New Theory



 

小雪の舞う針葉樹の密林を舞台に展開した戦いは、今や大変な混乱状態に陥っていた。サウンドウェーブは自分がメガトロンのいる本隊から離れすぎ、致命的に危険な状況にあることはわかっていたが、しかしどうすることもできなかった。彼は数人の敵に囲まれ、既に退路を失っていた。彼は更に頭上をエアーボットの戦闘機が旋回しているのを感じた。

「デストロン軍団、退却!」

メガトロンの号令を広範囲の戦地に散らばった兵士の一人一人に最大強度で中継した後、サウンドウェーブは彼のリーダーに不本意な報告しなければならなかった。

「サウンドウェーブ、脱出不可能。」

彼はいつもの平坦な和音で言うと、返事を待たずに、背後の木の枝に止まっていた小さな仲間を呼んだ。「コンドル、リターン。」

音もなく滑空してきたコンドルは空中でカセットモードにトランスフォームし、彼の胸部格納スペースへと収まった。サウンドウェーブはハッチをロックし、さらに内部の隔壁を下ろした。これで格納庫は彼の体の中で、メインコンピュータを除いて最も強固に守られた場所となった。彼をバラバラに解体しない限り、外部から中のカセットに危害を加えることは無理だった。

先程から彼を包囲していたサイバトロンの兵士達が、撃ち合いの際に避難所にしていた木々や地面の窪みから徐々に姿を現し、急速に彼との間の距離を詰め始めた。サウンドウェーブは彼らに向き直り、ただ待った。

「サウンドウェーブ、もう逃げられはしないぞ。大人しく武器を捨てろ。」マイスターが警告にしては朗らかな調子で、しかし油断なく武器を構えたままで告げた。サウンドウェーブは手にしたブラスター・ガンを無造作に足元に落とした。

ランボルとインフェルノが慎重に彼に近付き、彼の両手を拘束した。サウンドウェーブは大人しくされるままになっていたが、この処置が彼にとっては全く無意味だと思っていた。彼が主に使用しているブラスター・ガンはすでに敵の手に没収されていたが、彼の手持ちの中で最大の破壊力を持つ武器は彼のボディに内蔵されており、両手が使えなくても作動には全く問題がなかった。そして彼は自分の格闘技術に落第点をつけていた。

「メガトロンはお前を置いて逃げたようだな。まったくご立派なことで。」クリフが彼よりも二回り大きなデストロンに狙いを定めたまま嘲笑った。サウンドウェーブは彼の侮辱を無視した。

バイザー・アイとマスクに覆われたサウンドウェーブの表情は窺い知れなかった。この危機的な状況にも関わらす、彼は全く落ち着いているように見えた。

「くそっ! 何とか言いやがれってんだ!」

無反応で応えたサウンドウェーブに頭に血を上らせたクリフは衝動的に彼を撃った。無抵抗で衝撃を受けたサウンドウェーブは倒れた。

「やめないか、クリフ!」

知らせを聞いてやってきたコンボイ司令官が強い調子で制止し、クリフの右腕を掴み上げた。「彼は我々の捕虜だ。協定に従って、捕虜への暴力行為はいかなる場合も認められない。」

クリフは不服そうに眉をひそめた。「デストロンの野郎共は協定を尊重する気なんかこれっぽっちもありませんよ。今までに奴らに捕まった仲間達がどんな目に遭ったか・・・」

コンボイは言い聞かせるように首を振った。「だからと言って我々がそれを破っていいという理由はどこにもない。いいか、これは我々自身のプライドの問題だ。彼らがどんな振る舞いをしようと、我々だけは道を踏み外してはならないのだ。」

「・・・わかりました、司令官。」クリフは渋々引き下がった。

コンボイは地面に座ったままのサウンドウェーブに向き直った。「すまなかった。だがこのまま君を帰してやるわけには行かない。サウンドウェーブ、君は今から我々の監視下に置かれる。無駄な抵抗はしないでほしい。」

厳粛に言い放った後で、彼は少し調子を変えて付け足した。「もっとも、そのつもりはないようだが。」

静かに立ち上がったサウンドウェーブはコンボイの方を向いていたが、彼の言葉にはやはり無反応で応えた。その場にいたサイバトロンの兵士達は不可解な表情でお互い顔を見合わせた。誰も一部始終を無言で通したネイビー・ブルーのデストロンの内心を伺うことはできなかった。





サウンドウェーブがサイバトロンの捕虜となるのはこれが初めてではなかったが、近年は久しくその機会がなかった。メガトロンがデストロン軍団のリーダーとなってからは一度あるかないかというところだった。

サイバトロン兵士の間では、メガトロンの右腕であるサウンドウェーブは油断のならない相手として認識されていた。彼はこと情報戦においては並ぶ者のないエキスパートだった。

彼は忠実なカセットロンやスパイ衛星を自在に操り、サイバトロンの機密通信をことごとく傍受していた。そして彼は暗号化された情報を解読する恐ろしい才能を持っていた。ほとんど彼一人のために、彼らは10時間毎の――すなわち1日2回のコード変更を余儀なくされていたが、それでも彼らは、一度発した情報はサウンドウェーブに知られているかもしれないという懸念を常に捨て去ることができなかった。そして厳重に厳重を重ねた防衛措置が図られたコンピュータに頻繁に侵入しては情報を混乱させる彼の能力は、彼らにとっては全く厄介以外の何者でもなかった。

彼自身は怖れられると同時に不気味がられていた。彼はサイバトロンの面々にとってあまりに不可解な人物だった。本音が知れない、そして憎むべきデストロンという点では同じでも、頻繁に会話が成立するメガトロンの方がまだ一人の人物として親しみが持てるという有様だった。彼らがサウンドウェーブと個人的に話をする機会がないことは勿論だったが、戦いの場においても彼が二言以上を喋ったところをほとんど誰も見たことがなかった。感情を伺いにくいバイザー・アイに、顔面の半分を覆い隠したマスクによる無表情振りと、抑揚のない機械的な声に、彼の感情機構は壊れているとか、いや元々備わっていないのではないか、という噂まであるほどだった。

そんな状況だったので、彼を捕虜として基地内に迎えることはサイバトロンの兵士の間にちょっとした緊張を呼んだ。

サイバトロン基地に連行されたサウンドウェーブはしばらく暫定の拘束室に抑留された後、サイバトロン基地の地下部分に作られた、最も厳重に警備された牢に移された。

常に監視された囚人は、先行きの不安や恐怖の大きなストレスにさらされて精神的に消耗するものであったが、しかし今回の場合は見張っている方も楽ではなかった。いつ何時見ても、サウンドウェーブは独房の中央に同じ姿勢で立っているのだ。疲れないのか、座ったらどうだ、と声をかけても変わらずの無反応で、半日もしない内に監視にあたる兵士は彼を気味悪がるようになった。

「あいつ本当に、ただのロボットなんじゃないですかね。」

トラックスのぼやきを聞いてコンボイは笑った。「そんなことはないと思うが、まあ気にするんじゃない。それより、警備の方はどうなっている?」

「ご心配なく、司令官。彼が入っているのは特別のVIPルームですからね。あの中にいる限り、彼は何もできませんよ。外部と連絡を取ることは不可能です。」パーセプターが保証した。

スフィア・フォースフィールドはエネルギー密度がどこも均一で電磁気的に強度の高いバリアが得られるが、何分できあがったフィールドが球形のため場所を取るのか問題だった。普通牢には部屋の形に合わせた立方体のフォースフィールドや、単に出入り口を塞ぐためのエネルゴンバーが使用される。球形のものはこれらよりも物理的な強度は多少劣るが、彼の通信技術兵としての能力を押さえ込むためには最適の選択であった。

「それを聞いて安心した。だが油断するなよ。フォースフィールドに守られているとはいえ、相手はあのサウンドウェーブだ。一体何をしでかすか予想がつかないからな。」コンボイは警備主任のアラートに念を押した。「他に変わったことはあるか。」

「それがなんともわからんのですがねぇ、司令官」ホイルジャックが喋りだした。「通信やら何やらはフォースフィールドの中じゃまるっきり無駄だっちゅうことは充分わかっとるだろうに、奴さんはまだ電磁放出をやめんのですよ」

「というと?」

「周囲のスキャニングですな。警備システムの盲点を探っとるんでしょうが、そんなに高感度にセンサーを働かせとるんじゃ、フォースフィールドの強い磁場の影響をモロに受けることになりますから、奴さんは相当なダメージを受けとるはずですわ。」

コンボイは表情を曇らせた。「彼の生命に危険はないのか。」

サウンドウェーブは、セイバートロン星で内戦が始まって以来、うんざりするほど長い年月敵対してきた相手で、彼によってサイバトロンにもたらされた被害は甚大だったが、コンボイにとってはそんなことはどうでもよかった。彼は何があっても、相手が誰であろうと、その生命が傷つき苦しんでいるのを見過ごすとはできなかった。

コンボイの内心を十分承知しているホイルジャックは苦笑して答えた。「まあ、死ぬようなこたないですわ。しかし普通はあんなこたできませんねえ。大体中にいるだけでも頭が痛くなるようなもんですから、普通はセンサーの感度を落としてじっとしとるもんなんですがね。」

「彼は自力での脱出を諦めるつもりはないようだな。」ああ見えて、という言葉をコンボイはなんとか飲み込んだ。彼の静かな外見に惑わされてはならない、と彼は自らを戒めた。

「・・・とにかく、監視を怠るなよ。それと、メガトロンが彼を取り戻しにここに来るに違いない。基地外部の警戒も強化するんだ」

「わかりました、司令官。」アイアンハイドが答えた。

「それでは解散。」





その日の夕方、コンボイはサウンドウェーブの独房の前にやってきた。

「やあドラッグ。」

コンボイの姿を認めると、壁にもたれて立っていたドラッグは驚いたように身を起こした。「コンボイ司令官。尋問ですか? お一人で?」

コンボイは軽く両手を上げて首を振った。「ああ、いや、違うんだ。ただ様子を見に来ただけだよ。」

「そうですか。まあ見ての通り、何もありませんよ。」

「ああ、そのようだ」コンボイは牢の方を一瞥し、すぐにドラッグに視線を戻した。「彼と少し話がしたいんだ。しばらく外してくれないか。」

「わかりました。じゃ何もないと思いますけど、お気を付けて。」

ドラッグはコンボイとサウンドウェーブの二人を残して、廊下をコントロールルームのある方向に歩き去った。

足音が消えると、厳重に隔離されたその一角はしんと静まり返った。

コンボイは独房のサウンドウェーブに向き直った。彼らの間の数歩の距離を隔てているものは合金の格子や重い扉ではなく、オレンジ色の燐光を発する透明な壁だった。何もないがらんとした空間の薄暗さの中で、サウンドウェーブのバイザー・アイが鮮やかなスカーレットの光を発していた。

フォースフィールドの発する僅かなノイズがコンボイの感覚を掠めた。

「サウンドウェーブ、今回の事とは別に、私はずっと前から君に聞きたいと思っていたことがあるんだ。」

彼はまるで旧友に語りかけるような口調で話を始めた。彼は他の若い部下たちのようにサウンドウェーブに怖れを抱いていなかったが、だからと言って個人的に親しいわけでは勿論なかった。いつどんな時でも自由にサイバトロンの交信に割り込んでくる腹立たしいメガトロンのメッセージのセッティングをしているのがサウンドウェーブであることは自然に予想がついていたが、常に裏方に徹する彼とコンボイが直接言葉を交わす機会はほとんどなかった。それでもコンボイは今目の前のデストロンとの対話に、構えた態度をとるのが不適当に思えた。

「その前に・・・どうして君は、その・・・スキャンを止めないんだ? 君の高感度のセンサーには相当な苦痛なんだろう。無駄に自分を傷つけるような真似はよすんだ。」彼の返事を求めるでもなく、自分の中で答えを探すように、コンボイは考えながら言った。

だが彼はそれを無駄とは思っていないようだった。内側からフィールドを破壊することができないとわかって尚活動を止めないということは、サウンドウェーブが外からの助けを待っているということだった。万にひとつの確率でフィールドが途切れた瞬間に、おそらくは、間違いなく彼の仲間と連絡を取るために。

「・・・君は、メガトロンが君を取り戻しに来ることを疑っていないのか。」

コンボイの言葉は問いではなく、むしろ確認だったが、しかし長い間を置いた後で、サウンドウェーブは声に出して答えた。「それは違う。」

戦場で捕虜としてから初めて聞いた彼の声は、不思議な落ち着いた印象をコンボイに与えた。

「では彼が君を切り捨てる可能性ががあると?」

「そうだ。」ごく短い音節の間に、無機質な和音が音楽のように響いた。

コンボイは首を振った。「それは信じられない。彼が、長年右腕として力を尽くしてきた君を今更捨てられるとは思えない。」サウンドウェーブはそれに言葉を返さなかった。彼の沈黙をコンボイは否定と取った。

「君は本当にそう思っているのか? ・・・確かに、私には、メガトロンが我々敵だけにではなく、君たち味方に対しても冷酷に過ぎると思えることがある。今回に限ったことではないが、彼は危機に瀕した部下を躊躇いなく切り捨てる。それなのに君らは――いや、君はメガトロンへの忠義を決して変えることはない。メガトロンの元から完全に離反した兵士というのを私はかつて一度も聞いたことがない。なぜだ?」

サウンドウェーブは、自分がコンボイ司令官の意図するところを大体正しく理解したと思った。コンボイは敵の手中に落ちようとしている部下を見捨ててその場から引き揚げることはできない。そうする位なら、最後まで共に戦ってその場で果てようと本気で考える男だった。時に自らの生命を危険をさらして、彼はたった一人の兵士を助け出そうとする。そういう性格、というより、彼はそういう性質に生まれついているのだった。そして、そのような英雄的行為が時に多くの人心を固く掴み取るという事実を認めた上で、メガトロンがそれを愚の骨頂とみなし、同時に彼が冷酷を是としている事実をサウンドウェーブは理解していた。

冷酷とは、最も冷静な判断で、最も多数の利益を図ることだった。メガトロンは、一人の兵士のために軍団全体や自分自身の生命を危険に晒すような真似を絶対にしなかった。コンボイのような突出した行動に出ないのも、リーダーである自分がその場の感情に流されて容易に危険に飛び込み、間違っても死亡するような事態を招いてはならないと、彼自身が遠い過去に誓ったためだった。彼は、戦場で突発的に自分が倒れれば、指導者を失った不安定なデストロンが、集団としてのまとまりを維持できずに容易に瓦解してしまうであろう可能性をよく知っていた。

メガトロンは常に軽はずみな行為に及ばないよう自らを戒めていた。気の遠くなるような昔、まだ経験の浅いリーダーが、作戦ミスのために生じた思わぬ損害のために苦しむ同胞に、己の力なさを呪いながら、その場で手を差し伸べたいという衝動と必死で戦っていたのを、ずっと傍で見ていたサウンドウェーブは知っていた。数百万年の時を経た現在、集団の利益のために個人の犠牲に目をつぶるという行為は完全に彼の性質となっていた。そのお陰で、彼はコンボイのように何度も自ら窮地に陥り、彼自身の生命はおろかサイバトロン全体を危険に晒すような事態を作っていなかった。戦いに敗れ、疲弊しきった状況にあってさえ、デストロンは彼らが向かうべき方向を一瞬たりとも見失うことはなかった。

彼はデストロン主義全体に対する責任を最も重要視するリーダーであったが、しかし一方で、彼は兵士の一人一人を軽んじているわけではなかった。彼は決して部下を使い捨てにはしなかった。ほとんどの場合、捕虜の交換には無条件で応じた。そして、交換するベき捕虜を持っていない場合には、作戦でカバーできると踏めばサイバトロンの拘留施設を襲撃して力ずくで彼の部下を奪い返すこともした。彼は無謀さを何より嫌ったが、自ら危険を冒すことを避けようとはしなかった。戦場では常に先陣を切って戦うように、彼の本質は自ら武器を取って敵を叩き伏せることを望んだ。

サウンドウェーブはメガトロンを心の底から信じていた。彼の信頼の対象は、メガトロンのサウンドウェーブ個人に対する好意や思いやりではなく、デストロン主義に対する禁欲的な誠実さであった。メガトロンが真にデストロンのリーダーである限り、サウンドウェーブを始めとする彼の追従者たちはメガトロンに背を向けることはないだろう。

だがサウンドウェーブは、目の前のサイバトロン司令官に、彼のリーダーの心の内を親切に話してやるつもりは毛頭なかった。彼のリーダーが全ての行動の根本とする思想とコンボイのそれは、決して相容れないものだということをサウンドウェーブは知っていた。

「今まで何百万年も対峙してきた経験にも関わらず、私はメガトロンがわからない。いや例え理解できたとしても、サイバトロンの司令官として、私は彼の思想や所業を認めるわけにはいかないが、それでもどうしても彼の考え方を知りたいと思うことがある。」コンボイは再び考えに沈み、口をつぐんだ。

最後にサウンドウェーブは再び口を開いた。「彼ほどの情熱を以って我々デストロンを導いたリーダーはいなかった。そしておそらくこの先ずっと、彼のようなリーダーは2度と現れないだろう。我々はメガトロンのために命を捨てるだろう。」

それは正確にコンボイの質問に答えるものではなかったが、サウンドウェーブのメガトロンに対する期待や信頼、すべての態度を端的に表現した言葉だった。

コンボイはサウンドウェーブの言葉をそのまま受け入れた。「そうか、ありがとう。」そして彼は体の向きは変えずに半歩ほど後退した。話は終りだった。彼は最初に口にしかけた質問のことを持ち出さなかったが、サウンドウェーブはあえてそれを訊くつもりもなかった。おそらく彼は今までのやりとりの中でその回答を得たに違いなかった。

静かな廊下に、去ってゆくコンボイの足音だけが反響していた。





それから数時間後の深夜近く、突然セキュリティールームに異常を告げる警報が鳴り響いた。

コンボイが直ぐに通信画面に現れた。「何事だ!」

「牢のフォースフィールドが消えました。」当直のストリークが直ちに答えた。

「サウンドウェーブの独房のか。」あえてコンボイは訊いた。

「そうです」ストリークは基地全体の地図を示したパネルに視線を走らせた。隔離された地下の厳重警備区域から地上に出る唯一の移動手段であるエレベーターが作動している様子はない。「彼はまだ地下から動いていないようです。」

「わかった。我々は下に向かう。変化があったら逐一知らせるように。」

コンボイは司令室に居合わせた数名と共に駆け出した。





脱出経路を慎重に逆に辿って地下に降りたコンボイ達は、しかし結局サウンドウェーブと遭遇することなく、彼を抑留していた独房まで来てしまった。思わず顔を見合わせた彼らを、武装したアラートが困惑顔で迎えた。「司令官、一体この警報は何です?」

コンボイは眉をひそめた。「フォースフィールドが消滅したと知らせがあった。サウンドウェーブはどこだ。」

「ご覧の通り、ここにいますよ。」アラートは牢を指差した。「フォースフィールドはちゃんと作動しています。」

見ると、サウンドウェーブは変わらぬ様子でそこに立っていた。コンボイが手を伸ばしてフォースフィールドの界面に触れると、強烈な反動が返ってきた。彼は反射的に手を引っ込めた。フィールドは確かに存在していた。彼が手動で警報スイッチをオフにすると、やかましく鳴り続けていた警報はようやく静かになった。

「これは一体どういうことだ。」

「警報装置の故障かもしれません。」

「そんなことが・・・」コンボイはサウンドウェーブを見た。「これは君の仕業か?」

サウンドウェーブは無反応で応えた。相変らずの無表情からは、否定の意思も肯定の意思も全く伺えなかった。

数秒後、それ以上尋ねても無駄と悟ったコンボイは、彼の部下達に向き直った。「とにかく、今は何事もなかったことをよしとしよう。アラート、君はホイルジャックと一緒にできるだけ早くこの騒ぎの原因をつきとめてくれ。」





翌朝早く、サイバトロン基地に今度はデストロンの接近を告げる警報が鳴り響いた。

「おいでなすったぜ!」

テレトランワンの広域レーダーに補足されたデストロンの航空戦力は、次の瞬間サイバトロン基地全体を揺るがす爆発の振動をもって彼らの仇敵に挨拶をした。

コンボイが表に出ると、基地の表層にクラスター爆弾の一撃を加えて通り過ぎ、地面に対して垂直な円を描いて戻ってきたスタースクリームが再び基地正面からアプローチしてくる状況に出くわした。

「よぉコンボイ! 昨日てめえに預けたサウンドウェーブを引き取りに来たぜ! 大人しく渡しやがれっ」

「生憎そうはいかない。彼にはまだ聞きたいことが山ほどあるんだ!」コンボイは彼のライフルで応戦しながら叫んだ。

襲来したデストロンの戦力はジェット戦闘機数機にトリプルチェンジャーのブリッツウイング、そして僅かに遅れてスタントロンの全てとロングハウル、ミックスマスターが戦いに加わった。基地の内外に陣地を構えた激しい撃ち合いが始まった。

次々と降り注ぐレーザーの合間を縫っては砲撃を返しながら、コンボイは違和感を覚えた。彼は直ぐに気付いた。先程からデストロンのリーダーの姿が見えないのだ。

彼と同様、メガトロンは危険な戦いを部下にまかせ、自分は司令室の安楽椅子でモニターを見ながらくつろいでいるようなタイプではなかった。長年の宿敵である彼は軍団に指令を与える指揮官でありながら、時の声と同時に真っ先に戦場に飛び出してくる戦士であった。

コンボイは何度か目のアプローチをしてきたスタースクリームに向かって叫んだ。「おい、メガトロンはどうした!」

「へっ、あの人はてめーらにかまってられるほど暇じゃあねーんだよ! さあ早いとこサウンドウェーブをこっちへよこしな!」まともに話をする気のないスタースクリームは馬鹿にした声で返し、ついでとばかりにコンボイの後方に位置したサイバトロン基地の入り口にミサイルを撃ち込んで再び上空に飛び去った。

「おかしいですね」爆風をやり過ごして姿勢を高く戻したアイアンハイドが傍らのコンボイに声を落として言った。「こういう時にメガトロンが出てこないとは思えません」

コンボイは彼に同意を示して頷いた。「奴はここから見えない別の場所に潜んでいるのかもしれない。気をつけよう」

強固に守りを固めるサイバトロンと猛攻を加えるデストロンの戦いは膠着状態に陥ったかと思われたが、突如戦場とは反対側、セントヘレナ山の火口に面した基地の区域で大きな爆発が起こった。

「司令官! ジェットが1機、基地内に侵入しました!」

「エアーボット、直ちに向かえ! 地下に入れるなよ!」コンボイは通信機に向かって指示を出した。

数分後、近隣都市のパトロールのために基地を離れていたプロテクトボットが戦いに加わると、状況は一転してサイバトロン優勢に動き出した。

その頃、ビルドロンの残りによって精密に仕掛けられた大量の爆弾の威力で火山の岩盤を吹き飛ばし、強引に開けた入り口から、サイバトロン基地の地下に作られた各施設への分岐点となるフロアに直接現れたスタースクリームは、侵入者に対して機械的に向かってくるガードロボットから逃れながら必死で目的のものを探していた。

「何で俺様がこんなことしなきゃならねーんだよまったく!」

作戦通りにまんまと基地内への侵入に成功したスタースクリームだったが、彼は基地の天井の低さと通路の狭さに辟易していた。高速で廊下の角を曲がる度に主翼の端が天井や壁に接触しそうだったが、それでも彼のフライト技術は彼にスピードを落とさずに飛び続けることを許した。

「・・・あったぜ、これだ!」

ある座標に辿り着いたスタースクリームはロボットモードに戻って床に降り立つと、壁面の高い位置に設けられた、地下フロアから上がってきている通気孔のひとつにはめられた格子の間から、彼の指先よりも小さな金属片を穴の中に落とし込んだ。

「いたぞ!」

今度はただのロボットではなく生きたエアーボットが現れた。囲まれたらそれこそ一巻の終りだ。

「ちっ、やってられるかってんだ! もう充分義理は果たしたからなっ!」

多勢に無勢とばかりに、彼は一瞬でジェットモードにトランスフォームすると元来た道を一目散に逃げ出した。

狭い通路に慣れた彼は持ち前のスピードでエアーボットの追撃を振り切って火口から姿を表し、サイバトロン基地の正面に展開した仲間達に向かって叫んだ。「デストロン軍団、退却だ!」


一斉に引き揚げていくデストロンの後姿に、疲れた様子のラチェットが緊張を解いて銃を下ろした。「なんとか追い返せましたね。」

「一時的に基地内に侵入されたとはいえ、捕虜も無事だったし。」リジェがすぐ横のハウンドに言った。

「しかしいくら連中がバカでも、正面から基地に乗り込んで来るなんて無謀すぎやしないか?」

ハウンドが返すと、リジェは肩をすくめた。「さあ。俺には連中の考えることはさっぱりわからんね。考えるだけ無駄ってもんさ。」

陽炎の向こうに消えていく影を見送って、コンボイは腑に落ちない様子で基地に入った。「念のためサウンドウェーブの様子を確認しよう。破壊された施設の状況も気になる。」





「・・・すると、彼は牢のほとんど真上まできていたわけか。」

分岐点まで来たコンボイ達は、改めて状況の危うさに気付いて蒼白になった。が、彼らにはその能力がなかったので、外見上は何も変化がなかった。

「もしかすると、サウンドウェーブがどうにかして自分の位置を伝えたのかもしれません。」ホイストが唸った。

「やはりあの時フォースフィールドは消えていたのか?」

「いいえ、司令官。フィールドは最初からずっと作動していました。今もほら。」彼はテレトランワンの経時モニターを指差した。

「スタースクリームのやつがそうと気付いていたかどうかはともかく、やつはイイ線行ってたわけだ。」スリングが無責任に感心し、マイスターと顔を見合わせた。「危ないところだったな。」

「しかしどっちにしても逃げられませんよ」パーセプターが割り込んだ。「もし仮にサウンドウェーブが自力で牢から逃亡したとしても、地上へ出る間にはまだ2重の平面フォースフィールドがありますから。もっとも、基地表面のものはさっきの爆発で壊れてしまいましたがね。」

「何だって?」

「フィールド発生装置は火山の岩盤に接して設置されていました。フィールドは空爆に対して張られたもので、下方向からの攻撃は想定されていませんでしたから。」説明するパーセプターはあっけらかんとしたものだった。

コンボイは内心で頭を抱えた。「それでは、今この基地は無防備ということか?」

「まあそういうことですね。でもデストロンの連中がまたやってくる前にフィールドを復旧させますよ。」

コンボイは祈りたいような気持ちになった。「急いでくれよ。」





コンボイたちは再びサウンドウェーブの牢の前までやってきた。

フォースフィールドの煌きの向こうに、サウンドウェーブは変わらぬ様子で立っていた。どこにも異常はないはずなのに、コンボイは違和感に似た奇妙な胸騒ぎを感じた。今更自分らしくもないことだが、先程の戦闘のせいで気分が高ぶっているのだろうかと彼は思った。

「さっき、君の仲間が君を取り戻そうとやって来たよ。」内心の動揺をマスクの下に隠して、コンボイは自らを落ち着けるように静かに語りかけた。「残念ながら、メガトロンは来なかったが・・・」

「彼はもう来ている。」サウンドウェーブは平坦に答えた。

その途端、コンボイは違和感の正体に気付いた。サウンドウェーブが無造作に下ろした右手には――拳銃があったのだ。それは彼が決して見過ごすことなどできないはずのものだった。

無言で手にした銃で狙いをつけ、サウンドウェーブは間髪を入れず発砲した。巨大なエネルギーが小さな口径に集束したその一撃はフォースフィールドの一点を貫通し、内側から制御装置を破壊した。

彼の手の中にあった物言わぬ銃はしかし、目の前の光景に言葉を失ったコンボイを嘲笑うかのように、白銀のデストロン・リーダーへと滑らかにトランスフォームした。





コンボイたちは圧倒的に人数で勝っていたが、しかし先程の戦闘での消耗が手伝って、メガトロンの猛烈な火力に押されて少しずつ廊下を後退していた。

「どの道彼らに逃げ場はない。勝負は時間の問題だ。無理はするな。」コンボイは血気に逸る若い部下を止めるように言い、そして元は壁であった瓦礫の向こうに叫んだ。「大人しく降伏しろ、メガトロン! たった2人でここから逃げられるとでも思っているのか!」

「心配せんでも、儂はもう目当ての場所まで辿り着いておるわ!」

砲撃の隙を突いて飛び出したメガトロンはすぐ脇の壁を吹き飛ばした。そこはある種のコントロールルームだった。彼は確信に満ちた所作で、融合カノン砲の一撃を手近な機械のひとつに叩き込んだ。

センサーの片隅で常に聞こえていたノイズが消えたような感覚があった。ラチェットが気付いてコンボイに鋭く忠告した。「司令官、上階のフォースフィールドが消えました!」

コンボイが次の行動を決める前に、メガトロンが彼の通信機を通して合図した。「スカイワープ!」

一瞬を置かず、乱雑を極めた廊下に、空間の歪みと共に突如黒色のジェット機が現れた。

メガトロンが牽制のために、地下の居住空間の全てを崩壊させる勢いで、コンボイ達との間に位置する天井を砲撃した。崩落する瓦礫が視界を遮るその短い隙に、二人はそれぞれ地球人のためにデザインされた小さな品物の形態へとトランスフォームしてジェット機のコックピットに納まった。

キャノピーが閉じると同時にジェット機は現れた時と同じように空間の歪みの間に消え、後には破壊された施設とサイバトロンだけが残された。

「・・・やられたな。」コンボイはライフルを下ろして呟いた。今から上の連中に指令を出しても手遅れだろう。彼らはもう、ここから何十キロも離れた場所を飛んでいるに違いなかった。





海底基地の下層に向かうエレベーターの中で、メガトロンは壁にもたれかかり、目の前に立つ彼の部下であり、親友でもある男を見ていた。

「お前は何も言わないでも儂の考えを察するな。」メガトロンは複雑な笑みを浮かべた。

それは当然だとサウンドウェーブは思った。彼はメガトロンの最も古い友人の一人だった。そして数百万年の間、メガトロンが彼に見せる誠意に応えるべく、彼はそうしようと努めてきたのだった。メガトロンが全幅の信頼を寄せる存在であり続けることが、サウンドウェーブの誇りだった。

サウンドウェーブは、彼のリーダーが作戦の成功を見込んだからこそ彼の救出を決行したのだということを理解していた。そして今回の人選が、個人的な感情によって意図されたものではなく、メンバーの能力を最優先した結果にすぎないことも、同時にそれこそが自分自身の望むやり方であるということも重々承知していた。それでも彼は、メガトロン自らが危険を冒して自分を取り戻しに来たという事実を心のどこかで喜ばずにはいられなかった。

「コンボイ司令官め、これに懲りて牢に通気孔など開けておかないことだな。」

「連中は気付くだろうか。」

「勿論だ。奴等とて、まるきりの馬鹿ではないのだぞ。」メガトロンは笑った。「だがそれがいつになるかはわからんがな。」




事の次第はこうだった。

サウンドウェーブが拘束されていた部屋からは、地下施設にある他の部屋と同様に、各ブロックへの分岐点となるフロアまで真っ直ぐ通気孔が伸びていた。その縦穴の直径は120センチもなく、サイバトロンのミニボットは勿論のこと、一番小さなカセットロンでも、どうやっても通り抜けることができないように図られていた。上のフロアに面した格子は設計当初には存在しなかったのだが、彼らの友人であるスパイクの提案により、念には念をと、人間が入り込むことができない隙間を持った格子がはめられるようになった。ところがまだサイバトロンの気付かない誤算があった。20センチにも満たない格子の隙間を、トランスフォームした、それも地球人の手に合わせたサイズを持ったガンモードのメガトロンは苦もなく通り抜けることができたのである。

虜囚を外に出さないだけでなく侵入者を阻む役目も果たすフォースフィールドは、しかしことごとく無力化されていた。サウンドウェーブに辿り着くまでの3枚の内、最上層の物は襲撃の際に破壊され、その下の平面フィールドはエレベーターが通る瞬間には一時的に停止されていた。そしてサウンドウェーブの独房を囲むスフィア・フィールドは、ガンモードとなったメガトロンの渾身の一撃の前には無力だった。

メガトロンはサウンドウェーブの独房まで落下すると彼ら自身に合わせたサイズまで拡大した。サウンドウェーブはメガトロンが破壊したフィールドが修復されるまでの間、偽の情報を送って警報装置を欺き続け、次に利き手に納まった彼のリーダーが敵のセンサーに補足されないようカモフラージュするために彼の電磁波照射システムを調整した。

勿論、これらの複雑な設定の全てを彼が一瞬でこなしたわけではなかった。彼は独房に入れられた時からずっと情報を収集し、考えうるあらゆる場合に即座に対応できるように準備を整えていたのだった。




「どうした、サウンドウェーブ。」心配の滲んだ声に、サウンドウェーブははっとして顔を上げた。メガトロンが僅かに顔をしかめ、腕を組んだ格好で彼を見ていた。

「見たところ大きな怪我はないようだが、念のために精密検査を受けろよ。報告は後で聞く。」

サウンドウェーブは頷いた。コンピュータの補助システムが作動を始めると、急速に明瞭な思考が戻ってきた。疲労のせいかダメージのせいか、反応が鈍っていたようだった。

エレベーターが目的のフロアで停止し、二人は外に出た。サウンドウェーブはメガトロンが司令室に向かって歩き出すのを見守りながら、これから自分を待っている事柄に考えを巡らした。メンテナンスルームではメガトロンの指示を受けたグレンが彼とコンドルを待ち構えていることだろう。その後はサイバトロン基地に置いてきたブラスター・ガンの代わりに、スペアの調整にかからなければならない。そして何より、戦場で逸れたきりの小さな双子とジャガーの様子を確認して、おそらくは彼らの文句にしばらく付き合わねばならないだろう。

そこで彼はメガトロンが向きを変えて、すぐ傍まで戻って来ていたのに気付いた。

メガトロンはサウンドウェーブに歩み寄ると、彼の肩に片手を置いた。二人の視線が合った。サウンドウェーブは彼のがっしりとした掌に強い力が込められたのを感じた。

「よく戻ったな、サウンドウェーブ。」

メガトロンはそれ以上言わなかった。数秒の沈黙の後、彼はサウンドウェーブの肩を促すように叩いた。「さあ行け。」

サウンドウェーブは頷いて歩き出した。

メガトロンは、ネイビー・ブルーの後姿がカーブした廊下の向こうに消えていく光景をしばらく眺めていたが、視線を元に戻すと、彼の仕事場に向かって歩き出した。







2011.8.17改






ホラ、アニメなんか、ネガベイターの保管庫に
スタースクリームが楽々通れる大穴が開いてたしさ!






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