The Supreme Sacrifice




遠い闇の向こうから、私を呼ぶ声がする。

優しく強く響くその声は、聞く者に耳を塞いだまま眠り続けることを許さない。“人”としての人生を捨て、時代の流れから取り残された私を容赦なく叩き起こし、陰惨な使命へと向かわせる。

眩しく降り注ぐエネルギー、その輝きの中に守られているのは、たった一つの命題のみだ。

プライマスは最後に見た時と少しも変わっていなかった。最後に私が眠りについてから、一体どれだけの年月が経っているのだろう。私の知る世界は、少なくともその名残りくらいは、今のこの世界に存在しているだろうか。

心を持たない我らが神は、優しく無慈悲な声で私を呼ぶ。

「待っていました、オメガスプリーム。サイバトロンは危機に瀕しています。」

私は無言で小さく頷いた。目覚めの理由などひとつしかないのだから、聞くまでもなかった。

創造神プライマスの手助けによって、その子らであるサイバトロンを滅亡から救うこと。神の力を彼らへ媒介することがこの私に与えられた―――今となっては唯一の使命だ。

運命は今も彼ら自身の手に委ねられてはいない。

死にも等しい、空虚で長い眠りから目覚め、眩しい光に迎えられたというのに、私は暗澹たる思いで一歩を踏み出した。



プライマスから状況の説明を受けると、私は直ちにセイバートロン星を後にした。今回もあまり時間はないようだ。

戦場となったユニクロンの表面で、私はすぐに彼を見つけた。プライマスから得たデータの通り、彼は単体ではなかった。彼の体の半分には別の魂が宿っているのが見える。私は彼の前に姿を現した。

私を見上げて、彼は呟いた。「あなたが・・・」

驚きをマスクの下に隠した、抑えた声。一族が危機に瀕した戦いの中で、彼は猛った牡牛ではなかった。たった十年前に生み出されたという彼は、導かれて祭壇に向かう山羊のような、善良で物分りの良すぎる、絵に描いたような“コンボイ”だった。

私は一瞬、眩暈を感じた。彼の精神活動が抑制されているのは合体による一時的な影響だろうか、そう思いたかった。胸を突いて弾けた罪悪感に、私は気付かない振りをした。



見守る内に、彼はとんでもない事を言い出した。ユニクロン内部への突入を強行しようとする彼を、私は内心で慌てて引き止めた。

私は単に増援の兵員として来たのではない。私が彼を助ける為に持つ手段にはいくつかの段階があり、まだ彼に話すつもりはないが、彼は合体によって、サイバトロンで最も強大な力を持った私の体を使って戦うことができる。最悪の場合、プライマスから直接供給されるエネルゴンの力を使って、ユニクロンに対抗し得る大きさまで体を巨大化することになる。彼のスパークを深く傷つけるそれはできる事なら使いたくないが、恐らく使うことになるだろう。そして、その力の発動にはユニクロンの外部にいることが絶対条件だ。

私が外部からの攻撃による破壊を主張すると、彼は俄に気色ばんだ。

「それではガルバトロンまで殺してしまうことになる」

そう言った後で、彼はしまったという顔をした。私はそれを聞き流した振りをした。

ガルバトロン。私はプライマスから受け取った情報の中から容易くその名前を見つけた。

やっかいなことになったと思うと同時に、私は納得した。“これ”が私が星の底から呼ばれた本当の理由だったのだ。



ユニクロンを撃破してからずっと、彼は昏睡状態が続いていた。体の修復は進んでいたが、消耗しきった心の方はそう簡単にはいかない。彼はどんな呼びかけにも応じることはなかった。彼自身が目覚めを望んでいないのだ。眠り続ける彼の傍らで、私は言葉もなく佇むことしかできなかった。

結局、彼は自らの手でユニクロン、そしてガルバトロンを葬り去ってしまった。驚く程少ない犠牲で目的を果たしたというのに、この後味の悪さは一体何だろうか。

私は今までに見てきた何人もの“コンボイ”の事を思い出した。

千年に一度、いや数十万年に一度、デストロンの血が気まぐれに生み出す脅威――強靭なボディに芸術的な戦闘センス、飽くなき闘争心に軍事的才能、そして鋼の意志を備えたデストロンの破壊大帝。一度彼がセイバートロン星に現れれば、それまで保たれていたパワーバランスはいとも簡単に崩れ去った。

それに対抗し、サイバトロンの民を守るための肉体と精神――マトリクスの器としての使命に耐え得る戦士としての――を備えた存在として生み出され、サイバトロン軍の全権を与えられて戦うのが“コンボイ”だった。

限界を超えた厳しい戦いの中で、最終的に犠牲となるのはいつも彼ら“コンボイ”だった。サイバトロンに対する脅威を打ち破るための生贄となって彼らは散った。ロボット生命体としての理論的無限の寿命に対して、サイバトロンの歴史に名前を残す彼らは皆恐ろしく短命だった。

私は何人もの“コンボイ”と共に戦い、そして彼らが死ぬのを見てきた。破壊大帝と刺し違えて命を落とす者、その場では生き残ったと思っても、消耗しきったスパークを回復できずに倒れる者。あるいは決定的勝利を収めた者でさえ、長年の好敵手を自ら葬り去ったという精神的な傷によってだんだんと衰弱していき、やがてひっそりと息絶える者もあった。中には普通に生きた者もあったが、大抵は壮絶な戦いに疲れきって軍を去り、行方が知れなくなった。いずれにしても、サイバトロン軍を率いて大戦争を生き延び、その後も無事に総司令官を続けられた者はこの数百万年に及ぶ歴史の中に数える程しかいなかった。

そんな彼らの犠牲の上に成り立ってきたこの歴史の、なんと歪で異様なことか。他にサイバトロンとその母なる星の平穏を守るもっと良い方法があるはずだ。私はいつも思っていた。しかしこの私もまた、その哀れな運命を知りながら生贄を祭壇に導く、大いなる神の意志の一部に過ぎなかった。

被害が拡大し続ける戦いの中で、誰かが犠牲にならなければならなくなった時、権力と責任を負った地位ある者から順番にその身を捧げるのは当然だと、私は思っていた。私自身はその役割と、桁違いに強く作られたスパークのために今まで命を保ってきたが、目の前で“コンボイ”を失う度に、脆弱な私の精神は深く傷ついた。私は感情を制御し、強く抑制することで傷の痛みを感じないようにしていた。卑怯にも彼らの死から目を逸らすことによって、私は自分の心を守っていたのだ。その心がそうまでして守るべき物かどうか知りはしないのに。

その内に、私は自分が必要とされる時以外は努めて他人と接触を持たないようにし、誰も訪れることのない、惑星の地下深くの神殿で眠り続けるようになった。“コンボイ”の犠牲によって救われた、彼らのいない新たな世界を、私はとても見ていられなかった。そこに自分が生命を謳歌する権利のないことも私は知っていた。

彼は目覚めない。このまま彼も死ぬのだろうか、今までの“コンボイ”達と同じように。

私は救いようのない暗い気持ちになった。しかし、それを嘆き悲しむ権利をもまた、私は持っていないのだ。

ユニクロンの消滅と共に、私の使命もまた終わった。再び眠りに就く前に、せめて彼の最期を見届けたいと思った。



数日後、遠い宇宙の向こうで煌めいた力の色を、私は俄には信じがたい思いで感じ取った。それは間違えようなく、ガルバトロンの発するそれだった。彼は生きていたのだ。

数時間遅れてセイバートロン星襲撃の報が届き、ロディマス・コンボイを指揮官に急遽編成された部隊と共に、私は惑星を後にしたーー未だ目覚めない彼を一人残して。

だが驚くべきことに、その直後、彼はミランダIIを追ってやって来た。ワープ空間で彼を収容し、指揮権が彼の手に戻された後で、私は船室に彼を訪ねた。

彼は窓辺に立っていた。歪んだ星の光が帯を引くその光景を、彼はただ目に映すだけで見ていないようだった。

どんなに呼びかけにも応じなかった彼が、当然のような顔をしてここにいる。彼を目覚めさせたのは・・・考えるまでもない。

「グランドコンボイ」

呼ばれた声に初めて私の存在に気付いたように、彼は驚いた様子で振り向いた。「オメガスプリーム」

「何故追って来た。君の体はまだ完全ではない筈だ。」

彼の体、そしてスパークはユニクロンと戦う為に用意された物だ。その存在と所在が知れるまでは、彼の力はなるべく温存しておかなければならないのだ。それ以外の戦いは、他に任せておけば良い。例えばこの私のような者に。

質問に答える代わりに、彼は言った。「ガルバトロンは生きている」

私は頷いた。「そして恐らくは、ユニクロンも。」

「わかっている。その復活を阻止する為にも、私はガルバトロンとの決着をつけなければ」

「なぜそこまでガルバトロンとの勝負にこだわる。なぜ彼を求める?」

「それは・・・」言い淀んだ後、覚悟を決めて彼は頷いた。「いや、あなたの言う通りだ。私の心は彼を求めている。彼を求める衝動が私を突き動かす。」

「それはいつから?」

「わからない。地球で彼と再会した時、いや、多分もっとずっと前から・・・」彼の声は熱っぽく上ずった。「理屈じゃない。彼が欲しい。」

私は心の中で溜息を吐いた。

彼の告白に、私はあまり驚かなかった。サイバトロンとデストロンの長い戦いの歴史の中で、デストロンのリーダーに心惹かれるサイバトロンの総司令官は決して少なくなかった。拮抗した実力を持ち、そしてほとんど正反対の開放的な表現を持つ破壊大帝に対して、秩序の申し子である彼らが強い興味と羨望を抱くのはある意味で避けられないことだった。

サイバトロンの民の頂点にあって、“コンボイ”は孤独な存在である。彼らの神によって大きすぎる力を与えられた存在に対して物怖じすることなく、あるがままの姿を捉え、最も正しく彼らを理解し得るのは、皮肉にもデストロンの破壊大帝だった。だからこそ、サイバトロンを率いる使命を持った彼らには、精神活動に対して強い抑制を強いるリーダーシップ・マトリクスが受け継がれるのだ。

それよりも私が驚いたのは、今までずっとプライマスに対して極めて従順であった彼の中に、これ程強い情熱と感情が秘められていたということだ。彼は、大いなる神の意志の通りに動く単なる力の器ではなかったのだ。

だが、たった今見つけたばかりの大切なそれを、私はこの手で括り殺さなければならない。彼の思い、彼がガルバトロンに対して抱く好意、執着は、ガルバトロンとの戦いの役に立たないどころか極めて危険だ。彼はガルバトロンを殺せまい。結果、彼だけでなく、サイバトロン全体、ひいてはセイバートロン星そのものが危機に瀕することになるだろう。それを防ぐ為にある存在の一つが、この私だ。

彼が心に抱く思いを、私はできれば知りたくなかった。知らないままでいれば、この先どんなに気が楽だったか。だが知ってしまった今は、彼を苛む苦悩がどれ程の物か想像できる。今まで何人も見てきた“コンボイ”が、彼の姿に重なって見えた。

「彼のことは、もう諦めるんだ。」私は彼の双眸を覗き込み、あくまで静かに、しかしはっきりと告げた。最も効果的で、最も残酷なやり方だ。マトリクスの影響下にある彼が、理性と自制心を攻められれば抗いきれる筈がない。彼はもう、本当はわかっているのだから。

彼ははっとした。私が彼のガルバトロンに対する執着に薄々気付いていながら、今までそれを追求することなく単に見守っていたことを、彼は知っていたに違いない。それでも私が何も言わないことに、彼は細々とした望みを繋いでいたのだ。しかし全ての事が明るみに出てしまった今、その望みも潰えるしかない。

刻限は過ぎてしまったのだ。もう一刻の猶予もない。可哀相だが、彼には諦めて貰わなければならない。

彼は視線を逸らした。「わかっている。ガルバトロンがユニクロンを利用し、宇宙を破壊しようとするのなら、我々は彼を排除しなければならない。」

そう返した彼の声は低く、普段と少しも変わらなかった。表情はいつものようにマスクの下に隠されている。一見、彼は落ち着き払って見えた。しかし彼の全身から噴き出し、彼を取り巻き荒れ狂う無言の嘆きは私の胸を深く突き刺した。

私は決心した。私は二度と、神殿の地下で眠りにつくことはないだろう。

私は無言で近付き、彼の肩に手を掛けた。

されるままになりながら、静かに彼は言った。「心配はいらない。私は心を決めた。もう未練はない」

「無理はするな。グランドコンボイ」

「無理などしていない。こうすることが私の役目だ。私の義務だ。」

しばしの間、沈黙が降りた。

やがて彼が言った。「この宇宙の平和のために、ユニクロンはなんとしても倒さなければならない。」

私は頷いた。「そうだ。そして今それができるのは君しかいない。」

「私はもう迷わない・・・私の部下、仲間達のためにも」

「心を強く持つことだ、グランドコンボイ。私が君を支えよう」

だからガルバトロンのことはもう、忘れるのだ。

言外に含む意味を察して、彼は俯いた。しかしすぐに、意を決したように向き直った。

その双眸に宿る光に、私はアンバランスな強さを感じた。それは一途であるが、同時に酷い危うさを伴う固い決心だった。

私には、彼の心が少しずつその体からずれて離れていくのが見えるようだった。

――可哀想だが、悪く思わないで欲しい。これが君に課せられた使命、サイバトロン総司令官としての君の運命なのだから。

私は心の中で詫びると、彼を腕の中に抱き寄せた。彼は大人しく体を預けた。

その代わり、この戦いで君一人を犠牲にはしない。これからは私が君を独りにしない。何があっても、私は君と共にあると誓おう、この先に待ち受けるどんな悲劇も乗り越え、共に迎える最期の時まで。



END







えー、この話、書き始めたのは#44話放映頃でしたっけ(とっても遠い目)

結局、グラコンにはガルバさんを諦めようという気は
これっぽっちもなかったわけですが・・・

話の骨子としてはですね、

オメガ、最初はユニクロンを倒すという目的のための手段として「グラコンを助けるために」来た訳だが、グラコンがガルバさんにめろめろになってるので作戦変更を余儀なくされる。最終的には目的達成のための手段としてグラコンを使う、ということを決断して実行するオメガ。その代わり(ガルバトロンを諦めさせる代わり)に、自分がグラコンの精神的なサポート役になろうとする。グラコンも、ガルバトロンを諦めなきゃいけないというのはわかりすぎるほどわかっているので、心の中では泣きながらも、いい機会なので優しくしてくれるオメガに流される。

というだけなのですが、なんか書き難くてずっとほったらかしに・・・
このまま寝かせといても上手い展開を思いつきそうになかったので、
この際(どの際だ)終わらせてしまうことにしました。

大前提として、ガル×グラコンで。