以下の文章は所謂「女性向け」ファンフィクションです。やおい、BLといった分野に興味のない方の閲覧はお止め下さい。

  

 
 
Double and Redouble and More



 

惑星ゼルを舞台とした、ゼル・クォーツを巡る戦いはその目的が明らかになったことで俄然激さを増し、長引いた戦いはいよいよ佳境に差し掛かろうとしていた。

エタルストン鉱山で再び激突した両軍は、火力の一点集中によって猛烈に攻めるデストロンと、地の利を生かして守りを固めるサイバトロンとの間で一進一退を繰り返していた。

度重なる爆発や乱闘のために砂塵が舞い上がり、視界の悪くなった薄闇の中に見慣れないロボットを見つけて、マイスターは目を凝らした。その顔をはっきりと見ると、彼は思わず声を上げた。

「お前・・・ホットロッド?!」

「あ、何だよ!?」

そのロボットが彼に返した反応は、まるきりホットロッドのそれだった。しかし彼はさっと身を翻して逃げてしまった。

「ちょっと待っ、うわっ!」近くでロケット弾の爆発が起こり、マイスターは資材の陰に身を隠した。爆風と種々の破片をやり過ごしてから彼は先程のロボットを探したが、もうすっかり見失ってしまっていた。

その時、デストロンメンバーの通信機を通してメガトロンの声が響いた。「デストロン軍団、一時撤退だ!」

その声を聞くが早いか、デストロンの面々はきっぱりと前進をやめて退却し始めた。追撃をかける暇もあらばこそ、あっという間に坑道の闇に消えて行く後姿に、ストリークが舌打ちした。

「野郎共、逃げる気か!」

「待て、深追いするなアイアンハイド!」

通路に躍り出た彼を、狙い澄ました一撃が襲った。同時に飛び出したオプティマス・プライムが危ういところで彼を地面に引き倒し、血の気の多い警備員は危うく難を逃れた。

「すみません、司令官」

「・・・いや。有利になったと思えた時こそ油断は禁物だ」

彼らは立ち上がった。

「くそ、あと少しだったのに・・・」

坑道の奥へとじりじりと追い詰められていくように見せていた彼らが、デストロンを誘い込んで一気に攻勢をかけようとしていた広場はすぐそこだった。

毎度のことながら、デストロンに余力のある内に引き揚げられ、改めて攻められるのは非常に厄介だった。特に守りに入っている今のような状況ではそれは顕著だった。地の利を生かした奇襲は最初は上手く行っても、二度目はほとんど通用しない。まして今、攻撃部隊の指揮を執っているのはメガトロン本人である。彼の傍らにはサウンドウェーブの姿もあった。坑内の地形を読まれてしまった以上、新たなトラップも容易に予測され、見破られてしまうことだろう。オプティマス・プライムは先を思い遣って頭を痛めた。

その時、マイスターが何かを見つけて声を上げた。「あ、あいつ!」

その場にいた全員の視線が彼が指す方向に集まった。

「やべっ、見つかった」

その先で、岩場の陰にさっと身を隠したロボット・・・その声は、聞き慣れたある者のそれによく似ていた。

オプティマス・プライムは困惑顔で呟いた。「・・・ホットロッド? そんな所で何を」

「違います、司令官! 皆、そいつを捕まえるんだっ」

マイスターが再び声を上げた。誰も状況を把握しないまま、しかし彼の声があまりに真剣で逼迫していたために、周りの者は彼の指示に従って駆け出した。

先程まで戦場となっていた狭い坑道は、再び騒然となった。暗い通路にむき出しになった岩や資材の山の間をあっちこっちと縫って逃げる黒いロボットを追いかけるのは、視認性の悪さから仲々骨が折れた。

開けた所に出るとそのロボットはトランスフォームし、耳慣れたエンジン音を轟かせてダッシュした。逃げられたかと思った時、そこに正面からやってきたウルトラマグナスが大きく横滑りし、通路を塞ぐように停車した。激突を避けようとして黒い車は急ハンドルを切り、勢い余って近くの壁にぶつかって横転して止まった。

「痛ってえ〜」

彼が呻くのを聞いて、マグナスはぎょっとした。「その声は・・・!?」

奥から彼を追ってきたサイバトロンの面々が彼を取り囲んだ。

「動くな!」

複数の銃に狙いを定められて、そのロボットはようやく逃亡を諦めたようだった。

四輪車から人型へとトランスフォームした黒いロボットは、やれやれと両手を上げた。「あ〜あ、参ったなこりゃ」

坑道の一角は暗く、目の前に立つその黒いロボットの細部は闇に溶けて酷く見難かった。しかし、彼の姿を目にして、彼らは驚きに言葉をなくした。

嫌な沈黙が辺りを包んだ。

オプティマス・プライムは自分の体の中を流れるエネルギーが逆流するのを感じた。彼は思い出したくない過去の出来事を思い出し、眩暈を感じて近くの岩壁に片手を突いた。

その黒い人影は、どこからどう見てもホットロッド―――最近までずっとセイバートロン星で過ごしていた、サイバトロンのメンバーの一人だった。

「ホットロッド?」

「あー、うん。」

声も話し方も、彼そのままだった。サイバトロンの面々は顔を見合わせ、各々が思わず構えた銃を下ろした。

「おいおい、驚かせるなよ」

「どうしてこそこそ隠れるような真似を・・・」

「ていうかお前、何でそんな色になってんだ?」

一辺に話しかけられて、ホットロッドは困ったように片手を頭の後ろにやった。

「何でって言われても・・・えーと」

「大体、いつからだ? 戦いが始まる前には・・・」

「待て待て待て!」マイスターが割り込んだ。「皆待て、こいつはホットロッドじゃない」

彼の言葉に、サイバトロンの面々は変な顔をした。

「いや、俺はホットロッドだけど?」

「・・・本人はこう言ってるが」ストリークが肩をすくめた。

「違うって! だってほら!」彼は右手の親指で背後を指差した。「ホットロッドはこっちにちゃんといる」

全員の視線が音を立てて集中したその先には、オレンジと赤に塗り分けられたド派手なロボットが立っていた。彼は自分を取り囲む仲間の勢いに気圧されて、居心地悪そうに片手を上げて挨拶した。「お、おう。何? 何か用?」

彼らは唖然として二人を見比べた。見たところ、二人は全く同じように見えた―――その色を除いては。生憎、可視光線範囲外の目を持つ者がその場にいなかったので、内部構造に違いがあったとしても今はわからなかった。

「・・・そっくりだな」

「そんな馬鹿な!」

「何で二人になってんだよ、お前!」

彼らは口々に二人のホットロッドに詰め寄った。

「えー、まあ、その。」

マイスターが頑張った。「いやいやいや! 片方は、明らかに色違うだろ!」

「だから?」

「ホットロッドが急に二人になっただなんて考えられない。となるとこいつは偽者に決まってるだろう!」

所謂地球組メンバーは口から魂が抜けていくような溜息を吐いた。彼らの顔には、またか、と言いたげな、げんなりとした表情が浮かんでいた。

チャーとウルトラマグナスが不思議そうに顔を見合わせた。





黒いホットロッドを連れて、彼らは鉱山の深層部にある臨時基地へと戻った。彼らの基地は別の場所にあったが、デストロンがこの鉱山に再び攻め込んで来るのは時間の問題で、今この場所を離れることは考えられなかった。

「・・・で、どうしますか? こいつ」

マイスターがオプティマス・プライムを振り仰いだ。

アイアンハイドが息巻いた。「早いとこぶっ壊しちまおうぜ。どうせ前と同じ、デストロンの作ったただの人形に決まってる」

「見たところ、どちらが本物か疑う余地はなさそうだしな」

それを聞いて、黒いホットロッドが血相を変えた。「ちょ、待てよ、冗談じゃないぜ! 俺はホットロッドだ! そりゃ、確かに今はちょっと色が違うけど、中身は俺なんだぜ!?」

ハウンドが言った。「なら、どうしてさっきは逃げようとしたんだ」

「だって俺、今はデストロンにいるし・・・見つかったらめんどくさいと思ってさ」

「・・・やっぱりデストロンなんじゃないか」

「うっ、そりゃそうだけど・・・でも俺は俺だ!」

ストリークが言った。「じゃあ聞くが、先週、お前とシャトルの格納庫で喧嘩した奴がいただろう。そいつ誰だった?」

「決まってる、マグナスの阿呆野郎だ。」彼は腕を組み、むっすりとして答えた。

「そうなのか?」

オプティマス・プライムが彼に問うと、ウルトラマグナスはばつが悪そうに言った。「え、ええ。確かに。」

「おやおや。その喧嘩の原因は何だったのかね?」

チャーの問いに弾かれたように、ホットロッドは二人同時にウルトラマグナスを指差して叫んだ。「こいつが悪いんだ!」

スプラングが慌ててオレンジ色のホットロッドの口を塞いだ。「ホットロッド、とりあえずお前は黙ってろよ」

とは言うものの、彼には今の反応が全てを語っているように思えた。説明の続きを聞く必要は多分ないだろうというのがホットロッドと付き合いの長い彼の感想で、それは実際その通りだった。黒いホットロッドはこと細かに、ウルトロマグナスとの言い争いの発端から取っ組み合いの喧嘩に発展したこと、そして最後には―――いや、最後まで話す前に、頼むからその先を言わないでくれと懇願するウルトラマグナスによって中断された。

僅か数分の間にげっそりと疲れ果てたウルトラマグナスはオプティマス・プライムに言った。「ほ、本物です・・・多分。」彼はその場にがっくりと膝を突いた。

「往生際が悪いぜ、この鈍感野郎。」げしげしと彼を蹴りつける黒いホットロッドをオプティマス・プライムは引き剥がした。

「もういいだろう、その辺でやめるんだ、ホットロッド」

「ったく、あんたも何とか言ってくれよ・・・」と、そこで彼ははっとした。「オプティマス、あんた信じてくれんの?」

「ああ、信じるよ、ホットロッド」

「司令官?!」アイアンハイドが仰天した。

「さすが、話がわかるぜ!」彼は喜んだ。

彼らはオレンジ色のホットロッドを見た。「それじゃあ、こっちが・・・?」

「え、俺?! 俺は別に、偽者とかじゃないぜ?」

「・・・自分で言うなよ」ランボルが呆れた。

「俺が言わなきゃ、誰も助けてくれそうにないじゃん」

「心配はいらない、ホットロッド」オプティマス・プライムが言った。「君を疑ってはいない。ただ、詳しい話を聞かせてもらえないか?」





コンテナの上に腰掛けた格好で、ハウンドが溜息を吐いた。

「で、結局この黒い方は一体何者なんだ?」

とは言ってみたものの、実の所、真っ黒なボディ、という特徴においてサイバトロンの誰もが連想する物があった。ホイルジャックの作ったメガトロンの複製―――不時着したシャトルのレプリケーターで作成し、先の戦いで本人と戦わせたロボットだ。嫌がらせのために装甲を真っ黒にし、しかも彼の悪乗りにより五体も作ったのだが、今はもう一体も残っていない。

しかしそれと、目の前の黒い彼とでは決定的な違いがあった。ホイルジャックの作ったメガトロンのレプリカは完全だったが、それは見た目、ボディだけの話で実際は意志を持たないただのロボットだった。簡単なプログラムで動き、命令に従って敵を攻撃することはできても、会話は成り立たない。

彼らサイバトロンがセイバートロン星から遠く離れたこの惑星ゼルに足止めを食らい、長逗留とデストロンとの戦闘を覚悟してからというもの、彼らは戦力不足を補うために多くの複製ロボットを作り、それを前線に投入してきた。デストロンの精鋭部隊相手に意志のないロボットでは時間稼ぎにしかならなかったが、彼らの目的はまさにその時間稼ぎだったのでそれでもよかった。

パーソナルコンポーネントに保存されたデータは莫大で複雑すぎるため、これを複製する技術は存在しなかった。またこの宇宙にたったひとつしかない、というオリジナル性を脅かす人格のコピーには倫理的な問題がついて回るために、誰も強いてそれを試みようとはしなかった。

複雑なプログラムを組むことで、ロボットに擬似的な意志を持った人格を与えることはできても、心そのものを作ることはできなかった。それができるのは唯一、セイバートロン星の地下にあるウルトラコンピュータ・ベクターシグマだけとされていた。

「だから、俺はホットロッドだって言ってんだろ」黒いホッドロッドはむっとして言った。

「でもお前デストロンなんだろ?」ハウンドが言った。

「まあね」

「じゃあやっぱりお前が偽者なんじゃないか」

「違うっつってんだろ、石頭」

ウルトラマグナスが、殴り合いになりそうな二人の首根っこを掴んで引き離した。

バンブルが思いついたように言った。「ねえねえ、君のそのボディの色さ。どうしてわざわざそんな色なんだろ?」

「さあ・・・俺は知らねーけど」

「お前を作ったのは誰なんだ?」ラチェットが訊いた。

「ベクターシグマだろ?」

「いやそうじゃなくて・・・質問を変えよう、お前のそのボディを作ったのは誰だと思う?」

「あ、それはメガトロン。ってかデストロンのレプリケーターじゃねえの?」

やっぱりそうか、と彼らは顔を見合わせた。

「メガトロンか」

「多分。目が覚めた時、目の前にいたし」

「あいつ・・・」

「相変わらずめちゃくちゃな野郎だな。」アイアンハイドが唸った。

「しかし我輩は大変興味あるねえ。一体どうやって奴がホットロッドの人格をコピーしたのか是非・・・」

「ホイルジャック、不謹慎だぞ!」ラチェットが叱った。





二人のホットロッドそれぞれに席を外させて、サイバトロンの面々は声を落とした。

「どう思う?」

「どう見ても偽者だが、彼はホットロッドみたいだな」

「私もそう思うわ」アーシーが言った。「彼はホットロッドよ」

元・恋人に力いっぱい断言されて、一同は力の抜けた溜息を吐いた。

「これからどうするんだ?」

「どうするって」

「想像してみろ、自分が二人いるなんて状況に耐えられると思うか?」

「そりゃ確かに・・・ぞっとしないな。」自分の身に起きた場合を想像したのか、スプラングが悪霊でも振り払うように組んだ腕をごしごしと擦った。

「最初の内は良いかも知れないが・・・その内、お互いの存在が疎ましくなってくるんじゃないかと思うんだが」

「まあ、それが人情ってやつじゃろうな。」チャーが唸った。

「殺し合いになるかもな」ぼそりとランボルが呟いた。

「縁起でもないこと言わないでよ」バンブルが怒った。

それまで黙っていたオプティマス・プライムが突然立ち上がった。無言のまま壁際に設置された通信機に向かった彼は、どこかへ回線を繋ぎ、ややあってこう怒鳴った。

「メガトロン! 話がある、今すぐ出て来い!」

「ええっ?!」

唖然とする部下達を尻目に、オプティマス・プライムは話を続けた。「座標は・・・何だって? わかった、すぐに向かう。」

「ちょ・・・ちょっと、司令官?!」

通信を切り、トランスフォームしたオプティマス・プライムを彼らが慌てて止めようとした時、鉱山の入り口に設置されたセンサーが異常を知らせた。

「デストロンだ」モニターを確認して、マイスターが言った。

「奴ら、もう戻ってきたのか? いくら何でも早すぎるぞ」

「来ちゃったものはしょうがないだろ。ほら、行くよ!」バンブルが促した。

彼らが駆け出そうとした時、モニターが聞き慣れた声を拾った。

「オプティマス・プライム! 儂も丁度お前に用があったのだ。我々の仲間を一人、返してもらうぞ!」

サイバトロンの面々は足を止め、顔を見合わせた。





彼らは鉱山の入り口の近くにある広場でデストロンと落ち合った。

話し合いだ、というオプティマス・プライムの宣言は不思議と強い力を発揮して、驚いたことにその場に武器を持った戦いは起きなかった。

彼は目の前に立ったメガトロンにものすごい剣幕で詰め寄った。「これは一体どういうことなんだ、メガトロン!」

その場にいる殆ど全員が驚いてその様子をただ見ていた。オプティマス・プライムが感情を高ぶらせ、声高に誰かを追及する姿など滅多に見られるものではなかった。

「世の中には、して良いことと、悪いことがあるんだ! そんなこと、お前は私に言われなくたってわかっている筈だ!」

激しく非難しながら、彼は悲しそうに見えた。

一方、メガトロンは苦虫を噛み潰したような変な表情で押し黙っていた。口の達者な彼が釈明も反論も飲み込んでオプティマス・プライムの詰問を甘んじて受けているように見えるのは、これも珍しかった。

「何とか言ってくれ・・・これから、あの二人にどうやって生きていけというんだ?」

メガトロンは重苦しい溜息を吐いた。「お前の言いたいことはわからんでもないが、既に生まれてしまったものをとやかく言っても仕方なかろう」

「!!!!」

一瞬、オプティマス・プライムの双眸に激しい怒りが渦を巻いた。

「お前、よくもそんなことを・・・!」

「落ち着け、オプティマス・プライム」

「落ち着けだって! お前は自分がどんなことをしたか・・・」

「・・・わかっているとも。」メガトロンはオプティマス・プライムを宥めるように言った。

彼があくまで弁解しないのを見て、オプティマス・プライムは落胆する前に、ふと思いついたことを口にした。

「メガトロン・・・もしかして、彼を作ったのはお前じゃない、のか?」

メガトロンは内心でぎくりとして、仏頂面を装った。「・・・それは言えん。」

「違うんだな?」

メガトロンが否定しないのを見て、オプティマス・プライムは俄かに気を取り直した。傍目にも彼がほっとしたのがわかった。

「だが、作成を許可したのは儂だ。」

「それは・・・しかし何故・・・」

そこに抑揚のない声が割って入った。「復讐のためだ」

オプティマス・プライムは驚いてその声の主に向き直った。「サウンドウェーブ」

メガトロンは口をへの字に曲げた。彼はサウンドウェーブを追及の矢面に立たせたくがないために、オプティマス・プライムに対して歯切れの悪い返事をしていたのだが、本人が出てきてしまってはこれ以上白を切ることは無意味だった。

思わぬ人物の登場に、オプティマス・プライムは戸惑いつつ尋ねた。「復讐と言ったが・・・一体何の?」

「不細工な人形」

「人形?」オプティマス・プライムはしばらく考えた。「もしかして、彼の・・・メガトロンのレプリカのことか?」

「そうだ。あんな物でメガトロンを冒涜したお前達に後悔させてやるためだ」

それ自体が音楽のような美しい和音が過激な言葉を紡いだ。彼の声はいつものように無感動だったが、オプティマス・プライムは却ってそこに彼の怒りを感じ取った。平静に見えて、実は相当怒っているのかもしれなかった。

一体何がそんなにサウンドウェーブの怒りを買ったのか、オプティマス・プライムにはわからなかったが・・・否、ひとつ、彼には思い当たることがあった。サウンドウェーブが先程『不細工な』と表現した、レプリカの真っ黒に塗ったボディが気に食わなかったのかもしれない。

メガトロンの白銀に輝くイメージを汚され、彼の誇りが傷つけられたように感じられたのかもしれない。実際、オプティマス・プライムもあのレプリカを目にした時は嫌な気分がしたものだった。しかもそのロボットが五体もあったのだから、サウンドウェーブが激怒したのも無理はないと彼は思った。

「あれは・・・」

今度は彼が口篭る番だった。あのメガトロンのレプリカは、ホイルジャックが発案して作成したものだ。それも実際は事後報告で、オプティマス・プライムが許可する前には五体のロボットが出来上がってしまっていたのだ。しかし、サイバトロンを統括する立場の自分が、知らなかったで済む話ではなかった。

いくら敵への挑発にしても、性質が悪過ぎた。一度そう思ってしまえば、オプティマス・プライムの良心が弁解を許さなかった。しかし・・・しかしである。

「だからと言って、無関係のホットロッドにあんな・・・」

「彼はサイバトロンだ。」サウンドウェーブは取り合わなかった。

しばらく沈黙が続いた。

唐突にホイルジャックが口を挟んだ。

「ときにサウンドウェーブ、あれは本当にホットロッドなのかね?」

サウンドウェーブは彼に向き直った。「そうだ。」

オプティマス・プライムは彼を止めようと思ったが、言葉が出ず、ただ彼を見るだけだった。

「パーソナルコンポーネントも完全かね?」

「勿論だ。」

「じゃあ本物もコピーも全く同じホットロッドなわけだ」

ホイルジャックは感心して頷いた。セイバートロン星のデストロン本部の一フロアを占めるスーパーコンピュータをもってしても不可能であった芸当を、単体のトランスフォーマーであるサウンドウェーブがこの不便な惑星でごく短期間にやってのけたことは奇跡としか言いようがなかった。

「両方とも本物だ。区別はできない」サウンドウェーブは断言した。

「なるほど。お前さんが一体どうやってそのコピーを作ったのか、大変興味があるんだが・・・」

「やめろ、ホイルジャック」オプティマス・プライムがようやく彼を遮った。

メガトロンが言った。「方法を聞いたところで、それができるのはサウンドウェーブだけだ」

「いやいや、それを何とかするのが科学者の・・・」

「もういい、止すんだ」再びオプティマス・プライムが彼を押し留めた。

ホイルジャックは未練がましく、ぶつくさ言いながら引き下がった。サウンドウェーブは勝ち誇ったような態度で彼を見下ろしていたが、ふいに小さく彼を嘲笑った。

よほど注意深く彼を見ていなければ気付かなかっただろう、しかしオプティマス・プライムはそれを目に留めてはっとした。サウンドウェーブは初めからホイルジャックを標的にしていたに違いなかった。あのレプリカを作ったのがサイバトロンきっての変わり者の科学者だということを、彼は最初から知っていたのだ。

「それで、ホットロッドを黒い色にしたのか」

「そうだ。」サウンドウェーブは簡単に肯定した。

「君の怒りはよくわかった。確かに、先に常軌を逸したのは我々だった。それは謝罪する。しかし、君のしたことは・・・」

「本人の同意を得てしたことだ」

「まさか!」

「彼は喜んで我々に協力した。」サウンドウェーブは平坦に言った。

「嘘だ・・・そんなはずが・・・」

呆然と呟くオプティマス・プライムの言葉を受けて、サウンドウェーブは本人に聞いてみろ、と言うようにオレンジ色のホットロッドに視線をやった。

思い出したように、その場の全員が彼に注目した。

「本当なのか、ホットロッド?!」

周囲の剣幕にびびりつつ、彼は言った。「え、まあ・・・そうだけど?」

「・・・なっ、なんだって―――――――――!」サイバトロンの絶叫が響き渡った。

ホットロッドは慌てて弁解するように言った。

「だって、俺を二人にできるって言われてさ・・・面白そうだろ?」

「お、おま、お前ってやつは〜〜〜〜!!!!」

「こんなお茶目なナイスガイがもう一人いたら楽しいじゃないか。皆だってその方が嬉しいだろ?」

「お前には自己保存本能というものがないのか・・・?」ラチェットががっくりと項垂れた。

「いいか、お前が二人になっちまったら、お前がこの宇宙にただ一人であるという、オリジナリティがなくなってしまうんだぞ」

「ん? 別にいいだろ、俺と同じやつが何人いたって」

「普通はそう考えられないものだが・・・」

ホットロッドの感覚は確かに―――多少独特であると言うべきか、少々変わっているように彼らには思えた。その後もいまひとつ噛み合わない問答が続き、ついに彼らは黒い方のホットロッドへと、やや恐る恐る質問の対象を移した。

「お前はどうなんだ? 自分が、ホットロッドのコピーだと知らされて・・・」

言外に、頭にきただろう?自分を作った奴等を許せないだろう?と問うが、黒いホットロッドはケロリとして答えた。

「いや、別に?」

「・・・・・・」

彼らはそれ以上言う言葉がなくなってしまった。

ホットロッドが不思議そうに言った。「いや、誰が何と言おうが俺はホットロッドだし、俺と彼のどっちがコピーでオリジナルかなんて、そんなことどうでもいいね」

「なあ?」顔を見合わせ、ホットロッド二人はそれぞれに頷いた。

「お前・・・いや、お前たちには、自尊心とかそういうもんはないのか?!」

「ないね。」

「そんなものに拘るなんて馬鹿じゃねえの?」

「人生半分捨てるようなもんだぜ。」

同じ声で二人のホットロッドは口々に返した。もうどっちが喋っているのかわからなかった。

脱力する一同。しかし気を取り直して、

「いいか、よく考えてみろ。お前たちは良いかもしれんが、お前達の回りの人や物は、ひとつずつしかないんだぞ? お前の部屋はサイバトロンには一つしかないだろう?」

「そういや、そうだな」

黒いホットロッドが言う。「俺はこの際、デストロンに移ることに決めたから、今まで通り部屋はお前が使えよ」

「そうか? サンキュー。」

勝手に話を進めるホットロッドは、そこでメガトロンの方を見た。「いいよな、責任取ってくれるんだろ?」

オプティマス・プライムは驚きに息を飲んだ。ホットロッドの口から『責任』などという言葉が出るとは思わなかったのだ。だがこんな時に聞きたくなかった、と彼は心の底から思った。

メガトロンは腕を組んで憮然としていたが、ややあって頷いた。「無論だ。お前の居場所は確保しよう」

オプティマス・プライムが慌てた。「ま、待てメガトロン、そのようなことを簡単に認める訳にはいかない」

「本人の希望だ。お前が口を挟む問題ではなかろう」鋭い視線を向け、メガトロンは彼を一刀両断にした。

「・・・その通りだ。」オプティマス・プライムは僅かに項垂れ、引き下がった。「ホットロッド、お前の意志を無視するようなことを言ってすまなかった。よく相談して、お前達の気の済むようにしてくれ」

「サンキュー、オプティマス!」黒いホットロッドは明るく返した。

メガトロンは無言でオプティマス・プライムに向かって頷いた。彼がサイバトロンのリーダーとして言うべき事を言ったまでであるということを、メガトロンはちゃんと知っていた。

オプティマス・プライムはそれきり黙り込み、何も言わなかった。

スプラングが諦めずに言った。

「よく考えてみろ、お前は二人になっても恋人は一人しかいないんだぞ?」

「そうだなあ・・・」しばし首を捻った後、オレンジ色のホットロッドは思いついたようにポンと手を打った。「あ、わかった、それはお前に譲る」

「えー?」心なしか、黒いホットロッドはとても嫌そうな顔をした・・・ように見えた。

「まあまあ、遠慮するなって」

「押し付けんなよ! 俺だってもう飽き・・・あっ」

しまった、と彼が口元を押さえたのと同時に、彼らの背後で、誰かが倒れて地面にまともに頭をぶつけたような音がした。

一同は同情し、心の中で手を合わせた。気の毒に・・・だが奴は知っていた筈だ。ホットロッドの自由奔放で移り気な性格を・・・最初は彼のそんな部分に惹かれたに違いないのだろうから。もしも本気で気付いていなかったのなら、奴は相当の馬鹿かお人好しだ。呪うなら、自分の勘の鈍さを呪うがいいさ。思わずそう吐き捨ててしまう位に、彼らはやけっぱちな気分になっていた。





デストロンに移籍したホットロッドは、ある日、「地味過ぎる」と言って真っ黒だったボディを塗り替えた。極彩色のド派手な装甲は、押し並べて控えめなカラーリングのデストロンの中でとてもとても目立っている。が、周囲の呆れた視線もお構いなしに、彼は今日も元気にデストロン本部内の通路を暴走してはパトロールに叱られている。

もしも、セイバートロン星の住人がみんな彼だったら、きっとつまらない戦争なんて起きやしないだろう。オプティマス・プライムは時々真剣にそう思うのだった。





終わり








邦題は「ロディマス倍増計画」でした(爆

ゲーム内でいつの間にか仲間になっていた
Black Rodimusのキャラ説明にあった、
「自分こそが本物のホットロディマスだと思っている」
という一文に燃えまくって考えた話。

尤も、最初の予定とは大分違う話になった訳ですが・・・

ゲーム登場キャラが少なくて台詞回すのに困った・・・
が、実は雑魚扱いのキャラを含めたら結構いた、ということに気付いたのは
ほぼ全体を書き終わってからでした(爆
ヘッドマスターの人達は喋り方とか全然わからんので無視。



ま、受け止め方は人それぞれだよネ☆ って話。



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