Carry-cot




メガザラックは一週間振りに目を覚ました。

天井の高い部屋は暗く、静かだった。彼が横になっていたリペアベイのエネルゴン供給はいつの間にか止まっており、彼は穏やかな休息状態から覚醒した。

起き上がろうとして、彼はすぐ傍によく知った気配を感じて動きを止めた。

「やっと目を覚ましたな」

主人の声に、メガザラックはふらふらと立ち上がった。

「ガルバトロン様・・・」

「具合はどうだ? メガザラック。」

「はい・・・傷はもう、完全に直りました。」

ガルバトロンは頷いた。「それは何よりだ」

言いながら、彼は臣下の全身を眺めやった。最後にその表情に目を止めると、口調はしっかりしているものの、幾分視線が定まらず、メガザラックはどこかぼんやりした様子だった。

「どうした、まだ目が覚めぬか?」

ガルバトロンはメガザラックの顔を片手でそっと撫でた。「今回は修理に時間がかかったからな、無理もない。」

「・・・眠っている間ずっと・・・夢を見ておりました、」

「夢か。」

「はい。懐かしい・・・ですが、私の記憶ではありません。」

ガルバトロンは一瞬、おやという顔をしたが、何も言わなかった。

しばし考えた後、思い切ったようにメガザラックは主人の顔を見て言った。「ガルバトロン様、お願いがあります。」

突然の彼の言葉に、ガルバトロンは興味を引かれたようだった。「お前が頼みごととは珍しい。言ってみろ」

「はっ。あの・・・」

「遠慮はいらぬぞ。」

「・・・それが、あの・・・何と申し上げてよいやら・・・」

「一体何だ、はっきりせぬか。」ガルバトロンはイライラと腕を組んだ。

自分の頭に思い描いた像を言葉で上手く表現することができず、メガザラックは口篭った。それでも躊躇いがちに、彼はついに言った。

「私を・・・抱いて頂きたいのですが、」

「抱く?」ガルバトロンは素っ頓狂な声を上げた。「そんなことなら、お願いされるまでもないわ。今すぐ天国を見せてやる。さあ来るがよい。」

来いと言いつつメガザラックの腕をひっ掴み、ガルバトロンは問答無用で彼を引き倒して圧し掛かった。

メガザラックは驚いて、主人を押し止めようと必死で抵抗した。「違っ・・・ガルバトロン様、違うのです、そういう意味ではなく、その・・・あ、あっ」

悩ましい声を上げつつもじたばたと抵抗されて、ガルバトロンは渋々手を止めた。「違うのか?」

「あの、ただ・・・こう、抱き上げて、」メガザラックは両手を少し掲げて見せた。

「それから?」

メガザラックは少し考えた。

「・・・それだけ・・・です。」

ガルバトロンは床に座り込んだままのメガザラックの両脇に手をかけて立ち上がり、彼を自分の目の高さ位にまで持ち上げてみてから、首を傾げて渋面を作った。

「・・・こうか?」

「いえ、あの、何か違うような・・・」

それまで黙って二人のやり取りを見ていたナイトスクリームがぼそりと呟いた。「メガザラック。お前がガルバトロン様にしてもらいたいと思っているのは『抱っこ』だ。」

「だっ・・・」

メガザラックは首だけをくるりと回してナイトスクリームを見た。涼しい顔をした彼とは対照的に、メガザラックは激しく動揺した。それは彼にとって初耳の単語だったが、その語感からえも言われぬ気恥ずかしさを感じて、彼はそれを口にすることができなかった。

「ほほ〜〜〜〜〜う?」

ナイトスクリームの言葉によって事情を飲み込んだらしいガルバトロンは、一転してにんまりとして言った。

「お前、『抱っこ好き』か。そうか。」

ガルバトロンは一人で納得すると、手馴れた様子でメガザラックを抱え直した。大きな尻尾を巻き込んで、尻を下から支えるように片腕を回す。彼の上体を自分の胸から肩にかけて持たせかけ、向かい合わせに体を密着させるように揺すり上げる。途中、大層当惑した様子のメガザラックと目が合ったが、ガルバトロンは構わず続けた。

複雑にかさばった部下の体を手品のように器用に腕の中に収め、ガルバトロンはにやりと笑った。

「こうだろう? メガザラック。」

頭ひとつ分上になったメガザラックの顔を見上げて、彼は言った。

「・・・はい、ガルバトロン様。」

彼にしては珍しく、メガザラックは喜色の滲んだ声で応えた。一人前の図体で人に抱き上げられることに恥ずかしさもあったが、安心感と幸せな心地がそれを遥かに上回った。

そんな彼をガルバトロンは目を眇めて見ていたが、ふと思いついたように呟いた。

「夢か・・・お前の中に、お前の前身――― 一介のテラーコンだった頃の記憶がどこかに残っているのかもしれんな。」

らしくなく、ガルバトロンは少し感傷的に言った。メガザラックは口を挟むことなく黙って主人を見詰めた。

「昔のお前がどういう姿をしていたかということになど、興味はないが・・・」ガルバトロンはほんの少し言葉を切り、メガザラックの表情をちらりと伺った。

「随分と可愛い習慣を持っていたものだ。」

言い返す言葉もなく、俯くしかないメガザラックの頭を、ガルバトロンは笑って撫でた。そのあやすような仕草に、メガザラックは思い切り擦り寄って甘えたいという本能的な欲求を感じて動悸を早くした。

「さて、」

気持ちを切り替えるような主人の声に、メガザラックは下ろされるものと思い関節の力を抜いたが、しかし彼の言葉は違った。

「折角だ、このまま散歩にでも行くか。」

「はっ?!」

メガザラックは思わず聴覚センサーを疑った。そして、もし彼の言葉が実行された場合にユニクロンの内部で繰り広げられるであろう事態、自分に向けられる同僚の驚き呆れた眼差しを思い遣って頭を抱えた。

「ガ、ガルバトロン様! もう十分です・・・」

「何を言うか。今始めたばかりではないか。」

「わ、私は重いですから、これ以上は申し訳・・・」

「馬鹿を言うな。お前など二百年でも片手で抱いておれるわ。」

その後もメガザラックは主人を思い止まらせようと色々言ったが、そのような言葉の努力が過去に実を結んだ実績はなく、また今回も彼の試みは空しく終わった。

「そう言えば、じきにショックフリートが戻るはずだな。」

浮き浮きとした主人の口調に、メガザラックはがっくりと肩を落とした。もう諦めるしかなかった。こうなってしまった――心底楽しそうなガルバトロンには何を言っても無駄だということを、自分はきっと他の誰よりもよく知っている。

そう自分に言い聞かせて、メガザラックは主人の首に回した腕に少しだけ力を篭めた。

大股で歩くガルバトロンの体から伝わるゆっくりとした規則的な振動と、間近に感じる温かみのあるエネルギーの心地良さに、メガザラックは再び穏やかな眠りに誘われていった。



The End








ホラ、ザラックさん、病み上がりだからさ!! ねえ!!



うちの猫は『抱っこ嫌い』です。
だから何?とか言うやつは殺すwwww


チャットでネタ振りしてくれたえーこさんへ。



2005.10.16