかる程度に明るかった。所在なくベッドの端に腰掛けたオプティマス・プライムに、メガトロンが背後から声をかけた。「どうした、オプティマス?」 オプティマス・プライムは無表情だった口元に微笑みを作ってから、体ごと振り向いた。「メガトロン・・・お前が言ったことを考えていたんだ」 傍に寄るよう手振りで呼ばれて、彼はベッドに乗り上げて少し移動した。腰を取って引き寄せられ、彼はメガトロンに背を預けて座った。 「メガトロン・・・私は我侭だよ。私はいつも自分のことしか考えられない」 後ろから抱くように回した片手を彼の腹に落ち着けて、メガトロンは言った。「いいや。お前は決して心のままに振る舞おうとはしておらん。いつでも自然の気持ちを殺している。お前はもう少し、己の心に正直にならねばな。」 オプティマス・プライムは体を捻ってメガトロンの顔を見た。 メガトロンが続けた。「自分が今何を感じているかを知ることだ。それは単に惰性で生きるのとは違う。心に浮かぶに任せるのではなく、お前自身がはっきりと意識せねばならん。お前はこうしたい、こうでありたい、という自分の意志を無視して、リーダーとしての立場や他人がお前に押し付けてくる意見に善悪を左右させるために、こうしてむざむざと殺されかかる羽目に陥るのだ。お前はお前の心のままに生きれば良いのだぞ。今お前がしたいと思うことを、したいようにしろ。」 「・・・わからない。」オプティマス・プライムは首を左右に振った。「私は自分が何をしたいのかわからない。何も・・・思いつかない。」 考えれば考えるほど、彼には自分の意志というものが感じられなかった。しかし彼の思考回路は空虚なのではなく、中を見通すことができない白っぽい灰色の固まりが占め、それは膨張して内側から彼の頭を圧迫しているのだった。 オプティマス・プライムはメガトロンに何かを答えなければという脅迫に駆られた。 「私は、今は何も・・・何もしたくない。何も考えたくない。」意識の隙をついて心の内から本気の言葉が流れ出た。今の彼には、嘘を言ってこの場を繕うなどという気力はなかった。だが、こんな言い草を聞けばメガトロンは怒るに違いない。彼はそう思って、俯いたまま恐怖を感じながら待った。 しかし彼の予想に反して、メガトロンは彼の腹をあやすように優しく叩き、頷いた。 「それで良い。心の動きに逆らわず素直に従っていれば、お前は必ず、ある方向へと確かに向うことができるようになる。お前自身が望む方向へとな。」 オプティマス・プライムは体を起こして向きを変え、メガトロンの顔を見た。「だが・・・だが、皆はそれぞれに正しい道を懸命に生きている。私は取り残される。私だけいつまでもこうしているわけにはいかない」 メガトロンは彼の首に腕を回して、肩口にぐっと抱き寄せた。「焦るでない。一足飛びに物事に当ってはならん。その時が来れば必ずお前は動き始める。お前はサイバトロンの一元的な正義と現実との板挟みにされ、自分を抑えてきた時間が長過ぎたのだ。しばらくは何も考えず、ゆっくり休むがいい。2、300年もすれば自然なお前の意識が戻り、それに従って新しい目的を見出すことができるだろう。」 メガトロンが腕の力を緩めてオプティマス・プライムの頭を解放すると、彼は心配そうに見上げて呟いた。「・・・そうだろうか?」 「そうだとも。」メガトロンは力強く頷いた。「お前は、数百万年もの間縛られていたサイバトロンのリーダーという大役から退いたばかりなのだぞ。始めは戸惑って当然だ。」 オプティマス・プライムは小さく頷いた。そしてしばらく経ってから、躊躇いがちに訊いた。「何故・・・何故お前はそうやって私を気に掛けてくれるんだ?」 「何を言っておる。愛していれば気に掛けるのは当然のことだ。」メガトロンはのんびりと答えた。 オプティマス・プライムはどきりとしたが、しかし唇を噛んで俯いた。「どうして、私を・・・」 「お前はまだ儂を信じておらんな?」 その口調が厳しく問い質すそれではなく、少し困ったような、自分を気遣う調子であったことに、オプティマス・プライムは余計に居たたまれない気持ちになった。彼は必死で言葉を探した。 「し、信じる、お前の気持ちを疑ってなどいない・・・だがわからないんだ・・・どうしてお前がそのように私を許してくれるのか・・・猶予を与えて、待ってくれるのか・・・」 「儂は今のありのままのお前も愛しているし、将来のお前をもまた愛しているからだ。儂はお前が今よりもっと優れた存在になって欲しいと思う。そのために儂はなんでもしてやりたいと思うが、実際に儂が横から手を出すことは多くの場合お前自身のためにはならず、単に儂の自己満足に終わってしまう。極端に言えば、儂はお前を見守ることしかできん。だが儂はいつでもお前を愛しているぞ。お前が何を考え、何をしている時もな」 それから、彼は付け足した。「お前がより良い存在に成長することを望むと言ったが、それは今のお前が悪いという意味ではないぞ。お前は素晴らしい」 オプティマス・プライムにはそれが矛盾としか思えなかった。彼は首を振った。「私には自信がない。私は自分が信じられない。私はからっぽのロボットなんだ。今まで何百万年も生きてきたのに、私の中には当然積み上げてきたはずのものが何もない。」 メガトロンが黙って話を聞くのを見て、彼は続けた。「確かに、かつての私には自信があった。私はサイバトロンの総司令官として、その名に恥じない自分を作り上げ、演じてきた。気の遠くなる程長い年月、私はサイバトロンの頂点に立って、決断し、導き、命令し、あるいは否定し、切り捨ててきた。私はオプティマス・プライムとして生まれ変わってから、文字通り全ての時間をそうして過ごしてきた。だがその強い“私”はもういない。サイバトロン総司令官として作られた私が、サイバトロン総司令官であることをやめたのだ。その私に、他の何が残っている筈がない。」 彼は溜め息をつこうとして、それがメガトロンへの中て付けになるように感じて思い止まり、ゆっくりと目立たないように息を吐いた。「私は中身の入っていない卵だったんだ。私は長い年月をかけて、外界から身を守るために殻を厚くしてきた。それを見て、皆は立派な殻の中には立派な中身が詰まっていると思う。だが私は卵の中には最初から何も入っていないことを知っている。そうして何百万年も過ごす内に、私は殻の内側を見ることが怖くなった。そこには何もないことを私は知っているのに、それを改めて知らされるのは恐ろしかったんだ。」 彼は目を伏せた。「私は与えられた役割に甘んじ、あるいはそれを全うすることに圧倒されていたために、核となる私自身を作り上げることを怠ったのだ。果たすべきことを果たさず過ごしてきたそのつけが、今来ているのだろうな・・・私は、お前に愛されるような存在ではない」 「馬鹿者。そんなことがあるものか。」黙って聞いていたメガトロンは、彼を宥めるように言った。「やれやれ、ちゃんと儂の言葉を聞いておったのか? 話が一番最初に戻ってしまったではないか」 言いながら彼はオプティマス・プライムの顔を撫でた。その手の感触に促されて、彼は無意識に小さく口を開いた。 「それは、お前がそう思い込んでいるだけだ。お前は実際素晴らしい。只のロボットに、こんなにも儂が惹かれるはずがなかろうが・・・ん?」メガトロンは、最後にさりげない動作でオプティマス・プライムの唇にキスした。 一拍遅れてそれに気付いた彼が気恥ずかしさにかっと頭を熱くするのを、メガトロンは愛しげに見つめた。「そうやって前に進もうと思い悩むお前が、儂は他の何より愛しいのだ」 彼はもう一度、今度はオプティマス・プライムの背を抱いて、深く口付けた。そしていつもするように、がっしりとした手の平で彼の体のあらゆる場所に触れた。体の内と外から彼の愛撫を受け、体中に熱が回っていくのを、オプティマス・プライムは心地よく感じた。 手間と時間をかけてゆっくりと恋人の唇を味わった後、メガトロンが真面目な顔で呟いた。「いいか、覚えておけ、オプティマス。卵の中には黄色いヒヨコが入っているのだ。」 「え・・・」 唐突な言葉に戸惑うオプティマス・プライムに、メガトロンはにやりと笑った。「別に、竜の子でも何でもいいがな。卵を見たらそう決め付けるくらいの能天気さはあっても良いと思うぞ」 オプティマス・プライムはそれが先程の自分の例え話を継いだ話であることを察して頷いた。「あ、ああ・・・わかった、そうするよ。」息を乱したまま、彼は卵の中身を想像して表情を緩めた。 彼はまだ気持ちの整理がつかず混乱していたが、何がどうあっても、メガトロンを手放すことなど考えられなかった。今彼を失ったら、それこそ自分は半日も生きられないと彼は思った。想像しただけで気が狂いそうだった。 「メガトロン・・・私は、お前に甘えても良いだろうか」 「良いぞ。気が済むまで甘えろ。」メガトロンはあっさりと言った。 「・・・すまない」 「そこの台詞は“ありがとう”だぞ」 オプティマス・プライムはメガトロンを見た。メガトロンは言った。「儂はお前に恩を売りたいのではないし、嫌々そうするのでもない。良いか、オプティマス・プライム。他人の好意を受けることは、嬉しいことなのだぞ。悪いことでも、恐ろしいことでも、ましてや恩に着るようなことではないのだ。」 他人の好意を受け入れることが負担であると感じることを長年習慣づけられてきたオプティマス・プライムが、その言葉が上辺だけのものでないと信じられるように、メガトロンは彼の体を優しく、だが強く抱いて言い聞かせた。「信じろ。」 「・・・ありがとう、メガトロン。」オプティマス・プライムが彼の顔を見上げて言った。 メガトロンは満足そうに頷いた。「そうだ。それで良い。」 オプティマス・プライムは力無く笑った。しかしその微笑もすぐに消えた。 「どうした、まだ何か迷っているのか」 「やはり・・・お前には済まないと思う。私はお前が好きだ・・・いや、私にはお前が必要なんだ。ずっとお前と一緒にいたい。だが・・・だからこそ、お前にばかり負担はかけられない」 「負担だと? お前が儂にどんな負担をかけるというのだ。」 オプティマス・プライムは座ったまま、彼から少し体を離した。「私といても、お前は退屈だろう? こんなに不安定で、心の弱い・・・私は重圧に耐えられず、自分が楽になるためにサイバトロンのリーダーをやめた情けないやつなんだ。私は今まで何百万年も生きてきたが、自分のことだって少しもわかっていなかった・・・私は、お前の負担になるだけだ。私はお前の好意に甘え、してもらうばかりで、お前には何も返すことができない。そんな不公平な関係が続く訳はないだろう? いつか・・・そう遠くない未来に、お前は私に愛想を尽かしてしまう・・・私はお前を失う。私にはそれが恐ろしい」 メガトロンは何かを見極めるような鋭い眼差しを向けた。「儂がお前を愛するのに、見返りを求めていると思うのか?」 オプティマス・プライムは彼の使った言葉に驚いて、慌てて首を振った。「見返りなどとは思っていない・・・ただ・・・おかしいだろう、一方的な関係など・・・」 「何もおかしいことはない。」メガトロンは大きく微笑み、オプティマス・プライムをもう一度抱き寄せた。「愛は打算や取り引きではない。見返りを求めるのでも、換わりに何かを得るものでもない。儂はお前がたまらなく愛しい。儂はお前を愛することに自ら喜びを感じる。愛とはそういうものだぞ、オプティマス。何も返すものがなくとも、何も怯えることはない。儂は愛を与える代りにお前から何かを奪おうとは思っておらん。」 それから、彼は自省するように付け足した。「それに、愛とは本来身勝手なものだ。与える側の押し付けになることもある。だから受ける側も、律儀に付き合って振り回されることはない。愛する気持ちは相手を縛るためにあるのではないからな。」 オプティマス・プライムは、彼の他人と自身との間に一線を引く態度に、突き放されたような寂しさを覚えた。しかしそれは相手を自分と同一視し、所有しようとするのではなく、等身大の相手と正面から向かい合い、相手の人格を自立したものと認め、尊重する態度だった。それに傷つく自分は、何かに強く依存して生きているために――望むと望まざるを別として――、まさに一対一の存在として彼と向き合うことを怖れているのだった。なぜこんなにも自分には自信がないのだろう? しかし今の彼にはどうすることもできなかった。彼は俯いた。 「お前がそのように不安になるのには理由がある。お前は今まで誰からも愛を教えられずに生きてきたのだ。お前はサイバトロンのリーダーとして、生まれた時から常に厳しい要求に曝され、それに応えることで存在することを許され、また応えられないことで価値を否定されてきた。常に身勝手な周囲の批判に曝されて生きてきた者が、自ら己の価値を信じることは不可能だ。」 言葉を切ったメガトロンは一瞬、自分が辛そうな表情を見せた。そしてオプティマス・プライムの顔に手を伸ばし、頬を撫でた。「可哀相に」 オプティマス・プライムは彼の同情に胸が詰まり、泣きそうになった。 「今のお前に必要なことは、誰かの手によって惜しげなく与えられる愛に全身で浸ることだ。お前の気持ちが心の底から満たされ、不安から解放され、自分の価値を信じられるようになるまで・・・」メガトロンはにやりと笑った。「儂がお前に教えてやる、オプティマス―――お前が腹いっぱいになってもまだ余る位な。」 自信に満ちた宣言に飲み込まれるような錯覚を感じて、オプティマス・プライムは体を震わせた。様々な種類の予感が脳裏を過ぎり、彼は自分にも覚悟が求められていることを悟った。 メガトロンはそこで凄むような気配を収めた。 「儂は、お前がそんなに悩んでいるとは知らなかった。もっと早くに気付いてやるべきだった。悪かったな。」 オプティマス・プライムは大きな感情の波が心の奥から込み上げるのを感じた。彼は左右に首を振った。「いい、そんなこといいんだ、メガトロン・・・」彼は泣いた。彼は有機生物のように涙を流すことはできなかったが、次々と溢れ出す感情は彼の声を濡らして流れた。 メガトロンはオプティマス・プライムを抱き寄せ、肩口に落ち着いた彼の頭や首を繰り返し撫でた。「これからは儂に、本当のお前を見せてくれ。何も恐れることはないぞ、オプティマス。儂がいつもお前を愛していることを忘れるな。」 オプティマス・プライムはくぐもった声で応え、頷いた。 彼は顔を上げ、最初は敵だと信じていた男に口付けた。直ぐにメガトロンが応え、彼は自分を急激に飲み込む甘く熱いエネルギーの奔流に思考と体を委ねた。理性がかき消える前に、彼はいつかメガトロンに残そうとした言葉を消去し、もっと相応しい別の言葉を書き込んだ。 彼は、意識の一番深い場所に深く沈めていた自分の気持ちの内の一つを引き上げた。それはずっと以前からそこにあったのに、その存在を知ることを恐れ、また大切に感じることを彼自身が禁じていたものだった。彼は今初めてそれを直視し、認めることを自分に許した。 口付けの合間に、彼は恋人に生まれたばかりの思いを伝えた。「――ありがとう、メガトロン。愛している。」 |
終
・・・自分の吐いた砂に埋もれて窒息しそうです。ぶふぁ!
しかも無限ループだよ!際限ないよ!!だめだこりゃ!
更に今回新たにクササが追加――――っ!
ぐはっ。
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